PROFILE
人物プロフィール
髙﨑俊吾(たかさき しゅんご)さんは、演劇『ハイキュー!!』の赤葦京治役や、日曜劇場『VIVANT』の沈俊宇役などで知られる俳優です。
1992年11月12日生まれの東京都出身で、慶應義塾大学経済学部を卒業しています。
中学・高校では一貫の男子校に通い、大学時代の2013年に舞台で俳優としての活動を始めました。
その後は舞台を中心に経験を重ね、以前から憧れていた演劇『ハイキュー!!』のオーディションで念願の役をつかんでいます。
今回は、そんな髙﨑俊吾さんの生い立ちや家族、学生時代、芸能界入りの経緯、俳優としての初仕事から大きな転機までをご紹介します。
髙﨑俊吾の生い立ち|東京都出身と子ども時代
髙﨑俊吾さんは、1992年11月12日、東京都に生まれました。
公式プロフィールには東京都出身と記載されていますが、幼少期に暮らしていた具体的な地域や小学校名については、はっきりした情報がありません。
子どもの頃にどのような遊びを好み、何を将来の夢にしていたのかについても、詳しいエピソードは限られています。
一方、本人が後年振り返った学生時代の話からは、少年時代の生活を少しだけ知ることができます。
髙﨑さんは中学校から高校まで、6年間を一貫の男子校で過ごしていました。
2015年12月の公式ブログでは、卒業した母校の中学校を訪問した際、男子校の生徒たちが元気に騒ぐ様子を想像していたと振り返っています。
ところが、実際に講演会で出会った後輩たちは、誰も居眠りをすることなく真剣に話を聞いてくれたそうです。
その反応を意外に感じた様子からも、自分が通っていた頃の男子校の雰囲気が、卒業後も印象に残っていたことがうかがえます。
大学で経済学を学んだ後に俳優の道へ進んだ髙﨑さんですが、幼少期から芸能界を目指していたと断定できる本人発言は見つかっていません。
その進路が具体的な形になったのは、大学生だった2013年のことでした。
髙﨑俊吾の家族|両親・兄弟姉妹と家族への思い
髙﨑俊吾さんは、家族の詳しいプロフィールを積極的に紹介しているわけではありません。
父親や母親の職業、兄弟姉妹の人数などは確かな情報が限られていますが、本人のブログには両親への感謝が伝わる場面があります。
特に印象的なのが、2019年11月に開催された27歳のバースデーイベントを振り返った投稿です。
このイベントでは、共演者たちからビデオメッセージが寄せられ、東拓海さんがサプライズゲストとして登場する場面もありました。
たくさんの人から祝福を受けた一日を振り返るなかで、髙﨑さんは両親への感謝についても言葉を残しています。
1番感謝する親にはまだ、フライングありがとうは言えません。
出典:髙﨑俊吾オフィシャルブログ「GO旬」『髙﨑俊吾 27thバースデーイベント』(2019年11月)
イベントが開催されたのは、誕生日を迎える少し前でした。
髙﨑さんは、ファンや関係者への感謝を伝えながらも、自分を産んでくれた親には、誕生日当日に改めて感謝を伝えたいとつづっています。
また、2021年11月12日の本人のX投稿でも、29歳を迎えた際に周囲の人々や環境とともに親への感謝を述べていました。
家族との具体的な思い出は多く語られていませんが、自身の誕生日を親への感謝を伝える日として捉えていたことが分かります。
大学在学中に俳優としての活動を始めた際、家族がどのような反応を示したのかについては、詳しい経緯は明らかになっていません。
家庭環境や家族構成を推測するよりも、本人が実際に残したこうした言葉に、家族への思いが表れています。
髙﨑俊吾の学生時代|中高一貫の男子校から慶應義塾大学へ
髙﨑俊吾さんの学歴で確認できる大きな特徴は、中学校と高校を男子校で過ごし、慶應義塾大学経済学部を卒業していることです。
大学名は本人の公式プロフィールにも記載されていますが、中学校と高校については学校名まで特定できる確かな資料はありません。
中学・高校で過ごした6年間と母校での講演
