PROFILE
人物プロフィール
『爆上戦隊ブンブンジャー』でブンオレンジ/振騎玄蕃を演じた俳優の相馬理(そうま・さとる)さん。
1996年10月23日生まれ、静岡県静岡市清水区出身で、幼い頃からサッカーに親しみながら育ちました。
高校卒業後は芸能界へ進まず、横浜の商社で約4年間、業務用洗剤の営業マンとして働いていたという経歴の持ち主です。
会社員生活の途中でサロンモデルを始め、恋愛リアリティーショーへの出演をきっかけに芸能活動へ本格的に取り組むようになりました。
実は高校時代から俳優に興味があったものの、当時はどうやって挑戦すればよいのか分からなかったそうです。
今回は、そんな相馬理さんの生い立ちや家族、学生時代、商社勤務から芸能界へ入ったきっかけ、俳優として最初の仕事と大きな転機をご紹介します。
相馬理の生い立ち|静岡市清水区で育った少年時代
相馬理さんは、1996年10月23日に静岡県で生まれ、静岡市清水区の海が身近にある環境で育ちました。
清水は港町として知られる一方、サッカーの街としても親しまれている地域です。
相馬さんも幼い頃から外で遊ぶことが好きで、友人と海辺へ出かけたり、サッカーボールを追いかけたりしていました。
三保の松原の近くで友人と釣りを楽しんだ子ども時代
相馬さんが生まれ育ったのは、富士山と松林の景色で知られる三保の松原の近くでした。
2019年2月5日に公開されたミルボンのインタビューでは、友人と釣りをしたり、海辺のテトラポッドに寝そべったりして遊んでいた幼少期が紹介されています。
海はわざわざ遠くまで出かけて見るものではなく、普段の遊び場のすぐ近くにありました。
家の中でゲームをするよりも、外へ出て体を動かすことが好きだったそうです。
小学生の頃からスポーツが身近にあり、友人と遊ぶ時間も屋外で過ごすことが多かったといいます。
相馬さんは歴史やお城にも興味があり、2019年のRuntripのインタビューでは、徳川家の歴代将軍について自分で調べていた時期があったことも明かしています。
サッカーが身近だった清水での暮らし
相馬さんの少年時代を語るうえで欠かせないのが、地元のサッカークラブ清水エスパルスです。
清水エスパルスは1992年のJリーグ発足当初から参加しているクラブで、静岡市清水区を本拠地としています。
相馬さんにとっては、プロサッカー選手の活躍を見られる存在であると同時に、子どもの頃から応援してきた地元のチームでした。
2024年5月7日放送のSBSラジオ『ヒデとキトーのFooTALK!』では、初めて試合を観戦した際に見た太田圭輔選手のプレーが印象に残っていると話しています。
太田選手はスピードを生かしたドリブルを得意としていた選手で、相馬さんはその姿に強い衝撃を受けたそうです。
スタジアムで選手を応援するだけでなく、自分でもサッカーをするようになり、成長してからもボールを蹴り続けました。
相馬理の家族|父親と清水エスパルスの試合へ通った思い出
相馬理さんの家族について、本人が具体的な思い出を語っているのは父親との清水エスパルス観戦です。
2024年5月にSBSラジオへ出演した際、家族もエスパルスを応援していたのかと尋ねられ、父親が熱心なファンだったことを明かしました。
父がすごい好きで、試合に連れていってもらっていました。
出典:静岡新聞アットエス「スーパー戦隊シリーズ出演中の相馬理さんが“清水エスパルス愛”を語り尽くした!」(2024年5月14日)
幼い頃から父親とスタジアムへ通っていた相馬さんは、成長すると自分のアルバイト代を使ってアウェーの試合まで観戦するようになります。
高校生の頃には、ゴール裏で立ち上がって声援を送る熱心なサポーターになっていました。
相馬さんがよく覚えている試合の一つが、2016年のジェフユナイテッド千葉とのアウェー戦です。
清水エスパルスが2点を先行しながら退場者を出し、いったん逆転を許したあと、試合終盤に再び逆転して4対3で勝利した試合でした。
相馬さんはその試合も現地で観戦しており、劣勢から勝利をつかんだ展開が忘れられない思い出になったそうです。
父親に連れられて通い始めたスタジアムが、相馬さんにとって長年親しんできた場所になりました。
一方、母親や兄弟姉妹については、具体的な家族構成を確認できる本人発言が限られています。
父親とのサッカー観戦は、相馬さん自身が繰り返し語ってきた、子ども時代の家族との思い出です。
相馬理の学生時代|中学サッカーと高校のフットサル生活
相馬理さんは学生時代もスポーツが好きで、中学校ではサッカー部に所属していました。
高校に進学すると学校の部活動ではなく、知り合いのフットサルチームで活動するようになります。
