田中俊介の生い立ち|家族や大学時代、ボイメンから俳優になるまで

田中俊介の生い立ちと俳優になるまでの歩みを描いた人物イラスト。野球ボールや舞台、映画カメラを背景に配置。

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
たなかしゅんすけ
カテゴリー
男性俳優
出身地
愛知県
生年月日
1990年1月28日
俳優デビュー
2010年
デビューのきっかけ
モデル

映画『ダブルミンツ』や『ミッドナイトスワン』、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』などに出演してきた俳優の田中俊介さん。

名古屋発のエンターテインメント集団「BOYS AND MEN」の元メンバーとしても知られていますが、芸能界に入る前はプロ野球選手を夢見る野球少年でした。

大学時代に始めたモデル活動が芸能界への入口となり、事務所で受けた演技レッスンをきっかけに俳優を志すようになります。

その後、グループの舞台活動を経て映画初主演を果たし、2019年には約10年間在籍したBOYS AND MENを離れました。

今回は、そんな田中俊介さんの生い立ちや家族、野球に打ち込んだ学生時代、芸能界入りのきっかけ、BOYS AND MENでの活動、俳優としての転機をご紹介します。

田中俊介の生い立ち|愛知県で育った野球少年

田中俊介さんは、1990年1月28日生まれ、愛知県出身です。

愛知県小牧市で育ち、子どもの頃は芸能界よりもスポーツに夢中になっていました。

幼い頃から体を動かすことが好きだった

幼少期から活発で、2〜3歳の頃には水泳を習っていたそうです。

2020年のCREAのインタビューでは、小さい頃から体を動かすことが好きだったと振り返っています。

親と一緒にプロ野球の試合を見ることも楽しみの一つでした。

テレビで試合を見るだけでなく、野球選手になることそのものが幼い田中さんの夢になっていきます。

子どもの頃にテレビで見た映画『ジュマンジ』も強く印象に残っているそうです。ボードゲームの世界が現実になる物語が怖く、忘れられない映画体験になったと2020年のインタビューで話しています。

小学3年生で野球を始め、プロ選手を夢見た

小学3年生になると、地元の少年野球チームに入りました。

そこから高校3年生まで野球を続けることになります。

小学3年生から高校卒業まで、約10年間を野球に費やしていたのです。

幼い頃の夢はプロ野球選手でした。

そのため、中学・高校へと進んでも野球中心の生活を続けていました。

後に映画や舞台で活動する田中さんですが、子どもの頃から俳優を目指していたわけではありません。

高校卒業まで続けてきた野球を終えた後、別の目標を探すことになりました。

田中俊介の家族|両親や兄妹との子ども時代

田中俊介さんは、家族と過ごした子ども時代の思い出についてもインタビューで話しています。

特に印象的なのが、母親から聞いた妹さんとの幼い頃のエピソードです。

母親が覚えていた妹との幼い頃の思い出

2022年12月、舞台『ケンジトシ』に関するインタビューで、田中さんは自身の妹について質問されました。

そこで紹介したのは、本人も母親から聞いて知ったという幼少期の出来事でした。

僕が皮をむいて食べさせていたそうなんです。

出典:めざましmedia「『鎌倉殿の13人』で注目の田中俊介 23年は舞台『ケンジトシ』から『スタートダッシュを』」(2022年12月27日)

