PROFILE
人物プロフィール
『仮面ライダーゼロワン』の飛電或人役や、ドラマ『最愛』の朝宮優役などを演じてきた俳優の高橋文哉さん。
2001年3月12日生まれ、埼玉県出身で、俳優になる前には本気で料理人を目指し、調理を専門的に学んでいました。
高校卒業時には国家資格の調理師免許まで取得しているため、「料理が得意な俳優」というより、料理人になるための進路を実際に歩いていた人物です。
ところが高校2年生で「男子高生ミスターコン2017」に挑戦し、全国グランプリを受賞したことで、それまで考えていた進路とは別の道が開きました。
その背景には、年の離れた2人の兄、働きながら3兄弟を育てた母、そして小学4年生のときに母へ作った一皿のハンバーグがあります。
今回は、そんな高橋文哉さんの生い立ちや家族、学生時代、料理人を目指した高校生活、芸能界へ入ったきっかけ、俳優として最初期の仕事、『仮面ライダーゼロワン』主演をつかむまでをご紹介します。
高橋文哉の生い立ち|春日部で3兄弟の末っ子として育つ
高橋文哉さんは埼玉県春日部市で生まれ育ち、8歳上と6歳上の兄がいる3兄弟の末っ子として育ちました。
幼いころから活発で、スポーツと料理という二つの好きなことを持つ少年でした。
兄たちの影響で小学生からバレーボールに打ち込む
小学生時代に夢中になったのが、バレーボールです。
年の離れた兄たちの影響を受けながらバレーボールを始め、中学校に進んでからもバレーボール部へ入りました。
中学時代は部員たちと一緒に、試合で勝つことを目指して練習を続けています。
一方、小学生のころから家では料理にも興味を持ち、母の手料理を身近に見ながら自分でも作るようになっていました。
つまり中学生までの高橋さんには、バレーボールと料理という二つの得意分野がありました。
中学3年生で「バレーボールか料理か」を考え始める
進路を決める中学3年生になると、自分がこの先何をしたいのかを本格的に考える時期が訪れます。
「バレーボール」と「料理」の二つしか当時は思い浮かべることができませんでした。
出典:大學新聞「第53号(令和4年1月31日発行)俳優・高橋文哉さん」(2022年2月4日)
どちらかに集中できる学校へ進みたいと考えた末、選んだのは料理でした。
調理や食について専門的に学び、調理師免許を取得できる学校への進学を決めます。
この時点で、進路の中心にあったのは芸能界ではありませんでした。
料理を選んだ理由をさらにさかのぼると、小学生時代の母との出来事に行き着きます。
高橋文哉の家族|母と2人の兄が支えた子ども時代
高橋文哉さんの生育家族には、父親、母親、8歳上と6歳上の兄がいます。
本人が昔を振り返るインタビューには、料理人を目指した理由にも芸能界へ進んだときにも、母と兄たちがたびたび登場します。
小学4年生、母の誕生日に作ったハンバーグから料理人を夢見る
料理を仕事にしたいと思う直接のきっかけは、小学4年生のときに母の誕生日へ作ったハンバーグでした。
日ごろの感謝を込めて作ったものの、出来上がったハンバーグは少し焦げてしまいました。
それでも母は笑顔で食べ、「おいしい。ありがとう」と喜んでくれたそうです。
自分が作った料理で人が笑顔になる場面を目の前で見たことで、料理を作ることを仕事にしたいと思うようになりました。
僕は俳優になる前は料理人になりたいと思っていました。
出典:東京すくすく「『仮面ライダーゼロワン』主演俳優 高橋文哉さん 料理人志望から芸能へ『変身』そのとき母は…」(2019年12月16日)
母の料理についても、具だくさんのみそ汁などを挙げながら、本人は後年まで特別な思いを語っています。
料理人志望は高校進学のために急に作られたものではなく、小学生のころから続いていた具体的な夢でした。
中学生で両親が離婚、母が3兄弟を育てる
高橋さんは後年、中学生のときに両親が離婚したことを明かしています。
その後は母が働きながら3人の息子を育てました。
父親について公に語られているのは両親が離婚した経緯が中心で、氏名や職業などは本人から詳しく公表されていません。
