藤本ルナの生い立ち|13歳で単身渡米し北京電影学院へ進んだ国際派女優の原点

藤本ルナの生い立ちを紹介するポートレート風イラストと、13歳で単身渡米し北京電影学院へ進んだ経歴を示すタイトル

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
ふじもとるな
カテゴリー
女優
出身地
東京都
芸能活動開始
2018年
女優デビュー
2018年
デビューのきっかけ
紹介・推薦

『VIVANT』で君嶋役を演じ、日本の地上波ドラマに初出演した藤本ルナさん。

日本のドラマで初めて知った人には新顔に見えるかもしれませんが、それ以前から中国映画やハリウッド作品で主演・メインキャストを務めてきた女優です。

しかも、その道のりは東京だけではありません。

幼少期に北京で暮らし、日本へ戻ったあと、13歳で女優を目指してニューヨークへ単身渡米しました。

その後はニューヨークのラガーディア高校でダンスを学び、中国の北京電影学院で初めて本格的に演技を学んでいます。

藤本ルナさんの誕生日は5月6日です。所属事務所はハリウッドの慣例に合わせて年齢を非公開としており、生年も公表していません。

今回は、そんな藤本ルナさんの生い立ち、家族、学生時代、芸能界入りから女優になるまでの道のりをご紹介します。

藤本ルナの生い立ち|東京と北京で育ち、13歳でニューヨークへ

藤本ルナさんは東京都出身で、子どものころから日本だけで暮らしていたわけではありません。

父親の仕事をきっかけに幼稚園時代を北京で過ごし、小学1年生のころに日本へ戻りました。

日本人の父と中国人の母のもとで育つ

父親は日本人、母親は中国人です。

幼稚園時代に北京で生活していたため、日本へ戻った小学1年生のころは中国語のほうが自然に出る状態だったと振り返っています。

ところが、日本の学校で日本語を使う生活が続くうちに、話せていた中国語を少しずつ忘れていきました。

一方、母親は中国語で話しかけていたため、聞き取りの感覚は残ったそうです。

のちにアメリカで生活するようになると中国語を学び直し、週末には中国語学校にも通いました。

日本語・英語・中国語の3言語は、幼いころから何でも自然に話せたというより、住む国が変わるたびに学び直して身につけたものでした。

『トゥームレイダー』を見て女優を目指す

子どものころの最初の夢はバレリーナでした。

本人は後年、幼いころに「向いていない」と言われてバレリーナを諦めた経験があったことも明かしています。

小学6年生のころ、アンジェリーナ・ジョリー主演の映画『トゥームレイダー』を見たことで、目標が女優へと変わりました。

女優なら、やっぱりハリウッドに行かないと

出典:日刊スポーツ「アンジェリーナ・ジョリーに憧れた藤本ルナ『女優ならハリウッドに行かないと』13歳で単身渡米」(2024年5月4日)

日本でオーディションを探すのではなく、ハリウッドを目指すならアメリカへ行くという発想でした。

13歳のとき、両親へ「アメリカに行けば女優もできて英語も話せる」と自分なりに説明すると、反対された記憶はないといいます。

本人のインタビューでは、話をした約1カ月後にはニューヨークで生活を始めていたと語られています。

中学1年生の終わりごろ、親類を頼ってニューヨークへ単身渡米しました。

藤本ルナの家族|父親・母親と単身渡米を支えた家庭環境

藤本ルナさんの生育家族について具体的に確認できるのは、日本人の父親、中国人の母親、そして海外生活を支えた親類です。

兄弟姉妹については、本人の主要なインタビューや所属事務所プロフィールで具体的な情報は示されていません。

父親は日本人、母親は中国人

幼稚園時代に北京へ移ったのは父親の仕事がきっかけでした。

子どものころから家族で国をまたいで生活した経験があり、本人は13歳でアメリカ行きを申し出た際について、「中国に住んだりする家族だったから、抵抗はあんまりなかったかもしれない」と振り返っています。

