草川直弥の生い立ち|兄・草川拓弥の影響とサッカー少年から俳優になるまで

草川直弥の肖像イラストと「草川直弥の生い立ち|兄・草川拓弥の影響とサッカー少年から俳優になるまで」のタイトル

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
くさかわなおや
カテゴリー
男性俳優
出身地
東京都
生年月日
1998年4月6日
芸能活動開始
2016年
俳優デビュー
2016年
デビューのきっかけ
スカウト

草川直弥さんは、2018年に始動したONE N’ ONLYでNAOYAとしてステージに立ちながら、ドラマや映画でも俳優として活動してきました。

兄は、超特急のメインダンサー・TAKUYAとして知られる草川拓弥さんです。

兄弟そろって芸能界で活動していますが、直弥さんが子どものころに夢中だったのは芸能界ではなく、幼稚園年中から中学3年生まで約11年間続けたサッカーでした。

中学生のころには芸能事務所から声をかけられていたものの、その時点では芸能界に興味を持たず、一度はそのままサッカーを続けています。

進路が変わったのは高校時代で、きっかけになったのは、それまで一度も見に行っていなかった兄・草川拓弥さんのライブでした。

今回は、そんな草川直弥さんの生い立ちや家族、学生時代、芸能界へ入ったきっかけ、俳優として演技を始めたころの出来事をご紹介します。

草川直弥の生い立ち|東京で育ったサッカー少年

草川直弥さんは1998年4月6日生まれ、東京都出身です。

本人はインタビューで「東京生まれ東京育ち」と話しており、子ども時代の多くをサッカーとともに過ごしました。

幼稚園年中から中学3年まで約11年間サッカー

サッカーを始めたのは、まだ幼稚園の年中だったころです。

地元のチームに入り、そのまま中学3年生まで続けたため、スターダストプロモーションの公式プロフィールでもサッカー歴11年間が特技として掲載されています。

幼いころの夢もサッカー選手で、ロナウジーニョ選手やリオネル・メッシ選手に憧れていました。

兄が先にサッカーをしていたことを見て、自分も始めたと本人は振り返っています。

草川直弥さんが少年時代に憧れていた選手は、ロナウジーニョ選手とリオネル・メッシ選手でした。

兄が芸能活動を始めたあとも、自分まで芸能界へ進みたいとは思わなかったそうです。

それだけ当時は、サッカーに気持ちが向いていました。

兄の後ろを追いかけたやんちゃな子ども時代

子どものころの直弥さんは、本人の言葉では「とにかくやんちゃ」な少年でした。

4歳上の兄と外を走り回り、しょっちゅうケガをしては親や先生に叱られていたといいます。

芸能界に興味を持つよりずっと前から、兄の後ろについて行くことが多かったようです。

サッカーも兄を見て始め、その後の進路を考えるときにも兄が大きく関わることになります。

草川直弥の家族|兄・草川拓弥と父親・母親との関係

草川直弥さんがこれまでに語ってきた子ども時代には、父親・母親、そして兄の草川拓弥さんとの思い出がたびたび登場します。

スポーツ、ファッション、そして芸能界へ進むきっかけまで、家族との具体的な出来事が多く残っています。

4歳上の兄・草川拓弥は超特急TAKUYA

兄の草川拓弥さんは1994年11月24日生まれで、直弥さんより4歳年上です。

俳優として活動したのち、超特急にTAKUYAとして加入し、メインダンサーを務めてきました。

直弥さん自身も、兄が自分の人生に与えた影響についてはっきりと話しています。

僕のルーツって考えると、昔からなにをやるにも兄の影響が大きいです。

出典:Ray「【ONE N’ ONLY】幼少期ショットも♡ EIKU・HAYATO・NAOYAのルーツに迫る!」(2025年2月12日)

