PROFILE
人物プロフィール
宝塚歌劇団の花組トップ娘役を務め、『はいからさんが通る』の花村紅緒や『ポーの一族』のメリーベルなどを演じた華優希さん。
宝塚退団後も舞台や映像作品で俳優として活動していますが、もともと幼いころから舞台を目指していたわけではありません。
京都で育ち、中学・高校では吹奏楽部に所属し、高校2年生まではそのまま立命館大学へ進学するつもりでした。
しかも学生時代は人前に出ることが得意ではなく、高校3年生の文化祭でも演者ではなく小道具を担当していたといいます。
そんな華優希さんの進路を変えたのが、高校時代に初めて観た宝塚の舞台でした。
今回は、そんな華優希さんの生い立ちや京都の実家・家族、立命館中高での学生時代、宝塚を目指したきっかけ、100期生としての入団からトップ娘役、そして退団後も俳優を続けると決めるまでをご紹介します。
華優希の生い立ち|京都で育ち音楽に親しんだ子ども時代
華優希さんは1993年11月13日、京都府京都市生まれです。
のちに華やかな宝塚の舞台へ立つことになりますが、子どものころからバレエや声楽、演劇に打ち込んでいたという経歴ではありません。
小学3年からピアノ、中高では吹奏楽部へ
子どものころの習い事として確認できるのが、小学3年生ごろから始めたピアノです。
その後は立命館中学校・高等学校へ進み、中学・高校を通して吹奏楽部に所属しました。
中学時代はアルトサックス、高校時代はテナーサックスのほか、バスクラリネットやコントラバスクラリネットも担当しています。
本人は2022年のOggi.jpのインタビューで、スポーツは苦手だったと答えています。
「本当に苦手。中学高校時代も運動部でなく吹奏楽部でした」
出典:Oggi.jp「もっともっと華ちゃんを知る!〖華 優希さんの素顔に迫る50問50答・前編〗」(2022年1月26日)
音楽には早くから親しんでいたものの、この時点では舞台俳優になることを前提にした生活ではありませんでした。
立命館中学校・高等学校の卒業生インタビューでは、中高時代の自分を「決して目立つタイプではなく、人前に出るのは苦手」だったと振り返っています。
高校3年生の文化祭でもクラス演劇のキャストにはならず、小道具を担当していました。
京都については、小学生のころから中村軒の麦代餅が好きだったことも本人が明かしており、地元で過ごした子ども時代がうかがえるエピソードのひとつです。
本名や国籍は?公表情報で確認できる範囲
華優希さんについては「本名」「国籍」もよく検索されています。
所属事務所の公式プロフィールでは、活動名の「華優希(Yuki Hana)」、生年月日、京都府京都市出身などが掲載されていますが、本名や国籍はプロフィール項目として明記されていません。
一方で、華優希さん本人は家族から「のぞみ」「のーさん」と呼ばれていることを明かしています。
ネット上では本名とされる名前も出回っていますが、本人や現在の所属事務所が正式に本名として公表している情報とは分けて見る必要があります。
国籍についても、京都府京都市出身であることは公式プロフィールで確認できますが、出生地だけから国籍を推測して断定することはできません。
華優希さんの本名・国籍については、ネット上の説ではなく、本人や所属事務所が公表している範囲を基準にすると、本名と国籍を確定できる公式情報は確認できません。
華優希の家族|京都の実家と両親・2人の弟
華優希さんの生い立ちをたどるうえで、京都の実家と家族も欠かせません。
本人のインタビューから、家族は両親と2人の弟がいる5人家族であることが分かっています。
両親からは「のぞみ」「のーさん」、弟からは「お姉ちゃん」
家族の中での呼ばれ方には、華優希さんの素の姿が少し見えてきます。
両親からは「のぞみ」や「のーさん」と呼ばれ、2人の弟からは「お姉ちゃん」と呼ばれているそうです。
華優希さん自身も父親と母親を「とーさん」「かーさん」と呼んでおり、その流れで両親から「のーさん」と呼ばれるようになったと話しています。
