PROFILE
人物プロフィール
NHK連続テレビ小説「あんぱん」の緑川達也役や、大河ドラマ「どうする家康」の小早川秀秋役などを演じてきた俳優の嘉島陸さん。
1998年11月12日に沖縄県で生まれた嘉島さんは、実は大人になって初めて芸能界へ入った俳優ではありません。
子どものころは「嘉数一星」の名前で活動し、2008年の「流星の絆」では有明泰輔の幼少期を演じていました。
ところが、小学校を卒業すると芸能活動から離れて沖縄へ戻り、中学・高校ではバスケットボールに打ち込む生活へ変わります。
その後、自分からもう一度俳優を目指すことを決め、2018年の「花のち晴れ~花男 Next Season~」で約7年ぶりにドラマへ戻ってきました。
今回は、そんな嘉島陸さんの生い立ちや家族、子役時代、沖縄で過ごした学生時代、芸能界を離れた経緯、そして俳優として再び活動を始めるまでをご紹介します。
嘉島陸の家族|父親の仕事で関東へ、両親の後押しから始まった子役生活
嘉島陸さんは沖縄県の出身ですが、幼いころからずっと沖縄で暮らしていたわけではありません。
父親の仕事による転居が、後に子役として芸能界へ入るきっかけにもなりました。
6歳ごろ父親の仕事で沖縄から関東へ
嘉島さんは1998年11月12日に沖縄県で生まれました。
6歳のころ、父親の仕事の都合で家族とともに沖縄から関東へ引っ越しています。
後年のインタビューでも、この転居について本人が振り返っています。
6歳のときに、父親の仕事の都合で関東に引っ越してきたんです。
出典:Seventeen-Web「注目のPEOPLE☆嘉島陸さん 芸能界に7年ぶりに復帰! ドラマ『花晴れ』に出演中!!」(2018年5月14日)
この引っ越しの時期に、外出先などで芸能事務所から何度か声をかけられるようになりました。
まだ本人が「俳優になりたい」と進路を決めるような年齢ではなく、芸能界との最初の接点は偶然に近いものでした。
嘉島さんは幼いころから電車が好きで、電車内のアナウンスをまねして遊んでいました。また、子どものころに憧れていた職業として航空管制官を挙げています。
何度も声をかけられ、両親の判断でオーディションへ
一度ではなく何度か芸能事務所から声をかけられたことで、両親も芸能活動への挑戦を考えるようになりました。
嘉島さん本人が強く希望してオーディションを探したのではなく、両親が「それならやってみてもいいのでは」と背中を押したことが始まりでした。
何回も声をかけられるならやってみてもいいんじゃないか…
出典:Seventeen-Web「注目のPEOPLE☆嘉島陸さん 芸能界に7年ぶりに復帰! ドラマ『花晴れ』に出演中!!」(2018年5月14日)
こうして受けることになったのが、ABCマートのオーディションです。
父親の仕事による関東への転居がなければ、何度も声をかけられる時期も、両親がオーディションを考える場面もなかったかもしれません。
一方、母親や兄弟姉妹などについては、嘉島さん自身が詳しい家族構成を公に語った資料は多くありません。
少なくとも芸能界へ入る最初の選択には、父親の転勤と両親の判断の両方が関わっていたことが本人の言葉から確認できます。
子役時代の嘉島陸|嘉数一星として「流星の絆」などに出演
オーディションへの挑戦から、嘉島さんの最初の芸能活動が始まります。
この時期は「嘉島陸」ではなく、嘉数一星の名前で子役としてドラマやCMなどに出演していました。
ABCマートのグランプリをきっかけに6歳で芸能界へ
両親に背中を押されて参加したABCマートのオーディションで、嘉島さんはグランプリを獲得しました。
2005年ごろ、6歳で子役として芸能活動を始めています。
子役時代は嘉数一星名義で活動しており、2007年にはフジテレビ系スペシャルドラマ「パパの涙で子は育つ」で、8歳の少年・イサヤを演じた記録が残っています。
その後もテレビドラマへの出演を重ね、子どもながら物語の重要な部分を担う役を経験していきました。
子役時代は「嘉数一星」名義、2018年の活動再開後は「嘉島陸」名義です。「嘉数一星」を本名とする情報も見られますが、本人や所属事務所が本名として公表した一次情報は確認されていないため、子役時代の活動名として見るのが正確です。
「流星の絆」で有明泰輔の幼少期を演じる
子役時代を代表する出演作の一つが、2008年にTBS系で放送されたドラマ「流星の絆」です。
東野圭吾さんの小説を原作に、二宮和也さん、錦戸亮さん、戸田恵梨香さんらが演じる3兄妹を中心に描かれた作品で、嘉島さんは錦戸さんが演じた有明泰輔の幼少期を担当しました。
