石山順征の生い立ち|家族・大学とサッカー少年が俳優になるまで

石山順征のイラストと、家族・大学・サッカー少年から俳優になるまでの歩みを示すタイトルを配置したビジュアル

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
いしやまじゅんせい
カテゴリー
男性俳優
出身地
宮城県
生年月日
2005年1月24日
芸能活動開始
2024年
俳優デビュー
2024年
デビューのきっかけ
コンテスト・公募

石山順征さんは、2023年の第36回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでグランプリを受賞し、2024年から俳優としてドラマ出演を重ねています。

その数年前まで、宮城県で全国高校サッカー選手権を目指していたサッカー少年でした。

小学5年生で一人でスペインへ渡った経験がありながら、高校卒業後に選んだのはプロサッカー選手とは異なる道でした。

家族と見た映画、高校最後の県大会、友人と挑んだコンテストが、その選択の前にあります。

今回は、そんな石山順征さんの生い立ちや家族、学生時代、サッカーを離れて芸能界へ入ったきっかけ、初舞台から俳優として活動を始めるまでをご紹介します。

石山順征の生い立ち|宮城県利府町で育ったサッカー少年

石山順征さんは、2005年1月24日に宮城県利府町で生まれました

所属事務所の公式プロフィールには宮城県出身と記載され、地元テレビのインタビューでは利府町生まれであることが紹介されています。

田んぼに囲まれた小中学校と、毎日ボールを追った子ども時代

小鶴新田の田んぼ道を友人と自転車で帰ったことも、宮城で過ごしたころの記憶として話しています。

宮城県出身なんですが、田んぼに囲まれた小中学校に通っていました。毎日サッカーをして過ごしていました。

出典:GINGER「石山順征ってどんな人?今の彼を紐解く10のクエスチョン」(2025年4月25日)

通っていた小学校の校名は公表されていませんが、小学2年生からサッカーを始め、高校卒業まで続けました

2017年の「U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ」には、宮城県のクラブチームACジュニオールのミッドフィールダーとして登録されています。

小学3年生ではベガルタ仙台のセレクションを受け、最終試験で落選しました。

本人は、この結果をサッカーで経験した最初の挫折として挙げています。

小学校時代の所属チームは同学年の選手が9人ほどしかおらず、試合ができるかどうかも危うい時期がありました。

そのチームで背番号10のキャプテンを務め、人数の少ない世代でサッカーを続けました。

サッカーの指導で繰り返し教えられたのは、技術だけではありませんでした。

「生活が8割、サッカーが2割」という考え方のもと、普段の態度がプレーにも表れると教わり、人とのつながりを意識するようになったそうです。

宮城で育った石山順征さんは肉より魚が好きで、好物のすしネタにはサーモンとネギトロを挙げています。

テレビを見ることも好きでしたが、このころの第一の目標は俳優ではなく、プロサッカー選手になることでした。

小学5年生でスペインへ|レアル・マドリードの練習に参加

サッカーを始めて3年ほどたった小学5年生のとき、大きな経験がありました。

小学5年生で、初めて一人だけで海外へ向かいました

小学5年生の時に、1人でスペインに行って。2週間くらいレアル・マドリードの練習に参加してました。

出典:スポニチアネックス「ジュノンボーイ・石山順征 意外な一面に香取慎吾もびっくり! 「この時はプロになれるなって」」(2024年11月3日)

当時は自分もプロになれると思うほど、サッカーへ気持ちが向いていました。

海外での生活に触れたことから、英語や英会話にも興味を持つようになります。

この関心は、のちの大学での英語専攻や、ジュノンボーイ最終選考での英語スピーチにも表れました。

石山順征の家族|父親・母親・妹とのエピソード

石山順征さんの家族については、少なくとも父親、母親、妹の存在が本人発言や公式発信から確認できます。

父親の氏名や職業、妹の年齢などは公表されていません。

両親が映画を見て決めた「順征」という本名

「石山順征」は芸名ではなく本名です。

両親が一緒に見た2001年公開の映画『冷静と情熱のあいだ』には、竹野内豊さんが演じる阿形順正という主人公が登場します。

役名の「順正」と本名の「順征」は、読み方が同じで漢字が異なります。

母と父が一緒に映画を見に行って「じゅんせい」という名前の響き良いという話になったらしいです。

出典:日刊スポーツ「ジュノンボーイGP石山順征『学んで吸収して』サッカーで学んだ努力する力で芸能界での活躍誓う」(2024年4月8日)

