PROFILE
人物プロフィール
『魔進戦隊キラメイジャー』の追加戦士として俳優デビューし、『仮面ライダーガヴ』『40までにしたい10のこと』で広く知られるようになった庄司浩平さん。
2026年8月現在はTBS系ドラマ『Tシャツが乾くまで』に出演し、同年10月には『俺たちの箱根駅伝』で大学生ランナーを演じます。
身長188cmの長身を生かしてモデルとしても活動していますが、学生時代は人前に出る仕事を考えておらず、海外で働くために英語を勉強していました。
その予定が変わったのは、大学生のときにアルバイト帰りの電車で声をかけられたことからでした。
今回は、そんな庄司浩平さんの生い立ちや家族、高校・大学時代、芸能界へ入ったきっかけ、俳優として最初の仕事、デビュー後の転機などをご紹介します。
庄司浩平さんは1999年10月28日生まれ、東京都出身、身長188cm、血液型A型で、オスカープロモーションに所属しています。
庄司浩平の生い立ち|本とバスケットボールのある子ども時代
庄司浩平さんは東京都で育ち、子どもの頃から本とバスケットボールに親しんできました。
芸能界への憧れを強く持っていたわけではなく、映画やドラマも一人の視聴者として楽しんでいたそうです。
家で過ごすときは本を読み、外へ出ればバスケットボールの練習へ向かう生活が、長く続きました。
サンタクロースからの贈り物は絵本や小説
幼い頃、クリスマスにサンタクロースから届くプレゼントは、絵本や小説でした。
大人になってからは多い年で年間100冊ほど読み、図書館の本に囲まれた雰囲気や紙の本の装丁にもひかれると話しています。
2022年には自身のnoteで短編小説の発表を始め、後に文芸Webサイトで小説を執筆する仕事にも進みました。
読む本は小説だけに限らず、エッセイや漫画まで幅広く、移動中にも本を開く習慣があるそうです。
幼い頃に贈られた本は、俳優になってから自分で文章を書く活動へ進んだ後も、身近な存在であり続けています。
小学3年生で始めたバスケを高校まで続ける
バスケットボールを始めたのは小学3年生で、高校まで部活動を続けました。
NBAも長年観戦しており、米国フロリダ州に本拠地を置くマイアミ・ヒートを応援しています。
社会人になってからも競技との関係は続き、Bリーグ中継のゲスト解説や公式SNSのレポーター、選手への英語インタビューを担当するようになりました。
俳優の仕事が始まってからも、時間を見つけて試合会場へ足を運び、競技を見る側としてバスケに関わっています。
庄司浩平の家族|母親・父親・2歳上の兄とのエピソード
庄司浩平さんが本人の言葉で明かしている家族は、父親、母親、2歳上の兄です。
家族の職業は公表されていませんが、母親と兄については子ども時代の具体的な話をいくつも語っています。
母親が兄弟に『君に届け』を渡した理由
母親は、良くないことをはっきり注意する厳しさのある人でした。
庄司さんはランドセルの奥にプリントをため込み、ぐしゃぐしゃになった状態で見つかっては怒られていたそうです。
母親が兄弟へ繰り返し伝えていたのは、力がある側だからこそ、他者へ優しくするという考え方でした。
すべての生物に優しくしなければいけない
出典:STORY「話題の俳優・庄司浩平さん、『君に届け』から学んだ男性像とは?『母から厳しく育てられました』」(2025年10月27日)
庄司さんが小学3年生、兄が小学5年生だった頃には、母親から少女漫画『君に届け』を手渡されました。
少年漫画には男の子が思い描くヒーローが登場する一方、女性作家が描く作品には女性から見た理想の男性がいるとして、母親は兄弟に風早翔太のような男性になることを勧めたそうです。
兄弟は母親の勧めで同作を読み、庄司さんは大人になってからも風早翔太を、男性として格好いいと思う人物に挙げています。
逃げ出したスイミングと、きれい好きな父親
小学1年生の頃には、兄と一緒にスイミングスクールへ通っていました。
泳ぐことが嫌で泣きながら逃げようとしたところ、行く先に母親が立っていたため、最後はトイレへ隠れたこともありました。
父親について確認できる具体的な話は多くありませんが、庄司さんは父親がきれい好きだったと話しています。
本人は整理整頓があまり得意ではなく、母親からも毎日片付けるように言われていましたが、一人暮らしを始めてから自分で掃除するようになりました。
大学へ通い始めた頃には、着ていく服を母親に選んでもらう日もありました。
後に身長を生かしてランウェイへ立つことになりますが、この時点では服を仕事にすることも考えていませんでした。
庄司浩平の高校・大学はどこ?バスケと留学準備に打ち込んだ学生時代
庄司浩平さんは高校までバスケットボールを続けた後、大学へ進学しています。
高校では練習量の多いバスケ部に所属し、大学では海外で働くことを考えて語学や資格の勉強をしていました。
中学・高校・大学の校名は公表されている?
