PROFILE
人物プロフィール
Netflixシリーズ『全裸監督』で黒木香を演じ、一気に名前を知られるようになった森田望智さんは、NHK連続テレビ小説『虎に翼』やNetflix映画『シティーハンター』などでも幅の異なる役を演じてきました。
2025年の映画『ナイトフラワー』では格闘家・芳井多摩恵を演じるなど、映画やドラマで活動の場を広げています。
ただ、芸能界に入ったのは『全裸監督』よりずっと前の小学5年生で、そこから注目を集めるまでには10年以上の時間がありました。
子ども時代の中心にあったのはフィギュアスケートで、撮影現場に興味を持った当初も、最初から女優だけを目指していたわけではありません。
高校、大学と学業を続けながらオーディションを受け、仕事がない時期には芝居を続けるか迷ったこともありました。
今回は、そんな森田望智さんの生い立ちや家族、フィギュアスケートに打ち込んだ子ども時代、学生生活、芸能界へ入ったきっかけ、女優デビューから『全裸監督』で転機を迎えるまでをご紹介します。
森田望智の生い立ち|フィギュアスケートに打ち込んだ子ども時代
森田望智さんは1996年9月13日、神奈川県生まれで、所属するSony Music Artistsのプロフィールではフィギュアスケートとクラシックバレエを特技に挙げています。
このうちフィギュアスケートは、プロフィール上の「特技」という言葉だけでは収まらないほど、幼い頃の生活の大きな部分を占めていました。
朝も放課後もリンクへ|約10年間続けたフィギュアスケート
ViViのインタビューでは3歳からフィギュアスケートを始めたと紹介され、本人は後年、約10年間続けていたと振り返っています。
小学生の頃は朝から練習し、学校が終わると再びリンクへ向かうほど、日々の多くをスケートに使っていました。
小学校時代のスケートについて、本人が昔の小さなスケート靴とともに振り返った投稿も残っています。
周囲の子どもたちが将来の夢としてスケート選手を挙げるなか、自分は選手になれるとは思っていなかったとも話しており、長く続けながら競技者になる道とは距離を置いて考えていました。
一方で、スケートがなくなれば自分に何もなくなるような感覚があり、最後の頃には義務感もあって続けていたのかもしれないと後年振り返っています。
近所の撮影現場を見て「作品をつくる側」に憧れた
もう一つ、子どもの森田さんを惹きつけたのが、自宅の近所で見かけた映画の撮影現場でした。
大勢の大人が一つの作品を作っている様子に心を動かされ、「あの中の一員になりたい」と思うようになります。
「当時は、女優に限らず、メイクさんでも音声さんでも何でもよかった」
出典:MBS『情熱大陸「森田望智(女優)」』(2019年12月15日)
つまり最初に惹かれたのは「女優」という肩書きよりも、作品が生まれる撮影現場そのものでした。
その後にスカウトを受け、「役者なら自分も現場へ行けるかもしれない」と考えたことで、演じる側への入り口が開きます。
森田望智の家族|父の言葉でフィギュアスケートと俳優の道を選ぶ
森田さんが育った家族について本人の発言から確認できるのは、父親、母親、年子の妹との日常です。
2019年のViViでは、自分が育った家庭について次のように話しています。
「普通のお家で普通に育ちました! 家族はみんな仲良し。」
出典:ViVi「全裸監督でのAV女優役が話題に!今一番気になる役者・森田望智の素顔とは」(2019年12月1日)
父と母の結婚記念日を妹と祝った際には、家族への思いを本人のXにも残していました。
中学進学前、父から迫られた二つの道
小学5年生で芸能事務所に入ったあともしばらくフィギュアスケートを続けていましたが、中学進学を控えた頃、父から二つを曖昧なまま続けないよう言われます。
選択肢は、フィギュアスケートの道へ進むのか、俳優の道へ進むのかというものでした。
森田さんが選んだのは、約10年続けたフィギュアスケートをやめることでした。
父に言われた翌日にはコーチのもとへ行き、自分の口からスケートをやめることを伝えたそうです。
「私のキャリアは『やめる』ことから始まったのかもしれません」
出典:Numero TOKYO「俳優・森田望智インタビュー『選択肢に正解はない。覚悟を決めるかどうか』」(2025年12月8日)
フィギュアスケートを続けながら何となく芸能活動もするのではなく、この時点で一つを手放す選択をしています。
カメラ好きの父と年子の妹|仲の良い家族との日常
父はカメラに詳しく、森田さん自身も父から写真を教わり、ミラーレス、一眼レフ、フィルムカメラなどを持つほど写真が好きになりました。
年子の妹とは頻繁にLINEをする仲で、2019年のインタビューでは、アルバイトの話などごく普通の日常的なやり取りをしていると明かしています。
妹を調味料に例えるならサバサバした「塩」、自分はもう少し感情的なので「醤油」と話すなど、姉妹の性格の違いも本人らしい言葉で表現していました。
