PROFILE
人物プロフィール
『たまごっち!』シリーズのくちぱっち、『銀魂』の幼少期の坂田銀時、『ドラえもん』のはる夫など、作品ごとにまったく違うキャラクターの声を演じてきたのが矢口アサミさんです。
声優として長く活動した一方で、その出発点をたどると、代々木アニメーション学院、81プロデュース付属養成所、そして声優ワークショップ「talkback」へと、段階を踏んで演技を学んできた道のりが見えてきます。
アニメやゲームだけでなく、実写映画、舞台、朗読劇にも出演しており、所属していたケンユウオフィスからも「俳優」として紹介されていました。
2026年9月26日には47歳で急逝し、長く所属したケンユウオフィスは、創立初期から事務所を支えた存在だったことを伝えています。
一方で、父親や母親、兄弟姉妹、一般の学校生活など、プライベートな生い立ちについて残されている確かな情報は多くありません。
今回は、そんな矢口アサミさんの生い立ちや家族、学生時代、声優になるまでの道のり、代表キャラクターや俳優としての活動をご紹介します。
矢口アサミの生い立ち|埼玉県出身、子ども時代に確認できること
矢口アサミさんは埼玉県出身、7月31日生まれです。
所属事務所のプロフィールでは、身長159cm、血液型O型、特技にアクションと殺陣、趣味に鉄道やアクセサリー作り、歌が挙げられています。
本人のInstagramには、2026年7月31日の誕生日に撮影した自身の写真も投稿されていました。
矢口アサミさんの経歴で明確にたどれるのは、埼玉県で育ったのち、声優を目指して専門的な養成機関へ進んでからの歩みです。
幼少期と学生時代の公表情報
出身地は埼玉県とされていますが、市区町村まで含む具体的な地元や、小学校・中学校・高校の学校名について、本人や所属事務所などから確認できる確かな資料は限られています。
そのため、ネット上で語られている学校名や子ども時代のエピソードだけから、生育環境を組み立てることはできません。
ただ、後年のプロフィールにアクション・殺陣を特技として掲げ、鉄道やものづくりにも趣味を広げていたことから、声の仕事だけに活動を限定していた人物ではなかったことは分かります。
こうした特技は、のちに声優だけでなく舞台や実写作品にも出演するキャリアと並んで残されています。
声優を目指すまでに何をしていたのか
学生時代にどんな部活動をしていたのか、いつ声優という職業を知ったのかといった部分は、確かな本人発言までたどれる情報が多くありません。
その一方で、職業への最初の明確な一歩として確認できるのが、代々木アニメーション学院で学んだ経歴です。
同校の卒業生としても名前が掲載されており、その後は一つの学校だけで終わらず、さらに別の養成機関へ進んでいます。
「なぜ声優を目指したのか」という動機を推測するより、複数の養成環境を経てプロの世界へ近づいていった事実そのものが、矢口アサミさんの初期キャリアをよく表しています。
矢口アサミの家族|両親・兄弟姉妹と家庭環境
矢口アサミさんの家族については、出演歴や養成歴に比べて公開されている情報がかなり限られています。
父親や母親、兄弟姉妹との具体的なエピソードを裏付けられる本人発言も少ないため、家族像を推測で補わず、確認できる範囲を分けて見ていきます。
家族構成について確認できること
所属事務所の公式プロフィールには出身地や経歴、趣味・特技、出演作品などが詳しく掲載されていますが、父親・母親・兄弟姉妹についての記載はありません。
養成所や出演作品の公式資料にも、本人が育った家族の具体的な構成を特定できる情報はほとんど残されていません。
家族については情報量が少ないため、父親や母親の職業、兄弟姉妹の有無などを、根拠のないプロフィール情報から断定することはできません。
家族構成を無理に埋めるよりも、本人が公の場で積み重ねてきた経歴から、声優になるまでの道のりを追う方が実像に近づけます。
進路や声優への道に家族はどう関わったのか
芸能界入りを家族が勧めた、あるいは声優を目指すことに両親が反対したといった具体的な経緯についても、確かな本人証言として特定できる情報は限られています。
分かっているのは、一般の学生生活から直接プロになったのではなく、代々木アニメーション学院、81プロデュース付属養成所、talkbackと学ぶ場所を移しながら声の演技を磨いていったことです。
少なくとも進路としては一度きりの挑戦ではなく、複数の養成段階を経て仕事につなげていました。
声優を目指して養成所へ|代々木アニメーション学院からtalkbackまで
矢口アサミさんが声優として仕事を始めるまでの経歴は、所属事務所のプロフィールにはっきり残されています。
代々木アニメーション学院から81プロデュース付属養成所へ進み、さらにtalkback1期生となったという流れです。
声優になるまでの流れ:代々木アニメーション学院 → 81プロデュース付属養成所 → talkback1期生 → 2002年にプロデビュー。