2015年12月、髙﨑俊吾さんは卒業した母校の中学校に招かれ、中学3年生を対象に講演を行いました。
そこで本人は、学生時代について次のように明かしています。
僕は中学高校と一貫の男子校に通っていたんですが
出典:髙﨑俊吾オフィシャルブログ「GO旬」『師走になりまして…』(2015年12月)
講演を依頼された学校は、髙﨑さんによると芸能界へ進む卒業生があまり多くない学校だったそうです。
そのため、芸能界という進路も一つの選択肢として知ってもらいたいと考え、生徒たちに自身の経験を話しました。
思いを込めて話しているうちに、予定より長く話してしまったとも振り返っています。
母校の高校を訪れるのは約5年ぶりで、学校には新しい先生も増えていました。
一方、昔から勤務していた先生たちは髙﨑さんのことを覚えており、俳優としての活動を応援する言葉をかけてくれたそうです。
かつて生徒として通った学校に、芸能界で活動する卒業生として戻った出来事でした。
なお、中高一貫校に通っていたことと、慶應義塾大学を卒業したことは別々に確認できる事実です。
この二つの情報だけで、中学校や高校も慶應義塾系列だったと判断することはできません。
慶應義塾大学経済学部での学生生活
高校卒業後、髙﨑俊吾さんは慶應義塾大学経済学部に進学しました。
大学でどのような研究テーマに取り組んでいたのか、所属していたゼミの正式名称などは明らかではありません。
ただし、2015年12月の本人ブログには、卒業後に大学のOB会へ参加した話が残っています。
大学のゼミの後輩たちが執筆中の論文について発表し、社会人となった卒業生たちも、それぞれの仕事について話していたそうです。
髙﨑さんも卒業生として参加し、後輩たちの研究や同世代の近況に触れる時間を過ごしました。
この頃にはすでに舞台俳優として活動していましたが、大学時代の人間関係も続いていたことが分かります。
2015年のブログで、大学を卒業して間もない立場としてOB会に参加したと書いていることからも、大学での生活と俳優としての仕事が近い時期に重なっていたことが伝わってきます。
実際に芸能活動を始めたのは2013年で、大学卒業より前の出来事でした。
大学生活を終えてから俳優を目指したのではなく、学生のうちに舞台の仕事を経験していたのです。
髙﨑俊吾が俳優になるまで|大学時代に始まった芸能活動
髙﨑俊吾さんの俳優としての出発点は、2013年2月に出演した舞台『不思議な町の王子様 第二章』です。
当時は20歳で、慶應義塾大学に通う学生でした。
2013年『不思議な町の王子様 第二章』で初舞台
『不思議な町の王子様 第二章』は、2013年2月20日から24日まで東京のシアターサンモールで上演された作品です。
前年に上演された『不思議な町の王子様』の続編にあたり、渡辺大輔さんや浜尾京介さんなどの俳優が出演していました。
髙﨑さんは、この作品で望月大智役を演じています。
後に開設された公式サイトの案内でも、2013年の同作から俳優としての活動を始めたことが紹介されています。
この舞台に出演することになった具体的な経緯や、どのようなオーディションを受けたのかについては、はっきりとした本人発言がありません。
しかし、2013年当時の状況については、約10年後に髙﨑さん自身が振り返っています。
2023年12月31日付で所属事務所BMIを退所した際、本人は芸能活動を始めた頃について、次の言葉を残しました。
芝居のしの字も知らないただの学生だった自分
出典:髙﨑俊吾オフィシャルブログ「GO旬」『ご報告』(2024年1月)
ここから分かるのは、俳優として活動を始めた2013年当時、本人がまだ演技経験のない学生だったということです。
俳優としてのキャリアは、大学在学中に始まった舞台出演からスタートしました。
なお、髙﨑さんの名前には「元ジャニーズではないか」という検索もあります。
過去のジャニーズJr.関連の記録に同じ名前が見られますが、それだけでは現在の俳優・髙﨑俊吾さんと同一人物だとは断定できません。
