PROFILE
人物プロフィール
『仮面ライダーリバイス』の五十嵐大二役や、大河ドラマ『どうする家康』の真田信繁役などで知られる俳優・日向亘さん。
2004年3月18日生まれ、群馬県出身で、14歳のときにホリプロ主催の男性オーディションでグランプリを受賞しました。
ただ、子どものころから芸能界に憧れ、一直線に俳優を目指していたわけではありません。
中学3年生のころは部活動を終えて受験勉強に励み、大学へ進んで商社で働くような将来も思い描いていました。
その進路を変えるきっかけを作ったのは、本人ではなく母親と姉でした。
今回は、そんな日向亘さんの生い立ちや家族、学生時代、母と姉の応募から俳優になるまでの道のりをご紹介します。
日向亘の生い立ち|群馬で育った少年時代
日向亘さんは群馬県で生まれ育ち、芸能界へ入るまでは地元で学生生活を送っていました。
幼いころから一つの職業だけに強く憧れていたわけではなく、興味の対象が次々と変わる子どもだったそうです。
小学生は野球、将来の夢は毎年変わった
本人は子どものころの性格を「好奇心旺盛」だったと振り返っています。
将来の夢も一つではなく、理学療法士、一級建築士、白バイ隊員、眼鏡店の店員、商社マンなど、その時々で興味を持つ仕事が変わっていきました。
小学生のころに取り組んでいたスポーツは野球です。
のちに俳優という職業について、毎回違う人物や職業を経験できることに面白さを感じると話しており、昔からさまざまなことへ興味を向けるタイプだったことがうかがえます。
芸能界は身近な進路ではなかった
芸能活動を始めたのは14歳になってからで、幼少期から子役として活動していたわけではありません。
小中学生の時点では、学校へ通いながらスポーツを楽しみ、やがて高校受験へ向けて勉強する生活を送っていました。
俳優になるという進路は、中学3年生になるまで本人の将来設計には入っていませんでした。
家でドラマを見ることはありましたが、それもこのころは「見る側」としての楽しみでした。
日向亘の家族|2人の姉と両親、祖母に囲まれた末っ子
日向亘さんの子ども時代をたどると、父親、母親、2人の姉、祖母との具体的な思い出がいくつも出てきます。
特にスポーツとテレビ、そして芸能界入りの場面では、家族との関わりがはっきり残っています。
2人の姉を持つ末っ子、父とは日曜劇場
本人は2人の姉がいる3きょうだいの末っ子です。
2020年にドラマ『姉ちゃんの恋人』で3兄弟の次男・安達優輝を演じた際には、自身にも姉が2人いることを明かし、実際の家庭と役柄に重なるところがあったと話していました。
父親との思い出として出てくるのが、TBSの日曜劇場です。
小学生の頃から父の影響で見ていた大好きなドラマ枠。
出典:TVガイドWeb「日向亘、『プレッシャーも力に変えられる俳優になりたい』――『Get Ready!』インタビュー」(2023年2月17日)
その日曜劇場に自分が出演することになるのは、芸能界へ入ってから約4年後のことでした。
母・姉・祖母が経験者|家族の話題に入りたくてバレー部へ
日向家では2人の姉と母親、祖母がバレーボール経験者でした。
小学生では野球をしていた日向さんですが、中学校へ進むと別のスポーツに挑戦しようと考えます。
そこで選んだのがバレーボールでした。
家族がバレーの話をしているとき、自分だけ会話に入れないことがあり、同じ競技を始めれば家族との共通の話題が増えると思ったそうです。
家の近くの公園でばあちゃんとバレーの練習をしたりもしましたね(笑)。
出典:Seventeen-Web「【ST 夏の学園祭に出演!】日向 亘くんのイケメンすぎるインタビュー!」(2023年7月15日)
祖母との公園での練習まで含め、バレーボールは学校だけで完結する活動ではなく、家庭の中にも続いていました。
そして数年後、進路そのものを変えるオーディションでも、家族が先に動くことになります。
中学時代|バレー部と受験勉強、目標は商社マン
中学時代はバレーボール部に所属する一方、3年生になると高校受験へ向けた勉強にも力を入れていました。
芸能界入りのきっかけになるオーディションが始まったのは、まさにその受験期です。
野球からバレーへ、厳しい部活動を3年間やり切る
中学校のバレーボール部は練習が厳しく、本人は3年間やり切った経験が自信になったと振り返っています。
部活動を通じてできた友人や先生との関係も長く続き、俳優になってからも応援してもらっているそうです。
高校2年生の時期は新型コロナウイルスの流行と重なったため、本人にとって「青春」という言葉から思い浮かぶのは、高校よりも中学のバレー部時代でした。
中学校ではスポーツだけでなく、卒業が近づくにつれて勉強へ使う時間も大きく増えていきます。
塾通いの受験生、俳優はまだ将来の選択肢になかった
