小日向星一の生い立ち|父・小日向文世や弟との関係、大学時代から俳優になるまで

小日向星一の生い立ちを象徴する、剣道具と本、舞台照明、根のモチーフ

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
こひなたせいいち
カテゴリー
男性俳優
出身地
東京都
生年月日
1995年6月4日
芸能活動開始
2015年
俳優デビュー
2015年
デビューのきっかけ
学生時代の活動

小日向星一さんは、舞台・映画・ドラマで活動する俳優です。

1995年6月4日に東京都で生まれ、明治大学政治経済学部を卒業し、2016年にファザーズコーポレーションへ所属しました。

父は俳優の小日向文世さん、弟の小日向春平さんも俳優という演劇一家で育っています。

ただ、星一さん自身は子どものころから俳優だけを目指していたわけではなく、大学へ入った時点でも俳優になるつもりはありませんでした。

中学・高校では剣道を続け、大学で「何か新しいことを始めたい」と足を運んだ演劇サークルの公演から、少しずつ進路が変わっていきます。

今回は、そんな小日向星一さんの生い立ちや家族、学生時代、演劇を始めたきっかけ、芸能界入りから俳優として注目されるまでをご紹介します。

小日向星一の生い立ち

小日向星一さんは1995年6月4日、東京都生まれです。

俳優の父と演劇経験のある母のもとで育ちましたが、少年時代の本人が熱中していたものは芝居だけではありませんでした。

東京で育ち、中学・高校では6年間剣道を続けた

星一さんが中学から高校まで続けていたのが剣道です。

明治大学のインタビューでは、中学・高校の6年間にわたって剣道を続けたと振り返っています。

弟の春平さんも同じく中高6年間は剣道部で過ごしており、兄弟そろって10代の時期は芝居とは別の活動に打ち込んでいました。

高校生のころには、将来やってみたい仕事としてパイロットを思い描いていた時期もあったそうです。

父がすでに俳優として活動していたからといって、息子も早くから芸能界を志していたという経歴ではありません。

小日向星一さんの場合、演劇との本格的な出会いは子役時代ではなく、大学へ進学してから訪れています。

俳優志望一色ではなかった学生時代の入り口

高校まで剣道を続けた星一さんは、大学へ進むと「今までとは違う何か」を始めようと考えました。

両親が演劇に関わっていたため芝居は身近な存在でしたが、この時点でも職業として俳優を選んでいたわけではありません。

むしろ、後に俳優になる人物としては、この出発点が印象的です。

大学に入学した時は将来的に俳優を目指すことは考えていませんでした。

出典:Meiji NOW「【第1回】俳優 小日向星一さん・小日向春平さんにインタビュー『変化する俳優への意識』」(2021年7月21日)

その考えを変えることになるのが、明治大学で出会った学生演劇でした。

小日向星一の家族構成

小日向星一さんは、父・母・弟との4人家族で育ちました。

父だけでなく母も演劇に関わっており、弟も後に俳優になったため、家族と芝居の距離はかなり近い家庭です。

父は俳優・小日向文世、母も演劇に関わっていた

父は、映画やドラマ、舞台で長く活動している俳優の小日向文世さんです。

母もかつて劇団に所属しており、両親は演劇の世界で出会いました。

文世さんは星一さんが幼かったころを振り返り、仕事が少なかった時期には家にいる時間が長く、妻や子どもたちと公園へ出かけることも多かったと話しています。

小日向家には、兄弟が幼いころから続いてきた少し特徴的な習慣もありました。

寝る前と家を出る前に家族にハグをする習慣があるんですよ。

出典:ESSEonline「小日向文世さん、星一さんの親子対談。ちょっと意外な『小日向家のルール』とは?」(2022年9月25日)

この習慣は成人後も残り、星一さんが実家へ泊まった際には、寝る前や家を出るときに父とハグをすると話しています。

両親との距離の近さは、星一さんが俳優という仕事を選んだときにも表れています。

本人は「演劇を仕事にしたい」と伝えれば少しは反対されると思っていたものの、両親は覚悟があるならと背中を押してくれたそうです。

俳優の家庭に生まれたから仕事を決められたのではなく、自分で芝居を選んだあとに家族がその選択を支えました。

星一さんの誕生にも、演劇一家らしい偶然があります。

1995年に文世さんが舞台『スカパン』でオクターヴ役を演じていたころ、母が星一さんを出産しました。

文世さんは出産に立ち会うつもりで付き添っていましたが、通し稽古の時間になって劇場へ戻り、第1幕と第2幕の間に星一さんが生まれたと親子対談で明かしています。

この『スカパン』と小日向家の縁はここで終わらず、星一さん自身の俳優人生でも再び登場します。

家庭では優しい父だった一方、星一さんは俳優としての文世さんが台本を読み込み、仕事へ厳しく向き合う姿も間近で見てきました。

父への思いを尋ねられた際には、「同じようになりたい」という表現ではなく、さらに踏み込んだ言葉を残しています。

父を超えなければいけないと思っています。

出典:Meiji NOW「【第2回】俳優 小日向星一さん・小日向春平さんにインタビュー『話していなくても共通した今後への思い』」(2021年7月27日)