生まれる前の命名に映画が関わり、中学生になると別の映画を両親と見たことから俳優という仕事へ関心を持つことになります。

母・利恵さんのテレビ出演と、妹を含む家族の本人発信

母親は石山利恵さんで、2024年11月に配信された『ななにー 地下ABEMA』へ息子と出演しました。

利恵さんは、息子がジュノンボーイのグランプリを取るとは思っておらず、受賞後も夢のように感じていると話しています。

番組では若いころの両親の写真も公開され、石山さんがどちらに似ているかという話になると、利恵さんが「うちは突然変異」と冗談を返す場面もありました。

妹の名前や年齢は明かされていませんが、本人の公式Xには、年末を妹と一緒に書道をして過ごすという投稿があります。

公式プロフィールの資格欄には毛筆6段と記載されています。妹と書道をする投稿は、プロフィールだけでは見えない家族の日常でもあります。

また、実家では犬を飼っており、一人暮らしを始めてからも家族が散歩中の写真や動画を送ってくれるそうです。

中学生のころは授業が終わると自転車で駅へ向かい、クラブチームの練習から夜遅く帰る生活を送っていました。

送迎などで両親に負担をかけたと、グランプリ受賞後の地元インタビューで振り返っています。

2026年1月には、家族で初詣へ行き、大吉を引いたことも写真とともに伝えています。

子どものころは朝が苦手で、母親に何度呼ばれても起きず、水をかけられたこともあったと明かしています。

上京後は一人で起きる必要が生まれ、朝にも強くなりました。

東京で一人暮らしを始めてからは、両親へこまめに連絡するようになりました

生活のすべてを自分で担うなかで、親の存在の大きさを感じたと話しています。

石山順征の学歴|利府西中から東北学院高校、東京の大学へ

石山順征さんが通った学校として確認できるのは、利府町立利府西中学校と東北学院高校です。

高校卒業後は東京の大学へ進み、学業とジュノンボーイの選考を並行しました。

利府西中時代、両親と見た映画から俳優へ関心を持つ

利府西中学校時代は、学校のサッカー部ではなく、クラブチームのFCみやぎバルセロナでプレーしていました。

本人は、放課後すぐ練習へ向かっていたこの中学時代を、最もサッカーへ本気で取り組んだ時期として振り返っています。

幼いころから仮面ライダーへ憧れ、俳優という仕事を漠然と格好いいと感じていたそうです。

中学生のころ、両親と映画館で見た『ボヘミアン・ラプソディ』が、その関心を具体的にする作品になりました。

主演のラミ・マレックがフレディ・マーキュリーを演じ、スクリーンの中で一人の人生を見せる姿に驚いたといいます。

約2時間の物語で人を感動させる俳優という仕事に圧倒され、その後はドラマや映画を多く見るようになりました

ただし、この時点で芸能界へ入るつもりがあったわけではなく、毎日の中心はサッカーでした。

石山順征さんに仮面ライダーシリーズへの出演歴は確認されていません。本人が以前から憧れ、将来演じてみたい役として挙げています。

学校では明るく、同級生からいじられることもある立ち位置だったと振り返っています。

中学3年生のころには、後輩が休み時間に教室へ会いに来たり、メッセージを書いたカイロを渡してくれたりしたそうです。

東北学院高校サッカー部|150人超の競争を勝ち抜いた3年間