本人の公式プロフィールや当時の活動を確認できる資料から、俳優としての出発点として明確なのは2013年の舞台出演です。
BMIへの所属と俳優としての出発
2013年、髙﨑俊吾さんは芸能事務所株式会社ビーエムアイ(BMI)で活動するようになりました。
2023年末の退所報告では、同社と2013年から10年間にわたって歩んできたことを明かしています。
また、事務所の社長やスタッフ、所属する俳優仲間たちが、演技経験のなかった自分を家族のように受け入れてくれたことへの感謝もつづっていました。
学生時代に始まった舞台の仕事は、ここから継続的な俳優活動へと変わっていきます。
2013年9月には、映画『僕たちの高原ホテル』が公開されました。
同作では山崎享役として出演しており、舞台に続いて映画の仕事も経験しています。
その後も舞台を中心に出演を重ね、俳優として活動する時間が長くなっていきました。
なお、BMIへの所属時期と初舞台の時期は同じ2013年ですが、両者の詳しい前後関係までは確認できません。
そのため、スカウトやオーディションなど、芸能界入りのきっかけを一つに決めつけることはできません。
髙﨑俊吾の新人時代|舞台で積み重ねた出演経験
初舞台を経験した後、髙﨑俊吾さんはさまざまな舞台作品に出演するようになりました。
大学在学中から活動を続け、2015年の大学卒業を経て、舞台俳優として経験を重ねていきます。
初期の舞台出演と役柄の広がり
2013年12月には、舞台『CLUB SLAZY The 2nd invitation~Sapphire~』にHop役で出演しました。
翌2014年には、舞台『STORM LOVER 波打ち際の王子SUMMER!』で卯都木悠人役を演じています。
さらに2015年には、ミュージカル『ハートの国のアリス』でナイトメア役、舞台『DIABOLIK LOVERS』で逆巻レイジ役などを務めました。
漫画やゲームなどを原作とした舞台への出演も増え、原作に登場する人物を舞台上で表現する仕事を重ねていきました。
2015年の舞台『攻殻機動隊ARISE:GHOST is ALIVE』ではイバチ役として出演し、SF作品を原作とする舞台にも参加しています。
また、2015年10月には保育情報誌『MiRAKUU』の企画で、一日保育士体験に挑戦しました。
当時の髙﨑さんが東京都内のプレスクールを訪問し、子どもたちと接する様子は、同誌の公式YouTubeチャンネルで公開されています。
俳優活動を始めて約2年半が経過した頃の、まだ20代前半だった髙﨑さんの姿が残る映像です。
こうして複数の作品に出演していた2015年、髙﨑さんは大学を卒業しました。
大学で学んでいた学生から、舞台出演を続ける俳優として活動する時期へ移っていきます。
学生から俳優としての活動へ
2016年には、つかこうへい七回忌追悼特別公演『リング・リング・リング2016』にも出演しました。
それまでの2.5次元作品とは異なる作品にも参加しながら、舞台での活動を続けています。
2018年には舞台『Like A』でアッシャー役を演じました。
同作のインタビューでは、自身が演じる人物に盗聴癖があるという設定を聞き、思わず笑ってしまったことも語っています。
アッシャーは、癖のある人物でありながら、どこかかわいらしい部分も持つ役柄でした。
髙﨑さんは、演出家が自分にどのようなイメージを持って役を任せたのかについても考えたそうです。
それまでのキャリアでさまざまな役を演じてきた髙﨑さんにとって、2018年はもう一つ、特別な舞台との出会いがあった年でもありました。
以前から出演を希望していた演劇『ハイキュー!!』への参加です。
髙﨑俊吾の転機|ハイキュー赤葦京治役との出会い
髙﨑俊吾さんの舞台俳優としての経歴を語るうえで、欠かせない作品がハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』です。