ただし、兄が芸能界に入ったからすぐに自分も後を追ったわけではありません。

直弥さんにとって兄は、サッカーを始めるきっかけになった人物であり、高校時代になってから芸能界への興味を持たせた人物でもありました。

2022年にはNYLON JAPANで兄弟のメディア初共演が実現し、公式Xでも2人が並んだ写真が公開されています。

兄弟が似ているのか気になる人も多いようですが、直弥さんが2度目にスカウトされたとき、担当者は草川拓弥さんの弟だとは知らなかったそうです。

面接で兄弟であることを明かしたところ、担当者から「やっぱり似ていると思った」という反応が返ってきたことも本人が話しています。

父親はサッカーチームのコーチ、母親は練習のおむすび

直弥さんが所属していたサッカーチームでは、父親がコーチを務めていました。

兄がサッカーをしている姿を見て自分もチームに入り、そのチームには父親もいたという環境です。

一方、母親との思い出として残っているのが、練習や運動会の日の食事です。

サッカーをやっていたから、いつも練習の時には母親がおむすびを握ってくれていたんです。

出典:arweb「【おむすび男子Vol.1~草川直弥と明太子~】『小さい頃はとにかくやんちゃ。兄の拓弥とケンカしたりして』尊すぎる思い出を語る♡」(2025年8月29日)

運動会になると、母親はおむすびだけでなく豪華なおかずも用意してくれたそうです。

長く続けたサッカーの記憶には、兄だけでなく父親と母親も一緒に登場します。

服好きの原点にも母親と兄の影響

草川直弥さんはファッション好きとしても知られていますが、その興味も子ども時代から始まっていました。

母親が小さいころからおしゃれをさせてくれていたため、本人はファッションへの芽生えが早かったと話しています。

さらに4歳上の兄から、中学生にはなかなか手が届かないようなブランドの服をお下がりでもらうこともありました。

それが幼い直弥さんにはうれしかったそうで、服についても母親と兄から自然に影響を受けていたことがうかがえます。

草川直弥の学生時代|サッカーから芸能界へ進路が変わるまで

中学3年生まで続けたサッカーは、高校選びにも影響していました。

ところが高校時代、サッカーとはまったく別の場所で、直弥さんが自分の進路を考え直す出来事が起こります。

高校もサッカーが強い学校を選ぶほど夢中だった

中学校で競技としてのサッカーには一区切りをつけましたが、高校を決めるときにもサッカーへの思いは残っていました。

本人は、高校について「サッカーが強いところ」を選んだと振り返っています。

幼稚園から長く続け、子どものころにはプロ選手を夢見ていたため、高校を選ぶ基準にもサッカーが入っていたことになります。

2016年にEBiSSHの公式ブログへ登場した際には、自ら18歳の高校3年生と紹介していました。

高校名はどこ?確認できる事実と学校名の境界

「草川直弥 高校」と検索する人もいますが、本人が明かしているのは、高校を選ぶ際にサッカーの強さを意識したというところまでです。

草川直弥さんの高校名は、本人や所属先の公表資料から断定できる情報が確認されていません。本人が語っているのは「サッカーが強いところを選んだ」という事実までです。

学校名の候補だけを根拠に特定することはできませんが、少なくとも高校へ進学してからもしばらくは、芸能界よりスポーツの方が身近でした。

それを変えたのが、兄の仕事を初めて客席から見た日でした。

高校時代に初めて見た超特急のライブ

高校2年生のころ、直弥さんは兄・草川拓弥さんが所属する超特急のライブへ初めて足を運びました。

両親はそれまで兄のライブへたびたび行っていましたが、直弥さん自身は一度も見に行ったことがなかったそうです。

その日は家族の一人が行けなくなり、「来れば?」と誘われたことから会場へ向かいました。

家で見ている兄とは違い、大勢のファンに応援されながらステージに立つ姿を目の前にします。

このライブが、直弥さんが初めて芸能界に興味を持ったきっかけでした。

僕もやりたいって。こういう仕事をやってみたいって思いました。

出典:Emo!miu「【草川直弥(ONE N’ ONLY)インタビュー】チャラいけど、所々出てくる“草川直弥”感に注目。―誠実な作品への取り組み方~幼少期のエモいエピソードまでたっぷり深堀り!!<映画『緑のざわめき』>」(2023年9月2日)