中学卒業後は、宮城県内の強豪である東北学院高校へ進学しました。

高校1年生時の選手登録記録にも、FCみやぎバルセロナ出身のミッドフィールダーとして石山さんの名前が残っています。

部員が100人を大きく超える環境では、試合へ出られない時期や、けがを経験したこともありました。

石山さんは、サッカーがうまくいっていた時期に謙虚さや初心を忘れ、そこから失敗したことがあったと振り返っています。

母校を訪れた際には、高校のグラウンドを仲間と競い合った「大切なグラウンド」と表現しました。

プロ選手を本気で目指してきた一方、高校3年生になると周囲の選手との力の差も感じるようになりました。

そこで俳優が「第二の目標」として具体的な進路の候補に入りますが、最後の大会が終わるまではサッカーを続けました。

大学名は非公表|東京の大学で英語を専攻

東北学院高校を2023年春に卒業したあとは、東京の大学へ進みました。

同年11月にジュノンボーイのグランプリを受賞した時点では大学1年生で、大学では英語を専攻していると自ら説明しています。

小学5年生のスペイン経験から海外や英語へ興味を持ち、英検2級も取得しました。

コンテストの最終選考でも、英語で自己紹介することを自分のアピールに選んでいます。

上京するときには、地元の親友から約150センチあるクマのぬいぐるみを贈られました。

東京の部屋でも毎日一緒に寝ており、宮城に残してきた友人を思い出す品になっています。

大学名は本人、所属事務所、主要インタビューのいずれでも公表されていません。「東北学院」は出身高校であり、大学名として断定できる情報ではありません。

高校最後の決勝を終え、ジュノンボーイで芸能界へ

石山順征さんがサッカーから別の進路へ気持ちを切り替えたのは、高校最後の大会を終えたあとでした。

その次に挑んだジュノン・スーパーボーイ・コンテストが、芸能界へ入る入口になります。

PK戦で全国を逃し、サッカーを「やり切った」高校3年の冬

2022年11月5日、第101回全国高校サッカー選手権宮城県大会の決勝がユアテックスタジアム仙台で行われました。

相手は聖和学園高校で、東北学院高校は35年ぶりの全国大会出場を目指していました。

石山さんは150人を超える部員の中から先発に入り、背番号17で決勝のピッチに立ちました

入場時から体が固まるほど緊張し、本人はどのようなプレーをしたか覚えていないほどだったといいます。

試合は延長まで0対0のまま進み、PK戦で聖和学園が6対5で勝利しました。

あそこで不完全燃焼だったらまだサッカーを続けていたと思うけれど、やり切ったという思いが強かった。

出典:ミヤテレNEWS NNN「〖「ジュノンボーイ」グランプリに輝く!〗宮城県出身「石山順征」さんに話を聞く<新春インタビュー>」(2024年1月5日)

高校時代の友人と応募し、1万5155人の頂点へ

部活動を引退したころは、次の人生をまだ真剣に考えられない時期だったそうです。

そこで知ったのが、第36回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでした。

高校の友達と一緒に応募したのがきっかけです。

出典:GINGER「石山順征『僕にしかできないことを見つけていきたい』デビューから1年、自身に起こった変化」(2025年5月2日)

