PROFILE
人物プロフィール
映画『怪物』で麦野湊を演じ、映画『国宝』では主人公・立花喜久雄の少年時代を演じた黒川想矢さん。
2009年12月5日に埼玉県で生まれ、5歳から芸能活動を始めています。
ただし、幼いころから俳優になることを決めていたわけではなく、最初のきっかけを作ったのは母親でした。
小学6年生になるころには仕事を辞めて学業へ気持ちを切り替えることも考えていましたが、その時期に『剣樹抄~光圀公と俺~』と『怪物』という二つの仕事が重なります。
今回は、そんな黒川想矢さんの生い立ちや家族、中学・高校時代、5歳からの子役活動、舘ひろしさんとの出会い、『怪物』『国宝』へ進むまでをご紹介します。
黒川想矢の生い立ち|埼玉で育ち5歳から子役活動へ
黒川想矢さんは2009年12月5日生まれ、埼玉県出身です。
舘プロの公式プロフィールには、水泳やキックボクシング、餃子作りが特技として挙げられ、写真撮影や裁縫、科学研究も趣味として紹介されています。
母の勧めで「習い事」の一つとして芸能界へ
芸能活動が始まったのは5歳のころで、本人が自分から芸能界へ入りたいと言い出したわけではありませんでした。
「習い事の一つとして、5才から子役として活動し始めました」
出典:Seventeen-Web「【チェキプレあり】ドラマ『からかい上手の高木さん』に出演。大注目!黒川想矢・14歳の素顔に超接近♡」(2024年3月26日)
母親には、幼いうちにいろいろな世界を見てほしいという考えがあり、その選択肢の一つが芸能活動でした。
2026年のインタビューでも、最初のころはキッズモデルとして活動し、自分の意思というより親の意思で「知らない間に始めていた」という感覚だったと振り返っています。
最初から俳優志望だったのではなく、母親に勧められて始めた仕事だったという点は、黒川さんの出発点を知るうえで大きな特徴です。
舘プロの出演歴では、2015~2016年の富士フイルム「フォトブック」のWEB仕事や、2016年の『SHINBIYO』キッズ&ティーン特集など、幼いころの広告・スチール系の活動が確認できます。
キッズモデルやCMを経てドラマ出演へ
その後は2017年にP&G「アリエール」や伊藤ハム「朝のフレッシュハム」のCMへ出演し、仕事の幅が少しずつ広がっていきました。
映像作品では、2018年の日本テレビ系『トーキョーエイリアンブラザーズ』で涼太役を演じています。
諏訪圏フィルムコミッションの本人紹介でも、この作品が俳優デビュー作として記載されています。
つまり、5歳からの「芸能活動開始」と、役名のあるドラマで俳優として確認できる最初期の仕事には数年の間があります。
子役時代は広告、CM、テレビ番組、ドラマと少しずつ仕事の種類を増やしながら進んでいました。
2019年には『緊急取調室』で幼少期役、2020年には『連続殺人鬼カエル男』へ出演し、2021年にはNHKの『きよしこ』『剣樹抄~光圀公と俺~』などへ続きました。
出演歴だけを見ると幼いころから順調に俳優の道を進んでいたようにも見えますが、本人の気持ちはずっと同じではありませんでした。
黒川想矢さんは5歳から芸能活動をしていますが、本人が「演技を面白い」と強く感じるようになるのは、ずっと後の『怪物』の現場です。芸能活動開始と、俳優という仕事を自分で選び始めた時期は分けて見ると経歴が分かりやすくなります。
黒川想矢の家族|タイ人の父、日本人の母、4歳下の弟
黒川想矢さんの家族については、2022年の舘プロ加入時に、タイ人の父と日本人の母を持つと報じられています。
本人のインタビューからは、父親の仕事や母親の影響、4歳下の弟との普段の関係まで、家庭での具体的な様子も見えてきます。
料理人の父と家族で作った海鮮餃子
父親は料理人で、2024年のソフトバンクCM出演時のインタビューでは、本人が父親は中華料理の料理人だと答えています。
好きな父親の料理として挙げたのは餃子で、父と一緒に一皿のメニューを考えて料理してみたいとも話していました。
家では家族みんなで餃子を作ることもあり、父が作る餃子は肉ではなく、マグロやエビを使った海鮮系の具が特徴だそうです。
黒川さん自身も餃子を包むのが得意で、一時期は自分で包んだ餃子の写真をLINEのアイコンにしていたほどでした。