サッカーを始めるときにも兄の姿がきっかけでしたが、高校時代には同じ兄の姿を見て、今度は芸能の仕事へ興味を持つことになります。

草川直弥が芸能界へ入ったきっかけ|2度のスカウトとEBiSSH

草川直弥さんの芸能界入りには、2度のスカウトが関係しています。

しかも、どちらも兄が所属していたスターダストプロモーションからの声かけでした。

中学生時代の最初のスカウトは断っていた

最初に声をかけられたのは中学生のころで、CREAのインタビューでは渋谷でスカウトされたと話しています。

その時点ですでに兄はスターダストプロモーションに所属していました。

ただ、直弥さん自身には芸能界へ入りたい気持ちがまだなく、「兄と同じ事務所だ」と思った程度だったそうです。

最初のスカウトでは芸能界へ進まず、その後もサッカー中心の生活を続けました。

兄のライブ後、同じスターダストから偶然再スカウト

状況が変わったのは、超特急のライブを見て「自分もやりたい」と思ったあとでした。

今度は芸能界への興味が生まれたタイミングで、再びスターダストプロモーションから声をかけられます。

芸能界に興味がなかった中学生時代と、興味を持った高校時代の2度、同じ事務所からスカウトされたことになります。

本人も後年、この巡り合わせを「運命」と表現しています。

さらに、2度目に声をかけた担当者も、スカウトした時点では直弥さんが草川拓弥さんの弟だとは知りませんでした。

兄の名前を使って事務所へ入ったのではなく、街で声をかけられたあとに兄弟であることが分かったという順番です。

兄への相談は母親経由、約半年後に芸能活動へ

スカウトされたからといって、直弥さんはすぐに事務所へ入ったわけではありませんでした。

自分としては兄と同じスターダストで活動したい気持ちがあった一方、拓弥さんは当初、同じ事務所へ入ることに慎重だったそうです。

しかも、直弥さんはその希望を兄へ直接言えず、母親を通して伝えていたと明かしています。

そうした期間が半年ほど続いたあと、兄から「やりたいならやれば」と背中を押され、事務所の面接へ進みました。

面接後はレッスンが始まり、グループを組む話も進んでいきます。

草川直弥さんの場合、「芸能界へ興味を持った時期」「事務所へ入った時期」「グループ活動を始めた時期」「演技仕事を始めた時期」は同じ出来事ではありません。

ダンス未経験でEBiSSHへ、当初は役者志望

芸能界へ入るまで、直弥さんにダンス経験はありませんでした。

本人は「一切なかった」「ずっとサッカーをやってきた」と話しており、レッスンも初めて経験することばかりでした。

一方、事務所で最初に参加したオリエンテーションでは芝居にも取り組みます。

最初のオリエンテーションでお芝居をやったとき、「お芝居楽しいなぁ」と思ったんです

出典:CREA「最新映画では愛すべきクズ男を好演 TikTokフォロワー数570万超 『ONE N’ ONLY』メンバー、草川直弥」(2023年8月25日)