TBSに残る当時の公式キャストにも、「タイスケ 嘉数一星」と記載されています。
両親が殺害されるという大きな出来事を経験する兄妹の幼少期は物語の出発点にあたり、嘉島さんはまだ小学生のころから連続ドラマの重要な回想場面に参加していました。
同作にはムロツヨシさんも出演しており、嘉島さんは2023年の「うちの弁護士は手がかかる」でムロさんと約15年ぶりに共演しています。
再会した際には、ムロさんの側から「流星の絆のとき、一緒だったんだよね」と声をかけられたことを、嘉島さんが後年のインタビューで明かしています。
「アイシテル〜海容〜」で難しい役に挑んだ小学生時代
2009年には日本テレビ系ドラマ「アイシテル〜海容〜」で野口智也を演じました。
智也は、小学生が別の子どもの命を奪ってしまうという作品の中心に置かれた少年です。
事件を起こした子どもとその家族、被害者家族の双方を描く物語だったため、嘉島さんは10歳ほどで複雑な役を担うことになりました。
2010年には「獣医ドリトル」や「Q10」、特撮ドラマ「仮面ライダーW」の最終話などにも出演し、2011年のNHK大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」では徳川秀忠の幼少期・竹千代を演じています。
「獣医ドリトル」では撮影日が嘉島さんの誕生日と重なり、1話のみの共演だった主演の小栗旬さんからプレゼントをもらったそうです。大人になってからも覚えている子役時代の思い出として本人が語っています。
いくつもの作品へ出演していた嘉島さんですが、そのまま子役から大人の俳優へ進んだわけではありませんでした。
小学校卒業を境に芸能活動をやめ、生活の拠点を再び沖縄へ移します。
小学校卒業で沖縄へ|芸能界を離れバスケに打ち込んだ学生時代
子役としてドラマへ出演していた生活は、中学校への進学を前にいったん終わります。
沖縄へ戻った嘉島さんを待っていたのは、撮影現場ではなく学校とバスケットボールを中心にした毎日でした。
家族で沖縄へ戻り、子役活動を終了
父親の仕事の関係もあり、小学校を卒業するタイミングで家族は関東から沖縄へ戻りました。
それに合わせて、嘉島さんも子役の仕事をやめています。
芸能界に残るため一人で東京にとどまるという選択ではなく、家族と沖縄へ戻って中学校へ進学する道を選びました。
2018年のインタビューでは、学生時代に俳優になることを考えていなかったとも話しており、休止期間中も復帰を前提に生活していたわけではありません。
子役経験はありましたが、中学進学後の嘉島さんにとって芸能界は日常からいったん離れた場所になっていました。
中学・高校は朝から晩までバスケットボール
沖縄での中学・高校生活で熱中したのが、バスケットボールでした。
部活でバスケ部に入ったのですが、朝から晩まで夢中でした。
出典:WEBザテレビジョン「嘉島陸、7年の充電期間中は『朝から晩までバスケに夢中』」(2018年6月12日)
部活動が終わって家へ帰ってからも、YouTubeでバスケットボールの動画を見ていたといいます。
特に好きだったのはNBAで活躍したレイ・アレンで、きれいなフォームから放つシュートに憧れていました。
自身も3ポイントシュートを得意としていたそうで、芸能活動をしていた小学生時代とはかなり違う日常を送っています。
沖縄のプロバスケットボールチーム、琉球ゴールデンキングスの試合を観に行ったことが、バスケへの興味を持つきっかけだったとも語っています。
高校時代は部活動が忙しく、テレビドラマを見る時間さえ少なくなっていました。
高校時代の俳優復帰の誘いにもすぐには応じなかった
芸能界から離れていた間にも、嘉島さんと俳優の仕事との接点が完全になくなったわけではありません。
高校生のころには、後に所属することになるセブンスアヴェニューから「また俳優をやらないか」と声をかけられていました。
セブンスアヴェニューは松嶋菜々子さんらが所属する芸能事務所で、嘉島さんは子役時代から注目されていたと報じられています。
しかし、高校時代の嘉島さんはバスケットボールに打ち込んでおり、この誘いを受けてすぐ芸能界へ戻ることはありませんでした。
子役を経験していたからといって、当時の進路が俳優に決まっていたわけではなかったのです。
気持ちが動いたのは、高校時代の誘いそのものではなく、その後に一本のドラマを見たことでした。
大学時代に俳優復帰を決意|「コード・ブルー」を見て事務所へ連絡
高校を卒業した嘉島さんは大学生となり、自分の将来について考える時期を迎えます。
そのころまで、俳優を再び職業にすることを決めていたわけではありませんでした。