料理好きの一方で、家族全員分のスパイスカレーを作ったときにはウコンを入れすぎてしまい、「おいしくない」と家族から率直に言われたこともあったと笑って振り返っています。
キックボクシングも父親の影響で始めたもので、2022年の取材では小学5年生ごろから取り組んでいたと紹介されました。
料理とキックボクシングという、プロフィール上の二つの特技に父親との日常が重なっています。
芸能界への入口を作った母と4歳下の弟
母親は、5歳の黒川さんに芸能活動という新しい世界を経験させた人物です。
児童文学が好きな母親でもあり、「想矢」という名前は『トム・ソーヤーの冒険』に由来すると本人が明かしています。
4歳下の弟の名前にも別の児童文学作品が由来しているそうで、兄弟の名前には母親の本好きが表れています。
弟については、黒川さん本人が「自分とは違ってすごくポジティブ」と紹介したことがあります。
幼いころは登場人物の名前のような小さなことでよくケンカしていたものの、成長してからはお互いに譲り合える関係になったと話していました。
4歳年下の弟がいることや兄弟のエピソードは本人が語っています。一方、検索で見かける弟の実名や芸能活動については、本人・所属先が兄弟関係を明示した一次情報が確認できず、確定情報として扱える根拠は不足しています。
中学・高校時代|学業と俳優活動の間で揺れた学生生活
仕事を続けながらも、黒川想矢さんは学校で過ごす時間を大切にしてきました。
特に小学6年生から中学進学にかけては、俳優の仕事を続けるかどうかを本人が考え直した時期でもあります。
中学進学を前に俳優を辞めることを考えた
中学時代の学校生活について、黒川さんは教室の隅で仲のいい友達2人と過ごし、メダカへ餌をあげたり、国名を書き合ったりしていたと話しています。
好きな授業は技術と数学で、2024年のプロフィールでは中学では美術部に所属していたことも紹介されていました。
小学校から仲のいい友人とは毎日のように一緒に登下校し、芸能活動とは別に、ごく普通の学生としての時間も続いていました。
2024年、中学3年生になる直前のインタビューでは、翌年の受験を意識して「勉強も頑張りたい」と話し、好きな宇宙について学ぶことにも関心を向けていました。
仕事だけで進路を決めるのではなく、学びたいことや学校で過ごす時間も高校選びの中に入っていたことがうかがえます。
一方、小学6年生のころには思うように仕事を得られず、「俳優一本でやっていけるとは思えない」と感じ、仕事を辞めることを考えたと後年のインタビューで話しています。
2022年の舘プロ加入時には、中学から勉強へ集中するため『剣樹抄』を最後の仕事にしようと思っていたと報じられました。
2026年には、『怪物』のオーディションを最後に俳優の仕事をやめようと考えていたとも明かしています。
この二つは時期が大きく離れた話ではなく、『剣樹抄』の収録終盤に『怪物』のオーディションを受けていたことが本人の証言から分かります。
小学6年生の同じ時期に、「『剣樹抄』を最後の出演にする」「『怪物』を最後のオーディションにする」という二つの考えが重なっていました。どちらか一方が誤りというより、芸能活動から離れようとしていた時期の別の場面を語ったものと整理できます。
高校はどこ?男子校・写真部・オルガン部で過ごす日々
高校名そのものについて、黒川さんはインタビューで明かしていません。
ネット上では「立教新座高校」など具体的な学校名も挙がっていますが、本人や所属先が学校名を示した情報はなく、特定の高校と断定できる根拠はありません。
一方で、学校生活について本人が話している情報はかなり具体的です。
2026年1月のViViのインタビューでは、写真部で「青」をテーマに撮影し、部員と取り組んだ写真で学校の賞を取ったことを話していました。
「高校生活最高です!」
出典:ViVi「黒川想矢『初めて口に出すのですが、じつは今…』新しいことにも積極的に挑戦中!」(2026年1月26日)
同年7月のVOGUE JAPANでは、男子校に通い、写真部とオルガン部を兼部していることも明かしています。