代々木アニメーション学院と81プロデュース付属養成所で学ぶ
最初に経歴へ記されているのが、声優やアニメ業界の人材を育成する代々木アニメーション学院です。
その後は81プロデュース付属養成所へ進みました。
一つ目の養成環境を終えてすぐ所属声優になったのではなく、さらに専門的な環境へ移っているところに、デビュー前の時間の長さが見えてきます。
ただし、それぞれの学校を選んだ理由や在籍時期の細かな年月までは、公開プロフィールだけから補うことはできません。
talkback1期生となりプロの世界へ
さらに進んだのが、声優・堀内賢雄さんが主宰するtalkbackでした。
talkbackは2001年5月に声優ワークショップとして設立されており、矢口アサミさんは公式プロフィールに「talkback1期生」と記されています。
つまり、後にケンユウオフィスの養成所となる場所の、ごく初期から学んでいた一人でした。
堀内賢雄さんが有限会社ケンユウオフィスを設立したのは2002年5月で、矢口アサミさんのプロデビュー年とも重なります。
2026年に事務所が訃報を伝えた際にも、矢口アサミさんについてケンユウオフィスを創立初期から支えてきた存在だったと振り返っています。
養成所の1期生から所属俳優へという歩みは、本人のキャリアと事務所の初期の歴史が重なる部分でもありました。
2002年のデビューと新人時代
矢口アサミさんのデビュー年は2002年とされ、デビュー作にはドラマCD『DOUBLE CALL VI-放物線の彼方3-』が挙げられています。
同作では慎吾役を担当しました。
声だけで人物を演じる仕事からプロとしてのキャリアが始まったため、「芸能界入り」と「演技を始めた時期」を無理に別々の出来事として扱う必要はありません。
その後は海外ドラマの吹き替え、テレビアニメ、ゲーム、ボイスオーバーなどへ仕事の幅を広げていきます。
初期の出演作には『ファンタジック・チルドレン』のタルラント役などがあり、やがて作品名とキャラクター名が強く結びつく役も増えていきました。
くちぱっち・幼少期の坂田銀時へ|代表キャラで広がった声優活動
「矢口アサミさんは何のキャラの声を担当していたの?」と気になった人にとって、特に知られているのがくちぱっち、幼少期の坂田銀時、ソーヤーなどです。
子ども向け作品の親しみやすいキャラクターから、少年、強烈な個性を持つ大人の女性まで、担当役の幅はかなり広がっていました。
初期のアニメ出演から代表役まで
テレビアニメでは『ファンタジック・チルドレン』のタルラント、『ネットゴーストPIPOPA』の北山コースケなどを担当しました。
2006年の『BLACK LAGOON』では、暴力教会とも関わる掃除屋ソーヤーを演じています。
ソーヤーはチェーンソーを手にするゴス風の人物で、矢口アサミさんの代表キャラクターの一人として長く残りました。
2023年には小学館『サンデーGX』の公式企画で、スピンオフ漫画『BLACK LAGOON 掃除屋ソーヤー 解体!ゴアゴア娘』のPVにも起用され、再びソーヤーの声を担当しています。
一度演じたキャラクターが年月を経て再び公式企画で起用されたことも、ソーヤーが矢口アサミさんのキャリアに残った役だったことを示しています。
『たまごっち!』くちぱっちを担当
さらに大きな代表役となったのが、『たまごっち!』シリーズのくちぱっちです。
テレビ東京の番組記録でも、少なくとも2009年に初回放送されたエピソードから、くちぱっち役として矢口アサミさんの名前を確認できます。
その後の『GO-GO たまごっち!』でもキャストとして名を連ね、劇場版やゲームを含む『たまごっち!』シリーズでも同じ役を担当しました。
「矢口アサミのキャラ」と検索した人がまず押さえておきたい代表役の一つが、くちぱっちです。
単発のゲスト出演ではなく、シリーズをまたいで名前が残っている点でも、長い声優活動の中で大きな位置を占める役でした。
『銀魂』坂田銀時〈幼少〉など少年役も演じる
『銀魂』では、主人公坂田銀時の幼少期を担当しています。
所属事務所の公式プロフィールにも「坂田銀時〈幼少〉」と明記され、ゲーム『銀魂乱舞』でも同役が出演歴に記されています。
このほか、『牙-KIBA-』ではノアの幼少期、『Dies irae』では蓮の幼少期を演じるなど、少年期のキャラクターも複数担当しました。
一方では『スーパーロボット大戦OG』シリーズのカチーナ・タラスクや『BLACK LAGOON』のソーヤーといった役もあり、少年役だけに固定されない声のキャリアを築いています。
たてかべ和也とのつながりと『ドラえもん』はる夫役
矢口アサミさんの仕事をたどるうえで、作品名だけでは見えにくい重要な人物が、初代ジャイアン役などで知られるたてかべ和也さんです。
二人の交流は、所属事務所や『ドラえもん』で共演した水田わさびさんの記録にも残されています。
「たてかべチルドレン」として続いた交流