妹さんが3歳くらい、田中さんが6歳くらいの頃のことです。

まだ自分で小さなブドウを食べられなかった妹さんのために、皮をむいてあげていたといいます。

田中さん自身が覚えている出来事というより、母親が覚えていて後から教えてくれた家族の思い出でした。

同じ舞台で扱われた宮沢賢治と妹・トシの関係をきっかけに、自分の幼い頃の兄妹関係にも話が及んだのです。

また、子どもの頃には親とプロ野球の試合を観戦していたことも本人が振り返っています。

田中さんにとって、幼少期の家族の記憶には、野球と妹さんとの何気ない日常が残っているようです。

田中俊介の高校・大学時代|野球を終えた後の進路

高校時代も野球に打ち込んでいた田中俊介さんですが、卒業後は大学へ進学しています。

大学時代には、それまでの野球中心の生活とは違う経験をするようになりました。

高校3年間は自分で髪を刈って野球に打ち込んだ

高校では、3年間ずっと丸刈りで野球を続けていました。

しかも、髪を刈るためのバリカンを自分で持っていたそうです。

2020年のインタビューでは、自分のバリカンを使って、いつも髪を3ミリに刈っていたと明かしています。

高校時代の田中さんは、モデルや俳優とはまったく異なる生活を送っていました。

高校の学校名については、本人と学校を確実に結びつけられる資料が限られており、断定できません。

ただ、高校3年生まで野球を続けていたことは本人が明確に語っています。

大学進学後、野球に代わる目標を探していた

高校卒業後は大学に進学しました。

小学生から続けてきた野球を終えたことで、それまでのようにはっきりとした目標が見つからない時期もあったそうです。

大学の学校名については、信頼できる本人資料からは特定できません。

一方、大学在学中にモデルの仕事を始めたことは、本人へのインタビューで確認できます。

大学時代に経験した街頭スナップの撮影が、芸能界へ近づく最初のきっかけになりました。

ただし、この時点では本格的に俳優を目指していたわけではありません。

田中俊介の芸能界入り|美容室の宣伝映像からモデルの道へ

田中俊介さんが芸能界と接点を持ったのは、大学1年生の頃でした。

最初から芸能事務所のオーディションを目指していたのではなく、身近なところで経験した撮影がきっかけになっています。

大学時代に街頭スナップの撮影を経験

大学1年生の頃、街を歩いていると声をかけられ、地元の雑誌のストリートスナップに登場することがあったそうです。

街で見かけた人のファッションや姿を撮影する企画で、田中さんも何度か撮影を経験しました。

最初は何気ない経験でしたが、写真を撮ってもらうことを次第に楽しいと感じるようになります。

野球一筋だった高校時代とは違い、人前に立ったり撮影に参加したりする機会が生まれました。

大学時代のこうした経験が、モデル活動へ進む入口になります。

美容室で出会ったスタッフの勧めでモデル事務所へ

転機となったのは、当時通っていた美容室での出来事でした。

その美容室が宣伝用の映像を撮影することになり、田中さんはモデルとして声をかけられます。

撮影現場では、カメラマンやスタッフと知り合いました。

そして、そこで出会った人たちから勧められ、モデル事務所に所属することになったのです。

大学1年生からのストリートスナップと、美容室の宣伝映像への出演は、それぞれ別の出来事です。

前者で撮影される楽しさを知り、後者で出会ったスタッフたちの勧めが事務所所属へとつながりました。

その後、モデルとしていくつかの仕事を経験するようになります。

ただ、当時のモデル活動について、田中さんは本格的な職業意識を持っていたというより、アルバイトに近い気持ちだったと振り返っています。

そんなモデル事務所で、初めて芝居に触れる機会が訪れました。

田中俊介が俳優を志したきっかけ|初めての演技レッスン

田中俊介さんが俳優の仕事に興味を持つようになったのは、モデル事務所で受けた演技レッスンがきっかけでした。

最初のレッスンでは、思ったように演じられなかったそうです。

即興劇ができなかった最初のレッスン

モデルとして仕事をしていた頃、所属事務所で演技のレッスンを受けることになりました。

その中には、与えられた状況に応じて演じるエチュードと呼ばれる練習がありました。

田中さんが2020年のインタビューで紹介したのは、道端に落ちている500円玉を見つけたときの反応を演じるという課題です。

