杢代和人の生い立ち|家族・兄弟や中学高校、中学時代のスカウトから『仮面ライダーギーツ』まで

杢代和人の顔立ちを描いた人物イラストと、家族・学歴・スカウトから『仮面ライダーギーツ』までの歩みを示す見出し

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
もくだいかずと
カテゴリー
男性俳優
出身地
東京都
生年月日
2004年5月20日
芸能活動開始
2018年
俳優デビュー
2018年
デビューのきっかけ
スカウト

『仮面ライダーギーツ』の吾妻道長/仮面ライダーバッファ役で、俳優として広く知られるようになった杢代和人さん

2004年5月20日に東京都で生まれ、俳優として演技をする一方、7人組ダンスボーカルグループ「原因は自分にある。」のメンバーとしてもキャリアを築いてきました。

ただ、子どものころから俳優だけを目指していたわけではなく、芸能界へ入った直接のきっかけもオーディションではなく中学時代に受けたスカウトでした。

歌もダンスも分からない状態でステージ活動を始め、俳優デビュー後もしばらくは芝居に苦手意識を持っていた時期があります。

そんな杢代さんが、後に『仮面ライダーギーツ』を「俳優業の原点」と表現するまでには、家族との日常や学生生活、『恋とオオカミには騙されない』への出演など、いくつもの出来事がありました。

今回は、そんな杢代和人さんの生い立ちや家族、中学高校の学生時代、芸能界へ入ったきっかけ、初期のアーティスト活動から俳優として『仮面ライダーギーツ』へたどり着くまでをご紹介します。

杢代和人の生い立ち|東京都で育った3人きょうだいの末っ子

杢代和人さんは2004年5月20日、東京都生まれです。

家では兄と姉の下に生まれた3人きょうだいの末っ子で、幼いころから年上のきょうだいと過ごして育ちました。

約4500gで誕生し、幼いころは兄について回っていた

本人は幼少期を振り返ったインタビューで、出生時の体重が約4500gだったと話しています。

上に兄と姉がいたため同年代の子より少しませていたといい、幼いころは特に兄の後をついて回っていたそうです。

2023年のインタビューでも、自身を「兄と姉がいる三兄弟の末っ子」と紹介し、小さいころから年上と話す機会が多かったと振り返っています。

一方、学校では友達を楽しませることが好きで、運動会やクラスのレクリエーションでは「みんなで何かやろう」と自分から企画を考えるタイプでした。

友達の性格を見ながら役割を考え、自分も一緒になって笑うような学生生活だったといいます。

芸能活動を始める前の中学時代について、杢代さんは友達とたくさん遊んでいたと振り返っています。人前に出る仕事を始める前から、周囲を巻き込んで楽しむことが好きな学生でした。

母と通ったSMAPライブで木村拓哉に憧れる

芸能人への憧れという意味では、幼いころから身近に大きな存在がいました。

母親がSMAPのファンだったことから、小さいころには母に連れられてSMAPのライブへ足を運んでいます。

そこで見た木村拓哉さんを「カッコいい」と感じ、その後は自分でも木村さんについて調べるようになりました。

芸能界へ入った直接の理由は後に受けたスカウトですが、本人は芸能活動へ夢中になっていく過程で木村拓哉さんの存在が大きかったとも語っています。

長く第一線に立ち続ける姿は、芸能活動を始めた後もロールモデルの一つになりました。

杢代和人の家族|料理人の父と母、兄・8歳上の姉

杢代和人さんの家族は、父親、母親、兄、姉、本人の5人家族です。

家族について本人が語った話には料理にまつわるものが多く、特に料理人の父親から受けた影響は日常生活にも表れています。

料理人の父と共働きの家庭で小学生から料理

父親が料理人だった杢代家では、料理は誰かに作ってもらうだけのものではありませんでした。

父が料理人なので、“食べたいものは自分で作りなさい”という教育でした。

出典:Seventeen-Web「【ST夏の学園祭に出演!】ギャップ沼注意報♡杢代和人くんにインタビュー!」(2023年7月26日)

