PROFILE
人物プロフィール
ドラマや映画でさまざまな役を演じ、難しい技を次々と習得する「ワイルド・スピード森川」としても知られる女優・森川葵さん。
2025年には『スティンガース 警視庁おとり捜査検証室』で、ゴールデン・プライム帯の連続ドラマ初主演を果たしました。
そんな森川さんですが、芸能界に入った理由は、女優やモデルになる夢をかなえるためではありませんでした。
愛知県東海市で5人きょうだいの2番目として育ち、中学3年生のとき、自分でお小遣いを稼ぎたいと考えたことが最初のきっかけです。
モデル活動を始めてからも、地元の高校で友人たちと過ごす時間を大切にしながら、少しずつ演技の仕事へ進んでいきました。
今回は、そんな森川葵さんの生い立ちや家族、学生時代、芸能界へ入ったきっかけ、モデルから女優になるまでの道のりをご紹介します。
森川葵の生い立ち|愛知県東海市で過ごした子ども時代
森川葵さんは、1995年6月17日生まれ、愛知県東海市出身です。
名古屋市の南側に位置する東海市で育ち、2010年に芸能界へ入るまでは地元で学校生活を送っていました。
小学生時代は教室でお絵描きやトランプ
難しい技を短時間で覚える姿が印象的な森川さんですが、子どもの頃からスポーツが得意だったわけではありません。
2024年のドラマ『放課後カルテ』の記者会見では、小学生時代の過ごし方を振り返っています。
共演した松下洸平さんが外で遊ぶのが好きだったと話す一方、森川さんは教室の中で絵を描いたり、友達とトランプをしたりすることが多かったそうです。
小学6年生頃には、自分は運動が好きではないのかもしれないと感じ始め、休みの日も家でゲームをするなど、室内で過ごすことを好んでいました。
さらに、2024年の東京新聞のインタビューでは、幼い頃から歌も得意ではなかったと明かしています。
母親に人前で歌わない方がよいと言われたこともあったそうで、後にテレビ番組で多彩な技を披露する姿とは、少し違った子ども時代が見えてきます。
幼い頃の夢はイルカだった
森川さんには、幼稚園の頃に憧れていた意外な存在もありました。
2026年10月5日、映画『見上げてごらん』の完成披露舞台あいさつで、子どもの頃になりたかったものを尋ねられると、「イルカ」と回答しています。
理由は、イルカのように泳いでみたかったから。
ところが、大人になってからは海が苦手になったそうで、幼い頃の憧れとの違いを笑いながら話していました。
小学生時代は室内遊びが好きで、幼稚園ではイルカに憧れていた森川さん。
芸能界に入る以前は、愛知県でごく普通の学校生活を送りながら成長していきました。
森川葵の家族|5人きょうだいの2番目として育つ
森川葵さんは、5人きょうだいの上から2番目として育ちました。
母親との関係についてもたびたびインタビューで語っており、芸能界へ入るときの相談相手も母親だったそうです。
兄弟姉妹と過ごした子ども時代
2018年の『anan』のインタビューで、森川さんは自分が5人きょうだいの2番目であることを明かしています。
兄が高校を卒業すると一人暮らしを始めると知り、自分も高校卒業後には親に頼らず生活しなければならないのではないかと考えたそうです。
当時の森川家には、決まった金額のお小遣いを渡す習慣がありませんでした。
友達が学校帰りにコンビニで食べ物を買っている姿を見ても、森川さんは同じように自由に買い物ができなかったといいます。
きょうだいの多い家庭で育ったことと、兄の自立を意識したことは、まだ中学生だった森川さんがお金を稼ぐ方法を考え始めた背景にありました。
森川葵さんの家族構成
本人は5人きょうだいの2番目で、兄がいることを明かしています。兄弟姉妹の詳しい年齢や職業などは、本人が語った情報と区別して扱う必要があります。
母親が語った「自由にやれば」の言葉
森川さんが芸能界に入ることを母親に相談したのは、中学3年生のときでした。
地元の愛知県から東京の芸能界へ進むことについて、母親に反対されてもおかしくないと考えていたそうです。
ところが、母親の返事は森川さんの予想とは違っていました。
「やりたいんだったらやればいいよ。自由にすれば」
出典:東京すくすく・東京新聞「俳優 森川葵さん 芸能界入りを相談したら『自由にやれば』と母」(2024年7月22日)
母親は森川さんの選択を否定せず、自分で決めることを認めてくれました。
2024年の同インタビューでは、母親とけんかをしたり、母親を嫌になったりしたことが一度もないとも話しています。