写真を始めたきっかけは、『怪物』のスチールカメラマン・末長真さんからカメラを譲り受けたことでした。
小学生のころは理科室で宇宙の本を読んでいたほど科学や宇宙が好きで、高校へ進んでからもその関心は続いています。
さらに2026年8月のnon-no webでは、子どものころ毎年参加していた地元の高校のプール教室で「いつか教える側になりたい」と思い、その学校へ実際に進学したことを本人が語りました。
学校名は不明でも、幼いころに通ったプール教室の記憶が高校選びにつながったことは本人の言葉で確認できます。
『剣樹抄』で舘ひろしと出会い12歳で舘プロへ
芸能活動を終えることまで考えていた小学6年生のころ、黒川想矢さんはNHK BS時代劇『剣樹抄~光圀公と俺~』で了助役を演じました。
この作品で出会ったのが、のちに所属する舘プロの代表・舘ひろしさんです。
仕事を辞めようとしていた時期に出会った舘ひろし
黒川さんが舘さんに惹かれたのは、有名な俳優だったからというより、子役の自分にも同じ目線で接してくれたことでした。
演技のことやいろいろな話を対等にしてくれたことがうれしく、『剣樹抄』の収録後も近くにいてくれたらと思うようになったと振り返っています。
後年には、共演前は「舘」という漢字の読み方さえ分からなかったという話もしており、最初からスターへの憧れだけで近づいたわけではなかったことが分かります。
舘さん自身は2026年に当時を振り返り、撮影が始まって数日すると、待ち時間のたびに黒川さんが小さな椅子を持ってきて隣へ座るようになったと話しています。
そのやり取りが10日ほど続いたころ、黒川さんから「事務所どこですか?」と尋ねられたという、二人の距離が縮まっていく具体的な場面も残っています。
『剣樹抄』は2021年11~12月に放送され、黒川さんが舘プロへ正式に加入したのは翌2022年8月でした。
同じころには『怪物』のオーディションも進んでいました。
辞めることを考えていた少年の前に、仕事を続けたいと思わせる人と、演技そのものへの見方を変える作品がほぼ同じ時期に現れました。
「舘プロに入れてください」と本人へ直談判
『剣樹抄』の収録が終わっても舘さんとの関係を続けたいと思った黒川さんは、本人に所属事務所を尋ねました。
「じゃあ、舘プロに入れてください!」とお願いしていました。
出典:CREA「『怪物』で覚醒し『国宝』で飛躍。「舘プロに入りたい」と舘ひろしに直談判…15歳・黒川想矢が語る「俳優をやめようと思っていた」過去」(2026年4月24日)
小学生だった黒川さんからの直談判をきっかけに話が進み、2022年8月、12歳で舘プロへ加入しました。
舘プロは加入発表で、芝居への熱い思いと物怖じしない姿勢に心を動かされたと説明しています。
母親に勧められて始まった芸能活動で、この所属先については黒川さん自身が直接「入りたい」と口にして選びました。
5歳のころは周囲に導かれて始めた仕事で、12歳では自分から所属したい場所を決めています。
『怪物』のオーディション|最後のつもりだった挑戦が転機に
舘プロへ所属する前後に進んでいたもう一つの出来事が、是枝裕和監督の映画『怪物』のオーディションでした。
『怪物』は黒川想矢さんにとって初めての映画の現場で、2023年6月に公開されています。
4回のオーディションで麦野湊役をつかむ
オーディションは4回あり、最後は星川依里役の柊木陽太さんとオンラインで行われました。
本人は別の役ではなく、麦野湊を演じたいという気持ちをはっきり持っていました。
「絶対に『湊』の役をやりたかった」
出典:諏訪圏フィルムコミッション「俳優・黒川想矢さん 映画『怪物』ロケ地の諏訪地域で凱旋インタビュー」(2023年8月31日)
正月には神様へ「是枝組に受かりますように」と願い、結果が出るまで長く待った末に湊役へ決まりました。
それまでドラマなどの仕事は経験していましたが、本人は諏訪圏フィルムコミッションの取材で、映画の現場は『怪物』が初めてだったと話しています。
諏訪地域には約3か月滞在し、是枝監督やスタッフと時間をかけながら一つの役へ向き合いました。
撮影中は湊と同じ行動を取ってしまうほど役が抜けず、苦しく感じる時期もあったと後に話しています。