CREAのインタビューでは、2016年に活動を始めたころは最初から役者志望だったことも明かしています。

ただ、同じレッスンを受けていた同期でグループを作ることになり、EBiDAN内のユニットEBiSSHへ参加しました。

2016年に公開されたEBiSSHの公式ブログでは、直弥さん自身が「18歳 高校3年生」と自己紹介しています。

サッカーを続けていた高校生が事務所へ入り、演技とダンスの両方を経験しながら芸能活動を始めた時期でした。

草川直弥はどう俳優になった?『his』で見つけた演技の楽しさ

草川直弥さんの芸能活動では、グループ加入と俳優活動の開始を同じ出来事として扱うことはできません。

調べていくと、EBiSSHが公に活動を始めるより前の2016年初頭には、すでに映画で役を演じていたことが確認できます。

2016年『バレンタインナイトメア』で相沢太郎役

草川直弥さんの初期の演技仕事として確認できるのが、2016年1月23日公開の映画『バレンタインナイトメア』です。

同作では相沢太郎役を演じました。

当時のEBiDAN公式ブログにも、本人が「相沢太郎役を演じた草川直弥です」と登場し、自分と似ている部分と似ていない部分を考えながら役を作ったことを書いています。

2016年の時点で、すでに役について考えながら映画の撮影に参加していたことが分かる記録です。

翌2017年には映画『傷だらけの悪魔』にも出演し、グループ活動と並行して演技の仕事を重ねていきました。

そのため、『his』を「俳優デビュー作」とするのではなく、初期の演技経験を経たあとに訪れた大きな転機として見る方が、実際の時系列に合っています。

『his』のオーディションで主演・井川迅役へ

俳優として大きな機会になったのが、2019年のメ~テレドラマ『his〜恋するつもりなんてなかった〜』でした。

草川直弥さんが演じたのは、主人公の井川迅です。

役はオーディションで決まり、監督を務めた今泉力哉さんの前で実際に芝居をして選ばれました。

メ~テレの公式インタビューでは、この作品について「初めてのドラマ撮影」であり、メインキャストを務めるプレッシャーもあったと振り返っています。

それでも監督と役について話し合いながら、自分が演じたい迅を作っていくことができたそうです。

オーディションで主演をつかんだ『his』は、草川直弥さんが俳優の仕事へ強く惹かれていく作品になりました。

初めて長く芝居に向き合い、俳優への思いに火がつく

『his』以前にも演技の仕事は経験していましたが、本人は当時について、まだ経験が少なく「右も左も分からなかった」と振り返っています。

『his』では長い期間にわたって芝居に触れ、撮影現場の進み方や役作りを実際の現場で学びました。

今泉力哉監督が得意とする自然な会話劇にも触れ、「お芝居ってすごく楽しい」と感じるようになったと後年のインタビューで話しています。

それまで漠然と持っていた役者への興味とは違い、一本のドラマへ長く参加したことで、演技の仕事そのものをもっと続けたいという気持ちが強くなりました。

本人の表現では、『his』を経験してから芝居への思いに「どんどん火がついていった」そうです。

『his』のあとには『FAKE MOTION -たったひとつの願い-』などにも出演し、演技をする機会が続いていきます。

アーティストと俳優、二つの活動を続けるようになる

俳優を志して芸能活動を始めた直弥さんでしたが、ダンスレッスンを通じてEBiSSHへ入り、2018年にはEBiSSHとさとり少年団による合同プロジェクトONE N’ ONLYが始動しました。

俳優だけを目指して事務所へ入った高校生が、未経験だったダンスにも取り組み、アーティストとしてステージに立つようになったことになります。

一方、2019年の『his』ではオーディションから主演をつかみ、撮影現場で芝居の楽しさを実感しました。

本人は後年、グループ活動にはメンバーと支え合って作る良さがあり、俳優の現場では一人で役を背負う緊張感があると、それぞれの違いについて話しています。

2023年にはONE N’ ONLYのメンバーが出演した映画『バトルキング!! -We’ll rise again-』で甲斐玄武役を演じ、アーティストの仲間たちと一緒に映画の芝居にも取り組みました。

高校時代に兄のステージを見て芸能界へ向かった草川直弥さんは、そこで初めて触れたダンスと、もともと興味を持っていた芝居の両方を仕事にすることになりました。

サッカー少年だったころにはまだ選択肢になかった二つの舞台で、経験を重ねていくようになったのです。