その一方で、高校生の頃には美容室との出会いもありました。
中学校ではサッカー部のフォワード
相馬さんは中学生になると、学校のサッカー部に入りました。
2025年5月28日公開のSTREAMのインタビューでは、部活動を選ぶ際、周囲から当然のようにサッカー部へ入るものだと思われていたと振り返っています。
本人もサッカーが好きだったため、そのまま入部して競技を続けました。
ポジションはフォワードで、点を取ることやドリブルで相手を抜くことに関心があったそうです。
テレビで見て憧れた太田圭輔選手のように、自分でもボールを持って攻めることが好きでした。
学校での部活動に加え、地元クラブの試合を観戦することも、相馬さんの学生生活の一部になっていました。
片道1時間の自転車通学と高校時代のアルバイト
高校へ進学した相馬さんは、自転車で片道約1時間をかけて学校に通っていました。
往復だけでもかなりの時間がかかるため、学校の運動部で活動することは難しかったといいます。
それでもサッカーを続けたかった相馬さんは、知り合いのフットサルチームに参加しました。
フットサルはサッカーより少人数でプレーする競技で、相馬さんは学校生活と両立しながらボールを蹴り続けました。
高校時代には、近所の弁当店でアルバイトもしていました。
稼いだお金の大きな使い道が、清水エスパルスの試合観戦です。
ホームゲームだけでなく遠方のアウェー戦にも足を運び、アルバイト代を遠征費に充てていたと、2019年のミルボンのインタビューで明かされています。
高校生活では通学、アルバイト、フットサル、エスパルスの応援と、体を動かすことに多くの時間を使っていました。
学歴については、高校卒業後に大学へ進学するのではなく、商社への就職を選んでいます。
ただ、当時から将来は俳優の仕事をしてみたいという思いも持っていました。
高校2年生で訪れた美容室との出会い
スポーツに夢中だった高校生の相馬さんは、髪型にはあまりこだわりがなかったそうです。
当時はスポーツ刈りのような短い髪型で、美容室へ通うことも特別な習慣ではありませんでした。
そんな相馬さんが高校2年生の頃、友人の紹介で美容室『Naturale』を訪れます。
2019年のミルボンの取材では、当時担当していた美容師の中村さんとも再会し、高校時代の様子について話していました。
中村さんによると、初めて来店した頃の相馬さんは、おとなしい印象の少年だったそうです。
相馬さん自身も、初めて美容室を訪れた際の体験を振り返っています。
初めての美容院でひたすら感動していたんです。
出典:ミルボン Find Your Beauty MAGAZINE「『私の年下王子さま』でプチブレイク 若手モデル・相馬理のこれまでとこれから」(2019年2月5日)
相馬さんは高校卒業までその美容室へ通い、少しずつ自分の髪型や人から見られる姿を意識するようになりました。
高校卒業後に始めるサロンモデルの仕事でも、美容師やカメラマンと一緒に撮影へ取り組むことになります。
高校2年生で友人に紹介された美容室との出会いが、のちに始めるモデル活動の入口にもなりました。
相馬理の芸能界入り|商社の営業マンからサロンモデルへ
相馬理さんは、高校を卒業してすぐに俳優を目指したわけではありません。
まずは会社員として働き始め、その生活を続けるなかで芸能活動に興味を持つようになりました。
その後、2017年のサロンモデル活動、2018年のテレビ出演を経験し、会社を辞めて芸能活動に専念する道を選びます。
高校卒業後は横浜の商社で営業職に就いた
相馬さんは高校卒業後、静岡を離れて商社に就職しました。
当初は地元に残り、働きながらお金を貯めて車を購入し、友人たちと過ごす生活を思い描いていたそうです。
ところが就職1年目から横浜の本社勤務となり、一人暮らしを始めることになりました。
担当したのは業務用洗剤の営業です。
取引先へ足を運ぶ営業職として働き、飛び込み営業を経験することもありました。
2018年11月の所属事務所による発表では、毒劇物取扱責任者の資格を持っていたことも紹介されています。
モデルや俳優の仕事とは異なる分野で、専門的な知識が求められる商品を扱っていたことになります。
2019年10月のRuntripのインタビューでは、営業職は人と話すことが好きな自分に合っていたと振り返りました。
言葉づかいや礼儀は、会社員時代に学ばせてもらいました。
出典:RuntripMagazine「【SKY RUNTRIP】モデル・相馬理さんと行く、大阪観光スポットめぐりRuntrip」(2019年10月25日)