両親が共働きだったこともあり、冷蔵庫には自由に使える食材が用意され、本人は小学生のころから包丁を持って料理していました。

冷蔵庫にある食材を組み合わせて自分で作っていたため、料理は習い事というより生活の中で自然に身についた特技だったようです。

得意料理としてたびたび挙げているのがロールキャベツで、もともとは父が作るコンソメ味のロールキャベツが好きだったことから、自分でも作るようになりました。

中学生になると父から作り方を教わり、キャベツや肉だねを厚めにして、ご飯のおかずとして食べやすい濃いめの味にするのが本人流になったそうです。

兄と姉に囲まれた末っ子生活|8歳上の姉とは買い物や料理も

3人きょうだいの中では末っ子で、家では姉からリモコンを取るよう頼まれるなど、自らを「雑用係」のように表現したこともあります。

その一方で、きょうだい同士の距離は近く、本人は兄とも姉とも仲が良いとインタビューで話しています。

特に具体的なエピソードが多いのが、8歳年上の姉です。

姉とは一緒に買い物へ出かけたり、家で料理をしたりすることがあり、ドラマ『あせとせっけん』で姉思いの弟を演じた際には、実生活との共通点として姉の存在を挙げていました。

そして、この姉と出かけたある日の出来事が、杢代さん自身の芸能界への興味にも関わってきます。

杢代さんは兄と8歳上の姉がいる3人きょうだいの末っ子です。父親は料理人で、幼いころから自分で料理をする家庭環境で育ちました。

杢代和人の学歴・学生時代|中学卒業から仕事と両立した高校生活

杢代和人さんは中学時代に芸能活動を始めたため、学生生活と仕事が重なる期間を長く過ごしました。

本人の公式ブログやインタビューから中学・高校時代の様子は確認できますが、学校名については公表情報とネット上の説を分けて見る必要があります。

中学校名は公式には確認できず|2020年に本人が卒業を報告

中学校の具体的な学校名は、本人の公式ブログや所属事務所のプロフィールなどで確認できる形では明らかにされていません。

一方、2020年3月に中学校を卒業したことは本人が公式ブログで報告しています。

この度 卒業しました

出典:原因は自分にある。オフィシャルブログ「杢代和人」

同じ投稿では3年間を見守ってくれた学校への感謝を書き、続けて「高校の杢代和人」について触れているため、中学卒業後に高校へ進んだことも確認できます。

中学校・高校について特定の学校名を挙げる情報もありますが、本人や所属先などの公表情報から学校名を確定できる材料は確認できません。そのため学校名は断定していません。

