月城かなとの生い立ち|実家・家族と宝塚入りのきっかけ、退団後の女優転身

月城かなとの似顔絵を右側に配し、実家・家族、宝塚入りのきっかけと退団後の女優転身を示したイラスト

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
つきしろかなと
カテゴリー
女優
出身地
神奈川県
生年月日
1990年12月31日
芸能活動開始
2009年
女優デビュー
2009年
デビューのきっかけ
劇団・養成所

月城かなとさんは、1990年12月31日に神奈川県で生まれ、2009年に95期生として宝塚歌劇団へ入団した俳優です。

雪組で男役として経験を重ね、月組への組替えを経て、2021年に月組トップスターへ就任しました。

2024年7月に宝塚を退団したあとは活動の場を広げ、舞台とは異なる映像の演技も学びながらドラマへ出演しています。

ただ、宝塚との出会いは幼いころではなく、中学3年生の終わりに友人から一本の舞台映像を借りたことから始まりました。

今回は、そんな月城かなとさんの生い立ちや家族、田園調布学園での学生時代、宝塚との出会い、95期生としての新人時代、月組トップスターを経て女優として映像へ進むまでをご紹介します。

月城かなとの生い立ち|神奈川で育ち田園調布学園へ

月城かなとさんは神奈川県出身です。

華やかな宝塚で長く活躍した経歴から幼いころから舞台を目指していた印象もありますが、実際には宝塚を見るようになったのは中学生の終わりごろでした。

子どもの頃から「人と違うことをしたい」と考えていた

宝塚との出会いは中学生になってからでしたが、表現することにつながる思いはそれ以前からあったようです。

2026年のインタビューでは、子どものころから自分の中にある思いをどう表現すればいいのか、そのためにはどのような職業へ就けばいいのかを考えていたと振り返っています。

「子供の頃から『人と違うことをしたい』という思いはずっと抱いていて」

出典:J:magazine!「月城かなとが宝塚ファンとなったきっかけの先輩を告白」(2026年3月14日)

「人と違うことをしたい」という感覚を持ちながら、自分にできる仕事を考えていた子ども時代でした。

この時点では、まだその答えが宝塚歌劇だと知っていたわけではありません。

田園調布学園で過ごした学生時代

月城さんの母校は田園調布学園です。

田園調布学園の公式サイトでも、2024年に高校3年生が月城さんの宝塚退団公演を観劇した際、「本校出身の月城かなとさん」と紹介しています。

月城さん自身も退団後のインタビューで、学生時代は田園調布へ通い、東急東横線を毎日のように利用していたと振り返っています。

宝塚との出会いが訪れたのも、この学生時代でした。

中学3年生の終わりまでは宝塚歌劇を一度も見たことがなく、存在を知っている程度だったと本人は話しています。

田園調布学園は公式サイトで月城かなとさんを「本校出身」と紹介しており、本人も田園調布への通学や東横線を利用していた学生時代を振り返っています。

月城かなとの家族|両親と実家について確認できること

月城さんの両親や兄弟姉妹については、芸能活動の経歴ほど詳しく公表されていません。

一方で、宝塚歌劇の公式コンテンツには実家で暮らしていた愛犬についての具体的なエピソードが残っています。

家族について分かっていることと実家の柴犬・松吉

月城さんの家族について、両親の氏名や詳しい職業、兄弟姉妹の有無などは公式プロフィールでは公表されていません。

そのため、ネット上で紹介されている家族構成をそのまま確定情報として扱うことはできません。

家族との暮らしをうかがえる具体的な話として確認できるのが、実家で飼われていた柴犬の「松吉」です。

タカラヅカ・スカイ・ステージの公式番組『とび出せ!ワンにゃんパラダイス!!#12「月城かなと」』では、月城さんの実家を訪れ、当時2歳だったオスの柴犬・松吉を紹介しています。

この「松吉」という名前は、月城さんが2015年に初めて宝塚バウホール公演で主演した『銀二貫』の役名にちなんで付けられました。

月城さんが『銀二貫』で演じた主人公は松吉という青年でした。その後、実家で飼い始めた柴犬にも同じ「松吉」という名前が付けられています。

退団後の2024年にも本人が松吉について話しており、宝塚時代だけの一時的なエピソードではなく、家族のもとで長く暮らしてきた愛犬だったことが分かります。

「実家は軽井沢のカフェ」説はどこまで確認できる?