仕事を通じてさまざまな人と接し、社会人としての基本を身につけた4年間だったそうです。
一方、2025年のSTREAMのインタビューでは、就職前から持っていた思いについても語っています。
就職する前から俳優に興味があって。
出典:STREAM「玉城裕規×相馬理『そのときそのときの掛け合いを純粋に楽しもうという気持ちでやっていた』INTERVIEW」(2025年5月28日)
俳優に興味はあっても、具体的にどうすれば仕事にできるのかは分かりませんでした。
そのため、まずは静岡を出て都会で暮らしてみようと考え、社会人としての生活を始めたといいます。
最初から俳優になる方法を知っていたのではなく、会社員として働きながら別の可能性を探していました。
2017年、友人をきっかけにサロンモデルを始める
会社員になって2年ほど経った頃、相馬さんは新しいことを始めたいと思うようになりました。
そんなとき、友人がサロンモデルをしていることを知ります。
サロンモデルは、美容師のヘアスタイル作品や美容室の宣伝用写真などの撮影に参加するモデルです。
相馬さんが最初に興味を持った理由は、無料で髪を切ってもらえたり、パーマをかけてもらえたりすることでした。
本格的に芸能界へ入る計画があったわけではなく、身近な友人がしていた活動に興味を持ったのが始まりです。
挑戦するなら事務所に入りたいと考え、インターネットで探したところ、最初に見つかった事務所に応募しました。
応募した事務所の審査に通り、2017年春からサロンモデルとして活動を始めます。
ただし、本業は商社の営業マンだったため、最初から頻繁にモデルの仕事をしていたわけではありません。
同じ頃、大学へ進学した友人がミスコンで選ばれたことも、相馬さんに刺激を与えました。
自分にも会社の仕事以外でできることがあるのではないかと考え、次第にモデルの撮影にも意欲的に取り組むようになります。
美容師やカメラマンと一緒に作品を作る時間が増え、それまで知らなかった仕事の面白さに触れていきました。
2018年3月には、スマートフォン向けダイエットサポートアプリのキャンペーン動画にも出演しています。
この動画では俳優の磯村勇斗さんが中心的に紹介されており、相馬さんはまだ会社員とモデル活動を両立している段階でした。
『私の年下王子さま』出演と2018年の退職
相馬さんの芸能活動が大きく動いたのは、2018年のことです。
ABEMA(当時AbemaTV)の恋愛リアリティーショー『私の年下王子さま』に出演する機会が訪れました。
きっかけは、所属事務所の社長へ届いた番組出演の相談でした。
もともとは社長自身に年上女性の出演者として相談があったものの、代わりに年下男性として相馬さんを紹介したことで、オーディションを受けることになったそうです。
オーディションを通過した相馬さんは、2018年9月にシーズン1の第8話から出演しました。
初めての本格的な番組収録では緊張も大きく、初対面の女性たちと接するなかで普段どおりの自分を出すことが難しかったといいます。
それでも番組への出演を重ね、シーズン2にも続けて参加しました。
番組出演による反響は大きく、2019年2月のインタビューでは、SNSのフォロワーが出演前の10倍以上になったことが紹介されています。
ただ、番組の撮影があった頃も、相馬さんは商社を退職していませんでした。
撮影に参加するため有給休暇を使い、仕事を休んだ分は会社の同期に助けてもらうこともあったそうです。
営業職とテレビ出演を両立する生活が続くなか、芸能活動をもっと本格的に行いたいという思いが強くなりました。
相馬さんは2019年のミルボンのインタビューで、会社を辞める決断について語っています。
何かを得るためには何かを削らなければいけない。
出典:ミルボン Find Your Beauty MAGAZINE「『私の年下王子さま』でプチブレイク 若手モデル・相馬理のこれまでとこれから」(2019年2月5日)
将来を考えて迷いながらも、芸能活動へ集中するためには会社員の仕事を続けることが難しいと考えたのです。
そして、2018年12月末、約4年間勤めた商社を退職しました。
高校卒業後に静岡を離れ、会社員として働き始めてから、およそ4年が経っていました。
退職後はモデルやタレントの活動を続けながら、以前から興味を持っていた俳優の仕事にも本格的に取り組んでいきます。
相馬理が俳優になるまで|演技との出会いと初期の出演作
会社を辞めて芸能活動へ進んだ相馬理さんですが、テレビ番組に出演したことと、俳優として演技を始めたことは同じではありません。