世話係のスタッフやスチールカメラマンに気持ちを支えてもらいながら撮影を終え、黒川さんにとって諏訪は「第2の故郷」のように感じる場所になりました。
最後のつもりで受けたオーディションが、初めての映画出演になりました。
是枝裕和監督の現場で「演技が面白い」に変わった
是枝監督の現場では、表情だけを作るのではなく、感覚や感情を体全体で表す考え方を知りました。
校長先生と話す場面で湊が水の入ったコップを持つアイデアも、こぼれそうな湊の気持ちを水で表そうと黒川さん自身が考えたものです。
本人は、それまで自分が考えていた演技とは違う方法に触れたことで、演技に対する気持ちが変わったと後年振り返っています。
「演技って、面白いな」と思うようになったんです。
出典:CREA「『怪物』で覚醒し『国宝』で飛躍。「舘プロに入りたい」と舘ひろしに直談判…15歳・黒川想矢が語る「俳優をやめようと思っていた」過去」(2026年4月24日)
共演した安藤サクラさんからは、役作りは歩き方からもできると聞き、それ以降は衣装合わせで役の靴を履いた感覚から歩き方まで考えるようになりました。
芸能活動を始めて約7年たったころ、『怪物』で初めて「演技が面白い」という本人自身の理由が生まれました。
『怪物』での麦野湊役は、第47回日本アカデミー賞新人俳優賞や第66回ブルーリボン賞新人賞などにつながりましたが、本人に残ったのは受賞歴だけではありません。
映画公開後の2023年夏には音楽劇『精霊の守り人』で皇子チャグム役を務め、初めて舞台にも立ちました。
映画とは違う声の出し方や演技の大きさに戸惑いながらも、『怪物』で教わった「感情を体全体で表現する」という感覚を舞台でも生かしたと話しています。
写真を始めたきっかけも撮影現場にあり、スチールカメラマンから譲り受けたカメラは、その後の高校の写真部活動にもつながっています。
『国宝』へ|少年・喜久雄役で半年間の稽古に向き合う
『怪物』で映画の現場と演技の面白さを知った黒川想矢さんは、2025年公開の李相日監督作『国宝』で、吉沢亮さんが演じる立花喜久雄の少年時代を演じました。
この役もオーディションで選ばれたもので、歌舞伎役者の少年期という、それまで経験したことのない準備が必要な役でした。
オーディションから「絶対にやりたい」と望んだ役
オーディションの少し前に台本を受け取った黒川さんは、歌舞伎役者の幼少期を演じることには自信がなかったと話しています。
それでも、役を読み進めるうちに気持ちははっきりしていきました。
「この役は絶対に僕がやりたいと思いました」
出典:映画.com「【第30回釜山国際映画祭】『国宝』上映で吉沢亮&黒川想矢がサプライズ登壇、李相日監督が日本での大ヒットを分析」(2025年9月22日)
5歳のころに周囲から与えられた仕事とは違い、『国宝』では自分から「やりたい」と望んだ役をオーディションでつかみました。
李監督からはオーディション中に「強くなってほしい」と言われ、その意味を考えながら喜久雄へ向き合ったことも明かしています。
撮影前には、成長した喜久雄を演じる吉沢亮さんと外見を似せることより、それぞれが同じ人物像へ近づくことを意識していたと後の舞台挨拶で説明しました。
日本舞踊と歌舞伎の稽古を重ねた半年間
役が決まってからは、約半年にわたって歌舞伎と日本舞踊の稽古を重ねました。
それまでダンス経験もなく、最初は日本舞踊の難しさを感じていましたが、途中からは踊ることを演技に近い感覚で楽しめるようになったと振り返っています。
吉沢亮さん、横浜流星さんと歌舞伎の合宿に参加した経験もあり、映画の撮影だけではなく、その前の準備に長い時間を使いました。
2025年11月のTAMA映画賞授賞式では、『国宝』をきっかけに始めた稽古を撮影後も続けていると明かしています。
そして2026年1月の舘プロ新年会では、舘ひろしさんが『国宝』の黒川さんの「流し目」に触れ、「目指すは想矢」と冗談交じりに称賛しました。
かつて仕事を辞めようとしていた少年を事務所へ迎えた舘さんが、数年後にはその演技を見て「目指すは想矢」と口にする関係になりました。
子どものころは母に勧められて始めた芸能活動で、自分から続けたいものが一つ増えていました。