中学生のころには兄2人がすでに家を出ており、高橋さんは仕事と家事をこなす母を見ながら、自分が手助けしようと考えていました。
母は飲食店を営みながら大型ショッピングセンターでも働いていた時期があり、高橋さんも高校へ入ったらアルバイトをして稼ごうと考えていたそうです。
さらに本人が後年明かしたところでは、中学の終わりごろから高校2年生ごろまで、実家では弁当店を営んでいました。
高校に入ってからは弁当の仕込みを手伝い、キャベツを何玉も千切りにしたり、サラダに使う野菜を切ったりしていました。
家の手伝いをしながら、包丁を使う練習にもなる時間でした。
8歳上・6歳上の兄は「父親代わり」の存在だった
高橋さんにとって、年の離れた2人の兄も大きな存在でした。
8歳上と6歳上だったため、幼い高橋さんから見れば兄というだけでなく、かなり年上の身近な大人でもあります。
本人は兄たちについて、いつでも味方でいてくれた一方、母を心配させたときには本気で叱ってくれたと振り返っています。
高橋さん自身が「父親代わり」と表現するほど、兄2人は家庭の中で重要な存在でした。
一方の兄は厳しく注意する役を担い、もう一方の兄は遊び相手になるなど、それぞれ違う形で末っ子の高橋さんと接していたことも後年語られています。
高橋さんは2026年1月のテレビ出演で、兄2人の職業について消防士と大工だと明かしています。
母と兄たちに囲まれて育った末っ子は、中学校を卒業すると、自分で選んだ料理の道へ進みます。
高橋文哉の高校時代|料理人を目指して調理を学ぶ
中学校卒業後、高橋文哉さんは野田鎌田学園高等専修学校の調理高等科で料理を学びました。
入学したころに考えていた将来の職業は調理師で、芸能活動を始めてからも学校を辞めず、料理の勉強を続けています。
調理高等科へ進み、料理を仕事にする準備を始める
学校では国語や数学、英語、理科、社会といった一般科目に加え、調理、栄養、食文化、食品衛生、公衆衛生などを学びました。
単に料理を作る技術だけを身につけるのではなく、食材の栄養や衛生管理、各国の食文化まで学ぶ課程です。
本人は洋食、特にフレンチにひかれ、料理人として進むことを考えていました。
高校2年生のときには約1か月、店に泊まり込みながら働いた経験もあり、盛り付けを任されたことで、自分で一皿を作る面白さも知ったと振り返っています。
野田鎌田学園高等専修学校の調理高等科は、3年間の修学で高等専修学校の卒業資格、高等学校卒業資格、国家資格の調理師免許を取得できる教育課程です。
中華料理店のアルバイトや実家の弁当店で料理を経験
学校で学ぶ一方、実際の飲食店でも働いていました。
高校時代には中華料理店でアルバイトをし、料理の勉強を兼ねながら働いたお金で奨学金を返していたと本人が明かしています。
休みの日だけ料理を楽しむ高校生ではなく、学校、アルバイト、実家の弁当店という複数の場所で料理に触れていました。
2017年、ミスターコンの審査期間中に投稿したSNSにも、料理を作る高校生だったころの姿が残っています。
ファイナリスト時代のインタビューでも、自分がほかの参加者に負けないものを尋ねられると、調理学校へ通っていることを挙げ、料理を作る速さとクオリティーに自信があると答えていました。
芸能界への入口に立ち始めた時期にも、料理はすでに高橋さん自身が自信を持って挙げられる技術になっていました。
芸能活動と学校を両立し、卒業時に調理師免許を取得
高校2年生から芸能の仕事が始まると、生活はさらに忙しくなりました。
学校へ通いながら仕事を続けることは簡単ではなく、本人は卒業時の投稿で、途中には卒業を諦めそうになったこともあったと明かしています。
それでも学校を続け、2019年3月に卒業し、調理師免許を取得しました。
卒業後に料理人として就職する道も残せるところまで学び切ったうえで、高橋さんは芸能の仕事を選びました。
料理人を目指して選んだ高校生活の途中で、その進路を大きく変える出来事が起きていました。
高校2年生で男子高生ミスターコンに挑戦し芸能界へ
高橋文哉さんが芸能界へ入る大きなきっかけになったのが、「男子高生ミスターコン2017」です。
