PROFILE
人物プロフィール
2026年に大河ドラマ『豊臣兄弟!』で初の大河出演を果たした白石聖さんは、2016年から女優として映像作品に出演してきました。
ただ、高校時代の白石さんが思い描いていたのは、最初から女優の道ではありませんでした。
子どもの頃から「声」に惹かれ、アニメをきっかけに声優へ憧れながら、高校では将来の進路に迷っていたといいます。
そんな高校2年生の夏、普段はあまり1人で出かけなかった白石さんが、なぜか原宿へ向かった日に声をかけられました。
この原宿でのスカウトが芸能界入りのきっかけとなり、声優志望だった高校生は演技の仕事へ進んでいきます。
今回は、そんな白石聖さんの生い立ちや家族、学歴・学生時代、原宿でスカウトされた経緯、声優志望から女優になったきっかけ、初期キャリアの転機をご紹介します。
白石聖の家族|母との思い出と名前に残る幼少期
白石聖さんは1998年8月10日、神奈川県生まれです。
幼い頃の読み聞かせから、高校でスカウトされた後の事務所とのやり取りまで、母親は白石さんの人生の節目に自然と登場しています。
芸能活動を始めた後には、白石さんが出演したポケモンカードゲームのCMを見た周囲から、母親が「あれって娘さんだよね?」と声をかけられたこともあったそうです。
母の読み聞かせから「声」に興味を持った小学生時代
白石さんが幼い頃に好きだったものの一つが、母親による読み聞かせでした。
小学校では音読の宿題も好きで、声に出して文章を読むこと自体を楽しんでいたそうです。
さらにアニメ『銀魂』を見て、漫画のキャラクターに声がつくことで「生きている」と感じたことから、声の仕事への興味が深まっていきました。
「女優になりたい」という夢が先にあったのではなく、読み聞かせや音読、アニメといった日常の中で、まず声による表現に惹かれていったのが白石さんの出発点でした。
お芝居するという部分では声優も俳優も通じるものがある
出典:ORICON NEWS「白石聖をトリコにする“声”の持ち主・3選 「声のコンプレックスを“そのままでいい”と思わせてくれた」声優は」(2020年11月3日)
声優への憧れは、芸能界へ入ったあとに女優へ進むときにも消えていたわけではありません。
母子手帳に残っていた「早く出ておいで」の言葉
母親との記憶には、白石さんが生まれる前までさかのぼる話もあります。
小学校の授業で自分の母子手帳を見た際、予定日を少し過ぎても生まれてこない娘を心配した母親の気持ちが書き残されていました。
「早く出ておいで」とか母の気持ちが綴られていたりして
出典:J-WAVE NEWS「母子手帳は日本発祥。「命のパスポート」と呼べるスゴさを、白石 聖×SHELLYが語る」(2024年2月28日)
白石さんは、その母子手帳を「ずっと取っておかないといけないもの」だと思ったとも話しています。
小学生だった本人が、生まれる前の母親の気持ちを文字で知った出来事でした。
「白石聖」は芸名|本名は“神様にまつわる名前”
「白石聖 本名」という検索は多いですが、白石さんは2018年の動画インタビューで、「白石聖」は芸名だと明かしています。
本名そのものは公表していません。
同じインタビューでは、本名について、同じ名前の人があまりいないことや、母親が出産時に感じたことから「神様にまつわった名前」になったと話しています。
ネット上では本名を推測する説もありますが、本人が名前そのものを明かしていない以上、そこから先を断定することはできません。
本人の言葉から分かるのは、母親が出産時に抱いた感覚をもとに名付けられた、珍しい本名だというところまでです。
父親・兄弟など家族構成について確認できること
母親については本人の具体的な思い出が複数残っていますが、父親や兄弟姉妹については事情が違います。
父親の職業や兄弟姉妹の人数など、本人や所属先が明確に示した家族構成は公表情報からは確認できません。
「父親」「兄弟」「弟」などの関連検索はありますが、検索されていること自体は事実の裏付けにはなりません。家族については、白石さん自身が語っている母親とのエピソードを中心に見るのが確実です。
白石聖の学歴と学生時代|中学の吹奏楽部から総合学科の高校へ