庄司浩平さんの出身中学校・高校・大学の校名と大学の学部は公表されていません。
所属事務所の公式プロフィールには東京都出身と記載されていますが、学校名は掲載されていません。
本人インタビューから、大学へ進学したことや、大学1年生から留学を目標にしていたことまでは確認できます。
インターネット上では専修大学附属高校や専修大学の名前が広がっていますが、本人発言や学校の公式記録など、校名を確定できる根拠は示されていません。
確認できるのは大学に在籍していた事実までで、専修大学や特定の学部だったとは断定できません。
朝5時台に家を出た強豪バスケ部の日々
高校では強豪校のバスケットボール部に入り、高校3年生の11月から始まるウインターカップ予選まで競技を続けました。
朝練がある日は毎朝5時台に家を出て、放課後も部活に取り組む生活でした。
母親は大きなおむすびを2つ、二段弁当、菓子パンまで用意し、おむすびの海苔は食べる直前に巻けるようアルミホイルで別添えにしていました。
母は毎朝すごい量のお弁当を作ってくれていました。
出典:ar「庄司浩平さんの最新インタビューまとめ|読書・食・ファッション・恋愛観までarで見せてくれた素顔に迫る♡」(2026年4月24日)
バスケ中心の高校生活でも勉強を続け、本人によれば成績は上位層に入っていました。
部活動の事情を知る担任は、授業中に眠ってしまったときも、成績を保ち、グループワークには参加することを条件に見守ってくれたそうです。
引退が一般的な高校3年生の夏より遅かったため、受験勉強と最後の大会へ向けた練習が重なる時期もありました。
海外就職を考え、英語と留学準備に取り組んだ大学時代
大学へ進んだ時点では、俳優ではなく会社員になる可能性が高いと考えていました。
就職活動で話せる経験を作ろうと考え、大学1年生の夏に秘書検定2級を取得しています。
その一方で、NBAと海外への関心からフロリダ州の大学への交換留学を計画し、大学3年生から4年生の半ばまで米国で過ごした後、東海岸で働くことを思い描いていました。
もともと海外で働こうと思っていた
出典:Real Sound「庄司浩平はなぜ役者を仕事に選んだのか 『つながっていると信じて、今やれることをやる』」(2025年7月18日)
海外就職と交換留学に備えて学んだ英語は、日常会話ができる特技になりました。
昼食代は両親から1日500円と決められ、安く済ませて差額を残すために自炊も始めています。
少ない予算で食べたいものを作ろうとするうちに料理の種類が増え、コロナ禍には食に関する資格取得へ進みました。
バイト帰りの電車でスカウトされ芸能界へ
海外で働く準備をしていた大学時代に、予定していなかった選択肢が現れました。
芸能界への入口になったのは、自分から応募したコンテストやオーディションではありません。
19歳の大学生が電車内で声をかけられる
庄司浩平さんは19歳の大学生だった頃、アルバイト帰りの電車内でスカウトされました。
映画やドラマは見ていたものの、出演する側を目指していたわけではなく、大学ではバスケや勉強に時間を使っていました。
本人は当時を、クラスの目立つ場所ではなく後ろのほうで友人と過ごし、人前へ出ることも得意ではなかったと振り返っています。
それまで想定していた進路は海外で働く会社員であり、スカウトされた時点でも留学準備を進めていました。
2019年に青山表参道Xへ入り、友人には伏せていた
2019年10月、男劇団 青山表参道Xのメンバーに加入し、オスカープロモーションで芸能活動を始めました。
ただし、事務所に所属したことは友人へ知らせていませんでした。
後に『魔進戦隊キラメイジャー』へ出演すると、「同じ名前と年齢で、顔も似た人がテレビに出ている」と友人から大量のLINEが届きました。
スポットライトを浴びるタイプではなかったため、両親や友人も芸能界入りを意外に感じたそうです。
所属後もしばらくは大学生活を続けながら、撮影やオーディションへ向かう道を探していました。
ほぼ初めてのオーディションで『キラメイジャー』出演