父親や母親、弟たちは一般の人物で、職業や詳しいプロフィールまで本人が公表しているわけではありません。
そのため、家族については職業や実家の事業などネット上の説を広げるより、本人自身が語っている家族との関係を見る方が、育った家庭の姿をつかみやすくなります。
宝塚を退団したあとには、実家へ帰る際に家を出ていた2人の弟にも声をかけ、家族全員が集まるようにしていたそうです。
家族5人で仙台へ旅行したことも明かしています。
「私が帰省するときに弟たちにも集合をかけて、一家揃うという感じ」
出典:Domani「トップ娘役からひとりの表現者へ。本格始動に独占密着!〖華 優希さんスペシャルインタビューvol.1〗」(2022年1月20日)
トップ娘役になってから退団まで実家へ帰らなかった理由
家族との関係で印象的なのが、宝塚時代の帰省についての話です。
トップ娘役となってからは、実家に帰ると自分の気持ちが緩んでしまうと考え、退団するまで実家には帰らないと自分で決めていました。
公演がない日にも稽古や役作り、レッスンなどへ時間を使い、休みがあればレッスンをしなければと考えるほど舞台中心の生活を送っていた時期です。
退団後に「実家にもやっと帰ることができました」と話していることからも、宝塚で過ごした時間の密度が伝わります。
家族から離れて舞台へ集中した期間を経て、宝塚を卒業したあとには再び両親や弟たちと過ごす時間が戻ってきました。
立命館高校から宝塚へ|高校2年の観劇で進路が一変
華優希さんの人生が大きく動いたのは、立命館高校2年生のころでした。
それまでは宝塚音楽学校ではなく、立命館大学への内部進学を考えていました。
大学進学のつもりだった学生時代と『ロミオとジュリエット』
高校2年生までの華優希さんは、立命館大学のどの学部へ進むかを考えていました。
高校ではIRプログラムに参加し、立命館大学国際関係学部の授業を受けたり、大学生の話を聞いたり、さまざまな職業についてプレゼンテーションしたりする機会もあったそうです。
ところが、高校2年生のときに初めて宝塚歌劇を観たことで、それまで考えていた進路が変わりました。
初観劇したのは、雪組の『ロミオとジュリエット』でした。
2024年のインタビューでも、この舞台を観て宝塚へ入りたいと思ったことを改めて振り返っています。
観客として宝塚を楽しんだだけではなく、「この世界を作る側へ行きたい」と感じたことが受験の出発点でした。
「この世界の作り手側になりたい!」
出典:立命館中学校・高等学校 創立120周年サイト「華 優希 氏」
幼いころから当然のように宝塚を目指していたのではなく、進学先まで考えていた高校生が、一度の観劇をきっかけに自分の進路を選び直したことになります。
最後のコンクール前に吹奏楽部を退部して宝塚受験へ
宝塚音楽学校を受験すると決めても、すぐに十分な準備が整っていたわけではありません。
本人は当時について、宝塚受験につながる芸事の経験がなかったと振り返っています。
受験に必要なレッスンの時間を確保するには、長く続けてきた吹奏楽部との両立が難しくなりました。
そこで、最後のコンクールを迎える前に吹奏楽部を退部することを決めます。
一緒に活動してきた部員へ決意を伝えることには不安もあったそうですが、仲間たちは宝塚受験を応援してくれました。
その仲間との交流は卒業後も続き、教師や銀行員など、それぞれ別の道へ進んだ友人の話を聞く機会もあるといいます。
高校2年生までは立命館大学への進学を想定していましたが、初めての宝塚観劇をきっかけに受験を決意し、レッスンへ集中するため吹奏楽部も退部しました。
2012年に宝塚音楽学校、2014年に100期生として初舞台
2012年に立命館高校を卒業し、宝塚音楽学校へ入学しました。
音楽学校では歌や踊りだけでなく、芝居とも本格的に向き合うことになります。