母について職業などの詳しいプロフィールは明らかにしていませんが、家族の結婚記念日や大学卒業といった節目の発信には、父や母への思いがたびたび登場します。
小学5年生で芸能界へ|中学は学業優先、高校から女優業を本格化
小学5年生で事務所に入った森田さんですが、そこからすぐに芸能活動一色の生活へ変わったわけではありません。
本人は、中学までは学業を優先していたため、芸能活動を始めた当初の数年間はほとんど仕事をしていなかったと振り返っています。
スカウトで事務所入り|演技を学ぶうちに俳優を目指すように
芸能界へ入る直接のきっかけは、小学5年生のときに受けたスカウトでした。
もともと撮影現場に行きたかった森田さんは、子どもの自分でも役者なら現場へ入れるかもしれないと考え、演技の勉強を始めます。
最初から明確に女優一本と決めていたのではなく、芝居を学んでいくうちに楽しくなり、徐々に本格的に目指すようになったという順番でした。
小学校の卒業アルバムでは、将来の夢の欄に「女優?」とクエスチョンマーク付きで書いていたと本人が話しています。
2011年にCM出演|芸能界入りと女優デビューを分けてたどる
所属事務所の出演歴で確認できる最初期の仕事は、2011年6月の栄光ゼミナール「高校受験編」CMです。
日本アカデミー賞公式サイトの受賞者紹介でも、森田さんは2011年のCMで女優デビューしたと紹介されています。
小学5年生での事務所入りと2011年の女優デビューは同じ出来事ではなく、さらに本人が「本格的に女優業をスタートした」と振り返るのは高校生になってからです。
2013年にはNHK BSプレミアム『真夜中のパン屋さん』、映画『友達』『生贄のジレンマ』などに出演し、映像作品での経験を重ねていきました。
高校から増えたオーディション|受けても受からない日々
高校生になるとオーディションを受ける機会は増えましたが、本人の言葉では、受けてもなかなか合格できず、仕事がない時期が続きました。
一方で高校生活そのものもあり、2019年のViViでは、一番よく遊ぶ友人は高校時代からの友人だと話しています。
2017年には、仕事で現役高校生たちと一緒になった際、本人が「高校生の頃の私」として当時の写真をXへ投稿していました。
高校名については本人や所属事務所などの確かな一次情報で学校名を断定できる材料はなく、学校生活については本人が語っている範囲から見るのが確実です。
森田望智の大学・学生時代|女優を続けるか迷った時期
高校卒業後は大学へ進学し、学生生活と女優活動を並行していました。
大学生になると女優業に使える時間が増え、少しずつ仕事を得るようになりますが、安定して役をつかめる状態ではありませんでした。
2019年に大学卒業|学校名は確定情報と噂を分ける
2019年3月26日には、本人が大学を卒業したことをXで報告しています。
大学名については「駒澤大学」などの情報もネット上にありますが、本人や所属事務所などの確かな一次情報で学校名は確認できません。
そのため、学校名を噂から補うのではなく、大学へ進学し、2019年3月に卒業したという本人発信で追える経歴までを事実として見るのが適切です。
大学で女優業に向き合う時間が増えても仕事は少なかった
2022年のインタビューでは、大学生になってようやく時間ができ、女優業に向き合えるようになってから徐々に仕事をもらえるようになったと話しています。
2017年のドラマ『パパ活』、2018年の『賭ケグルイ』など出演は続いていましたが、オーディションを受ければ安定して役を得られる状況ではありませんでした。
芸能界に入った時期だけを見れば早いものの、仕事として俳優を続けていく感覚が固まるまでには長い時間がかかっています。
同級生の就職活動を見ながら「芝居を辞める」ことも考えた
2026年の日本アカデミー賞で最優秀助演女優賞を受賞した際、森田さんは大学生の頃に俳優の仕事がない時期があり、芝居を辞めることまで考えていたと明かしました。
その頃にテレビで見たのが、第41回日本アカデミー賞で最優秀主演女優賞を受賞した蒼井優さんのスピーチでした。
映画界へ来てほしいという蒼井さんの言葉を聞き、森田さんはもう少し続けてみようと思ったと、受賞から8年後の壇上で振り返っています。
2019年の『情熱大陸』でも好きな女優として蒼井優さんの名前を挙げており、大学時代にその言葉を受け取ったことが後年まで残っていました。
演技への自信が崩れた転機|松永大司監督のワークショップ
大学時代には少しずつ出演作が増えていた一方、森田さん自身の演技への向き合い方を大きく変えたのが、松永大司監督のワークショップでした。
『全裸監督』で注目されるより前に経験したこの時間を、本人は2021年のインタビューで大きな転機として挙げています。
「できる」と思っていた芝居ができないと気づいた
それまでの森田さんは、仕事が多かったわけではないものの、なぜか自分は芝居ができると思っていたそうです。
