齋藤璃佑の生い立ち|家族・高校・大学、ジュノンボーイから俳優になるまで

黒いスーツ姿の若い男性を左に描き、生い立ちや家族・学歴から俳優になるまでの歩みを示す人物紹介イラスト

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
さいとうりゅう
カテゴリー
男性俳優
出身地
秋田県
生年月日
2004年6月16日
芸能活動開始
2021年
俳優デビュー
2023年
デビューのきっかけ
コンテスト・公募

『爆上戦隊ブンブンジャー』で阿久瀬錠/ブンブラックを演じた俳優の齋藤璃佑さん。

2004年6月16日生まれ、秋田県出身で、高校まで秋田県横手市で学生生活を送っていました。

小学3年生から長くバスケットボールを続けていた一方、中学生になるとテレビの世界に興味を持ち、高校2年生で初めて大きなオーディションへ挑戦します。

そこで獲得したのが、第34回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストのグランプリでした。

ただし、ジュノンでグランプリを獲得した時点では演技経験がほとんどなく、芸能界入りと俳優デビューの間にはもう一段階あります。

今回は、そんな齋藤璃佑さんの生い立ちや家族、学生時代、ジュノンボーイへ応募したきっかけ、俳優として最初の仕事などをご紹介します。

齋藤璃佑の生い立ち|秋田県横手市で育った子ども時代

齋藤璃佑さんは秋田県で生まれ、横手市で育ちました。

芸能活動を始めるまで生活の中心にあったのは横手で、後年のインタビューでも、東京や芸能界は子どものころには遠い世界だったと振り返っています。

泣き虫だった幼少期と、テレビのヒーローへの憧れ

身長181cmでバスケットボールや筋トレを得意とする姿からは少し想像しにくいですが、幼いころは怖がりな子どもだったそうです。

小さいころは泣き虫ですぐに泣くビビりでした

出典:JUNON TV「【齋藤璃佑】34代ジュノンボーイ“男前すぎるグランプリ”の全貌を解明!」(2022年1月21日)

一方で、テレビや映画の中にいるヒーローには幼いころから強い憧れを持っていました。

最初に憧れたヒーローの一人がスパイダーマンで、映画を見たあとには自宅でポーズをまねして遊んでいたと語っています。

仮面ライダーやウルトラマンなどの特撮ヒーローも好きで、「自分もヒーローになりたい」という気持ちは子ども時代から持ち続けていました。

横手市の広報では、横手公園や横手グリーンスタジアムが友人とよく遊んだ思い出の場所として紹介されています。

幼稚園から中学生まで変わっていった将来の夢

将来やりたいことは、成長するにつれて何度か変わっています。

横手市の広報で紹介された本人の話では、幼稚園時代の夢はバスケットボール選手でした。

小学生になると「世界で活躍する会社員」を思い描くようになり、このころは芸能人になることを具体的な進路として考えていたわけではありません。

中学生になると、自分が将来何をしたいのかを考えるようになりました。

そんな時期にテレビのバラエティ番組を見たことで、芸能界という選択肢を初めて意識するようになります。

芸能界へ興味を持ち始めたのは中学生のころで、実際に行動へ移したのは高校2年生でした。

齋藤璃佑の家族|父と母に支えられた芸能界への挑戦

齋藤璃佑さんが芸能界へ入るまでの話には、父親と母親が何度も登場します。

家族の名前や職業などは公表されていませんが、本人のインタビューから父親、母親、姉がいることが確認できます。

ジュノンへの応募を後押しした父親

芸能界に興味を持ったからといって、最初から迷いなくジュノンへ応募できたわけではありません。

身近に同じようなコンテストへ応募した人もおらず、人生で初めての挑戦だったため、応募前には迷いもあったそうです。

そのとき背中を押したのが父親でした。

父が「自分の人生だから後悔しないようにしなさい」と背中を押してくれたのもきっかけになりました。

出典:arweb「実直系爽やかイケメン! ジュノンボーイグランプリの齋藤璃佑ってどんな人?」(2022年1月23日)