後年、音楽学校で最も楽しかった授業は芝居だったと明かし、心を使って芸事をする面白さを知ったと振り返っています。
人前へ出ることが得意ではなかった学生が、役を演じるときには普段の自分ではできない表現ができることにも気づいていきました。
立命館の卒業生インタビューでは、芝居なら役の力を借りて大声で叫んだり怒ったりできると話し、演技との出会いによって違う自分にも出会えたと表現しています。
華優希さんにとって、宝塚音楽学校は宝塚へ入るための学校であると同時に、演じること自体の面白さを知った場所でもありました。
2014年には宝塚歌劇団100期生として入団します。
初舞台は月組公演『宝塚をどり/明日への指針/TAKARAZUKA 花詩集100!!』でした。
組まわりを経て、2015年に花組へ配属されています。
宝塚歌劇公式チャンネルでは、華優希さん本人が宝塚音楽学校を目指す人へ向けて語る卒業生インタビューも公開されています。
宝塚で俳優への道が始まる|2017年の抜擢からトップ娘役へ
100期生として入団したあと、華優希さんの立場が大きく変わったのが2017年から2018年にかけてです。
新人公演や東上公演でヒロインを任され、『ポーの一族』ではメリーベルへ抜擢されるなど、重要な役が続きました。
『邪馬台国の風』『はいからさんが通る』でヒロインに抜擢
2017年、『邪馬台国の風』で新人公演初ヒロインを務めました。
続いて『はいからさんが通る』では東上公演初ヒロインに選ばれ、主人公の花村紅緒を演じます。
後にトップコンビとなる柚香光さんと主演コンビを組んだ作品でもあり、『はいからさんが通る』は華優希さんの宝塚時代を語るうえで大きな作品になりました。
華優希さん本人も、後年このころを振り返った際に、初めて新人公演ヒロインを務め、『はいからさんが通る』でもヒロインになった年をキャリアの転換点として挙げています。
「自分を取り巻くものが変わったなと感じた1年でした」
出典:クランクイン!「華優希、宝塚に導いてくれたシェイクスピアの作品で難役挑戦」(2024年11月24日)
舞台に立つ回数が増えただけではなく、ヒロインとして作品を背負う機会が重なり、それまで以上に責任を感じるようになった時期でした。
『ポーの一族』メリーベルが大きな転機に
2018年の花組公演『ポーの一族』では、明日海りおさん演じる主人公エドガーの妹、メリーベルに抜擢されました。
当時の花組トップスターの近くで芝居をする役を任されたことも、華優希さんが後にターニングポイントとして振り返った流れの一つです。
2017年の新人公演初ヒロイン、『はいからさんが通る』、そして『ポーの一族』へと重要な役が続いたことで、舞台で担う役割が短い期間に大きく変わっていきました。
ヒロイン経験が続いた2017年前後は、本人自身が「それまでとそれ以降でいろんなものが変化した」と認識している時期です。
作品名を並べるだけではなく、この一連の抜擢をひとつの流れとして見ると、トップ娘役就任までの道筋も分かりやすくなります。
2019年に花組トップ娘役へ
2019年には『CASANOVA』で2度目の新人公演ヒロインを務め、その年の4月29日付で花組トップ娘役へ就任しました。
最初に相手役を務めたトップスターは明日海りおさんです。
『恋スルARENA』でトップ娘役としてお披露目され、『A Fairy Tale -青い薔薇の精-/シャルム!』で大劇場トップコンビお披露目となりました。
同公演で明日海りおさんが退団した後は、柚香光さんの相手役を務めます。
本人はトップ娘役就任の話を受けたときについて、最初は「私が?」と思うほど信じられなかったと明かしています。
それでも、目の前にあることを一つずつクリアするように舞台へ向き合ったと振り返っています。
華優希さんは2014年に100期生として入団し、2017年の新人公演初ヒロインなどを経て、入団5年後の2019年に花組トップ娘役へ就任しました。