ところが松永監督のワークショップへ参加すると、その認識が崩れ、自分がいかに演技をできていないかを思い知らされたと話しています。
ここで起きたのは役を一つ得たという変化ではなく、オーディションに向かう前の準備や、芝居そのものへの姿勢の変化でした。
オーディションだけでなく人生や両親への向き合い方も変わる
本人は、ワークショップ以降、オーディションへの取り組み方だけでなく、人生や両親への接し方まで変わったように思うと語っています。
さらに、松永監督との出会いが『全裸監督』のオーディションに受かるきっかけになったとも振り返りました。
この転機と、その後の役づくりについては、シネマトゥデイの本人インタビューでも映像で振り返っています。
『全裸監督』オーディションが転機に|黒木香役をつかむまで
2019年に配信されたNetflixシリーズ『全裸監督』で、森田さんは佐原恵美/黒木香を演じました。
この役を得る前は、本人が「本当に仕事がなかった」と表現する時期で、長く続けてきた女優業が結果に結びつかない感覚も抱えていました。
仕事がない時期に「失うものはない」と挑んだ大役
オーディションには山田孝之さん主演、武正晴監督の作品へ出られるなら、失敗しても今の状況より悪くはならないだろうという気持ちで臨んだそうです。
「失うものが、本当になかったんです(笑)」
出典:ViVi「失うものが本当になかった。女優・森田望智が語る全裸監督オーディションの裏側」(2019年12月12日)
それまで何度もオーディションに落ちてきた時期だったからこそ、作品の大きさに構えて動けなくなるより、まず役を取りに行く選択をしました。
役に必要なら自分でやる|オーディションで見せた準備
黒木香役のオーディションでは、台本に脇毛を見せる描写があるのを読み、森田さんは自分でアイライナーを使って描いて審査へ臨みました。
本人にとっては目立つための奇策ではなく、「必要なのに自分にはないから描く」という自然な準備だったそうです。
役を得たあとには喜びだけでなく、自分にこの役ができるのかという強い不安も生まれました。
自分の撮影がない日にも現場を見学し、監督や共演者の仕事を近くで見ながら撮影へ向き合っていきます。
3〜4か月の役作りで知った「準備すること」の大切さ
『全裸監督』シーズン1では、撮影開始までに3〜4か月ほどの準備期間がありました。
資料を読み、実在の黒木香さんの本や映像に触れ、人物のバックグラウンドまで考えるという作業へ、それまで以上に時間を使ったといいます。
この経験で、それまで一生懸命準備しているつもりでも十分ではなかったと気づき、役づくりに時間をかける大切さを知りました。
話し方や動きを表面的になぞるだけではなく、その人物がそれまでどう生きてきたのかまで考える姿勢は、『全裸監督』以降の役づくりでも続いています。
『全裸監督』以降|オーディション中心だった女優人生が変わる
『全裸監督』シーズン1は2019年8月に配信され、森田さんは黒木香役で広く知られるようになりました。
それまでオーディションでなかなか役を得られなかった状況から、仕事の決まり方そのものにも変化が起こります。
2019年の配信後、役を直接託される仕事が増える
2021年のインタビューで『全裸監督』以前を振り返った森田さんは、当時はあまり仕事がなかったと話したうえで、配信後についてこう表現しています。
「本当にガラリと環境が変わりました」
出典:シネマトゥデイ「森田望智『全裸監督』で一変した女優人生」(2021年6月24日)
オーディションを受けなくても役を託される仕事が生まれ、本人は役をもらえることの重みを以前より強く感じるようになりました。
2020年には配信ドラマ『あの子が生まれる…』で主演し、2021年にはNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』へ出演するなど、黒木香とは異なる役が続いていきます。
『虎に翼』『ナイトフラワー』へ|大学時代から続いた道のその後
2024年にはNHK連続テレビ小説『虎に翼』で花江を演じ、同年のNetflix映画『シティーハンター』ではヒロインの槇村香を演じました。
そして2025年の映画『ナイトフラワー』では、格闘家・芳井多摩恵役のために半年以上のトレーニングと食事管理を行い、体重を7キロ増やして撮影へ臨んでいます。
『全裸監督』で3〜4か月かけて役の背景を掘り下げたあと、別の作品では身体づくりも含めて長い準備期間を取る仕事へ向き合うようになりました。
『ナイトフラワー』での演技により、2026年には第49回日本アカデミー賞の最優秀助演女優賞と新人俳優賞を受賞しました。
その受賞コメントで思い返したのは、俳優の仕事がなく、芝居を辞めることまで考えていた大学時代の自分でした。
大学生の頃にテレビ越しで見た日本アカデミー賞の舞台に、2026年には森田さん自身が受賞者として立ちました。