本人も「やると決めたらやる」と腹を決め、高校2年生で第34回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストへ応募しました。

選考が進んで候補者が絞られた際には、両親が好物だったタラバガニを用意して祝ってくれたという家族の思い出も残っています。

2022年の本人インタビューでは姉について「活発なタイプ」と話しており、姉がいることも本人の言葉から確認できます。

母親はグランプリ後の事務所選びも支えた

父親が応募のきっかけを作った一方、グランプリ獲得後に動いたのは母親でした。

齋藤さんと同じ秋田県出身で、『仮面ライダーオーズ/OOO』などで知られる俳優・渡部秀さんとは、芸能活動を始める前から家族同士に接点がありました。

2026年に渡部さんと対談した際、ジュノングランプリを獲得して秋田で話題になったころ、齋藤さんの母親が渡部さんの母親へ連絡し、芸能界について相談していたことが明かされています。

事務所選びのこととかも全くわからなかったので母が相談に乗ってもらったみたいで。

出典:日本タレント名鑑「渡部秀&齋藤璃佑、BLドラマ秘話」(2026年8月8日)

東京へ移る前には一人暮らしに備えて料理にも挑戦し、オムライスを作ったところ、母親から一人暮らしを甘く見ないように言われたという話もあります。

応募を後押しした父親と、デビューへ向けた現実的な準備を支えた母親の存在が、芸能界へ足を踏み入れる時期に重なっていました。

齋藤璃佑の学生時代|横手城南高校と大学、バスケと筋トレ

芸能界へ入ったのは高校2年生ですが、それ以前の学校生活ではスポーツに多くの時間を使っていました。

特に長く続けたのがバスケットボールで、筋トレも高校時代から習慣になっています。

小学3年から高校2年まで続けたバスケットボール

バスケットボールを始めたのは小学3年生でした。

その後も高校2年生まで続けており、約8年間にわたって学生生活の大きな部分を占めています。

幼稚園時代にバスケットボール選手を夢見ていたことを考えると、かなり早い時期から身近にあったスポーツでした。

この経験は後にジュノンの最終選考でも使われ、特技披露ではフリースタイルバスケットボールをパフォーマンスへ取り入れています。

JUNON TVでは、同じ東北出身で元バスケ部の俳優・富樫慧士さんとの対談も公開され、雪国での学生生活やジュノンの選考について本人の言葉で語っています。

小・中・高校で学級委員長、高校時代は制服のままジムへ

学校では、小学校・中学校・高校を通して学級委員長を経験しています。

『爆上戦隊ブンブンジャー』出演時のインタビューでも、小中高で学級委員長を務めていたことを本人が振り返っています。

高校ではバスケットボールと並行して、筋力トレーニングにも熱中するようになりました。

授業が終わると制服姿のままジムへ行き、身体を鍛えていたというエピソードもあります。

公式プロフィールでも趣味に「筋トレ」が挙げられており、検索されることの多い「齋藤璃佑 筋肉」という印象は、俳優になってから突然作られたものではありません。

ジュノン受賞直後には「服を着ていると分からないけれど、脱いだらすごい身体」を目標にしていると話しており、高校生活の中ですでにトレーニングを続けていました。

横手城南高校を卒業後に上京、大学と俳優レッスンを両立

高校は秋田県立横手城南高等学校へ通い、2023年春に卒業しました。

ジュノングランプリを獲得したあともすぐに東京へ移ったわけではなく、高校卒業までは秋田で学校生活を続け、芸能活動の際に東京へ向かう生活を送っています。

高校卒業を機に横手を離れて東京へ移り、大学生活と俳優のレッスンを並行するようになりました。

上京して1〜2か月ほど経った2023年6月のインタビューでは、大学の授業やレッスンを終えてから家事をする生活について話しています。

近くのスーパーはどこが安いかっていうのを一生懸命メモしてまわってたくらい。

出典:JUNON TV「【齋藤璃佑】34代グランプリの齋藤くんがついに上京!」(2023年6月15日)