何気ない場面にも思えますが、いざ演じようとすると、まったくできなかったといいます。

それまでモデルとして撮影に参加していた田中さんにとって、自分の動きや感情で一つの状況を表現する演技は、新しい経験でした。

最初の演技レッスンは、うまく演じられた成功体験ではありませんでした。

それでも、その経験を通じて芝居への興味が生まれました。

野球を辞めてから見つけた新たな目標

田中さんは、この頃の気持ちについて2020年のCREAのインタビューで次のように語っています。

野球辞めてから、見つからなかった目標が見つかったような気がしたんです。

出典:CREA「ボーイズグループ卒業後の田中俊介 30歳で一からのスタートを決断」(2020年11月20日)

そこから田中さんは、芝居を仕事として続けていきたいと考えるようになります。

モデル事務所での仕事がなければ、演技レッスンを受ける機会もなかったかもしれません。

田中俊介さんが俳優を志した出発点は、モデル活動中に出会った演技レッスンでした。

ただ、この時点で映画やテレビドラマへの出演が決まっていたわけではありません。

その後、2010年に始まった名古屋発のエンターテインメントプロジェクトへ参加し、舞台で演じる機会を得ることになります。

BOYS AND MENの結成期|2010年の参加と初期の舞台活動

田中俊介さんは、2010年に始まったBOYS AND MENの初期メンバーとして活動を始めました。

一般には歌やダンスを行うグループとして知られていますが、初期には舞台公演が大きな活動の柱になっていました。

公開オーディションを経て初期メンバーに

BOYS AND MENの出発点は、2010年に名古屋で始まった「NAGOYA DREAM PROJECT」です。

東海地方から新しいエンターテインメント集団を生み出すためのプロジェクトで、公開オーディションなどを通してメンバーが集められていきました。

田中さんも初期メンバーの一人として参加し、グループの立ち上げ期から活動を続けました。

モデル事務所で演技に興味を持っていた田中さんにとって、BOYS AND MENは初期の舞台経験を積む場所にもなりました。

後にグループは音楽活動やテレビ番組への出演などへ活動を広げていきますが、最初から歌やダンスだけを行っていたわけではありません。

『ストレートドライブ!』から始まった舞台経験

2010年11月に始まった旗揚げ公演『ストレートドライブ!』では、小林豊さんとダブル主演を務めました。

自動車工場を舞台にした物語で、BOYS AND MEN初期の演劇活動を代表する公演です。

田中さんは、モデルとしてカメラの前に立つ経験に加えて、舞台上で観客に向けて演じる経験を積むようになりました。

演技レッスンで芝居に興味を持ち、BOYS AND MENの初期舞台で実際の演技活動が始まったという流れです。

その後、グループは歌とダンスの活動を広げていきました。

田中さんもメンバーとして音楽活動に力を注ぎ、ステージやテレビなどに出演するようになります。

2015年にはグループとして日本ガイシホールでのライブを実現し、2016年には日本レコード大賞新人賞を受賞しました。

一方で、2013年には東海テレビのドラマ『明日の光をつかめ -2013 夏-』に出演するなど、映像の仕事にも取り組んでいました。

歌やダンスと並行して、芝居への関心を持ち続けていたのです。

やがて、ドラマの仕事を通して知り合った映画監督に、自分の演技への思いを伝えるようになりました。

映画『ダブルミンツ』|内田英治監督との出会いが転機に

田中俊介さんの俳優活動で重要な作品になったのが、2017年6月3日公開の映画『ダブルミンツ』です。

淵上泰史さんとのダブル主演作で、田中さんにとって映画初主演となりました。

グループ活動の中で演技への思いを伝え続けた

『ダブルミンツ』の監督を務めたのは、内田英治さんです。

田中さんは、BOYS AND MENの出演作品『なぜ東堂院聖也16歳は彼女が出来ないのか?』や『キスのカタチ』などを通して、内田監督と知り合いました。

監督と話をする機会があるたびに、自分がもっと芝居をやりたいと思っていることを伝えていたそうです。

2015年9月、内田監督から『ダブルミンツ』への出演の話が届きました。

2017年のTV LIFEのインタビューでは、以前から芝居への意欲を伝えていた気持ちを監督が受け取ってくれたのだと思い、驚きとうれしさがあったと振り返っています。