白石さんの学生時代は、中学と高校で学校への感じ方が変わったことを本人が振り返っています。
学校名についてさまざまな情報が出回っていますが、本人の言葉から確実に分かるのは、中学では吹奏楽部に所属し、高校は総合学科だったことです。
中学では吹奏楽部|学校があまり好きではなかった時期
中学生の頃は吹奏楽部に入り、打楽器を経験しました。
一方で、当時は学校そのものをあまり好きではなかったそうです。
2023年のインタビューでは、思春期に入り、それまで知っていた友人たちとの距離感が変わったことで、自分とは合わないと感じることがあったと話しています。
高校では、周囲がそれぞれ自分で選んだ道を進むようになり、中学時代に抱いていた居心地の悪さが薄れていきました。
芸能界へ入ってからも地元の友人とのつながりは続いており、本人は仕事関係より地元の友人のほうが多いとも話しています。
高校に入ると周囲が自分で選んだ道を進むようになり、白石さん自身も「学校楽しいかも」と感じるようになりました。
高校では学校生活が楽しくなり、ファミレスでアルバイト
高校時代の白石さんは、自分を「普通の高校生」だったと振り返っています。
ファミリーレストランのホールでアルバイトをし、花火大会や夏祭りへ出かけることもありました。
一番の思い出は、よく制服ディズニーをしていました!
出典:日刊スポーツ「白石聖 見つけたい自分の強み その先にある『役を生きる』芝居」(2021年6月20日)
アルバイト代を月に1回ほどディズニーへ行くために使っていたという話からも、芸能界へ入る前の高校生活が見えてきます。
高校では部活動にも入ったものの長くは続かず、アルバイトをしながら友人と出かける、ごく普通の学生生活を送っていました。
声優を考えた高校時代|総合学科で進路に迷う
高校は総合学科に通い、将来は声に関わる仕事をしたいと考えていました。
ところが、外部から来た専門学校の講師から声優の仕事について現実的な話を聞き、自分が本当に進みたい道なのか迷うようになります。
声優には演技だけでなくさまざまな力が求められると知り、自分には向いていないのではないかと考えていた時期でもありました。
具体的な中学校名・高校名については、本人や所属先など信頼できる一次情報での明言を確認できません。白石さん本人が語っている「中学で吹奏楽部」「高校は総合学科」という範囲を基準にしています。
大学進学は?高校卒業後の進路を確認
「白石聖 大学」も検索されていますが、大学名や大学進学の有無について、本人や所属事務所が明言した確かな情報は見当たりません。
確実なのは、高校在学中の2016年にはすでに演技の仕事を始めていたことです。
高校卒業前後には映画やドラマの仕事が続き、そのまま女優としての現場経験を重ねていきました。
高校2年の夏、原宿のスカウトで芸能界へ
高校2年生の夏休み、白石さんは進路について迷っていました。
部活動にも強く打ち込んでいたわけではなく、「何かを始めたい」と感じながらも、次の一歩はまだ決まっていませんでした。
普段は行かない原宿へ1人で出かけた日
白石さんはもともとインドアで、当時は1人で外出することもあまりなかったそうです。
それなのに、その日はふと1人で出かけ、最初は表参道へ行き、そのまま原宿まで歩きました。
本人も後から振り返って「なぜ原宿に行ったのか分からない」と話しているほど、芸能事務所を探しに行ったわけではありません。
古着屋をのぞく程度のつもりで竹下通りを歩いていると、背後から声をかけられます。
高校2年生の夏休みに原宿・竹下通りで受けたスカウトが、白石さんの芸能界入りのきっかけでした。
本人も母も最初はスカウトを疑っていた
突然背後から「ちょっと」と声をかけられた白石さんは、驚いて大きな声を出してしまいました。
名刺をいただいて、最初は詐欺じゃないかと(笑)。
出典:マイナビニュース「『ポケモンGX』CMの女子高生、どんな女の子? 運命が変わった高2夏休みの原宿」(2017年8月10日)
家に帰って母親へ話しても、すぐには信用してもらえませんでした。
そこで母親が事務所側とやり取りし、何社かと実際に会って確認することになります。