事務所へ所属したことと、俳優として仕事を始めたことは同じ時期ではありません。
庄司浩平さんの最初の本格的な演技仕事は、所属から約半年後に発表されたスーパー戦隊シリーズでした。
追加戦士に選ばれ『魔進戦隊キラメイジャー』で俳優デビュー
庄司さんは『魔進戦隊キラメイジャー』の新戦士を選ぶオーディションを受けました。
俳優として受けた本格的なオーディションは同作が初めてで、審査では技術を見せるよりも、自分の印象を残すため質問へ積極的に答えました。
今回のオーディションも楽しくしゃべったなぁ
出典:テレビ朝日「―ワンダーに行かせてもらうぜ!―銀の戦士・キラメイシルバーに庄司浩平が決定!」(2020年4月29日)
本人には合格の手応えがなく、決定後も実感が湧きませんでしたが、衣装合わせや撮影セットの見学を重ねるうちに状況を受け止めていきました。
2020年、クリスタリア宝路/キラメイシルバー役でテレビドラマに初出演し、俳優デビューしました。
2019年は事務所と劇団へ入った年、2020年は初めて演技作品へ出演した年であり、芸能活動開始と俳優デビューは別の出来事です。
出演決定とコロナ禍が重なりフロリダ留学を断念
『キラメイジャー』への出演が決まったことで、大学で準備していた米国留学との両立は難しくなりました。
新型コロナウイルスの感染拡大も重なり、計画していたフロリダ州への交換留学を断念しました。
留学には行かなかったものの、準備のために学んだ英語は残り、後の海外挑戦やバスケットボール選手への取材で使用しています。
撮影が止まった自宅待機期間には、食事や料理への関心から食育アドバイザーと上級食育アドバイザーの資格も取得しました。
演技未経験から始まった1年間で前を向けるようになる
撮影現場では、芝居、アクション、アフレコを含め、経験することのほとんどが初めてでした。
追加戦士として途中から現場へ加わったため、すでに出来上がっていたチームの中へ入ることも最初の課題でした。
スタッフから仕事の進め方を教わり、工藤美桜さんや水石亜飛夢さんなど、先に演技経験を積んでいた共演者にも助けられました。
庄司さん自身は後ろを歩きがちな性格でしたが、宝路は常に胸を張り、周囲を引っ張る人物です。
僕はもともと下を向いて人の後ろを歩くような人間だった
出典:マイナビニュース「『キラメイジャー』庄司浩平、『下を向きがちだった』性格をワンダーな男・宝路が変えてくれた」(2021年2月25日)
1年間演じるうちに普段も前を向けるようになり、周囲からは顔つきが変わったと言われるようになりました。
大学卒業後の停滞と単身で挑んだミラノ・パリ
スーパー戦隊で俳優デビューした後、出演作が途切れずに続いたわけではありません。
同級生が就職して生活を変えていく時期に、庄司浩平さんは俳優を続ける選択と向き合いました。
『キラメイジャー』後に仕事が少なかった約2年間
『キラメイジャー』が終了したのは、庄司さんが大学4年生だった時期です。
華やかなデビューを経験したことで、卒業後も仕事はどうにか続くだろうという感覚がありました。
ところが、実際にはオーディションに通らず、共演者が次の作品へ進む中で、自分だけが足踏みしているように感じる期間が約2年続きました。
勉強なら単語を繰り返し書き、バスケならシュートを繰り返すことで結果へ近づけましたが、俳優の仕事には同じような正解がありませんでした。
この時期の2022年には、読書紹介から一歩進み、自分で物語を書くことを始めています。
周囲と比べて焦る一方、演技のワークショップへ通い、役を得るための準備は止めませんでした。
同時に、188cmという体格と学生時代から続けた英語を使える場所として、海外のモデル選考にも目を向けました。
国内ランウェイを経て海外オーディションへ
俳優業と並行してモデルの可能性も探り、2022年に日本で開催された「Yohji Yamamoto POUR HOMME 22-23AW COLLECTION」のオーディションへ合格しました。