2018年、同シリーズの「はじまりの巨人」で、梟谷学園高校の赤葦京治役に抜擢されました。
しかし、この役との出会いは、一度のオーディションで実現したものではありませんでした。
以前から挑戦していたオーディション
2018年6月、「はじまりの巨人」全43公演の終了後、髙﨑さんは自身のブログでオーディションについて振り返りました。
それによると、演劇『ハイキュー!!』のオーディションを受けるのは、このときが初めてではなかったそうです。
初演の頃から作品に憧れており、以前にも出演を目指して挑戦していました。
そして2018年、念願だった赤葦京治役に決まったのです。
赤葦京治役で決まりましたと報告を貰った時は、ほんっとうに嬉しかったです。
出典:髙﨑俊吾オフィシャルブログ「GO旬」『演劇ハイキュー!! 全43公演 本当にありがとうございました』(2018年6月)
本人の言葉からは、以前から出演を望んでいた作品に参加できた喜びが伝わってきます。
何度オーディションを受けたのかは明らかではありませんが、以前から挑戦していた作品で、ようやく望んでいた役をつかんだことは本人が明かしています。
演劇『ハイキュー!!』は、2015年から上演されていた人気シリーズです。
髙﨑さんはファンとして作品を見ていた立場から、出演者の一人となりました。
2018年に念願の赤葦京治役を獲得
2018年の「はじまりの巨人」は、東京を皮切りに兵庫、福岡、宮城、大阪などで上演されました。
公演数は全部で43公演に及びます。
髙﨑さんにとって、この作品は初めて全国各地の劇場を回る舞台でもありました。
2018年5月、東京公演を終えた際のブログでは、それまで立ったことのない劇場で公演を行えた喜びをつづっています。
日本各地で演技をしたい、大きな舞台に立ちたいという思いが、この公演で実現しました。
一方、公演前には木兎光太郎役を務める予定だった吉本恒生さんが、けがのため降板する出来事もありました。
髙﨑さんは当時のブログで、吉本さんの悔しさにも触れながら、作品を作り上げる決意を伝えています。
また、共演した須賀健太さんについては、座長としての姿勢や芝居に多くの刺激を受けたことを振り返りました。
梟谷学園高校の木葉秋紀役を務めた東拓海さんとも、この公演を通じて親しくなっています。
東さんについては、稽古中から長い時間を一緒に過ごし、不安な時期を支えてもらった相棒だとブログにつづっていました。
髙﨑さんが憧れていた演劇『ハイキュー!!』への出演は、役を獲得しただけでなく、全国公演や共演者との出会いを経験する機会にもなったのです。
同じ役と向き合い続けた舞台経験
2019年、髙﨑さんは演劇『ハイキュー!!』「東京の陣」にも赤葦京治役で出演しました。
同公演は全30公演で、2018年の「はじまりの巨人」と合わせると73公演になります。
髙﨑さんは2019年5月のブログで、これほど長い期間にわたって同じ役と向き合ったことは、それまでの芸能人生でなかったと振り返っています。
「東京の陣」では、烏野高校ではなくライバル校を中心に物語が展開され、梟谷学園高校のメンバーとして舞台に立ちました。
稽古場ではチームの仲間たちと意見を出し合い、時には厳しいやり取りを重ねながら作品を作り上げていったそうです。
2018年に念願の役を手にした髙﨑さんは、その後も赤葦京治として舞台に立ち続けました。
2021年には、シリーズ最終公演となる「頂の景色・2」にも赤葦京治役で出演しています。
長く関わってきたシリーズへの思いは、本人のXにも残っています。
念願だった作品に参加し、何年にもわたって同じ人物を演じ続けた経験は、髙﨑さんの舞台経歴の大きな転機となりました。
髙﨑俊吾の俳優としての歩み|舞台から映像作品へ
演劇『ハイキュー!!』で赤葦京治役を務めた後も、髙﨑俊吾さんは舞台を中心に活動を続けました。