高校では勉強やレポートと芸能活動を両立

高校へ進んだころには、すでに「原因は自分にある。」としてステージに立ち、俳優としての仕事も始まっていました。

2022年にリアルな高校生活について聞かれた際には、勉強をしながらレポート提出を頑張っていると答えています。

一方で、制服でディズニーへ出かけることや、体育祭、文化祭、お化け屋敷をクラスメイトと作ることなど、いわゆる高校生らしい学校生活への憧れも話していました。

大切な仲間として「原因は自分にある。」のメンバーとともに、中学時代の友達も挙げています。

高校生活の終盤にあたる2022年8月、開設された本人公式Xでも「高校3年生・18歳」と自己紹介していました。

中学生で芸能界へ入りながら、学校では友達との時間を持ち、仕事ではステージや撮影へ向かう生活を送っていたことになります。

姉の大学祭で芽生えた自信|中学時代のスカウトで芸能界へ

杢代和人さんの芸能界入りを整理すると、姉と出かけた大学の文化祭スターダストプロモーションから受けたスカウトという2つの出来事が登場します。

前者は芸能界へ興味を持つきっかけ、後者は実際に事務所へ入る直接のきっかけでした。

姉の大学祭で注目され芸能界に興味

中学2年生くらいのころ、杢代さんは8歳上の姉に連れられて、姉が通っていた大学の文化祭へ出かけました。

そこで同じ学校以外の人たちから声をかけられたことが、自分に対する見方を変える出来事になったそうです。

小中学生のころから周囲に好意を寄せられる経験はあったものの、姉の大学というそれまでとは違う場所でも反応を得たことで自信が生まれました。

本人は後に、この経験があったから芸能界へ興味を持ったのも事実だと振り返っています。

家族が芸能界入りを決めたわけではありませんが、姉と出かけた一日の出来事が、本人の中に新しい選択肢を生みました。

何度もスターダストから声をかけられ中学時代に所属

実際に芸能事務所へ入る直接のきっかけは、街中で受けたスカウトでした。

キッカケはスカウトです。

出典:FAST「【杢代和人】答えは僕が見つける。Vol.1」

しかも一度だけではなく、何度か声をかけられ、そのたびにスターダストプロモーションだったと本人は話しています。

当時は特にやりたいことが決まっておらず、「とりあえず入ってみよう」という気持ちで所属したそうです。

スカウトされた学年については、本人のインタビューでも表現が一致していません。

2020年のFASTでは「中学二年生」、2023年のSeventeen-Webでは「中学1年の終わりのころ」と振り返っています。

さらに2024年1月の本人公式ブログでは、1月4日を迎えて「スカウトされてから6年経ちました」と記しており、2018年1月4日にスカウトされた経験があったことが確認できます。

本人は「何度かスカウトされた」と話しているため、最初に声をかけられた時期と、その後に声をかけられた時期や所属までの経緯が異なる可能性があります。学年を一つに決めつけず「中学時代のスカウト」と整理するのが自然です。

2018年のショートムービーで俳優デビュー

事務所へ所属した2018年には、ショートムービー『あの空の向こうに~夏雲~』へ出演しました。

所属事務所の公式プロフィールでも、2018年に俳優デビューしたことが明記されています。

ここは杢代さんの経歴を整理するときに重要なところで、「原因は自分にある。」としての正式デビューより俳優デビューの方が先です。

ただし、この段階で俳優一本に進むと決めていたわけでもありませんでした。

後のインタビューでは、芸能活動を始めたころはアーティスト活動をしたい気持ちが強く、芝居には苦手意識があったと明かしています。

杢代さんは2018年に俳優デビューし、2019年にダンスボーカルグループの正式メンバーとしてデビューしました。「芸能界入り」「俳優デビュー」「グループデビュー」は、それぞれ別の出来事です。