母親は感情を大きく表に出さず、本人に細かな指示をすることもなかったそうです。
仕事を辞めたいと弱音を吐いたときにも、母親は無理に続けるよう説得するのではなく、本人に選択を任せていました。
森川さんは、そんな母親の自分の考えで生きる姿勢を尊敬していると語っています。
2024年5月には、日本テレビ系『DayDay.』で、母親を「カオリさん」と呼び、母親からは「あおいさん」と呼ばれていることも明かしました。普段から敬語で話すほど仲がよいそうです。
2025年に『A-Studio+』へゲスト出演した際にも、母親が自分に細かく干渉しなかったため、自由に仕事を続けてこられたと振り返っています。
母親が買ってきた鬼まんじゅうの思い出
森川さんの子ども時代には、家族で分け合って食べたお菓子の思い出もあります。
2018年10月、日本テレビの『沸騰ワード10』で紹介されたのは、愛知県で親しまれている「鬼まんじゅう」です。
鬼まんじゅうは、角切りのサツマイモを生地に混ぜて蒸した、愛知県などで親しまれる素朴なお菓子です。
母親が仕事帰りにスーパーへ寄り、特売になっているお菓子を買ってきてくれることがあったそうです。
それをきょうだいで分け合って食べる時間が、森川さんにとって楽しみの一つでした。
華やかな芸能活動を始める以前には、仕事帰りの母親が買ってきてくれるお菓子を楽しみにする、家族の日常がありました。
森川葵の中学時代|お小遣いが欲しくてモデルに応募
森川葵さんが芸能界に入ったのは2010年、中学3年生のときです。
きっかけとなったのは、ファッション雑誌『Seventeen』の専属モデルオーディションでした。
友達のようにコンビニで買い物がしたかった
中学生だった森川さんが欲しかったのは、学校帰りに友達と好きな食べ物を買えるくらいのお金でした。
コンビニで肉まんやチキンを買う友達を見て、自分も同じことをしてみたいと思ったといいます。
しかし、中学生では一般的なアルバイトをすることが難しく、家族から自由に使えるお小遣いをもらうこともありませんでした。
そこで思いついたのが、新聞配達と芸能界の仕事です。
ファッション雑誌に掲載されていたモデル募集を知った森川さんは、自分で応募することを決めました。
女優になる夢が先にあったのではなく、働いてお小遣いを手に入れたいという気持ちから芸能界への扉を開いたのです。
2017年のキャリタス進学のインタビューでも、モデルのオーディションを知り、思い切って応募したことが芸能界入りのきっかけだったと振り返っています。
2010年にミスセブンティーンのグランプリを受賞
森川さんが応募したのは、集英社のファッション雑誌『Seventeen』が開催していた「ミスセブンティーン2010」です。
応募者は5,575人。
その中から森川さんは、三吉彩花さん、阿部菜渚美さん、西野実見さん、北山詩織さんとともに、5人のグランプリ受賞者の一人に選ばれました。
2010年8月18日には、東京・両国国技館で開催された「Seventeen夏の学園祭2010」で、ほかの受賞者たちとともにお披露目されています。
15歳で『Seventeen』の専属モデルとなり、芸能活動をスタートさせました。
森川さんにとって、このオーディションへの応募は自分から起こした行動でした。
所属事務所へ入った後は、モデルとしての撮影だけでなく、演技の仕事にも関わるようになっていきます。
森川葵の高校時代|工芸系高校で学びモデル活動と両立
森川葵さんは、モデル活動を始めた後も愛知県で高校生活を送っていました。
2017年10月のインタビューでは、最初の2年間は愛知県の工芸系高校に通い、卒業は東京の高校だったと明かしています。
インテリア科で過ごした高校生活
森川さんが愛知県で通っていたのは、インテリア科のある工芸系高校でした。
周囲には個性的なファッションを楽しむ生徒が多く、その姿から影響を受けることもあったそうです。
ルーズソックスを履いたり、濃いメイクをしたり、カラーコンタクトを使ったりと、自分の好きなファッションを楽しんでいました。
2016年の『A-Studio』就任時のインタビューでは、高校進学について次のように話しています。
「高校では自分をやり直そうと思って、あえて遠い高校に入りました。」
出典:ORICON NEWS「森川葵、『A-Studio』起用は人生のターニングポイント」(2016年3月31日)
地元の友人がいる中学校から、あえて離れた高校へ進むことを選んだ森川さん。