料理人になるための勉強を続けていた高校2年生のとき、コンテストへ参加しました。
「自分がどこまでいけるか」を試したくて応募
参加の背景には友人の勧めがありましたが、高橋さん自身もコンテストを自分を試す機会として捉えていました。
自分がどこまでいけるのかを試したかったからです。
出典:エキサイトニュース「日本一のイケメン男子高校生は誰だ!? 男子高生ミスターコン2017ファイナリスト10名を紹介!」(2017年12月15日)
興味深いのは、同じファイナリスト時代のインタビューで、将来の夢について「俳優になって、映画にたくさん出たい」と答えていたことです。
高校入学時には調理師を目指していましたが、ミスターコンの最終審査を前にした時点では、俳優という新しい将来像も言葉にするようになっていました。
2017年グランプリ受賞で料理人とは別の進路が開く
2017年12月24日、東京都内で「男子高生ミスターコン2017」のファイナル審査が行われました。
書類、面接、SNSなどの審査を経てファイナリストに残った高橋さんは、埼玉県出身の高校2年生として全国グランプリを受賞しました。
グランプリの賞典には大手芸能事務所への所属があり、モデルなど芸能活動へ進める環境が生まれます。
受賞時にも得意なこととして料理を挙げ、調理の学校へ通っているためレシピがあれば何でも作れると話していました。
料理を学ぶ高校生だった姿と、これから芸能界へ入る姿が同じ時期に重なっていたことが分かります。
学校へ通いながら芸能活動を始める
グランプリを取ったからといって、高橋さんは料理の学校をすぐに辞めたわけではありません。
母にも芸能界へ進みたいことを伝え、学校との両立を始めました。
本人によれば、母は不安もあったはずですが反対せず、息子の選択を受け入れて送り出してくれたそうです。
2022年のインタビューでは、料理人と芸能界の間で迷った当時について、この機会を逃したら同じチャンスは来ないだろうと考え、芸能界へ飛び込む決心をしたと振り返っています。
料理を諦めてから芸能界へ進んだのではなく、調理師免許の取得を目指しながら芸能活動も始めたのが高橋さんの高校後半です。
そして2018年になると、芸能活動の中に演技の仕事も加わっていきます。
芸能界入り後に始まった高橋文哉の演技経験
高橋文哉さんの経歴では、「芸能界に入った時期」と「『仮面ライダーゼロワン』でテレビドラマ主演を務めた時期」の間に、初期の活動があります。
ミスターコンからすぐ『ゼロワン』へ進んだわけではなく、舞台やインターネット番組などの仕事を経験しました。
2018年『大正浪漫探偵譚』で確認できる初期の演技仕事
2018年4月、高橋さんは舞台『大正浪漫探偵譚―六つのマリア像―』へ出演しました。
舞台公式の出演者情報には、少年探偵団の一人であるぴょんこと宇佐美登役として名前が掲載されています。
公演は2018年4月18日から22日まで東京のシアター1010で行われており、『仮面ライダーゼロワン』より1年以上前に役名のある演技仕事へ参加していたことになります。
高橋文哉さんは2018年に芸能活動を始め、同年には舞台での演技仕事が確認できます。一方、テレビ朝日は2019年の『仮面ライダーゼロワン』を「俳優デビュー」と紹介しており、初期の舞台出演とテレビドラマ主演は分けて見ると経歴が整理しやすくなります。
ミスターコンの受賞だけで俳優になったのではなく、芸能活動を始めたあとに少しずつ演技の現場へ入っていきました。
『太陽とオオカミくんには騙されない』出演を経て芝居のオーディションへ
2018年夏には、ABEMAの恋愛リアリティー番組『太陽とオオカミくんには騙されない』へ出演しました。
この時期は舞台だけに絞った活動ではなく、モデルやイベント、番組出演などを経験しながら芸能界での仕事を広げています。
ただし、高校生活も続いていたため、仕事だけに時間を使える状況ではありませんでした。
学校と芸能活動を両立して2019年3月に卒業すると、芝居のオーディションへ向き合う時間も増えていきます。
