加村真美の生い立ち|岩手の家族・高校時代と女優になったきっかけ

加村真美の生い立ちと岩手の家族・高校時代、女優になったきっかけを伝える人物ビジュアル

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
かむらまみ
カテゴリー
女優
出身地
岩手県
生年月日
1993年1月12日
芸能活動開始
2010年
女優デビュー
2011年
デビューのきっかけ
モデル

『鉄神ガンライザー』のヒロイン・姫神結役から、『王様戦隊キングオージャー』のスズメ・ディボウスキ役まで、映像作品やCMで活動してきた加村真美さん。

2026年9月22日には、元サッカー日本代表の西大伍さんとの結婚を発表したことでも名前が広く報じられました。

そんな加村真美さんですが、芸能活動の始まりは東京ではなく、生まれ育った岩手県でした。

高校時代に『岩手美少女図鑑』へ掲載され、卒業後は被災地支援ユニットで活動しながら、18歳で人生初のオーディションに挑戦しています。

そのオーディションで出会ったのが、加村さんにとって最初の演技仕事となる『鉄神ガンライザー』でした。

今回は、そんな加村真美さんの生い立ちや家族、高校時代、『岩手美少女図鑑』とchairmansでの活動、女優になったきっかけ、23歳で岩手から東京へ進むまでをご紹介します。

加村真美の生い立ち|岩手県滝沢市で育った子ども時代

加村真美さんは1993年1月12日生まれ、岩手県出身です。

出身地については、『鉄神ガンライザー』公式サイトで岩手県滝沢市出身と紹介されています。

東京で活動するようになってからも岩手について語る機会は多く、子どものころの思い出も地元の自然や家族との時間と強く結びついています。

自然に囲まれた岩手での暮らし

2015年のインタビューでは、実家の庭にキツネが遊びに来ることがあったと話しています。

子どものころには、家族に連れられて岩手県岩泉町の龍泉洞へ遊びに行った思い出もありました。

現在の公式プロフィールには、趣味として「流木拾い・陶芸・写真を撮ること」、特技として「新体操」が掲載されています。

加村真美さんは滝沢市で育ち、岩手の自然や食べ物について昔からたびたび発信しています。芸能活動を始めたあとも、活動拠点は長く岩手に置いたままでした。

地元への愛着を持ち続けた理由

加村さんは高校卒業後すぐに東京へ出たわけではありません。

23歳になるまで岩手を離れず、地元を拠点に芸能活動を続けました。

2015年には、自身のXで同世代の人たちへ向けて、岩手には人、食、音楽、文化など素敵なものがあると発信しています。

全国へ活動を広げる前から、岩手そのものを好きだという気持ちを本人の言葉で伝えていたことが分かります。

加村真美の家族|雪かきの思い出と父親の故郷・宮古

加村真美さんの家族については、氏名や職業を詳しく明かした公式プロフィールはありません。

一方で、本人のインタビューやSNSには、岩手で家族と過ごした具体的な場面がいくつも残っています。

冬は家族みんなで雪かきが日課

岩手で暮らしていたころの冬について、加村さんは家族との日常をこんなふうに話していました。

今の季節は家族と雪かきをするのが日課ですね。

出典:サイゾーpremium「【加村真美】リアルあまちゃんアイドルにとっての地方と東京」(2015年2月17日)