月城かなとさんについては、検索すると「実家 カフェ」「レイ コーヒーハウス」といった関連キーワードも見られます。

長野県軽井沢町には「Ray Coffee House」として紹介されてきた店舗情報がありますが、その店舗と月城さんの両親・実家との関係を本人や所属事務所が公表した情報は確認されていません

同様に、両親の職業についてもさまざまな記述がありますが、月城さん本人の発言や公式プロフィールで裏付けられている内容とは分けて考える必要があります。

「Ray Coffee House」という店舗の情報と、月城かなとさんの実家・両親との関係は別の情報です。
本人や所属先から関係が公表されていないため、「月城かなとさんの実家のカフェ」と確定することはできません。

月城さん自身が詳しく語っているのは、家族の職業よりも、その後の進路を決めることになる学生時代の宝塚との出会いです。

中学3年で宝塚に出会い、高校1年の終わりに音楽学校を受験

月城さんの進路が大きく変わったのは、中学3年生の終わりでした。

きっかけを作ったのは、宝塚が好きだった学校の友人です。

友人から借りた『Romance de Paris』で朝海ひかるに惹かれた

友人から「1回見てみて」と渡されたのが、雪組トップスターだった朝海ひかるさん主演の『Romance de Paris』の映像でした。

「中学3年生の終わりに、友達から宝塚歌劇のビデオを借りて見たのがきっかけです。」

出典:J:magazine!「月城かなとが宝塚ファンとなったきっかけの先輩を告白」(2026年3月14日)

映像の中で月城さんを一瞬で惹きつけたのが、朝海さんの仕草でした。

それまで一度も宝塚を見たことがなかった月城さんは、生の舞台を見たいと思うようになります。

当時はチケットを取るために前売り日に朝から並ぶ必要があり、映像を貸してくれた友人と一緒に列へ並びました。

何度も劇場へ通えるわけではなかったため、公演ごとに一度観劇し、テレビ放送された作品は録画して繰り返し見ていたそうです。

初めて宝塚を見てから、音楽学校を受験するまで約1年という短い期間でした。

「これを仕事にする」と感じ、宝塚音楽学校へ

月城さんにとって宝塚は、単に夢中になった趣味ではありませんでした。

子どものころから考えていた「自分の中にあるものをどう表現するか」という問いに、初めて具体的な答えが見つかった感覚だったといいます。

『Romance de Paris』を見たときには、「これを仕事にするんだ」と感じたと本人は振り返っています。

宝塚を好きになってから長い時間をかけて受験を目指したのではなく、高校1年生の終わりには宝塚音楽学校を受験しました。

幼少期から宝塚一筋だったわけではない月城さんにとって、ここから歌や踊りを学ぶ生活が本格的に始まります。

入学後は下のクラスから|放課後の補習も経験

約1年で音楽学校合格まで進んだものの、入学後は周囲との差を感じることになりました。

すでに高い技術を身につけていた同期もいる中で、月城さんは自分を「できる方ではなかった」と話しています。

「私は下のクラスで、放課後も居残り授業を受けたりと、できる方ではなかったです。」

出典:J:magazine!「月城かなとが宝塚ファンとなったきっかけの先輩を告白」(2026年3月14日)

一方で、子どものころから宝塚だけを目指してきたわけではなかったからこそ、自分に何が足りないのかを冷静に見られたとも振り返っています。

合格そのものがゴールではなく、入学してから技術を追いかける時間が続いたことになります。

宝塚歌劇公式チャンネルには、月城さんが卒業後に宝塚音楽学校について語ったインタビューも公開されています。

音楽学校での2年間を終えると、いよいよ劇団の舞台へ立つことになります。

95期生として宝塚へ|雪組で舞台俳優として歩き始める

月城さんは2009年に宝塚歌劇団へ95期生として入団しました。

ここからは音楽学校の生徒ではなく、舞台俳優として役を演じる日々が始まります。

2009年に初舞台を踏み雪組へ配属

初舞台となったのは、宙組公演『薔薇に降る雨/Amour それは…』でした。

その後は雪組へ配属され、男役として舞台経験を積んでいきます。

宝塚では本公演とは別に、若手を中心とした新人公演が行われます。

月城さんにとっても、新人公演でより大きな役を任されていく過程が、若手時代の重要な経験となりました。

月城かなとの初期キャリア
2009年:95期生として入団・雪組配属
2013年:新人公演初主演
2015年:宝塚バウホール公演初主演

2013年『Shall we ダンス?』で新人公演初主演

入団から約4年が経った2013年、月城さんは『Shall we ダンス?』で新人公演初主演を務めます。

本役で壮一帆さんが演じたヘイリー・ハーツ役を、新人公演では月城さんが担当しました。

その後も2014年の『一夢庵風流記 前田慶次』、2015年の『星逢一夜』で新人公演主演を務めています。

スターダストプロモーションの公式経歴でも、雪組時代に新人公演主演を3度経験したことが記されています。

新人公演の枠を越えて次の大きな役が訪れたのは、2015年でした。

2015年『銀二貫』でバウホール初主演

2015年、月城さんは雪組の宝塚バウホール公演『銀二貫-梅が枝の花かんざし-』で主演を務めました。

これが月城さんにとって初めての宝塚バウホール主演です。

演じたのは、仇討ちによって父を失い、寒天問屋の主人・和助に救われて商人として育っていく松吉でした。

月城さん自身も初主演ということで力が入り、座長として自分が頑張らなければという思いを抱えていたそうです。

しかし、専科や上級生を含む周囲の出演者に支えられながら作品を作った経験から、考え方にも変化がありました。

「『ひとりで頑張りすぎなくていいんだ』『ひとりじゃない』『みんなが助けてくれる』」

出典:Domani「元月組トップスター・月城かなとさんが美々しく登場!『銀二貫』『川霧の橋』番組収録レポ」(2024年11月18日)