母親との関係では、中国語が大きな要素になっています。

日本へ戻って中国語を話す機会が減っても、母親が中国語で話しかけてくれたことで、聞き取りの力は残りました。

アメリカへ渡ってから中国語を学び直し、その後は北京電影学院で中国語を使って演技するところまで進んでいます。

親類を頼ったニューヨーク渡米と家族の支え

13歳での渡米は一人でしたが、ニューヨークには親類がおり、その家で生活しました。

現地へ着くと、期待していた生活とは違い、言葉が通じないことからホームシックにもなったといいます。

英語はすぐに話せるようになると思っていたものの、最初の1年ほどは相手の話を大まかに理解するだけでも苦労しました。

そこで日本の中学校3年分に相当する英語教材を自分で買い、毎日少しずつ勉強を続けています。

両親は、まだ10代前半だった娘を海外へ送り出し、生活と学びを支えました。

本当に親には、めちゃめちゃ感謝しています。

出典:日刊スポーツ「地球上80億人の3分の1の言葉を話す藤本ルナ『次は恋愛ものを』仕事もときめく心も忘れない」(2024年5月6日)

2024年のインタビューでは、日本を拠点にするようになってから両親と食事へ出かけることもあると話していました。

「行きたい」と言った本人だけでなく、13歳の娘を実際に送り出した両親の決断も、渡米を成立させた大きな要素でした。

藤本ルナの学生時代|ラガーディア高校から北京電影学院へ

女優になるためアメリカへ渡った藤本ルナさんですが、ニューヨークですぐに演技を専門的に学び始めたわけではありません。

高校では4年間ダンスを専攻し、本格的に演技を学んだのは、その後に進んだ北京電影学院でした。

ニューヨークの高校でダンスを学んだ日々

進学したのは、Fiorello H. LaGuardia High School of Music & Art and Performing Artsです。

音楽、演劇、ダンス、美術などを学ぶニューヨークの芸術高校で、藤本さんはダンス科を選びました。

入学では学業成績に加えて実技オーディションがあり、先生の前でパフォーマンスして合格しています。

ただし、学校生活は華やかなニューヨーク生活というより、勉強とダンスに追われる毎日でした。

平日は学校の授業と宿題、その後にダンスへ通い、週末もビザの条件に対応するため語学学校へ通っていた時期がありました。

英語で一般科目を学ぶ必要もあり、授業内容と難しい単語を同時に覚えなければならなかったといいます。

学校全体で行われるミュージカルでは、専攻に関係なくオーディションを受ける同級生たちを見て、自身も参加しました。

一方で、4年間の専攻はあくまでダンスでした。

女優になるため渡米したものの、演劇を専門にしていない状況に疑問を持つようになり、卒業後の進路を考え直します。

北京電影学院で初めて本格的に演技を学ぶ

高校卒業後に選んだのが、中国の北京電影学院でした。

成長するにつれて中国・香港のアクション映画を見るようになり、チャン・ツィイーさんやミシェル・ヨーさんの作品からも影響を受けています。

アメリカではアジア人俳優としてどこから出演機会をつかめばいいのか分からず、行き詰まりも感じていました。

今度こそ、ちゃんと映画やろうと思いました

出典:日刊スポーツ「13歳で女優目指して渡米の藤本ルナ アメリカではダンスだけ 中国で詠春拳学んでアクション」(2024年5月5日)