雪国ではごく身近な作業ですが、加村さんにとっては家族と一緒にする冬の日常でした。

龍泉洞へ連れて行ってもらった子ども時代の記憶もあり、家族の思い出には岩手の土地そのものがたびたび登場します。

父親の故郷は宮古、実家は重茂

父親については、加村さん自身がSNSで「父親の故郷、宮古」と明かしています。

2023年には親友と宮古市の浄土ヶ浜を訪れたことを紹介し、その後の投稿では父親の実家が宮古市重茂にあることにも触れていました。

加村真美さん自身の出身地は滝沢市で、父方の家族のルーツが宮古市重茂にあります。「加村真美さんが宮古市出身」という意味ではありません。

東京へ活動拠点を移したあとも岩手の実家へ帰ったことや、友人を故郷へ案内したことを発信しており、家族とのつながりは地元の風景と一緒に語られています。

加村真美の学生時代|高校時代に『岩手美少女図鑑』へ

加村真美さんが芸能の世界と接点を持ったのは、まだ岩手で高校生活を送っていたころでした。

2010年発行の『岩手美少女図鑑 Vol.2』で表紙を飾ったことが、確認できる初期の芸能活動です。

出身高校については、本人や所属先の公式プロフィールで学校名の明記を確認できません。ネット上では特定の高校名も見られますが、本人発言などと結び付く確かな根拠が乏しいため、断定できる情報ではありません。

大学の学園祭でカメラマンの目に留まる

『岩手美少女図鑑』との出会いについては、当時の制作スタッフが後年その経緯を明かしています。

創刊号のオーディションが開かれていた大学の学園祭で、カメラマンが加村さんを見つけたことがきっかけでした。

そのときから次号の表紙に起用したいと考えられ、実際に2010年の『岩手美少女図鑑 Vol.2』の表紙を飾っています。

最初から東京の芸能事務所を目指して大きなオーディションへ応募したのではなく、地元の学園祭で目に留まったことから活動が始まりました。

高校時代を振り返ったインタビューには、こんな身近なエピソードも残っています。

高校生の時はメロンパンを毎日食べていたんですよ。

出典:WEBザテレビジョン「加村真美『幸せ』番組開始から1年…一番うれしいのは美少女との仕事!?」(2018年3月21日)

10代のころは一つのものに夢中になることが多かったとも話しており、芸能活動が始まる前後にも普通の高校生活がありました。

高校卒業後、chairmansで地元・岩手を中心に活動

高校を卒業した2011年、岩手県は東日本大震災に見舞われました。

同年には、『岩手美少女図鑑』のモデルたちによる被災地支援ユニット「chairmans(チャーマンズ)」が結成され、加村さんもメンバーとして活動を始めます。

chairmansはライブやボランティア活動を行い、CD売上の一部を被災地へのAED普及に充てるなど、岩手を拠点に活動していました。

加村さんはリーダーも務め、約5年間所属しています。

この時点の中心は地元アイドルとしての活動で、女優としての演技活動は別の出来事から始まります。

2010年:『岩手美少女図鑑 Vol.2』表紙
2011年:被災地支援ユニットchairmansで活動
2011年:『鉄神ガンライザー』のオーディションに合格

18歳で『鉄神ガンライザー』へ|人生初のオーディションで女優デビュー

chairmansで活動を始めた2011年、加村真美さんにはもう一つ大きな出来事がありました。

テレビ岩手で始まるご当地ヒーロードラマ『鉄神ガンライザー』のオーディションです。

震災後の岩手で「岩手の子どもたちに元気と笑顔を!」を掲げて誕生した作品で、同年10月から放送が始まりました。

所属事務所に勧められて受けた初めてのオーディション

オーディションを知ったのは、当時所属していた事務所の人から声をかけられたことがきっかけでした。

しかも、加村さんにとって芸能人生で初めて受けるオーディションでした。

人生はじめてのオーディションで、当時は高校を卒業したばかりの18歳でした。

出典:マイナビニュース「噂の岩手美少女・加村真美にご当地ヒーロー『鉄神ガンライザーNEO』と岩手の魅力を教わってきた」(2015年2月24日)