友人と始めた挑戦でしたが、選考が進むと、目標や毎日の行動を「夢ノート」へ書き出すようになります。

好きなものを自由に食べていた生活も見直し、人前へ出る機会が増えるにつれて栄養のバランスや日焼け対策を意識しました。

コンテストは書類審査から地方予選、人気投票などを経て、約半年をかけて候補者が絞られる仕組みでした。

第36回では第一次審査を通過した約1000人が段階的に絞られ、敗者復活者を含む15人が最終選考会へ進みました。

第2次審査では、ハシヤスメ・アツコさんを相手に告白する演技へ挑み、本当に恋人にするつもりで臨んだと振り返っています。

食事、筋力トレーニング、ランニングの計画も文字にし、順番に実行しました。

最終選考の自由パフォーマンスでは、長く続けたサッカーではなく、英語のスピーチとドラムを選びました。

ドラムは小学生のときに一度触れた感覚を頼りに、最終選考の約1か月前から毎日練習したものです。

10年以上続けたサッカーのリフティングも候補にしましたが、特技を一つ増やしたいと考えてドラムへ挑みました。

2023年11月26日、応募総数1万5155人の中からグランプリに選ばれました

名前を呼ばれた瞬間は足が震え、夢の中にいるような感覚だったと話しています。

受賞スピーチでは、応援した家族や友人への感謝を伝え、唯一無二の俳優になりたいという目標を掲げました。

翌日には情報番組で自分の受賞が取り上げられ、数日後には所属事務所について話し合う状況へ変わりました。

受賞から約10日後の地元インタビューでは、演技はゼロからの出発だと捉え、俳優へ進むために演技を学びたいと話しています。

サッカーを始めたころからグランプリまでを本人が振り返った公式インタビューでは、宮城で過ごした時間も映像で確認できます。

約30社との面談からケイダッシュを選んだ理由

グランプリ受賞後、石山順征さんは約30社の芸能事務所と面談しました。

その中から選んだのが、高橋克典さんらが所属するケイダッシュです。

小学生のころからテレビで見ていた高橋さんに、芸能界で大切なことや役作り、演技について聞きたいとも話していました。

自分が10年後に描いている立ち位置に最も近いと感じたことが、所属先を決めた理由でした。

正式な所属は2024年4月ですが、それより前の同年2月には、すでに俳優として最初の舞台へ立っています。

2023年11月のグランプリが芸能界への入口、2024年2月の舞台が初演技、同年4月がケイダッシュ所属、6月のドラマが映像作品への初出演です。

石山順征の俳優デビュー|初舞台から連ドラ初レギュラーまで

ジュノンボーイのグランプリを受賞しても、石山順征さんには演技経験がありませんでした。

初舞台、ドラマの単話ゲスト、連続ドラマのレギュラーという順番で、俳優としての仕事が始まります。

『ハイスクール・ハイ・ライフ3』主演で演技に初挑戦

初めて演技をした作品は、2024年2月8日から12日まで上演された舞台『ハイスクール・ハイ・ライフ3』です。

初めての演技仕事で、下川床琉良さんとのダブルキャスト主演を務めました

男子校の演劇部を舞台にした物語で、出演者の多くも演技経験の少ないジュノンボーイでした。

最初から順調だったわけではなく、本番数日前には先輩から厳しく声をかけられ、出演者全体が危機感を持つ場面もあったそうです。

それ以降は指示を待つだけではなく、自分たちから質問するようになり、稽古の進め方も変わりました。

所属事務所が決まる前に舞台へ立てたことを、本人は貴重な経験として受け止めていました。

グランプリを取ればそのまま売れるわけではないと考え、先輩たちから受けた助言を次の仕事へ持っていこうとしていました。

少しずつ自信がついて本番を迎えられました。ここがスタートライン。

出典:日刊スポーツ「ジュノンボーイGP石山順征ら初演技 谷健二氏『新人俳優の登竜門にしたい』演出舞台で奮闘」(2024年2月11日)

公演を終えたあとには、演出家、スタッフ、先輩俳優、共演したジュノンボーイへの感謝を公式Xへ記しました。

『ミス・ターゲット』でドラマ初出演

舞台から約4か月後の2024年6月9日、ABCテレビ・テレビ朝日系『ミス・ターゲット』第8話でドラマへ初出演しました。

演じたのは、上杉柊平さん演じる村松宗春の和菓子店「和月堂」で働く新人店員、福徳優馬です。

上杉さん、鈴木愛理さん、沢村一樹さんらと同じ現場に入り、撮影前には緊張していました。

鈴木さんが気さくに話しかけたことで力が抜け、落ち着いて本番へ臨めたそうです。

演技をすることが楽しいと思えるような『ミス・ターゲット』でドラマ初出演を果たすことができて、本当に良かったと思っています。

出典:TV LIFE web「「ジュノンボーイ」石山順征が『ミス・ターゲット』第8話にゲスト出演 和菓子屋のアルバイト役【コメントあり】」(2024年6月9日)

『伝説の頭 翔』で連続ドラマ初レギュラー

ドラマデビューの翌月には、テレビ朝日系『伝説の頭 翔』へレギュラー出演しました。

役名は小見田信造で、最強の不良チーム「グランドクロス」の幹部メンバーです。

チームでは末っ子的な立ち位置にあり、幼く見られることを嫌って粗暴に振る舞う一方、服装には人一倍気を使う人物でした。

『伝説の頭 翔』が、石山順征さんにとって初めての連続ドラマレギュラーです

同作には仮面ライダーやスーパー戦隊シリーズの出演経験者も多く、石山さんは以前から憧れていたヒーロー俳優たちと同じ若手キャスト陣に加わりました。

クランクアップ後には、グランドクロスの仲間と過ごした撮影期間を振り返っています。

2025年には複数の連続ドラマでレギュラーを務め、初舞台から始まった俳優の仕事を重ねました。