北京電影学院で初めて演劇学科に入り、演技を専門的に学び始めました。

授業には演技、発声、朗読、セリフのほか、剣技、カンフー、中国の民族舞踊などもありました。

中国語で日常会話ができても、俳優としてセリフを話すと発音の精度が求められ、先生から発音を指摘されたこともあります。

学校の授業だけでなく、個人的にも発音矯正の指導を受けました。

北京電影学院には監督やキャスティングディレクターが俳優を探しに来ることもあり、学生が自己紹介を撮影される機会もあったそうです。

クラスメイトには詠春拳の継承者がおり、その出会いをきっかけに詠春拳を習い始めました。

藤本ルナさんの身体表現の土台はバレエとダンスです。北京では現代アクションに説得力を持たせるため、ダンスとは別に実戦的な武術として詠春拳を学びました。

藤本ルナの芸能界入り|通訳として入った映画現場で女優デビュー

藤本ルナさんの場合、芸能界へ入るきっかけは、一般的なスカウトや芸能事務所のオーディションではありませんでした。

北京電影学院で演技を学んでいた時期、映画現場へ通訳として参加したことから、出演者側へ進む機会が生まれます。

『グレートウォール』では通訳として映画現場へ

俳優として最初の役を得る前には、チャン・イーモウ監督の映画『グレートウォール』の現場で通訳を担当しました。

本人のインタビューでは、撮影現場でマット・デイモンについて通訳していたと語っています。

この時点で映画制作の現場には入っていましたが、仕事は俳優ではありません。

映画業界の現場で働き始めたことと、女優として演技の仕事を始めたことは別の出来事として確認できます。

『モンスター・ハント 王の末裔』で突然役を提案される

スクリーンデビューにつながったのは、中国映画『モンスター・ハント 王の末裔』です。

この作品でも当初は、アクション監督の谷垣健治さんが日本から連れてきたスタントチームの通訳として呼ばれていました。

ところが現場に入ったあと、「こういう役がある」と出演を持ちかけられます。

大作の中で役をもらえたのは幸運なことでしたし、不思議な体験でした。

出典:ぴあ映画「国境を越えて活躍する日本人 第4回 藤本ルナ」(2022年6月10日)

通訳として入った映画現場で役を提案され、そのまま女優として最初の映画出演を果たしたという経緯です。

本人は完成作を見たとき、自分の演技に納得できず、多くの場面がカットされていたことも率直に話しています。

華々しいデビューとして記憶しているというより、自分の演技力を突きつけられた最初の現場でした。

『モンスター・ハント 王の末裔』は中国では2018年に公開され、日本では2020年に公開されています。プロフィール記事によって「2018年デビュー」「2020年デビュー」と表記が分かれることがありますが、本人は大学在学中の同作をデビュー作として語っています。