高校まで家族と暮らしていた横手での生活から、大学・レッスン・自炊を自分で回す東京での生活へ一気に変わりました。

齋藤璃佑さんが大学へ進学したことは本人のインタビューで確認できますが、大学名は公表されていません。

中学生で芸能界に興味|高校2年でジュノンボーイへ

学生時代の転機になったのが、2021年に挑戦した第34回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストです。

それまで芸能事務所へ所属した経験もなく、齋藤さんにとって芸能界へ進むための最初の具体的な行動でした。

テレビをきっかけに芸能界を意識し始める

芸能界を意識するようになったのは、中学生で進路について考え始めたころです。

横手市の広報では、当時見ていたバラエティ番組をきっかけに「テレビの世界で活躍したい」と考えるようになったことが紹介されています。

高校へ進んでもその気持ちは残り、高校2年生でジュノン・スーパーボーイ・コンテストへの応募を決めました。

それまでコンテスト経験が豊富だったわけでも、芸能活動をしていたわけでもありません。

横手で学校へ通っていた高校生が、自分で応募したジュノンを入口に初めて芸能界へ踏み出しました。

1万6622人の頂点へ、ビートボックスとバスケを披露

ジュノンの選考では、書類審査などを経てファイナリスト15人まで進みました。

最終選考の特技披露で用意したのは、ヒューマンビートボックス、フリースタイルバスケットボール、ダンスを組み合わせたパフォーマンスです。

ヒューマンビートボックスはもともとの長年の特技だったわけではなく、選考のためYouTubeを見ながら独学で練習しました。

長く続けてきたバスケットボールと、新しく練習したビートボックスを同じステージで披露し、2021年11月21日の最終選考会へ臨みました。

結果は、応募総数1万6622人の中からグランプリでした。

その後、別のジュノンボーイとの対談で、コンテストへ出る前と後で自分の見える世界が大きく変わったことを独特の言葉で表現しています。

コンテストというコンタクトレンズをはめたら、遠くまで鮮明に見えるようになりました。

出典:JUNON TV「【富樫慧士×齋藤璃佑】東北出身ジュノンボーイ対談!」(2023年2月10日)

公式プロフィールでも、この2021年のグランプリ獲得を芸能界入りの時点としています。

ジュノン受賞後も秋田で高校生活|芸能界入りから俳優デビューまで

ジュノンのグランプリは芸能界へ入る入口になりましたが、ここで俳優デビューしたわけではありません。

芸能界入りは2021年、事務所所属は2022年、俳優デビューは2023年と、段階を踏んでいます。

2022年に事務所へ所属、『さんま御殿』で全国放送初出演

グランプリ獲得から約3か月後の2022年2月、ユニバーサル ミュージック アーティスツへの所属が発表されました。

芸能界への入口はジュノンでしたが、所属先を決めたことで本格的に仕事へ向けた準備が始まります。

憧れの世界に一歩踏み出すことができたことに心の底からワクワクしています。

出典:ユニバーサル ミュージック「齋藤璃佑、ユニバーサル ミュージック アーティスツ所属契約のお知らせ」(2022年2月28日)