サロンモデルや恋愛リアリティーショーへの出演を経験したあと、演技レッスンを受け、舞台やドラマへと活動を広げていきました。
演技レッスンと2019年の舞台出演
相馬さんは芸能活動を続けるなかで、SNSでの発信や人とのつながりを増やし、俳優として仕事をする機会を探していきました。
2025年のSTREAMのインタビューでは、事務所に入った際に演技の仕事がしたいと伝え、その後レッスンを受けるようになったと振り返っています。
演技について学びながら舞台にも出演し、俳優としての経験を積み重ねていきました。
2019年10月には、Monkey Works Vol.02『キンギンヒシャカク!〜乙女の一手〜』に出演しています。
劇団TEAM-ODACが2019年9月に発表した公演情報には、出演者として相馬さんの名前が記載されています。
公演は同年10月4日から14日まで新宿シアターモリエールで行われ、相馬さんは一部の公演に出演するWキャストでした。
2019年には舞台で演技をしており、2020年のドラマ出演より前から俳優としての活動が確認できます。
そのため、2020年の作品をドラマデビューと呼ぶことはできますが、それ以前に演技経験がなかったわけではありません。
初期の演技活動:2019年10月の『キンギンヒシャカク!〜乙女の一手〜』は、劇団の公式公演記録で出演が確認できる舞台作品です。
『真夜中の12時』での活動と2020年のドラマ出演
2019年には、所属事務所のメンバーによるYouTuberグループ『真夜中の12時』が結成されました。
同グループは2019年11月に活動を開始し、サロンモデルや恋愛リアリティーショーの出演経験者など、異なる経歴を持つメンバーが集まりました。
相馬さんもメンバーの一人として、さまざまな動画企画へ出演しました。
動画では、モデル撮影や恋愛番組とは違った企画にも挑戦し、人前で話したり、周囲の人と掛け合ったりする活動を続けています。
そして2020年、俳優としてドラマへ出演する機会をつかみました。
出演したのは、リモートドラマ『あなたの夢叶えますガチャ~アイドル編』と『Go!Con!』の2作品です。
『あなたの夢叶えますガチャ~アイドル編』では、約1000人の応募者のなかからオーディションを通過し、アイドルグループの爽やかな笑顔が特徴のメンバー「きっしー」を演じました。
『Go!Con!』では、会社員の蓮役を担当しました。
2020年6月のドラマデビューに関する発表では、初めてのドラマオーディションで演技経験も少なく、自信がなかったことを本人が明かしています。
当時はリモートでオーディションから撮影まで行う形式で、通常の撮影現場とは異なる経験になりました。
相馬さんは、会社員役には4年間の営業経験が、アイドル役にはライブ配信でファンと接してきた経験が役立ったと振り返っています。
2020年の2作品でドラマデビューを果たし、モデルやYouTubeだけでなく、演技の仕事にも活動の場を広げました。
『スイートリベンジ』『美しい彼』への出演
2021年には、連続ドラマへの出演が続きました。
フジテレビ・FODのドラマ『スイートリベンジ』では、第9話・第10話にゲスト主演として出演しています。
演じたのは、動画配信者のオレキングという人物です。
動画配信者として活動してきた相馬さんにとって、自身の経験と共通点を持つ役柄でもありました。
番組公式Xでは、2021年9月にオレキング役の相馬さんの撮影現場でのオフショットが公開されています。
同じ2021年11月には、MBSのドラマ『美しい彼』にも出演しました。
相馬さんが演じたのは、主人公たちと同じクラスの立花という人物です。
『美しい彼』は萩原利久さんと八木勇征さんが主演を務めた作品で、相馬さんはクラスメイトの一人として出演しています。
相馬さん自身も当時のXで撮影現場のオフショットを公開しており、共演者との写真を紹介していました。
2023年2月の『美しい彼』シーズン2でも、立花役で再び出演しています。
また、2022年にはスーパー戦隊シリーズ『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』の第8話に、若者役でゲスト出演しました。
このときはヒーロー役ではありませんでしたが、スーパー戦隊作品の撮影現場を経験することになりました。
2023年には舞台『夕凪の街 桜の国』で石川旭役を務めるなど、映像作品と舞台の両方で俳優活動を続けました。
商社を退職してから数年が経ち、テレビドラマや舞台で複数の役柄を経験した相馬さんには、以前から目指していた仕事がありました。
相馬理の転機|ブンオレンジ役と清水エスパルスとの縁