『ダブルミンツ』への出演は、オーディションではなく内田監督から直接声をかけられたことがきっかけでした。

2017年1月には、映画の実写化と淵上泰史さん、田中俊介さんのダブル主演が発表されました。

映画公式Xアカウントでも、当時の田中さんのコメントが公開されています。

映画初主演で本格的な役作りに取り組んだ

『ダブルミンツ』は、中村明日美子さんの漫画を実写映画化した作品です。

田中さんが演じたのは、市川光央という複雑な人物でした。

出演の話を受けたのは撮影のおよそ1年前で、田中さんは長い時間をかけて役作りを進めました。

原作を繰り返し読み、登場人物の心理を理解するために関連する本や映画にも触れたそうです。

共依存について考えたり、作品に登場する哲学的な概念を調べたりしながら、役の内面に向き合いました。

さらに、原作の人物像へ近づけるために体づくりにも取り組みました。

2017年のTV LIFEのインタビューでは、次のように話しています。

体重を14キロ落としました。

出典:TV LIFE web「田中俊介インタビュー『原作を読んで作品の世界観のとりこに』映画『ダブルミンツ』」(2017年6月3日)

もともと体を鍛えていた田中さんは、運動や食生活を変えながら体重を落とし、役柄に近づこうとしていました。

こうした準備を経て、映画の撮影に臨みました。

本人は『ダブルミンツ』を、初めて本格的に役作りを経験し、芝居の面白さや奥深さを知った作品として振り返っています。

2017年には映画公開に合わせて、本人が当時の作品について語るインタビュー映像も公開されました。

映画初主演を果たした後も、BOYS AND MENの活動と俳優業を並行していました。

ただ、『ダブルミンツ』を通して、映画そのものとの関わりも広がり始めます。

映画館との出会い|白石晃士監督との仕事へ広がった道

『ダブルミンツ』公開後、田中俊介さんは名古屋のミニシアター「シネマスコーレ」と関わりを深めました。

その出会いをきっかけに、白石晃士監督の作品へ出演する機会が生まれます。

シネマスコーレとの出会いから新たな映画出演へ

2017年に映画『ダブルミンツ』が公開されると、田中さんは多くの人に作品を見てもらえた一方で、もっと多くの観客に届けられたのではないかという思いも残ったそうです。

その後、東海テレビの映画情報番組『映画MANIA』への出演を通して、シネマスコーレの副支配人だった坪井さんと知り合いました。

坪井さんが『ダブルミンツ』を鑑賞し、その作品への評価が白石晃士監督のもとにも届きました。

2020年のCREAのインタビューで、田中さんはこの出会いが新たな映画の仕事へとつながったことを明かしています。

映画情報番組で知り合った映画館の関係者を通して、別の映画監督との仕事が生まれたのです。

それまで俳優として関わっていたのは、主に出演する作品の制作現場でした。

シネマスコーレとの出会いを経て、映画館や上映を支える人たちとの交流も始まりました。

『恋のクレイジーロード』など映画活動の広がり

白石晃士監督から田中さんと一緒に映画を作りたいという話があり、2018年の『恋のクレイジーロード』への出演につながりました。

この作品への出演をきっかけに、田中さんは全国各地のミニシアターを訪れるようになります。

2020年のCREAのインタビューでは、その頃の経験について次のように語っています。

全国各地のミニシアターを回ることになったんです。

出典:CREA「ボーイズグループ卒業後の田中俊介 30歳で一からのスタートを決断」(2020年11月20日・3ページ目)