中学3年生になると塾へ通い、地元の進学校を目標に受験勉強をしていました。
地元の進学校を目指して毎日12時間ほど勉強していました。
出典:学生新聞オンライン「第42回 マイナビ 東京ガールズコレクション 2026 SPRING/SUMMER ~日向亘~」(2026年3月27日)
1日に12時間ほど勉強することもあった受験生で、その先には大学進学を考えていました。
当時思い描いていた職業の一つが商社マンです。
良い大学へ進み、商社でスーツを着て働くような将来を想像していたと、後のインタビューで振り返っています。
本人がインタビューで明かしているのは、中学3年時に「地元の進学校」を目指していたことまでです。具体的な高校名や大学名について、ネット上の候補だけを根拠に断定することはできません。
そんな受験勉強の最中、家族から突然伝えられたのがホリプロのオーディションでした。
母と姉の応募で14歳から芸能界へ
日向さんが芸能界へ入ったきっかけは、本人が自分で探したオーディションではありません。
母親と姉が、本人に知らせないまま「HORIPRO MEN’S STAR AUDITION」へ応募していました。
本人に内緒でホリプロのオーディションへ応募
当時、母親と姉はホリプロ所属の竹内涼真さんのファンで、久しぶりに男性を対象とした大型オーディションが開催されることを知りました。
そこで中学3年生だった日向さんの写真を送り、書類選考へ応募します。
本人がその事実を知ったのは、書類選考を通過してからでした。
受験勉強の真っ最中だったため、最初から「俳優になるチャンスだ」と意気込んだわけではありません。
塾を休みたい!です(笑)。
出典:Emo!miu「【日向亘インタビュー】2024年ブレイク間違いなし!! 若手イケメン俳優・日向亘の魅力を深堀り♪」(2024年6月3日)
東京へ行けることもあり、当初はオーディションそのものより、塾を休めることや外出できることを楽しみにしていたそうです。
ところが、選考を通過するたびに気持ちは少しずつ変わっていきました。
12人に残ったとき「俳優になりたい」に変わった
地方予選ではグループ面接のほか、演技審査もありました。
その演技審査で台本を渡されたときが、日向さんにとって人生で初めて芝居をした瞬間だったといいます。
人になりきってせりふを話すことが恥ずかしく、最初は演技のやり方さえ分からない状態でした。
地方予選を通過すると、約1か月にわたり週末ごとに東京へ通い、演技などのレッスンを受けるようになります。
候補者が12人まで絞られたころ、それまでとは違う感情が生まれました。
俳優やりたい、絶対にグランプリ獲りたいって思いました。
出典:Deview「日向亘 インタビュー」(2026年7月29日)
家族に応募されて参加したオーディションが、この時点から本人自身の目標に変わりました。
さらに8人へ絞られた合宿審査などを経て、決選大会へ進みます。
最終審査へ向けてはルービックキューブやギターも練習し、自分を見せる準備を重ねました。
グランプリ受賞でホリプロ所属へ
2019年1月13日に行われた決選大会で、14歳の日向さんは応募者6,468人の頂点となるグランプリに選ばれました。
家族も会場で結果を見届け、学校の友人にはオーディションへ参加していることを知らせていなかったため、受賞後はスマートフォンに大量の連絡が届いたそうです。
2019年のホリプロ公式オーディションページでは、グランプリ受賞者は「鍛治原日向(かじはら・ひゅうが)」と掲載されています。その後は「日向亘」名義で活動していますが、同ページは当時の名前を「本名」とは明記していません。
決選大会当日の14歳の日向さんの姿は、時事通信の公式動画にも残っています。
グランプリに名前を呼ばれた瞬間や、受賞直後に自分の言葉で話す様子を見ることができます。
グランプリ特典にはホリプロとの専属契約に加え、藤原竜也さん主演の『太陽は動かない』への出演が用意されていました。
オーディションを受けるまで俳優を進路に入れていなかった中学生に、最初の演技仕事が決まります。
『太陽は動かない』で俳優デビュー|演技の楽しさを知る
2019年のグランプリ受賞で芸能界へ入り、その特典として『太陽は動かない』の映画・連続ドラマへの出演が決まりました。
芸能界入りはオーディション受賞、俳優としての仕事は『太陽は動かない』から始まっています。
日向亘さんは子役から活動していたのではなく、中学3年でホリプロのオーディションに合格し、そのグランプリ特典から映像作品の演技へ進みました。
グランプリ特典から初めての演技現場へ
『太陽は動かない』では、藤原竜也さんが演じる主人公・鷹野一彦の高校時代を演じました。