本人にとっては、高校進学そのものが大きな転機だったのです。
愛知と東京を往復しながら仕事を続けた
高校時代には、すでに『Seventeen』の専属モデルとして撮影に参加していました。
学校は愛知県にあったため、仕事が入るたびに東京へ向かう生活を送っていたそうです。
移動と学業を両立するのは簡単ではなく、授業への出席日数が足りなくなりそうになったこともありました。
それでも、モデルの仕事を続けたいという気持ちがあったため、学校の勉強にも取り組んでいました。
2017年のキャリタス進学のインタビューでは、文化祭で友達とおそろいのメイクをして写真を撮った思い出も明かしています。
モデルとして撮影現場に立つ一方、学校では友達とおしゃれを楽しみ、行事にも参加していました。
芸能界に入っていたからといって、高校での日常を手放していたわけではありませんでした。
高校途中で東京へ移り卒業
森川さんは2017年の「前の向き方」というインタビューで、愛知県の工芸系高校に最初の2年間通った後、東京の高校で卒業したと語っています。
そのため、愛知県で通っていた高校と、実際に卒業した高校は区別する必要があります。
愛知県ではインテリア科で学び、東京では卒業まで高校生活を続けたというのが、本人の言葉から確認できる経歴です。
出身高校について
森川さん本人は、愛知県の工芸系高校に最初の2年間通い、東京の高校で卒業したと説明しています。愛知県で通った高校をそのまま卒業校とする情報には注意が必要です。
高校時代に工芸やインテリアを学んだ経験は、その後も本人の記憶に残っていました。
2025年の『A-Studio+』では、高校時代の親友が登場し、当時から手先が器用だったというエピソードも紹介されています。
学生時代の友人との関係は、高校卒業後も続いていきました。
森川葵が女優になるまで|初めての演技オーディションとデビュー
森川葵さんの芸能活動は、2010年のモデルデビューから始まりました。
しかし、モデルとして芸能界に入ったことと、女優として演技の仕事を始めたことは別の出来事です。
森川さん自身も、当初から女優になろうと決めていたわけではなく、事務所に入ったことをきっかけに演技の仕事へ進んだと振り返っています。
最初の演技オーディションでは洋服店の会話に挑戦
森川さんが初めて受けた俳優のオーディションは、所属事務所の社長に初めてあいさつをする日でした。
2018年のテレ朝POSTのインタビューでは、そのときの課題を具体的に語っています。
内容は、洋服店で友達と目の前の商品を買うかどうか話し合うというもの。
演技の経験が少なかった森川さんにとって、最初のオーディションは思うようにいかなかったそうです。
「ちなみに、オーディションの手応えはダメダメでした…(笑)」
出典:テレ朝POST「『自分を嫌うことは他人も傷つける』新進女優・森川葵が気づいた一番大切なこと」(2018年1月27日)
最初の演技オーディションは、手応えのある成功体験ではありませんでした。
それでも事務所に所属してから映画やドラマへの出演機会が生まれ、モデルとは異なる仕事を経験していきます。
映画『LOVE ToRAIN』とドラマ『スプラウト』への出演
女優としての初期の出演作に、映画『LOVE ToRAIN-ラヴトレイン-』があります。
所属事務所の出演記録では、2012年の映画『LOVE ToRAIN-ラヴトレイン-』を主演作品として掲載しています。
この作品は、2012年の女優デビュー作として紹介されることが多い一方、資料によって2011年の作品と記載されている場合もあります。
制作や上映の時期と、所属事務所が整理する出演年を区別して見る必要があります。
同じ2012年には、日本テレビ系ドラマ『スプラウト』にも出演しました。
知念侑李さんが主演する青春ドラマで、森川さんは池之内実紅役を演じています。
映画だけでなくテレビドラマにも出演するようになり、演技の仕事が少しずつ広がっていきました。
当初はモデルとして活動していた森川さんですが、ドラマや映画の現場で役を演じる経験を積み重ねていきます。
森川葵の新人時代|映画主演とSeventeen卒業
2012年に映画やテレビドラマへ出演した森川さんは、翌年以降も主演作品を経験していきます。
まだ『Seventeen』の専属モデルを続けていた時期から、映画の中で大きな役を任されていました。
『スクールガール・コンプレックス』で映画主演