後年の本人の回想では、『ゼロワン』以前にも舞台やドラマなどさまざまなオーディションを受けましたが、不合格が続いていました。
高校卒業から間もない18歳の時期に、その流れを変えるオーディションがやってきます。
『仮面ライダーゼロワン』主演で俳優として本格始動
2019年、高橋文哉さんは『仮面ライダーゼロワン』のオーディションへ参加しました。
後に主人公・飛電或人役を務めることになりますが、本人にとっては合格を前提に受けたような仕事ではありませんでした。
高校卒業後は芝居のオーディションへ挑戦
料理の学校を卒業した高橋さんは、調理師免許を持った状態で芸能の仕事へ進みました。
舞台やドラマのオーディションへ挑みましたが、『ゼロワン』に決まるまで不合格が続き、後年には18歳ながら強い悔しさを感じていたと振り返っています。
そのころ受けたのが、令和最初の仮面ライダー作品として制作された『仮面ライダーゼロワン』でした。
子どものころはスーパー戦隊シリーズを好んでいた一方、仮面ライダー好きだった兄たちと『仮面ライダーディケイド』や『仮面ライダーW』のアイテムで遊んだ記憶もあったそうです。
オーディションを受けられると決まっただけでもうれしく、家族へすぐ報告していました。
初めて合格した芝居オーディションで飛電或人役をつかむ
『ゼロワン』の審査では、一次から最終までお笑いの場面を演じる課題がありました。
一次審査では台本に書かれた最後のせりふまで言って演技を終えたところ、次の参加者が審査員から「もっとアドリブを入れていい」と助言されるのを聞きます。
そこで悔しさが生まれ、一次を通過したら次こそやってやろうと気持ちを切り替えました。
二次審査では、約15秒の場面をアドリブで約2分まで広げています。
芝居のオーディションで受かったのは初めてなんです。
出典:Real Sound「『仮面ライダーゼロワン』主役に抜擢! 高橋文哉が語る、オーディションの裏側と1年後の自分の姿」(2019年9月1日)
初めて合格した芝居のオーディションで、テレビドラマの主人公・飛電或人役をつかみました。
合格の連絡を受けたときには自分が仮面ライダーの主人公になる姿を想像できず、衣装合わせや本読みへ進んでも実感が湧かなかったと当時のインタビューで話しています。
『仮面ライダーゼロワン』は2019年9月1日から2020年8月30日まで放送され、高橋さんは約1年間にわたって飛電或人を演じました。
料理人になるつもりで入った学校を卒業してから、半年ほどで令和最初の仮面ライダー作品の主人公としてテレビに立つことになりました。
『ゼロワン』の1年間を経て『最愛』へ
『ゼロワン』の現場へ入った当初、高橋さんは学校を卒業したばかりで、演技について右も左も分からなかったと振り返っています。
監督や共演者から助言を受けながら約1年間演じるうちに、作品を作ることや芝居そのものを面白いと思うようになり、この先は役者として生きていくと決めた作品も『仮面ライダーゼロワン』でした。
その後もドラマ出演を重ね、2021年にはTBS系ドラマ『最愛』で朝宮優役を演じます。
主人公・真田梨央の弟であり、序盤では正体を隠した「情報屋」として登場する難しい役でした。
高橋さんは幼少期の優が描かれた場面を何度も見返し、方言を体になじませながら役を作り、監督とも話を重ねて撮影へ臨んでいます。
やっぱりドラマ『最愛』は、想像以上に大きな反響をいただきました。
出典:anan「高橋文哉『料理の魅力はお芝居にも通じるな』 意外な経歴を明かす」(2022年3月)
朝宮優については、何年経っても振り返ると思う役であり、役への向き合い方を学んだきっかけになったとも本人が語っています。
料理人を目指して調理師免許を取得した高校生活を終え、初めて合格した芝居のオーディションで飛電或人役をつかみ、その約2年後には『最愛』の朝宮優という新たな役に出会いました。
高校卒業直後に飛び込んだ『ゼロワン』と、役への向き合い方を学んだと振り返る『最愛』は、高橋文哉さん自身の言葉にも残る俳優初期の大きな仕事になっています。
