「小日向文世の息子」として比較される立場を受け入れたうえで、父を超えることを一つの目標としていました。

弟・小日向春平も俳優で、家族4人で演劇を語る家庭だった

星一さんには、1998年生まれの弟・小日向春平さんがいます。

春平さんも大学在学中に芝居を始め、俳優の道へ進みました。

兄弟は好きなものや価値観も似ており、子どものころから大きなけんかをすることも少なかったそうです。

価値観の合う友人という感じがします。

出典:Meiji NOW「【第3回】俳優 小日向星一さん・小日向春平さんにインタビュー『価値観が合う友人でありライバル』」(2021年7月30日)

一方、俳優同士になってからは、同じ年代の男性俳優として役を争うこともあるため、星一さんは弟を「ライバル」とも捉えています。

弟に新しい舞台が決まれば自分のことのようにうれしく、互いの仕事を応援しながら競い合う関係です。

兄弟が芝居を始める以前から両親はお酒を飲みながら劇団時代の昔話をしていましたが、二人が俳優になると、家族4人で演劇について話す機会も増えました。

やがて星一さんと春平さんは、家の中だけではなく同じ作品の撮影現場にも立つことになります。

小日向星一の大学時代

小日向星一さんが俳優になるまでを語るうえで、最も大きく状況が変わったのが大学時代です。

明治大学政治経済学部へ進み、2018年に卒業しましたが、その4年間の中心には次第に演劇が入り込んでいきました。

明治大学政治経済学部へ進学した理由

星一さんと明治大学との縁は、大学受験より前からありました。

弟の春平さんが後に通った明治大学付属明治中学校を星一さんも受験していましたが、本人の表現では結果は「惨敗」だったそうです。

そのため大学受験では、明治大学への挑戦を中学受験の「リベンジ」と考えていました。

和泉キャンパスでの大学生活や、3年生から通うリバティタワーへの憧れもあったと振り返っています。

入学後は演劇だけに時間を使っていたわけではなく、ゼミでは当時関心を持っていたテーマを徹底して研究しました。

一方で本人が「演劇漬け」と表現するほど芝居に取り組む時間も増え、大学生活の中で興味の対象へ深く没頭していきます。

明治大学で過ごした4年間については、自分の個性を強く磨くことができた時期だったとも振り返っています。

演劇サークル「実験劇場」との出会いが転機になった

大学入学後、星一さんは6年間続けてきた剣道とは違う、新しい活動を探していました。

そこで目に留まったのが、明治大学の演劇サークル「実験劇場」です。

両親が劇団に所属していたこともあり新歓公演を見に行くと、その公演自体の面白さに引かれてサークルへ入りました。

「俳優になるために大学で演劇を選んだ」のではなく、「面白かったから演劇を始めた」という順番でした。

その後は学生演劇の活動を重ね、2015年には『平成舞姫』などの舞台に出演しました。

同年の明治大学シェイクスピアプロジェクト『薔薇戦争』では、ヘンリー六世を演じています。

大学へ入るまでは職業として考えていなかった芝居が、実際に舞台へ立つ経験を重ねるうちに「続けたいもの」へ変わっていきました。

2025年にJFNの番組『根本宗子のひみつのオペラグラス』へ出演した際にも、星一さんは学生時代の演劇サークルについて改めて振り返っています。

学生演劇を続けるうちに、卒業とともに芝居を終えるのではなく、仕事として続けたいという気持ちが強くなっていきました。

小日向星一の芸能界入り

星一さんの場合、演技を始めた時期と芸能事務所へ所属した時期は同じではありません。

大学で先に学生演劇を経験し、その後に俳優を職業として続ける道を選んでいます。

大学で演劇を続けたい思いが強まり、2016年に事務所所属

大学で演劇を続けるうちに、星一さんの中で芝居への意識は少しずつ変わりました。

明治大学のインタビューでは、演劇を続けたいという思いが強くなったあと、現在の所属先であるファザーズコーポレーションに入ったと説明しています。

所属事務所のプロフィールでは、2016年に同事務所へ所属したことが記載されています。

小日向星一さんの演技開始と芸能界入り
大学在学中の2015年には舞台へ出演し、2016年に芸能事務所へ所属しました。

事務所所属後も、最初からテレビドラマだけに活動を絞ったわけではありません。

2017年には舞台『JASMINE-神様からのおくりもの-』などに出演し、同年公開の『リンキング・ラブ』で映画デビューを果たしました。