相馬理さんにとって大きな転機となったのが、2024年のスーパー戦隊シリーズ『爆上戦隊ブンブンジャー』への出演です。
実はこの仕事を得るまで、相馬さんは何年にもわたってスーパー戦隊のオーディションを受け続けていました。
2024年『爆上戦隊ブンブンジャー』でヒーロー役に
相馬さんは子どもの頃、スーパー戦隊シリーズを見て育ちました。
芸能活動を始めてからは、自分もヒーローを演じたいと考え、毎年のようにオーディションへ挑戦していたそうです。
2024年5月10日公開のTV LIFEのインタビューでは、その思いを語っています。
芸能活動を始めてからほぼ毎年スーパー戦隊のオーディションを受けていて。
出典:TV LIFE web「相馬理『分かりにくいからこそ惹かれる部分もあるのかな』」(2024年5月10日)
『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』でゲスト出演を果たした際も、ヒーロー役ではなかったことへの悔しさが残ったといいます。
その経験もあり、『爆上戦隊ブンブンジャー』のオーディションには、台本を以前より深く読み込むなど準備を重ねて臨みました。
オーディション後しばらく連絡がなく、相馬さんは不合格だったのかもしれないと思っていたそうです。
そんなある日、広告の撮影があると聞いて事務所に呼ばれました。
ところが、そこでスタッフから告げられたのは『ブンブンジャー』への出演決定でした。
突然の知らせに最初はドッキリではないかと思うほど驚き、少しずつ喜びが湧いてきたと振り返っています。
そして2024年2月18日、制作発表会見で振騎玄蕃(ぶれき・げんば)/ブンオレンジ役を演じることが正式に発表されました。
玄蕃は、仲間たちが必要とするものを用意する「調達屋」で、つかみどころのない人物です。
相馬さんは、素性がよく分からないところにキャラクターとしての面白さを感じたと話しています。
2024年3月3日に放送が始まった同作では、変身するヒーローの一人として約1年間にわたり出演しました。
何年も挑戦してきたスーパー戦隊のオーディションに合格し、27歳で念願のヒーロー役をつかみました。
高校時代から俳優に興味を持ちながら、まずは商社へ就職し、その後サロンモデルやテレビ出演、舞台、ドラマを経験してきた相馬さん。
会社員を辞めてから約5年を経て、子どもの頃から見ていたスーパー戦隊シリーズでヒーローを演じることになりました。
2025年、清水エスパルス公式アンバサダーへ
ブンオレンジ役に決まった相馬さんにとって、もう一つうれしい偶然がありました。
それは、自分が演じるヒーローのカラーが、子どもの頃から応援してきた清水エスパルスと同じオレンジ色だったことです。
2024年5月のSBSラジオ出演時にも、役のカラーが決まったときにエスパルスを思い浮かべたと話していました。
同年9月には、国立競技場で開催された清水エスパルス対横浜FCの試合に登場し、ブンオレンジとして地元クラブとのコラボレーションを実現しました。
幼い頃に父親と通っていたクラブの試合へ、今度は俳優として招かれたのです。
その後、2025年4月には清水エスパルスの公式アンバサダーに就任しました。
クラブ公式Xでは、春風亭昇太さんと相馬さんが新たにアンバサダーへ加わったことが発表されています。
アンバサダー就任前の2025年1月には、清水エスパルス公式YouTubeチャンネルで公開された対談企画『エスパな時代』にも参加しています。
スポーツキャスターの中川絵美里さん、俳優の宮澤佑さんとともに出演した公式対談です。
2025年6月には、初の写真集『S+』も発売しました。
写真集の撮影は出身地である静岡を中心に行われ、清水エスパルスのホームスタジアム「IAIスタジアム日本平」でも撮影されています。
タイトルの『S+』には、相馬さんの名前に加えて、静岡、清水、清水エスパルスなど、自身と関わりの深いさまざまな「S」が込められているそうです。
2019年のインタビューでは、会社員として働いた4年間を経て芸能活動へ進むことについて、自分なりの思いを語っていた相馬さん。
その後は舞台やドラマで俳優としての経験を重ね、2024年には長年挑戦してきたスーパー戦隊のヒーロー役を演じました。
そして2025年には、子どもの頃から応援してきた清水エスパルスの公式アンバサダーにも就任しています。
静岡の海辺で友人と遊び、父親とサッカー観戦へ出かけていた少年が、商社の営業マンを経て俳優となり、故郷のクラブを代表する仕事にも携わるようになりました。