2020年には、2017年にも柚香光さんと主演コンビを組んだ『はいからさんが通る』が再演され、2人のトップコンビ大劇場お披露目作品となりました。
華優希が宝塚を退団した理由|トップ娘役から一人の俳優へ
華優希さんは2021年7月4日、『アウグストゥス-尊厳ある者-/Cool Beast!!』東京宝塚劇場公演の千秋楽をもって宝塚歌劇団を退団しました。
「退団理由」と検索されることも多い華優希さんですが、本人は退団会見で、いつごろ卒業を考え始めたのかを自ら説明しています。
トップ娘役就任時から考えていた「卒業」の時期
退団を具体的に意識したのは、柚香光さんとの新コンビ初作品となった『DANCE OLYMPIA』の稽古中でした。
ただし、『DANCE OLYMPIA』で何か問題があったから辞めたと本人が説明しているわけではありません。
トップ娘役に就任した段階から、責任ある立場を任された以上、いつか迎える卒業の時期についても考えなければならないと感じていたと話しています。
「責任ある立場を頂いたからには卒業の時期も考えないと」
出典:日刊スポーツ「花組トップ娘役の華優希が退団会見『愛いただいた』」(2020年11月17日)
退団の意思は、『はいからさんが通る』の稽古が始まった2020年1月30日に柚香光さんへ伝えています。
その後、新型コロナウイルス感染拡大によって公演予定が大きく変わり、トップコンビのお披露目公演も延期されました。
華優希さん自身、休止期間には寂しさから心が揺れたことも明かしていますが、一度決めた卒業へ向けて準備を続けました。
「実力不足だったから」「相手役との不仲だったから」といった理由を本人が退団理由として語った事実はなく、確認できるのはトップ娘役として卒業時期を考え、自ら決断したという経緯です。
2021年の退団公演では、緊急事態宣言の影響で宝塚大劇場公演の多くが中止となるなど、最後まで予定どおりには進まない状況が続きました。
それでも、立命館中学校・高等学校のインタビューでは、有観客で行われた最後の公演で受けた大きな拍手を「生涯忘れられない思い出」と振り返っています。
2021年の退団後にもう一度「演じる道」を選んだ
宝塚を卒業すると決めた時点で、華優希さんがそのまま芸能活動を続けると決めていたわけではありません。
宝塚音楽学校への入学から長く芸事中心の生活を送り、退団後にタカラヅカがなくなった自分はどうすればよいのか悩んだと明かしています。
応援してくれるファンの存在がある一方、これまで自分のやりたいことを支えてくれた家族のことを考えれば、家へ戻る道もあると考えていました。
その迷いに答えが出たのは、2021年7月4日の宝塚大千秋楽が終わったあとでした。
「お芝居や歌、そして舞台に立つことを辞めたくないと思ったんです」
出典:Oggi.jp「トップ娘役からひとりの表現者へ。本格始動に独占密着!〖華 優希さんスペシャルインタビューvol.1〗」(2022年1月20日)
退団から約3か月後の2021年10月には、『マドモアゼル モーツァルト』で宝塚退団後初の舞台へ出演しました。
宝塚時代に相手役を務めた明日海りおさんとの再共演でしたが、宝塚時代のトップスターと娘役という関係ではなく、それぞれ一人の俳優として作品を作る経験となりました。
華優希さんはこの舞台を通して、宝塚以外にも自分の知らない世界が広がっていることを実感し、もっと演技や歌を学びたいという思いを強くしています。
2022年1月にはジャパン・ミュージックエンターテインメントへ所属しました。
高校2年生で一度舞台を観て宝塚を目指したときと同じように、退団後も最後は「演じたい」という自分の気持ちから次の道を選んでいます。
人前に出ることが苦手だった立命館高校時代から、宝塚音楽学校で芝居の楽しさを知り、花組トップ娘役を経て、一人の俳優として舞台へ立つまで。
華優希さんの歩みをたどると、大きな節目ごとに自分で進む道を選び、その選択を次の舞台へつなげてきた時間が見えてきます。