2018年、水田わさびさんは自身のテレビ朝日公式ブログで、橘U子さん、矢口アサミさん、自身の3人を「たてかべチルドレン」として紹介しました。
その記事には、たてかべ和也さんが体調を崩したあと、水田わさびさんがお見舞いへ行くと矢口アサミさんがいつもそばにいたというエピソードも残されています。
2026年の訃報でも、ケンユウオフィスは矢口アサミさんが明るく面倒見のよい人物だったことに加え、たてかべ和也さんに特にかわいがられていたことを振り返りました。
たてかべ和也さんとの関係は、単に同じ業界にいたというものではなく、入院中にも交流が続いていたことを共演者の記録からたどれます。
ただし、この関係が後の『ドラえもん』出演を直接決めたという事実は確認されていないため、二つを因果関係として結びつけることはできません。
『ドラえもん』ではる夫を演じる
矢口アサミさんは『ドラえもん』で、のび太のクラスメイトの一人であるはる夫を担当しました。
ORICONのプロフィールでは、『ドラえもん』が2018年の代表作として記載されています。
水田わさびさんも後年の公式ブログで矢口アサミさんを「はる夫くん役」と紹介しており、収録現場の外でも交流が続いていました。
映画でも『映画ドラえもん のび太の月面探査記』で、はる夫とホルル、『映画ドラえもん のび太の新恐竜』では、はる夫を演じています。
たてかべ和也さんと深い交流を持ったのち、『ドラえもん』のキャストとして作品に加わったことは、矢口アサミさんの後半のキャリアをたどるうえで印象的な出来事です。
水田わさびが伝えた矢口アサミの人物像
『ドラえもん』の現場で一緒になった水田わさびさんのブログには、矢口アサミさんの人柄が見える小さな場面がいくつも残されています。
たてかべ和也さんのお見舞いに通っていた話だけでなく、2025年には水田わさびさんの舞台を観劇し、差し入れを届けたことも記されています。
水田わさびさんはその品について、役者同士ならではの選び方だったと紹介していました。
仕事のクレジットだけを並べると見えませんが、こうした記録を追うと、共演者との関係が一つの作品で途切れず続いていたことが分かります。
所属事務所が訃報で「創立初期から支えてくれた」存在として振り返ったことも、長く同じ場所で仕事を重ねてきた年月を物語っています。
声優だけではない俳優活動|映画・舞台・朗読劇まで
矢口アサミさんの仕事は、アニメキャラクターの声だけではありませんでした。
実写映画、舞台、朗読劇にも出演し、声だけで演じる仕事と、人前やカメラの前で演じる仕事の両方を続けています。
実写映画や舞台にも出演
実写映画では、三池崇史監督の『ヤッターマン』に「棒読み女」役で出演しました。
所属事務所のプロフィールには舞台『遊楽者 旗揚げ公演 NHK入ってますか~National Hilarious Keeper』への出演も掲載され、バリ役を演じています。
さらに2021年2月には、遊楽者が原案・演出を担当した現代劇の舞台にも出演しました。
プロフィールでアクションと殺陣を特技としていたことも含め、声優を本業としながら舞台や実写へ演技の場を広げていたことが分かります。
そのため矢口アサミさんの場合、2002年の声の仕事を「声優デビュー」、後の舞台や映画をまったく別の「女優デビュー」と切り離すより、演技活動が複数の媒体へ広がっていった流れとして見る方が自然です。
朗読劇で見せた俳優としての活動
声の芝居と舞台の中間にある仕事として、朗読劇にも出演しています。
2019年3月16日に開催された『よろず占い処 陰陽屋へようこそ 春の狐まつり』では、沢崎みどり役を担当しました。
この公演は原作者・天野頌子さんによる書き下ろしシナリオを声優陣が演じるリーディングライブで、矢口アサミさんもキャラクターの一人としてステージに立っています。
作品へのコメントでは、瞬太の母・みどりとして作品に関われる喜びや、登場人物のリアリティーと身近さについて語っていました。
アニメ、吹き替え、ゲーム、ドラマCD、朗読劇、舞台、実写映画と並べてみると、「声優」という肩書きだけでは収まりきらない演技の仕事を積み重ねていたことが見えてきます。
2026年9月26日に逝去
2026年9月28日、ケンユウオフィスは、矢口アサミさんが同年9月26日に急逝したことを発表しました。
所属事務所によれば死因は心不全で、47歳でした。
葬儀は遺族の意向により、近親者のみで執り行われることも伝えられています。
ケンユウオフィス代表の堀内賢雄さんとスタッフは、矢口アサミさんを事務所の創立初期から支えてきた俳優として振り返り、明るく面倒見のよい人物だったことを伝えました。
talkback1期生から始まった歩みは、2002年のデビューを経て20年以上続きました。
くちぱっちや幼少期の坂田銀時、ソーヤー、はる夫をはじめ、矢口アサミさんが吹き込んだ声は、それぞれの作品とキャラクターの中に残されています。
