『家庭教師ヒットマンREBORN!』the STAGEではスペルビ・スクアーロ役、舞台『弱虫ペダル』では福富寿一役などを務め、複数のシリーズ作品に出演しています。
その一方で、2023年から2024年にかけては所属事務所を離れ、新たな環境へ進む決断もありました。
2023年のBMI退所と新たな活動
髙﨑俊吾さんは、2023年12月31日付で、10年間所属した株式会社ビーエムアイを退所しました。
本人と事務所の連名で発表された報告では、円満退所であることが伝えられています。
2013年、学生だった髙﨑さんを迎え入れた事務所との10年間が、ここで一区切りとなりました。
退所後はフリーランスの俳優として活動し、2024年2月には公式サイトとファンクラブを開設しています。
同年には、舞台『弱虫ペダル』シリーズで福富寿一役を引き続き務めました。
9月に上演された「Over the sweat and tears」は、長く続いた舞台『弱虫ペダル』シリーズの締めくくりとなる公演でした。
髙﨑さん自身も、福富寿一役としてシリーズ4作品に参加したことをブログで振り返っています。
箱根学園の主将という役を演じるなかで、最初は自分が厳格にチームをまとめるべきだと考えていたそうです。
しかし、共演者との関係を築くうちに、自分の得意なことを担い、不得意なことは仲間に任せるという考え方へ変わっていきました。
同公演の終了後、本人は俳優という仕事について、次のような言葉も残しています。
誰かにとっての何かになること。
出典:髙﨑俊吾オフィシャルブログ「GO旬」『舞台「弱虫ペダル」Over the sweat and tears』(2024年9月)
舞台を見た人の心に何かを残すことについて、自身の思いを記した言葉です。
そして2024年9月9日、芸能事務所ロータス・ルーツへの所属を発表しました。
フリーランスとしての期間を経て、再び事務所に所属する道を選んだのです。
『おむすび』『キャスター』などテレビドラマへの出演
舞台で経験を重ねてきた髙﨑俊吾さんは、テレビドラマにも出演するようになりました。
公式サイトの出演実績には、2020年のテレビ東京系『闇芝居(生)』が記載されています。
その後、2025年にはNHK連続テレビ小説『おむすび』に前田役で出演しました。
同年にはTBS日曜劇場『キャスター』で星刑事役、テレビ朝日系『誘拐の日』で野中英世役も務めています。
さらに2026年には、テレビ朝日系『未解決の女』Season3に鳥羽泰樹役で出演しました。
映画では、2026年公開の『正直不動産』に津森役で参加しています。
2013年の舞台出演から始まったキャリアは、舞台作品を中心に続きながら、テレビドラマや映画へと広がっていきました。
そして2026年には、TBS日曜劇場『VIVANT』で新たな役を演じることになります。
2026年『VIVANT』沈俊宇役での注目
2026年、髙﨑俊吾さんは日曜劇場『VIVANT』第2シーズンに、沈俊宇(シェン・ジュンユー)役として出演しました。
TBSの公式登場人物紹介にも、髙﨑さんの名前と役名が掲載されています。
第2シーズンでは、沈俊宇という人物が視聴者の注目を集め、髙﨑さん自身も関連番組に登場しました。
2026年9月6日には、TBSラジオ『VIVANT 悪役会議室』第7回に出演しています。
この回は、配信から3日間でYouTubeの再生回数が296万回を超えたとTBSラジオが発表しました。
舞台『ハイキュー!!』などの2.5次元作品を通じて積み重ねてきた出演歴に、テレビドラマ『VIVANT』という新たな作品が加わりました。
2013年に演技経験のない大学生として舞台に立ってから、13年が経過した2026年の出来事です。
慶應義塾大学に通いながら始めた俳優活動は、何度も挑戦した舞台のオーディションや長期シリーズへの出演を経て、映像作品へと広がっていきました。
髙﨑俊吾さんの歩みには、学生時代の初舞台から、一つひとつの役と向き合ってきた時間が刻まれています。
