結果は合格で、ヒロインの姫神結役に抜擢されました。

『鉄神ガンライザー』は、加村真美さんにとって最初の本格的な演技仕事となりました。

モデルとして『岩手美少女図鑑』に載ったこと、chairmansでアイドル活動を始めたこと、俳優として演技を始めたことは、それぞれ別の段階です。

初出演時の姫神結は加村さんと近い年齢に設定され、その後もシリーズを重ねながら長く演じる役になりました。

撮影を続けるなかで本格的に女優を志す

初オーディションに受かった時点で、すぐに「東京へ行って女優一本で生きる」と決めていたわけではありません。

岩手で『ガンライザー』の撮影を続けながら、加村さんは演技そのものに向き合う時間を増やしていきました。

2013年の公式ブログには、共演者と集まって演技練習をしていた日の記録があります。

たまにキャストで集まって練習する時間がわたしはすき。

出典:加村真美オフィシャルブログ「夏の終わり」(2013年8月29日)

共演者の高橋洋さんから休みの日にも演技指導を受け、キャストやスタッフと作品をより良くしようと練習していました。

さらにシリーズ開始から数年がたつと、東京で活動するスタッフや俳優と同じ現場に立つ機会が増えます。

そこで受けた刺激について、2016年のインタビューでこう振り返りました。

みんなの芝居に刺激を受けて、本格的にお芝居をやりたいと思いました

出典:BuzzFeed Japan「“1000年に2人目の美少女”加村真美が語る女優への思い『キャッチフレーズに縛られたくない』」(2016年10月7日)

女優を本格的に目指す気持ちは、『鉄神ガンライザー』へ出演し続ける中で強くなっていきました。

23歳で岩手から東京へ|CM全国デビューから広がった俳優活動

2016年、加村真美さんは23歳で活動拠点を東京へ移しました。

高校卒業から約5年がたっており、その間にはchairmansでの活動と『鉄神ガンライザー』での演技経験がありました。

岩手が好きだったからこそ23歳まで地元で活動

上京を決めた理由は、もともと東京で芸能人になりたかったからではありませんでした。

2016年のインタビューでは、東京への憧れは特になく、岩手が好きだったから23歳まで地元を離れなかったと話しています。

その一方で、『ガンライザー』の現場で本格的に芝居をしたいという気持ちは大きくなっていました。

岩手を離れたいから上京したのではなく、俳優として演技の仕事を広げるために東京へ進んだのが2016年でした。

『エレメンタルストーリー』CMから全国へ

東京へ拠点を移した2016年には、スマートフォン向けゲーム『エレメンタルストーリー』のテレビCMへ出演しました。

CMでは伊藤淳史さんと共演し、同年6月には制作発表イベントにも登壇しています。

加村さんの公式プロフィールでは、この『エレメンタルストーリー』CMを「全国デビュー」と位置づけています。

岩手ではすでに『ガンライザー』や地元CMで経験を積んでいましたが、ここから活動範囲が全国へ広がりました。

2016年は加村真美さんの活動範囲が変わった年です。
岩手を拠点にした活動から東京へ移り、『エレメンタルストーリー』のCMをきっかけに全国で見られる仕事が増えていきました。

同年にはドラマ『咲-Saki-』や『仮面ライダーエグゼイド』にも出演し、地元ヒーロードラマ以外の映像作品へ仕事の幅を広げています。

『関内デビル』『キングオージャー』へ続いた活動

2017年にはtvkの音楽情報バラエティ番組『関内デビル』にレギュラー出演し、2023年3月まで約6年間出演しました。

そして2023年には、テレビ朝日系『王様戦隊キングオージャー』第14話からスズメ・ディボウスキ役で登場しています。

本人も第14話の放送日に、役名とともに出演を報告しました。

18歳で岩手のご当地ヒーロー作品『鉄神ガンライザー』から演技を始め、12年後にはスーパー戦隊シリーズで役名のある人物を演じました。

高校時代の『岩手美少女図鑑』から始まった加村真美さんの芸能活動は、chairmans、人生初のオーディション、『鉄神ガンライザー』での演技経験を経て、23歳で東京へ活動の場を広げています。

最初から女優だけを目指して一直線に進んだのではなく、岩手で仕事を続ける中で演技に出会い、自分から本格的に芝居をしたいと思うようになったことが、加村真美さんが俳優として歩き始めるまでの大きな流れでした。