映画館を訪れる中で、劇場の支配人やスタッフと話す機会が増え、インディーズ映画の監督や俳優との交流も広がっていきました。

シネマスコーレでは、田中さんの過去の出演作品を上映する「田中俊介映画祭」という企画も開催されました。

さらに、2019年には映画『デッドエンドの思い出』で主演を務めました。

吉本ばななさんの小説を原作にした日韓共同制作作品で、チェ・ヒョンヨン監督が手がけています。

田中さんは韓国の少女時代のスヨンさんと共演しました。

2017年の『ダブルミンツ』、2018年の『恋のクレイジーロード』、2019年の『デッドエンドの思い出』と、出演する映画の幅も広がっていきました。

映画監督だけでなく、映画館のスタッフやほかの俳優との交流からも、新しい出演機会が生まれていました。

こうして映画の仕事が増えていた2019年、田中さんは長く活動してきたBOYS AND MENから離れることになります。

BOYS AND MEN脱退と俳優としての再出発

田中俊介さんは、2019年11月30日をもってBOYS AND MENを脱退しました。

同時に、所属していたフォーチュンエンターテイメントからも退所しています。

2019年のグループ脱退と活動の転換

2019年3月14日、BOYS AND MENの公式サイトで、田中さんが体調不良のためグループ活動を一部休止することが発表されました。

その後、同年11月30日の公式発表では、2018年12月に適応障害と診断されていたことが明らかにされています。

当時は医師の指導のもと、できる仕事を続けながら治療に取り組み、グループ活動については2019年3月から休止していました。

しかし、回復の兆しが見られなかったことなどから、本人の申し出を受けて話し合いが重ねられ、脱退と事務所退所が決まったと説明されています。

2019年11月30日にBOYS AND MENを脱退し、約10年間続けてきたグループ活動に区切りをつけました。

脱退当時、メンバーたちも公式ブログなどで田中さんへの思いをつづっています。

リーダーの水野勝さんは、俳優とBOYS AND MENという別々の道を歩むことになっても、いつか同じ作品を作れたらという思いを明かしました。

吉原雅斗さんも、田中さんと話し合いを重ねて出した結論だったと振り返っています。

グループを離れた後、田中さんは一人の俳優として活動を続けていきます。

2020年のシス・カンパニー所属とその後の歩み

2020年4月、田中俊介さんはシス・カンパニーに所属し、俳優として新しい活動を始めました。

2020年のインタビューでは、グループを離れる決断について、自分自身と向き合い、熟考した結果だったと話しています。

また、一からのスタートになるかもしれないと考えながらも、一人の役者として生きていく道を選んだことを明かしました。

2020年には映画『ミッドナイトスワン』が公開されました。

『ダブルミンツ』でも仕事をした内田英治監督の作品で、田中さんは草彅剛さん演じる凪沙の友人・瑞貴を演じました。

同じ年には山田佳奈監督の映画『タイトル、拒絶』や、白石晃士監督の映画『恋するけだもの』にも出演しています。

グループ在籍中から関係を築いてきた映画監督たちとの仕事も続いていました。

さらに、2020年には舞台『ピサロ』や『銀河鉄道の父』にも出演しました。

2022年にはNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に出演し、同年にはDisney+のドラマ『ガンニバル』などにも出演しています。

2024年には木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』で主演を務め、映画だけでなく舞台でも活動を続けました。

2025年にはNHK連続テレビ小説『あんぱん』に出演するなど、テレビドラマへの出演も重ねています。

小学生の頃はプロ野球選手を夢見て、高校卒業まで野球に打ち込んでいた田中さん。

大学時代にモデル活動を始め、演技レッスンで芝居に出会い、BOYS AND MENの舞台に立ちました。

その後、映画『ダブルミンツ』で初主演を果たし、映画館や監督との出会いを重ねながら出演作品を増やしていきました。

2019年にグループ活動を終えた後も、映画・テレビドラマ・舞台で役を演じ続けています。