2013年8月17日に公開された映画『スクールガール・コンプレックス~放送部篇~』では、門脇麦さんとともに主要人物を演じました。
森川さんが演じたのは、希望ヶ丘女子高等学校の放送部長・新谷マナミです。
学園祭で披露する朗読劇の演目を決められずにいるマナミと、放送部に入ってきた三塚チユキとの関係を中心に描いた青春映画でした。
モデルとしてカメラの前に立つ仕事を続けながら、映画では登場人物の感情を表現する役割を担うようになりました。
2014年には映画『渇き。』やドラマ『ごめんね青春!』などにも出演し、異なる役柄を経験しています。
後年のインタビューでは、『渇き。』への出演によって名前を知ってもらえたと感じたことや、『ごめんね青春!』で新しい役柄を見せられたと感じたことを語っています。
『チョコリエッタ』で丸刈りにして役を演じた
2015年1月17日に公開された映画『チョコリエッタ』では、菅田将暉さんとともに主演を務めました。
森川さんが演じたのは、母親と愛犬を亡くした高校生・知世子です。
この作品では、髪を約30センチ切り、丸刈りにして撮影に臨んだことも注目されました。
大きく印象が変わる髪型でしたが、本人は髪を切ることに特別な抵抗はなかったと語っています。
当時は髪が傷んでいたため、丸刈りにできることをむしろ好意的に受け止めていたそうです。
2015年11月のDeviewのインタビューでは、この作品について、役を演じようと意識しなくても自然に言葉や体が動く感覚を初めて経験したと振り返っています。
俳優として現場を重ねる中で、演じる人物になりきる感覚をつかんでいったことがうかがえます。
2015年にSeventeen専属モデルを卒業
森川さんは、2015年2月28日発売の『Seventeen』4月号をもって専属モデルを卒業しました。
2010年にグランプリを受賞して以来、約4年半にわたって続けてきたモデル活動の節目です。
2018年の『anan』のインタビューでは、同期のモデルと比べて自分の身長が低かったことにも触れています。
ファッションページよりも読み物ページの撮影を任されることが多く、撮影中に表情や動きを細かく指示される経験が、後の演技にも役立ったかもしれないと話していました。
モデルとしての経験を経て、2015年にはテレビドラマ『テディ・ゴー!』で連続ドラマ初主演も果たしています。
モデル時代から森川さんを知るファンとのつながりは、その後も続いていました。
2023年7月には、本人のスタッフ公式Xアカウントで、かつて『Seventeen』の最終オーディションに投票してくれたファンへの感謝をつづっています。
中学3年生で始まったモデル活動は、女優として歩み始めた後も、森川さんとファンをつなぐ大切な経歴として残っていました。
森川葵が女優を続けた理由|仕事への迷いと転機
若い頃から主演作品を経験してきた森川葵さんですが、最初から女優という職業に強い確信を持っていたわけではありません。
10代の頃には、このまま芸能界の仕事を続けていくのか、自分の将来について考えることもあったそうです。
2016年の『A-Studio』で考え方が変わった
2016年4月、森川さんはTBS系トーク番組『A-Studio』の8代目アシスタントに就任しました。
それまで映画やドラマで役を演じる仕事が中心だった森川さんにとって、自分自身の言葉で人と話す仕事は新しい挑戦でした。
2016年3月のORICON NEWSのインタビューでは、人と話すことがあまり得意ではなく、初収録では非常に緊張したと振り返っています。
番組では、笑福亭鶴瓶さんのアシスタントとして、俳優やアーティストなどさまざまな分野で活躍する人たちの話を聞くことになりました。
その経験について、2017年10月のインタビューで次のように語っています。
「やっぱり『A-Studio』は大きかったです。」
出典:チェリー「森川葵『前の向き方』」(2017年10月13日)
いろいろな人の話を聞き、鶴瓶さんと接することで、それまでの考え方が変わっていったといいます。
以前よりも人と関わることが楽しくなり、仕事に対しても前向きになれたと振り返っています。
当時の本人の言葉や表情は、『A-Studio』アシスタント就任時のインタビュー映像にも残っています。
2017年には、それまで自分の演技に意味があるのかと悩むこともあったと明かしています。
しかし、多くの現場を経験し、人との関わりが増えたことで、以前よりも自分を肯定的に捉えられるようになっていました。