映画『星屑の町』の公式プロフィールでも、『リンキング・ラブ』が星一さんの映画デビュー作として紹介されています。

さらに2018年3月には、テレビ朝日のドラマ『Q&A』で数奇な運命をたどる青年・Qを演じました。

この作品は星一さんにとってテレビドラマ初出演で、竹中直人さんらと共演しています。

同じ2018年には明治大学政治経済学部を卒業し、学生として始めた芝居を職業として続ける生活へ移っていきました。

舞台を中心に経験を積み、プロの現場で責任感を学んだ

事務所へ所属した後も、星一さんの俳優活動では舞台が大きな位置を占めています。

KAAT神奈川芸術劇場の『グレーテルとヘンゼル』ではヘンゼルを演じ、こまつ座の『イーハトーボの劇列車』などにも出演しました。

学生演劇のころは基本的に無料で公演していましたが、仕事になってからは観客がお金を払い、劇場まで足を運んでくれることを強く意識するようになったといいます。

本人はその違いについて、「仕事として芝居をする責任感が大きくなった」という趣旨で振り返っています。

舞台では、自分より長く第一線で活動する俳優たちとも共演するようになりました。

『イーハトーボの劇列車』で共演した松田龍平さんの舞台での立ち方に憧れ、山西惇さんのせりふへの向き合い方にも刺激を受けたと話しています。

舞台だけでなく、2018年の映画『向こうの家』、2020年の『星屑の町』など、映像作品への出演も重なっていきました。

大学のサークルで始めた芝居は、舞台と映像の両方を行き来する俳優の仕事へ変わっていました。

小日向星一が俳優として注目されるまで

俳優として活動を重ねる中で、2021年には小日向星一さんの経歴に残る出来事が続きました。

初めての大河ドラマ出演に加え、同年公開の映画での演技が新人賞へとつながっています。

弟との共演も話題になった『青天を衝け』

2021年、星一さんはNHK大河ドラマ『青天を衝け』へ出演しました。

演じたのは、幕末の会津藩主松平容保です。

そして松平容保の弟にあたる桑名藩主・松平定敬を演じたのが、実の弟である春平さんでした。

実生活でも兄弟の二人が、大河ドラマでも兄弟役を演じたことになります。

星一さんがオーディションを受けた時点では兄弟で演じるような役はなかったそうで、決定を知った本人も驚いたと振り返っています。

しかも、春平さんとの初共演が星一さん自身にとっても初めての大河ドラマとなりました。

松平容保という実在人物を演じることには緊張もあった一方、弟と一緒に現場へ行くことで落ち着いて撮影へ臨めたそうです。

2021年5月23日の放送後には、幼いころの兄弟写真とともに、二人で大河ドラマへ出る日が来たことへの思いを自身のXに残しています。

家では友人のように仲が良く、仕事ではライバルでもある兄弟が、同じ作品の中でも兄弟として並ぶ機会になりました。

映画・舞台で存在感を広げ、新人賞につながった歩み

『青天を衝け』と同じ2021年には、星一さんが出演した映画『サマーフィルムにのって』と『君は永遠にそいつらより若い』も公開されました。

学生時代に演劇を始め、2017年に映画デビューしてから、舞台と映像の双方で経験を重ねてきた時期の作品です。

そして、この2作品での演技により、第43回ヨコハマ映画祭の最優秀新人賞を受賞しました。

父が有名な俳優であることとは別に、星一さん自身の出演作を対象として与えられた俳優賞です。

その翌年には、小日向家にとってもう一つ印象深い舞台がありました。

2022年の舞台『スカパン』で、星一さんは父・文世さんと初めて舞台で共演しています。

星一さんが任されたのは、1995年に文世さんが演じていたオクターヴ役でした。

つまり、父がその役を演じていた時期に生まれた星一さんが、27年ほどを経て同じ役を演じ、父と同じ舞台へ立ったことになります。

1995年、父・小日向文世さんが『スカパン』のオクターヴ役を演じていた時期に星一さんが誕生し、2022年には星一さん自身がオクターヴ役を演じて親子初の舞台共演を果たしました。

小日向星一さんが俳優を目指すことになった入口は、父と同じ仕事をするために用意された道ではなく、大学でたまたま足を運んだ演劇サークルの新歓公演でした。

そこで芝居の面白さを知り、学生演劇から事務所所属、舞台、映画、ドラマへと活動を広げた末に、父や弟とも同じ舞台や撮影現場に立つようになりました。