ただ、高校卒業までは秋田での学校生活を続けていました。

2022年12月6日には、日本テレビ『踊る!さんま御殿!!』へ秋田県代表として出演し、本人が初の全国テレビ出演と紹介しています。

この段階ではテレビへ出演する芸能活動は始まっていましたが、まだ俳優として作品へ出演した経験はありませんでした。

演技経験のない状態からレッスンへ

ジュノングランプリ受賞直後のインタビューでは、本人が演技をまだ経験したことがないと率直に話しています。

子役から活動していた俳優でも、演劇部や劇団で長く演技を学んでいた俳優でもありません。

コンテストではビートボックスやバスケットボールを披露しましたが、俳優として必要な演技は芸能界へ入ってから学び始めることになりました。

当時から目標として名前を挙げていたのは、ムロツヨシさんや賀来賢人さんのように、コミカルな役からシリアスな役まで演じられる俳優でした。

「芸能人になったあとで、俳優になるための演技を学び始めた」という順番が、齋藤さんの初期キャリアの特徴です。

2023年『ブラザー・トラップ』で俳優デビュー

最初の演技仕事となったのが、2023年に放送されたTBSドラマ『ブラザー・トラップ』でした。

演じたのは、主人公・立花あかりの大学の同級生で、成瀬和泉の先輩でもあるコータ役です。

TBSの人物紹介では、コータは誰とでも気さくに話し、あかりと和泉が出会うきっかけを作る人物として設定されています。

齋藤さんの公式プロフィールでも、『ブラザー・トラップ』のコータ役が俳優デビューと明記されています。

高校2年生でジュノンへ応募してから約1年余りを経て、ここで初めて「俳優・齋藤璃佑」としてドラマ作品へ入りました。

憧れていたヒーローへ|『爆上戦隊ブンブンジャー』が俳優としての転機に

『ブラザー・トラップ』で演技を始めたあと、齋藤さんはドラマへの出演を重ねていきます。

その初期キャリアの中で大きな役となったのが、子どものころから好きだったヒーロー作品でした。

『真夏のシンデレラ』などで俳優として経験を重ねる

俳優デビューと同じ2023年には、フジテレビ系ドラマ『真夏のシンデレラ』へ田中和也役で出演しました。

田中和也は、水上恒司さんが演じる早川宗佑の職場の同僚として登場しています。

同作では俳優デビュー作とは異なる現場へ入り、ドラマ出演を重ねました。

そして翌2024年、キャリアの初期を代表する大きな役が決まります。

阿久瀬錠/ブンブラック役でスーパー戦隊へ

2024年3月に放送が始まったスーパー戦隊シリーズ『爆上戦隊ブンブンジャー』で、阿久瀬錠/ブンブラック役に起用されました。

阿久瀬錠は正義感の強い警察官で、物語の中でブンブンジャーへ加わっていく人物です。

齋藤さん自身も小学校・中学校・高校で学級委員長を経験しており、役について語ったインタビューでは、自分と錠に共通する部分として正義感を挙げています。

キャスト発表会見まで、ブンブラックを演じることは両親にも伝えていませんでした。

会見では、配信を見た両親がそこで初めて知るはずだと明かしており、高校時代のジュノン応募を支えた家族にとっても大きな知らせになりました。

演技経験のない状態から俳優デビューして約1年後、スーパー戦隊の変身ヒーローを演じることになりました。

仮面ライダーやウルトラマンへの憧れがヒーロー役につながる

齋藤さんはジュノングランプリを獲得した直後から、俳優として挑戦したいジャンルの一つにヒーロー作品を挙げていました。

子どものころにはスパイダーマンに憧れ、成長してからも仮面ライダーやウルトラマンが好きだったことを本人が何度も話しています。

「齋藤璃佑 仮面ライダー」と検索されることがありますが、齋藤さんが初期キャリアで演じた変身ヒーローは、スーパー戦隊シリーズ『爆上戦隊ブンブンジャー』のブンブラックです。仮面ライダーやウルトラマンについては、本人が以前から憧れていたヒーローとして語っています。

『爆上戦隊ブンブンジャー』は2024年3月から2025年2月まで放送され、齋藤さんは約1年間にわたって阿久瀬錠を演じました。

高校2年生でジュノンへ初めて応募し、芸能界入り、演技のレッスン、俳優デビューを経て、子どものころから好きだったヒーローを役として演じるところまで進みました。

横手市でテレビの世界を遠く感じていた高校生が、最初のオーディションから数年でブンブラックを演じるまでが、齋藤璃佑さんの俳優としての初期の道のりです。