BATTLE BOYSから原因は自分にある。へ|未経験からプロを意識した転機

スターダストプロモーションへ入った杢代和人さんは、若手男性タレントが所属するEBiDANの活動にも加わりました。

そこで経験したのが、選抜メンバーがライブなどを行うBATTLE BOYSです。

歌もダンスも分からない状態からBATTLE BOYSへ

事務所へ入ったからといって、最初からステージの基本を知っていたわけではありません。

歌もダンスも分からない状態からBATTLE BOYSへ入ったと、本人は当時の公式ブログで振り返っています。

初めてステージへ立ったころには、マイクの扱いだけでなく、リハーサルの進め方や立ち位置を示す「バミリ」という言葉も分からなかったそうです。

周囲には自分より早く活動を始めていたメンバーがおり、その姿を見ながら追いつこうとしていました。

ライブへ立つ機会を重ねるうちにファンから応援してもらう経験も増え、ステージに立つことが仕事として具体的になっていきます。

2019年にBATTLE STREETとして正式デビュー

2019年7月7日、7人はBATTLE BOYSを卒業し、BATTLE STREETとして正式なユニットデビューを発表しました。

本人も当日の公式ブログで「令和元年の7月7日は杢代和人の節目になりました」と記しています。

後に自分の10代を振り返った際には、研究生期間を経てグループとしてデビューしたことを最初の大きな転機として挙げました。

研究生として先輩や仲間を追いかける立場から、正式なユニットとして活動する立場へ変わった瞬間でした。

1か月後に「原因は自分にある。」へ改名

BATTLE STREETとして正式デビューしてから約1か月後の2019年8月、グループは「原因は自分にある。」へ改名しました。

公式発表では、「原因」という言葉を肯定的に捉え、自分たちが作るものをきっかけに新しいエンターテインメントを生み出していくという意味が込められています。

杢代さん自身は2019年を振り返る公式ブログで、初めて新しいグループ名を聞いたときは戸惑ったものの、後には胸を張って言える名前になったと書いていました。

2019年10月9日には1stシングル『原因は自分にある。』をリリースし、7人での活動を進めていきます。

『恋とオオカミには騙されない』が転機|俳優業への気持ちが強まる

グループで歌やダンスに取り組む一方、俳優として演技をする機会も少しずつ増えていきました。

特に2021年は、本人が後にキャリアの転機として振り返る仕事を経験した年です。

『FAKE MOTION』でテレビドラマ初出演

2021年1月、日本テレビ系『FAKE MOTION -たったひとつの願い-』に田海役で出演しました。

2018年のショートムービーで俳優デビューしていましたが、所属事務所のプロフィールでは、この作品がテレビドラマ初出演とされています。

芸能活動開始、俳優デビュー、テレビドラマ初出演がそれぞれ別の時期にあるため、作品名だけを見るよりこの順番で整理した方が初期キャリアを理解しやすくなります。

その後はドラマや舞台へ出演し、グループ活動と俳優業の両方に取り組む時間が増えていきました。

『恋とオオカミには騙されない』で同世代から認知が広がる

同じ2021年には、ABEMAの恋愛リアリティーショー『恋とオオカミには騙されない』へ出演しました。

出演の話を受けた際にはすぐに決めたわけではなく、自分がグループで活動していることやファンの存在も考え、マネージャーと何度も話し合ったことを本人が公式ブログに残しています。

番組への出演後は特に同世代からの認知が広がり、後年になっても「オオカミの杢代くん」と声をかけられることがあるほど大きな反響がありました。

2024年に本人がキャリアの転機を3つ選んだ際にも、グループデビューに続く2つ目の転機として『恋とオオカミには騙されない』を挙げています。

番組で知られる人が増えたことを受け、本人もテレビドラマや映画へさらに出演したいという気持ちを強めていきました。

苦手意識のあった芝居が「楽しい」に変わっていった

俳優として出演作が増えても、もともと芝居に自信を持っていたわけではありません。

芸能活動を始めたころはアーティスト活動をしたい気持ちが強く、本人自身が芝居には苦手意識があったと率直に話しています。

今は演じることが本当に楽しくて。

出典:VOCE「注目の若手俳優【杢代和人】芝居は苦手意識があった。今の憧れはヒモか殺人鬼役」

2022年には『あせとせっけん』や『卒業式に、神谷詩子がいない』へ出演し、異なる役柄や共演者と芝居をする経験を重ねています。

『卒業式に、神谷詩子がいない』では同年代の俳優たちと共演し、奥平大兼さんの自然な芝居にも刺激を受けたと振り返りました。

そして2022年夏、高校3年生だった杢代さんに、約1年間にわたって一人の役へ向き合う仕事が決まります。

『仮面ライダーギーツ』が俳優業の原点に|バッファ役と活動制限の真相

2022年、杢代和人さんは『仮面ライダーギーツ』の吾妻道長/仮面ライダーバッファ役に選ばれました。

この出演は俳優として大きな役を得たというだけでなく、「原因は自分にある。」での活動方法まで一時的に変える長期撮影になりました。

子どものころの仮面ライダーごっこから吾妻道長役へ

2022年8月にキャストが発表され、本人公式Xでも仮面ライダーバッファ/吾妻道長役を演じることを報告しました。

出演が決まったとき、杢代さんが思い出したのは子どものころにしていた仮面ライダーごっこでした。

あの頃の俺!仮面ライダーになったよー!