複数の事務所と会い、芸映から芸能界へ
何社かと会った末、白石さんは芸映プロダクションへ所属しました。
スカウト時にもらった名刺の裏には、当時好きだった声優の一人、飯田里穂さんの名前が書かれており、そこにも縁を感じたと話しています。
進路に迷っていた高校生にとって、芸能界はもともと決めていた進学先ではありませんでした。
白石さん自身も当時を振り返り、部活に打ち込んでいたわけでもなく、「何かをはじめたかった」「きっかけを待っていた」と話しています。
声の仕事への興味を持ったまま、まず芸能事務所へ入り、そこから実際の演技現場へ進んでいきます。
声優志望から女優へ|2016年に演技の仕事が始まる
芸能事務所へ入ったことと、女優として演技を始めたことは同じ出来事ではありません。
白石さんの場合、スカウト後に現場へ出るようになり、2016年から女優としてのキャリアが形になっていきました。
「声優も俳優も芝居」と考え女優の道へ
もともと声優へ憧れていた白石さんにとって、映像の芝居はまったく無関係な世界ではありませんでした。
声優も俳優も「芝居をする」という部分では通じるものがあると考え、「やってみよう」と演技へ踏み出しました。
ただ、声だけではなく全身を使ってカメラの前に立つと、最初は戸惑いも大きかったようです。
新人時代は、まばたき一つ、歩き方一つまで目に見える部分が気になってしまったと後年のインタビューで振り返っています。
『AKBラブナイト 恋工場』で女優デビュー
白石さん本人は、最初の仕事について映画『きょうのキラ君』のクラスメイト役だったと話しています。
作品の公開は2017年ですが、本人はこの撮影参加を自身の「初めてのお仕事」として振り返っています。
名前のない、エキストラに近い役でしたが、目の前で俳優たちが演じる姿を見て、同世代の飯豊まりえさんから刺激を受けました。
完成した映像を見ると自分の足りない部分が気になり、もっといろいろな経験を積みたいと思うようになったとも話しています。
最初から大きな役を与えられたのではなく、名前のないクラスメイトとして撮影現場に立ったところから仕事が始まりました。
一方、KBC『福岡恋愛白書14』の公式プロフィールでは、2016年のドラマ『AKBラブナイト 恋工場』を「女優デビュー」としています。
白石聖さんは「最初に参加した仕事」と「公式プロフィール上の女優デビュー」が別に確認できます。最初の現場は映画『きょうのキラ君』、女優デビューは2016年『AKBラブナイト 恋工場』として整理すると時系列が分かりやすくなります。
中学の吹奏楽経験が生きた『仰げば尊し』
2016年にはTBSドラマ『仰げば尊し』にも出演し、吹奏楽部員の十亀聖を演じました。
オーディションでは、中学時代に吹奏楽部へ入っていた経験があったため、楽器を扱うことにもなじみがありました。
まだ演技レッスンも十分ではない時期で、現場へ出ながら学んでいく新人時代だったと本人は振り返っています。
『I”s』『絶対正義』で変わった女優としてのキャリア
小さな役や初期ドラマの現場を経験したあと、白石さんは少しずつ大きな役を任されるようになります。
その中でも、本人が後から演技の楽しさや学びを振り返っている作品が『I”s』と『絶対正義』です。
約700人から『I”s』ヒロインに選ばれる
2018年、実写ドラマ『I”s』でヒロインの葦月伊織役に選ばれました。
原作者の桂正和さんも審査に参加したオーディションで、約700人の中から選ばれています。
本当にうれしい、ありがたい限りです
出典:ORICON NEWS「白石聖、『I”s』伊織役の決め手は“笑顔” 原作・桂正和氏が太鼓判『ヒロイン感があった』」(2018年12月13日)
『I”s』では監督によるワークショップもあり、言葉のキャッチボールやセリフの掛け合いの基礎を学んだと、2025年のインタビューで話しています。
撮影は長期間にわたり、白石さんは全13話を終えたあと、作品を通して多くの人と出会えたことへの感謝を本人公式Xにも残しています。
原作が長く愛されてきた作品だったため、ヒロインを演じる責任も大きく、本人は撮影を終えたあとも「実写化する意味」を考えながら演じたと振り返りました。