2020年6月に放送されたWOWOW『太陽は動かない-THE ECLIPSE-』第4話にも出演し、これが俳優として世に出る最初期の仕事となりました。
オーディションで初めて芝居を経験した少年にとって、大勢のスタッフや俳優が働く本格的な撮影現場も初めてです。
ところが撮影を終えるころには、演じることそのものが楽しくなり、もっと画面に映りたい、もっとせりふを話したいという気持ちが生まれていました。
参加することさえ家族任せだった芸能界で、演技については自分から「もっとやりたい」と思うようになりました。
『姉ちゃんの恋人』で地上波連ドラ初出演
2020年10月には、有村架純さん主演の『姉ちゃんの恋人』に安達優輝役で出演しました。
日向さんにとって地上波の連続ドラマ初出演となった作品です。
演じた優輝は、有村さん演じる安達桃子の弟で、4きょうだいの一人でした。
自身も2人の姉を持つ末っ子だったため、姉と弟という家族関係は実生活とも重なる役柄でした。
オーディションを受けるまで学校の友人にも芸能活動を知らせていなかった少年が、翌年には地上波の連続ドラマへレギュラー出演するようになります。
オーディションに落ち続け、学業への専念も考えた新人時代
『太陽は動かない』『姉ちゃんの恋人』と出演が続いた一方で、仕事が途切れず決まり続けたわけではありません。
デビューから1〜2年はオーディションを受けては落ちるを繰り返すばかり。
出典:FRIDAYデジタル「日曜劇“天才ハッカー”役に大抜擢!『18歳とは思えない演技』と話題の日向亘 独占インタビュー」(2023年1月26日)
俳優デビューから1〜2年ほどは、オーディションに挑戦しても落選する時期が続きました。
高校生でもあったため、思うように仕事が決まらない中で、芸能活動より学業に専念したほうがいいのではないかと考えたこともあったそうです。
その時期に、「どんな作品でもいいから出演したい」という状態から、一つの明確な目標が生まれます。
日向さんが自分からマネージャーへ出演したいと伝えた作品が『仮面ライダー』でした。
『仮面ライダーリバイス』が転機|群馬を離れ俳優を仕事に
2021年、高校3年生だった日向さんは『仮面ライダーリバイス』で五十嵐大二役に選ばれました。
この作品では大きな役を得ただけでなく、群馬の実家を離れて生活環境そのものも変わっています。
若手俳優の登竜門を目標にオーディションへ
オーディションの落選が続く中で、日向さんは若手俳優が大きな役を経験できる作品として『仮面ライダー』を意識するようになりました。
それまでのように来たオーディションを受けるだけではなく、初めて自分の意思で「この作品に出たい」とマネージャーへ相談しました。
その希望が実り、『仮面ライダーリバイス』では主人公・五十嵐一輝の弟である五十嵐大二を担当します。
さらに大二の内側から現れる悪魔カゲロウも演じ、仮面ライダーライブと仮面ライダーエビルという異なるライダーを一人で担う役になりました。
約1年間にわたって同じ作品と役に向き合う撮影が始まり、仕事だけでなく暮らす場所も変わりました。
高校3年で上京・一人暮らし、仕事への意識が変わる
『仮面ライダーリバイス』への出演が決まった高校3年生の時期、日向さんは群馬から東京へ移り、一人暮らしを始めました。
それ以前は群馬の実家から仕事へ通い、撮影を終えるとまた普段の学生生活へ戻っていました。
習い事の延長みたいな感覚がどこかにありました。
出典:ENCOUNT「“ネクストブレイク”日向亘の決意『息の長い俳優に』 『GTOリバイバル』で飛躍なるか」(2024年3月31日)
東京では仕事をして得た収入で生活し、毎日の撮影へ自分で向かうようになります。
実家から仕事へ通う高校生から、俳優の仕事を軸に一人で暮らす生活へ変わりました。
後年、本人自身も『仮面ライダーリバイス』を俳優としてのスタート地点の一つとして挙げています。
14歳でグランプリに選ばれたときとは違い、このときには自分で出演したい作品を決め、その役のために生活の拠点まで移していました。
日曜劇場・大河ドラマへ広がったその後のキャリア
『仮面ライダーリバイス』を終えた翌年の2023年には、TBS日曜劇場『Get Ready!』で白瀬剛人役を演じました。
白瀬は闇医者チームの一員で、若き万能ハッカーとして物語へ加わる役です。
小学生のころに父親の影響で見ていた日曜劇場へ、今度はメインキャストの一人として参加しました。
同じ2023年には、NHK大河ドラマ『どうする家康』で真田信繁を演じています。
中学3年生の地方予選で初めて台本を渡された日向さんは、それから約4年後、日曜劇場と大河ドラマの撮影現場に立っていました。
その始まりは、受験勉強をしていた14歳の夏に、母親と姉から突然オーディションの話を聞かされたことでした。
