新人公演で中心役を担う段階から、一つの公演を主演として周囲と作る段階へ進んだ作品でした。

雪組で積み重ねた時間のあと、月城さんには所属する組そのものが変わる転機が訪れます。

月組への組替えを経てトップスターへ

2009年から雪組で活動していた月城さんは、2017年に月組へ組替えとなりました。

本人も退団後のインタビューで、16年間の宝塚生活を振り返った際に、この組替えを大きなターニングポイントとして挙げています。

2017年月組へ組替え、2018年『THE LAST PARTY』で東上初主演

月城さんは2017年2月に雪組から月組へ移りました。

長く過ごした雪組を離れ、異なるメンバーや環境の中で芝居を作ることになります。

翌2018年には『THE LAST PARTY ~S.Fitzgerald’s last day~』で、東京・日本青年館と大阪・シアター・ドラマシティで上演された公演の主演を務めました。

月城さんにとって、これが初めての東上公演主演となります。

雪組で新人公演やバウホールの主演を経験し、月組へ移ったあとも主演を任されるようになっていきました。

2021年月組トップスターに就任

月組での約4年間を経て、2021年8月16日に月組トップスターへ就任しました。

2009年の入団から数えると、12年以上を経てのトップ就任です。

2022年には『今夜、ロマンス劇場で』『FULL SWING!』で、宝塚大劇場・東京宝塚劇場でのトップスターお披露目公演を迎えました。

以降も月組の中心として舞台に立ち、2024年の『Eternal Voice 消え残る想い』『Grande TAKARAZUKA 110!』が退団公演となります。

2024年7月7日の東京宝塚劇場公演を最後に、月城さんは宝塚歌劇団を退団しました。

中学3年生の終わりに初めて宝塚を見てから、音楽学校を経てトップスターとなり、男役としての舞台生活を終えたことになります。

宝塚退団後、女優として映像の世界へ

宝塚を退団しても、月城さんが演じる仕事そのものから離れたわけではありませんでした。

2024年8月1日にはスターダストプロモーションへの所属が発表され、新しい環境で活動を始めています。

2024年の退団後も「演じる仕事」を続けた理由

月城さんは宝塚在団中から、役として自分とは別の人間の人生や考え方を経験できることに芝居の面白さを感じていました。

退団後はコンサートなどにも取り組む一方、映像作品を見据えた芝居の勉強も始めます。

そこで直面したのが、大劇場の舞台とカメラの前では、同じ芝居でも届け方が大きく異なることでした。

「舞台の上から2,000人にいっぺんに伝えるというよりどれだけ繊細にお届けするか」

出典:Domani「収録後の月城かなとさんにインタビュー 『新しい現場で初めましての方とご一緒することが毎回刺激的です』」(2024年11月18日)

宝塚では約1か月の稽古期間を経て舞台へ立つのに対し、映像では受け取った台本をその場で読み、初対面の共演者とすぐに芝居をする場面もあります。

さらに、舞台では自分の芝居を最初から最後までつなげて演じられますが、映像は監督、カメラ、照明、音響など多くのスタッフが作った素材を編集して完成します。

宝塚で長く芝居を経験していても、映像では新しい方法を学び直すところからのスタートでした。

『金田一耕助 悔やむ』で退団後初の映像作品・ドラマ初出演

その勉強を経て最初の映像作品となったのが、NHKの『シリーズ横溝正史短編集IV~金田一耕助 悔やむ~』です。

月城さんは3作品のうち『悪魔の降誕祭』に登場する人気ジャズ歌手・関口たまきを演じました。

宝塚退団後初の映像作品であり、ドラマ初出演でもあります。

完成した映像を見返した月城さんは、自分でも当時かなり緊張していたことが分かったと振り返っています。

「これから始まる俳優の第一歩として、この作品に出れたことを光栄に思っています。」

出典:ORICON NEWS「元宝塚トップスター・月城かなと、初のドラマ出演 池松壮亮が絶賛『驚くような集中力に感動した』」(2025年4月9日)

月城さん自身が「俳優の第一歩」と表現した通り、宝塚で舞台俳優として始まったキャリアとは別に、カメラの前で芝居をする新しい段階がここから始まりました。

『キャスター』で連続ドラマ初出演

続いて2025年4月から放送されたTBS系日曜劇場『キャスター』で連続ドラマへ初出演しました。

演じたのは報道番組「ニュースゲート」のサブキャスター・小池奈美です。

宝塚時代の男役とはまったく異なる役柄で、報道番組のアナウンサーを演じるため、TBSでアナウンスレッスンを受け、報道局の見学などもして撮影へ臨みました。

単発ドラマで初めてカメラ前の芝居を経験したあと、今度は同じ役を継続して演じる連続ドラマの現場へ進みました。

中学生のころに一本の宝塚映像を見たことから始まった演じる仕事は、2025年には映像ドラマへ新しい広がりを持つことになりました。

『キャスター』は、宝塚で16年にわたり舞台に立った月城さんが、映像俳優として連続ドラマの現場へ踏み出した最初の作品となりました。