大学生となり将来を考える時期を迎える
2018年の日刊スポーツは、嘉島さんが大学生となって将来を考え始めた時期に、セブンスアヴェニューと契約したと報じています。
子役を辞めてから数年間は、沖縄で普通の学生生活を送り、俳優になることを具体的な進路として考えてはいませんでした。
一方で、高校時代には事務所から復帰を打診されていたため、俳優という選択肢そのものが消えていたわけでもありません。
すぐにその話へ飛びつかず、自分の生活を続けた後に改めて進路を選ぶことになります。
嘉島さんが大学生だったことは2018年当時の報道から確認できますが、出身大学の名称は本人や所属事務所の公式プロフィールでは公表されていません。ネット上で特定の大学名を挙げる情報もありますが、確定情報としては扱えません。
2017年の「コード・ブルー」で再び演技を意識
嘉島さんの気持ちを動かした作品が、フジテレビ系ドラマ「コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-」でした。
もともと「コード・ブルー」が好きだったものの、中学・高校では部活に忙しく、テレビを見る時間も少なくなっていたそうです。
2017年夏に放送された第3シーズンを見たことで、子役を辞めてから長く離れていた演技の仕事をもう一度意識します。
人の心を動かせる仕事っていいなぁと改めて思えた。
出典:Seventeen-Web「注目のPEOPLE☆嘉島陸さん 芸能界に7年ぶりに復帰! ドラマ『花晴れ』に出演中!!」(2018年5月14日)
子どものころは両親の判断で始まった芸能活動でしたが、このときは自分でドラマを見て、自分で再び演技の仕事をしたいと考えました。
6歳のときとは違い、二度目の芸能界入りは嘉島さん自身の意思から始まっています。
自分からセブンスアヴェニューへ連絡し再スタート
俳優へ戻ることを考えた嘉島さんが連絡したのは、高校時代に声をかけてくれていたセブンスアヴェニューでした。
以前は事務所側から誘われても活動を再開しませんでしたが、今度は嘉島さんの側から事務所へ連絡しています。
こうして2018年2月、芸能活動を再開しました。
約7年間の空白を挟んでいますが、「子役として活動していた続きをそのまま始めた」というより、自分で俳優という進路を選び直しての再出発でした。
そして活動を再開したことを知ったテレビドラマの制作側から、ほどなく出演の話が届きます。
嘉島陸として再出発|「花のち晴れ」で約7年ぶりに演技
2018年からは子役時代の嘉数一星ではなく、嘉島陸として俳優活動を始めました。
再出発して間もなく出演した作品が、TBS系「花のち晴れ~花男 Next Season~」です。
2018年に嘉島陸として俳優活動を再開
所属先となったセブンスアヴェニューは、2018年に嘉島さんの所属と俳優活動の開始を発表しました。
本人の公式Xでも、嘉島陸の名前で新たに活動することを伝えています。
日刊スポーツは当時、セブンスアヴェニューが設立以来初めて所属させた男性俳優が嘉島さんだったとも報じています。
子役時代にドラマや映画、CMを経験していても、本人は活動再開時に「新人のつもり」で臨む姿勢を示していました。
そこへ決まった復帰後最初の連続ドラマが「花のち晴れ」でした。
復帰作「花のち晴れ」で近衛仁役に抜擢
「花のち晴れ」で嘉島さんが演じたのは、桃乃園学院の生徒会副会長・近衛仁です。
中川大志さん演じる馳天馬を強く慕い、その思いから杉咲花さん演じる江戸川音と平野紫耀さん演じる神楽木晴の関係にも影響を与える、物語後半の重要人物でした。
TBSの瀬戸口克陽プロデューサーは、近衛のキャスティングを考えていたところで嘉島さんの活動再開を知り、すぐに出演をオファーしたと当時説明しています。
「流星の絆」で子役として出演していたTBSへ、約7年の空白を挟んで大人の俳優として戻ることになりました。
近衛は言葉数が多い人物ではなく、表情だけで感情を見せる場面も多かったため、嘉島さんはその場面までの状況を考えながら演じていたと話しています。
幼いころに経験した演技の現場へ戻ってみると、以前とは仕事への向き合い方そのものが変わっていました。
子役時代とは変わった演技への向き合い方
約7年ぶりの撮影現場へ入るまでは不安があったものの、クランクインすると子役時代の感覚を思い出したそうです。
一方、演技の準備については子役時代との違いをはっきり感じていました。
今は自分で台本を読み込んで役を理解し、気持ちをつくっていかなければいけない