出典:原因は自分にある。オフィシャルブログ「杢代和人」

演じた吾妻道長は、仮面ライダーバッファへ変身し、主人公の浮世英寿/仮面ライダーギーツへ強いライバル意識を持つ人物です。

ぶっきらぼうで一匹狼に見えながら仲間への思いを持つ役で、杢代さんはテレビシリーズを通じて長期間この人物と向き合いました。

それまで複数のドラマで芝居を経験していたとはいえ、毎日のように撮影を重ね、一つの役を長く演じる経験は俳優として大きく異なるものでした。

「何があった?」の答え|撮影中はグループ活動を制限し7人で再開

杢代和人さんを検索すると、「何があった」「活動再開」といった関連語が見つかることがあります。

この時期に公式発表されたのは、トラブルや脱退ではなく、『仮面ライダーギーツ』の長期撮影へ集中するためのグループ活動制限です。

2022年8月7日、「原因は自分にある。」の公式サイトは、長期撮影のスケジュールを受けてメンバーとスタッフで話し合い、撮影終了まで杢代さんのグループ活動を制限すると発表しました。

ライブなどは6人で出演する期間が生まれましたが、同じ公式発表には「変わらぬ7名」と明記されています。

本人も出演発表時のブログで、7人そろう機会が減っても「原因は自分にある。」のメンバーとして撮影へ向かう意思を書いていました。

活動制限中だった2023年7月、グループ公式Xがデビュー発表から4周年を迎えた際にも、7人で先の物語を描いていくことを伝えています。

「何があった?」という検索につながる出来事は、『仮面ライダーギーツ』の撮影に集中するため2022年からグループ活動を制限したことです。脱退ではなく、公式発表でも「原因は自分にある。」は7人とされていました。

そして2023年8月、「EBiDAN THE LIVE UNIVERSE 2023」で久しぶりに7人そろってパフォーマンスし、杢代さん自身がステージ上で7人での活動再開を宣言しました。

約1年間グループのライブ活動から離れていた間も、本人にとって「原因は自分にある。」から離れた感覚ではなく、グループの一員として一人で撮影へ向かっていた期間でした。

長期間向き合った『ギーツ』を本人が「俳優業の原点」と語る

『仮面ライダーギーツ』では、撮影した作品が毎週放送され、そのたびに視聴者から反応が届く生活を経験しました。

その環境で演技へ向き合ううちに、「もっとお芝居がうまくなりたい」という気持ちが強くなり、現場で学んだことが俳優としての自信にもなったと後に振り返っています。

テレビシリーズは2023年8月に最終回を迎え、その後も吾妻道長役を演じ、2024年3月8日にはVシネクスト『仮面ライダーギーツ ジャマト・アウェイキング』が期間限定上映されました。

テレビシリーズから最後の物語まで約1年半にわたって一人の役と向き合った後、杢代さんは『ギーツ』の位置づけをこう表現しています。

俳優業における、僕の原点といっても過言ではないと思います。

出典:タウンワークマガジン「俳優・アーティスト/杢代和人さんインタビュー」(2024年3月7日)

同じインタビューで自ら挙げた転機は、「原因は自分にある。」としてのデビュー、『恋とオオカミには騙されない』、そして『仮面ライダーギーツ』の3つでした。

芸能活動を始めたころには芝居へ苦手意識を持っていた杢代さんが、長期間の撮影を終えた後に『ギーツ』を「俳優業の原点」と呼んだことで、俳優としての始まりの物語にも一つの区切りがつきました。