演技への気持ちが変化し、2018年に初舞台へ
2018年の『anan』のインタビューでは、女優として仕事を続けていくことへの思いにも変化があったと語っています。
20歳を迎える頃には、同世代の友人たちが就職し始め、自分もこの仕事をずっと続けるのだろうかと考えることがあったそうです。
そんな中、仲のよい友人が就職し、通勤や仕事の大変さを聞く機会がありました。
友人と話しているうちに、自分は仕事が大変でも、俳優の仕事そのものを嫌だと思ったことはほとんどないと気づいたといいます。
「私、この仕事が好きなんだ」
出典:anan「注目度No.1女優・森川葵、お小遣い欲しさにモデルになる?」(2018年)
女優という仕事を好きだと自分で実感したのは、デビューから何年もたった後のことでした。
2018年11月には、宮藤官九郎さんが演出を手がけた舞台『ロミオとジュリエット』でジュリエット役を演じ、初舞台に立ちました。
三宅弘城さんがロミオを演じたこの作品は、東京・本多劇場をはじめ、複数の都市で上演されています。
映画やテレビドラマに加え、観客の前で演じる舞台という新しい仕事にも挑戦するようになりました。
森川葵の転機|ワイルド・スピード森川から連ドラ主演へ
女優として映画、ドラマ、舞台の出演を重ねてきた森川葵さんは、2019年以降、バラエティ番組でも注目されるようになりました。
難しい技を短期間で習得する姿から、「ワイルド・スピード森川」という呼び名でも知られるようになります。
難技への挑戦で「ワイルド・スピード森川」と呼ばれる
森川さんがさまざまな技へ挑戦していたのは、中京テレビ制作の『それって!?実際どうなの課』です。
番組では、達人から教わりながら、テーブルクロス引きやアーチェリー、ダイススタッキングなどに挑戦しました。
通常なら習得に時間のかかる技を、限られた時間の中で成功させる姿が話題になりました。
本人は、2024年の東京新聞のインタビューで、子どもの頃から運動が得意だったわけではないと説明しています。
また、2023年の番組関連取材では、技の習得について、集中することと、手の感覚で動きを修正していくことを挙げていました。
数々の挑戦を経て、森川さんはテレビの企画を超えた競技の世界にも進んでいきます。
2023年にスポーツスタッキングのアジア大会でメダル獲得
2023年11月17日から19日に韓国で開催された「WSSA 2023 Asian Open Sport Stacking Championships」に、森川さんは日本代表として出場しました。
スポーツスタッキングは、専用のカップを決められた形に積み上げ、元に戻すまでの速さを競う競技です。
森川さんは、この大会で金・銀・銅の3つのメダルを獲得しました。
2023年アジア大会の成績
金メダル:3-6-3タイムリレー/25歳以上部門・団体
銀メダル:ダブルス/25歳以上部門・ペア
銅メダル:3-6-3/マスターズ1女性部門・個人
※WSSA-JAPAN公式記録
大会後のコメントでは、短い練習期間だったものの、一生懸命取り組んだ結果を出せてうれしいと喜びを語っています。
同年11月には日本テレビ系『ZIP!』にも出演し、スタジオでスポーツスタッキングの技を披露しました。
中学生の頃はお絵描きやトランプが好きで、運動は得意ではなかったという森川さん。
2023年には、スポーツスタッキングの日本代表として国際大会で結果を残しました。
2025年『スティンガース』でGP帯連ドラ初主演
2025年7月22日から放送されたフジテレビ系ドラマ『スティンガース 警視庁おとり捜査検証室』では、森川さんが主演を務めました。
演じたのは、警視庁のおとり捜査チームを率いる二階堂民子です。
この作品は、森川さんにとってゴールデン・プライム帯の連続ドラマ初主演作品となりました。
それ以前にも、2015年の『テディ・ゴー!』、2023年の『褒めるひと褒められるひと』などで連続ドラマの主演を経験しています。
そのため『スティンガース』は、女優として初めて主演した作品ではなく、GP帯の連続ドラマで初めて主演を務めた作品という位置づけです。
15歳で『Seventeen』のモデルとして芸能界入りし、初めての演技オーディションでは手応えがなかったと振り返っていた森川さん。
映画やドラマ、舞台で経験を重ねた後、2025年にはGP帯連続ドラマの主演という新たな節目を迎えました。
