『絶対正義』で学んだカメラ位置と目の演技
2019年の『絶対正義』では、高規範子の高校時代を演じ、のちに範子の娘・律子としても登場しました。
一つの作品の中で、若い頃の母親と、その娘という異なる二つの役を演じる経験になり、本人もクランクアップ時に思い出に残る作品になったと話しています。
高校時代の範子を演じるときは、「瞬きをしないサイボーグ」のようなイメージを持ち、冷たい目の表情を作っていたと作品公式インタビューで話しています。
後年、この作品について振り返った際には、感情の見せ方やカメラの位置を意識することを教わり、目の動き一つで見え方が変わることを学んだと説明しました。
目の動きひとつで見え方が変わるということを学んだ作品
出典:マイナビニュース「夢に出てきそう…狂気的な怪演が話題の白石聖、8年前の“名もなき役”からあった役者魂 目の前にあるのは『“壁”ではなく“坂”』」(2025年7月30日)
新人時代に気になっていた「まばたき」や見た目の動きが、作品の中で意識して使う表現へ変わっていきました。
『福岡恋愛白書14』から『恐怖新聞』へ|主演までの歩み
2019年にはKBC『福岡恋愛白書14 天神ラブソング』で緒方未来役を演じました。
本人も作品公式コメントで「今作が初めての主演作」と話しており、弾き語りや福岡の方言にも挑戦しています。
翌2020年には東海テレビ・フジテレビ系『恐怖新聞』で小野田詩弦を演じ、連続ドラマ初主演を務めました。
『恐怖新聞』では、セリフを音だけで覚えて用意された言葉のようにならないよう、前日に台本のト書きも含めてノートへ書き写していたと作品公式インタビューで明かしています。
声に惹かれていた少女時代から、全身を使う演技に戸惑った新人期を経て、自分なりの役への入り方も作られていきました。
高校2年でスカウトされた頃から数えると、芸能界入りから数年で、名前のないクラスメイト役から連続ドラマの主演まで役の幅が広がっていました。
9年間の芸映時代を経て2025年にFLaMmeへ
高校時代のスカウトから白石さんを支えた所属先が、芸映プロダクションでした。
その関係は約9年間続き、2025年に所属先が変わります。
高校時代から所属した芸映を退所
2025年5月11日、芸映プロダクションは白石さんの退所を公式に発表し、白石さん自身もFLaMmeへの所属を報告しました。
高校生の頃から所属した前事務所への感謝を伝え、新しい所属先での活動を始めています。
原宿で声をかけられた高校生の時期から、初仕事、女優デビュー、初主演までを過ごした所属先を離れる節目でした。
初心と自分らしさを忘れず、より一層精進して参ります
出典:スポニチアネックス「白石聖 フラーム所属へ『初心と自分らしさを忘れずより一層精進』9年在籍した芸映プロダクションから移籍」(2025年5月11日)
高校2年のスカウトから始まった芸映での約9年間を終え、2025年に所属先がFLaMmeへ変わったことは、白石さんのキャリアに残る固定された節目です。
2026年『豊臣兄弟!』で大河ドラマ初出演
2026年にはNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』へ出演し、主人公・小一郎の幼なじみで初恋の相手となる直を演じました。
白石さんにとって、これが大河ドラマ初出演です。
時代劇の経験が多くなかったため、撮影前には所作指導を受け、豊臣秀長や秀吉など周囲の人物と時代背景を調べて役作りを進めたと話しています。
直は実在の人物ではないオリジナルキャラクターだったため、史実上の人物との関係や時代背景を調べたうえで、作品の中でどう存在するかを考えて撮影へ入ったそうです。
主人公・小一郎と向き合う場面では、相手の目をまっすぐ見て言葉を伝えることを意識したとも語っています。
白石さんは直を、小一郎にとって「お守り」のような存在と捉え、主人公を形作る一つのピースとして演じました。
高校時代に「声の仕事がしたい」と迷っていたところから始まった演技の仕事は、2016年の女優デビューを経て、2026年の大河ドラマ初出演という一つの到達点まで続きました。