出典:WEBザテレビジョン「嘉島陸、7年の充電期間中は『朝から晩までバスケに夢中』」(2018年6月12日)
子役のころは親に言われたことを表現していたと振り返っていますが、復帰後は台本を自分で読み込み、人物の感情や場面まで考える必要がありました。
2021年の「SUPER RICH」に出演した際には、台本を一度読んだあと、内容を別の紙へ箇条書きで書き写して時系列や感情のつながりを整理するという方法も取り入れています。
親に連れられて現場へ通っていた子役時代から、自分で役を組み立てる俳優へと仕事の仕方も変わっていきました。
俳優復帰後の転機|経験を重ね「どうする家康」小早川秀秋役へ
「花のち晴れ」での復帰後、嘉島さんは単発出演から連続ドラマのレギュラー、大河ドラマ、映画、舞台へと仕事の幅を広げていきました。
出演作を重ねる中では、沖縄で過ごした学生時代や、子役時代の共演者との思わぬつながりが再び仕事の中へ現れることもありました。
「教場」「SUPER RICH」などで俳優として経験を重ねる
活動再開後は2019年の「家政夫のミタゾノ」、2020年の「教場」などに出演し、2021年の「教場II」では小嘉竜一役を演じました。
同じ2021年には、フジテレビ系「SUPER RICH」で鬼頭流星役としてレギュラー出演しています。
鬼頭流星は電子書籍会社「スリースターブックス」の編集部で働く若手社員で、嘉島さんと同じ沖縄県出身という設定でした。
この役はオーディションで決まり、制作側は嘉島さんに地元のイントネーションで即興演技をしてもらった際、「流星くんは嘉島さんだ」と感じたと明かしています。
中学・高校時代に戻って暮らした沖縄の言葉が、俳優復帰後のレギュラー役でも使われることになったのです。
2023年には「イチケイのカラス スペシャル」で内田亘、「うちの弁護士は手がかかる」で上畑健を演じるなど、作品ごとに異なる役へ入っていきました。
「うちの弁護士は手がかかる」では、子役時代の「流星の絆」で共演していたムロツヨシさんとの再会もありました。
小早川秀秋の墓前を訪ねて臨んだ「どうする家康」
2023年のNHK大河ドラマ「どうする家康」では、小早川秀秋役を演じました。
関ヶ原の戦いで東軍へ寝返った人物として知られる小早川秀秋ですが、嘉島さんは一般的なイメージだけで役を作ろうとはしませんでした。
撮影にあたり岡山県にある小早川秀秋の墓を訪れ、菩提寺の住職から人物像について話を聞いています。
住職は資料を見せながら約2時間にわたって小早川秀秋について説明し、嘉島さんはそこで得た話を役作りの材料にしました。
歴史上の人物を演じる面白さというものに気づかせてもらえました
出典:映画.com「嘉島陸、『どうする家康』小早川秀秋役を経て芽生えた思い LA留学で得た実践力も」(2023年12月29日)
子役時代には2011年の大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」で竹千代を演じており、「どうする家康」は活動再開後に再び参加した大河ドラマでもありました。
関ヶ原の戦いが描かれた第43回では、嘉島さん自身も公式Xで小早川秀秋を最後まで見守ってほしいと呼びかけています。
ロサンゼルス留学を経て映画や朝ドラへ
「どうする家康」へ出演した2023年には、仕事の予定変更をきっかけに約2か月間、アメリカ・ロサンゼルスで語学を学ぶ時間も過ごしました。
急きょ決まった渡米だったため、現地へ行く前に語学学校も決めていなかったといいます。
事務所の社長から自分で学校と交渉するよう促され、十分に英語を話せない状態から直接交渉し、約1週間後には学校へ入ることができました。
入学後は朝から5〜6時間授業を受け、街でも食事の注文や店員との会話を英語で行う生活を送っています。
帰国後の2024年には、映画「明日を綴る写真館」で鮫島直哉役、「乱歩の幻影」で二山至役を演じました。
「明日を綴る写真館」は、嘉島陸名義で活動を再開してから初めて役名のある映画作品として本人が楽しみにしていた仕事の一つです。
2025年には映画「栄光のバックホーム」で川原潔役を演じ、NHK連続テレビ小説「あんぱん」では高知新報の社会部員・緑川達也役として出演しました。
6歳で始まった子役生活は小学校卒業で一度終わりましたが、2018年に本人が選び直した俳優の仕事は、その後もドラマ、映画、舞台へと続きました。
「流星の絆」の嘉数一星を知っていた人にとっては、その少年が沖縄での学生生活と約7年の空白を経て、嘉島陸として再び同じ撮影現場へ戻ってきたことになります。
