なお、この作品で仕事上の接点が確認できる谷垣健治さんとは、2026年8月に結婚を発表しました。

ただし、この撮影現場が二人の初対面だったとは本人の結婚発表で明言されていないため、出会いの時期までは断定できません。

藤本ルナが女優になった道のり|中国映画からハリウッド作品へ

『モンスター・ハント 王の末裔』で最初の役を経験したあと、藤本ルナさんは中国映画でヒロインを務めるようになりました。

そこから日本映画、ハリウッド作品へと出演地域を広げ、演技に加えて言語とアクションを使う役が増えていきます。

中国映画で主演を経験し、ハリウッドへ進む

中国では『淬火 Quench』『恩仇結 Revenge』でヒロインを演じ、その後は日本映画『水のない海』などにも出演しました。

2022年には『BLADE of the 47 RONIN』でマイ役を演じ、ハリウッド作品へ活動を広げています。

中国映画では北京語のセリフを担当しており、大学で俳優としての発音を細かく直された中国語を、実際の撮影で使う段階へ進みました。

日本映画『水のない海』では中国人留学生のジェニを演じています。

この役では中国の友人たちを参考にしながら、日本が好きで留学している人物という設定とのバランスを考えて演じたと、2022年のインタビューで話していました。

アクションだけを前面に出すのではなく、人物の性格や育った環境を組み立てて役へ入る経験も重ねています。

北京電影学院で中国語の発音に苦労した経験も、英語圏の作品でアクセントコーチをつけて役ごとの発音を確認する姿勢も、俳優としてセリフを扱うための準備です。

アクションについても、バレエやダンスだけでは現代格闘の動きに限界があると考え、詠春拳を学んでいます。

2022年には、自身のXでDJIのカメラを使ったデモ映像への出演を紹介し、撮影に向けてアクションチームから身体が痛くなるほど鍛えられたことを投稿していました。

中国語、日本語、英語を使い分けることと、身体を使った演技の両方が、出演作の幅を広げていきました。

『山猫は眠らない10』でレディ・デスを演じる

ハリウッド作品で大きな役を務めた一つが、『山猫は眠らない10 レディ・デスの奪還』です。

藤本さんが演じたのは、シリーズで重要な工作員レディ・デスでした。

ブランドン・ベケットらが、拘束されたレディ・デスを救出するために動く物語で、藤本さんは主役グループの一人として参加しています。

演技だけでなく、ダンスと詠春拳で培った身体表現を本格的なアクション作品で使う役を得ました。

作品ごとに必要な表現は変わるため、英語の役が決まったあとも発音矯正のコーチと脚本を読み、アクセントを確認していると話しています。

幼いころ北京で覚えた中国語、13歳から学んだ英語、北京電影学院での演技、ダンスと武術が、それぞれ別々の技術として仕事の現場で使われるようになりました。

藤本ルナの転機|海外から日本ドラマへ広がった俳優活動

海外映画でキャリアを重ねてきた藤本ルナさんは、コロナ禍を機に日本へ拠点を移しました。

日本映画への出演経験はそれ以前からありましたが、日本の連続ドラマへ本格的に参加したのは2026年です。

日本語・英語・中国語とアクションを作品ごとに使い分ける

所属事務所のプロフィールでは、日本語・英語・中国語に加え、詠春拳、キックボクシング、バレエ、ジャズ、モダン、ヒップホップなどが特技として挙げられています。

ただ、3言語を話せることは、幼少期から何の苦労もなく身についた能力ではありません。

中国語は日本へ戻ったあと一度話す力が落ち、アメリカで学び直しました。

英語は渡米後に基礎教材から勉強し、中国語も北京電影学院では俳優として通用する発音を改めて磨いています。

「トリリンガル」という結果だけを見るより、日本語・中国語・英語をそれぞれ必要な環境で学び直し、さらに俳優として通用する発音まで調整してきた過程を含めると、藤本ルナさんの経歴が分かりやすくなります。

アクションも同じで、バレエやダンスの経験に詠春拳を加え、作品に必要な動きへ対応してきました。

『八神瑛子』で日本ドラマ初出演、『VIVANT』で地上波へ

2026年、Huluオリジナルドラマ『八神瑛子 -上野中央署 組織犯罪対策課-』で日本のドラマに初出演しました。

演じたリカは、中国マフィアのボスであるリウ・インリーの秘書兼ボディガードで、格闘と銃を扱う戦闘要員です。

中国語とアクションの両方が役柄に組み込まれた、日本での連続ドラマ出演となりました。

自然と「このお二人についていきたい」という気持ちになり

出典:Hulu News & Information「Huluオリジナル『八神瑛子』主人公と手を結ぶ中国マフィア役として、りょう、藤本ルナの出演が決定!」(2026年6月5日)

黒木メイサさんやりょうさんと実際に芝居をしたことで、リカの方向性が定まったと話しています。

続いて出演したTBS日曜劇場『VIVANT』では君嶋役を担当しました。

『VIVANT』は藤本ルナさんにとって日本の地上波ドラマデビュー作です。

日本のテレビで藤本ルナさんを初めて見た人にとっては新しい俳優でも、その前には中国でのスクリーンデビュー、主演経験、日本映画、ハリウッド作品というキャリアがありました。

東京と北京で育ち、13歳でニューヨークへ渡り、北京電影学院で演技を学び、海外映画を経て日本のドラマへ進んだという順番です。

小学6年生のときに『トゥームレイダー』を見て思い描いた女優像から始まり、学ぶ場所も仕事を得る場所も国境を越えながら、俳優としての経験を積み重ねてきました。