この国内ショーでランウェイデビューした後、同年6月には事前の出演オファーがない状態で、単身ミラノへ向かいました。
航空券や滞在費を自分で負担し、ミラノとパリで海外ファッションショーのオーディションを受ける計画でした。
肩幅を1cm単位で見られるモデルの選考に備え、食事とトレーニングを調整し、体重も65~66kgに保って臨みました。
挑戦する機会があるのなら行かない手はないと思いました
出典:マイナビニュース「庄司浩平、単身ミラノへ『挑戦する機会があるのなら行かない手はない』」(2022年6月8日)
現地のオーディションを回りましたが、海外のファッションショーへ出演するという目標は、この渡欧では実現しませんでした。
事前に仕事が決まっていない海外へ自費で渡り、体格も語学も異なるモデルたちと同じ選考を受けた挑戦でした。
日本で行われたYohji Yamamotoのショーには出演していますが、2022年6月のミラノ・パリ挑戦では海外ショーへの出演に至っていません。
公開オーディションを重ね『40までにしたい10のこと』へ
庄司浩平さんは仕事が少ない時期にも、ワークショップとオーディションへの参加を続けました。
2024年以降は、選考過程が公開された時代劇と二つ目の特撮ヒーロー作品を経て、広く名前を知られる役へ進みます。
『君とゆきて咲く』最終審査からレギュラー出演をつかむ
2024年、応募総数約800人の公開オーディション『真剣 SHINKEN~新選組への道~』に参加しました。
庄司さんは個人演技、殺陣、ダンス、団体演技の審査を通過して最終審査へ進みましたが、当初選考されていた二つの役には選ばれませんでした。
それでも、審査中に見せた姿勢を制作陣が評価し、最終審査へ残った柊太朗さん、上野凱さんとともにレギュラー出演が決まりました。
庄司さんが演じたのは、実在した新選組隊士の斎藤一です。
最初に用意されていなかった配役が生まれ、公開オーディションへの参加が連続ドラマのレギュラー出演へ変わりました。
『仮面ライダーガヴ』を経て150人以上の選考を突破
同じ2024年には『仮面ライダーガヴ』への出演が始まり、ラキア・アマルガ/仮面ライダーヴラム役を担当しました。
『キラメイジャー』に続いて二つ目の変身ヒーローを演じましたが、明るく豪快な宝路とは異なり、ラキアは感情を抑えた人物でした。
2025年にはドラマ『40までにしたい10のこと』のオーディションを受けます。
150人以上の応募者から田中慶司役に選ばれ、風間俊介さんが演じる十条雀へ思いを寄せる年下の部下を演じました。
テレビ東京の連続ドラマで初めてメインキャストを務め、オーディションで役をつかむまでの期間も含めて注目を集めました。
役者を続けている理由を尋ねられた庄司さんは、短い言葉で答えています。
もっといい景色を見たいから。
出典:Real Sound「庄司浩平が役者を続けるのは『もっといい景色を見たいから』」(2025年7月18日)
2026年は『Tシャツが乾くまで』『俺たちの箱根駅伝』に出演
2026年8月現在は、TBS系金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』で荒木拓真役を演じています。
同作は庄司さんにとって初めてのTBSドラマで、社会人として働く同世代の青年役です。
荒木は外資系企業に勤める会社員で、学生時代に海外就職を思い描いていた庄司さんの過去とも重なる設定です。
同年10月放送予定の『俺たちの箱根駅伝』では、武蔵野農業大学の陸上部員・猪又丈役として箱根駅伝を目指します。
小学3年生から高校までバスケを続けた身体を、長距離ランナーのフォームと体型へ変えるため、撮影前から走り込みに取り組みました。
海外就職を考えていた大学生は、2026年夏にはTBSドラマで外資系企業の会社員を演じ、秋には箱根駅伝を目指す大学生として画面に立ちます。
電車内で声をかけられて始まった仕事は、俳優、モデル、小説執筆、バスケットボール取材へと、実際の活動の幅を広げています。















