OHM(タナパック・ジョンジャイパー)の生い立ち|家族と学生時代、音楽を始めて俳優になるまで

OHM(タナパック・ジョンジャイパー)の人物イラストと、生い立ちや家族、学生時代から俳優になるまでの歩みを示す見出しを配したビジュアル

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
おーむ(たなぱっくじょんじゃいぱー)
カテゴリー
男性俳優
出身地
海外
芸能活動開始
2016年
俳優デビュー
2016年

日曜劇場『VIVANT』でチョッキー・テーパーニットを演じ、日本でも名前が知られるようになったタイの俳優OHM(オーム)さん。

TBSでは、Tanapak Jongjaiphar(タナパック・ジョンジャイパー)の名前とともに、俳優/アーティストとして紹介されています。

日本の映像作品への出演は『VIVANT』が初めてでしたが、俳優としての活動はそれより約10年前の2016年に始まっていました。

さらに時間をさかのぼると、演技を始める前から自分で音楽を作っており、幼いころには母親の仕事をきっかけに録音スタジオへ入った経験もあります。

OHMさんは俳優になる前から音楽を作り、「YELLOWSKRT」という名義でも活動してきた人物です。

今回は、そんなOHM(タナパック・ジョンジャイパー)さんの生い立ちや家族、学生時代、音楽を始めたきっかけ、俳優になるまでの道のりをご紹介します。

OHM(タナパック・ジョンジャイパー)の生い立ち|子どものころに経験した最初の録音

OHMさんの経歴を2016年の俳優デビューから見ると、その前にあった音楽との長い関わりが抜け落ちてしまいます。

その最初期までさかのぼると、自分で音楽を作り始めるよりずっと前、子どものころに録音スタジオへ入ったエピソードがありました。

OHMはタイで活動する俳優・アーティスト

OHMさんのタイ語名はธนาภัค จงใจพระ、英字ではTanapak Jongjaipharと表記されます。

日本では「タナパック・ジョンジャイパー」のほか、ニックネームのOHM(オーム)で紹介されることが多く、TBSの『VIVANT』出演者発表でもOHMの呼び名が使われました。

一方、音楽ではYELLOWSKRTというステージネームを使用しています。

「OHM/オーム」は俳優として広く使われるニックネーム、「YELLOWSKRT」は音楽活動で使っている名前です。

タイでは「OHM」の愛称を持つ俳優がほかにもいるため、別人のプロフィールが混ざりやすい名前でもあります。

OHMさんの場合は、Tanapak Jongjaiphar/ธนาภัค จงใจพระという表記を一緒に確認すると人物を区別しやすくなります。

子ども番組『เจ้าขุนทอง』の歌声を担当した幼少期

OHMさんには、子どものころにタイの長寿子ども番組『เจ้าขุนทอง(チャオクントーン)』の楽曲収録へ参加した経験があります。

この録音が実現した背景には、当時スタジオでプロダクション業務に関わっていた母親の仕事がありました。

紹介されたのは楽曲の中のラップパートで、大人になってヒップホップを作る以前から、声を録音する現場そのものは経験していたことになります。

幼少期の『เจ้าขุนทอง』への参加は楽曲収録のエピソードで、2016年の俳優デビューとは別の出来事です。

自分から音楽へ近づいていくのは、もう少し成長してからでした。

OHM(タナパック・ジョンジャイパー)の家族|母親の仕事が幼少期の録音につながった

OHMさんの家族について、公の場で具体的な出来事として語られているのが母親とのエピソードです。

家族構成を細かく並べるような情報より、幼いOHMさんがどのような経緯で制作現場へ入ったのかが本人の生い立ちをよく伝えています。

制作現場で働いていた母親がOHMを録音スタジオへ

母親は、OHMさんが子どもだったころにスタジオでプロダクションに関わる仕事をしていました。

後年テレビ番組で振り返った内容を伝えたタイメディア「Teenee」によると、『เจ้าขุนทอง』用の子どもの声が必要になったものの適任者が見つからず、母親が息子だったOHMさんを録音へ参加させたそうです。

こうして録音されたOHMさんの声が、番組の楽曲で使われることになりました。

つまり、芸能事務所のオーディションへ応募したり、子役として活動を始めたりした話ではなく、母親の仕事場で偶然必要になった子どもの歌声をOHMさんが担当したという出来事でした。

幼いOHMさんにとっては、家庭と制作現場が思いがけない形で重なった経験だったことになります。

その後すぐに芸能活動へ進んだわけではなく、成長したOHMさんが自分から興味を持ったのはラップやヒップホップでした。

学生時代|中学でラップに出会い、高校で曲作りを始める

幼少期の録音は母親の仕事がきっかけでしたが、学生時代にはOHMさん自身が音楽を選ぶようになります。

本人が音楽メディアのインタビューで語った内容から、中学後半から高校卒業前までの変化をかなり具体的に追うことができます。

中学後半からILLSLICKを聴き、ヒップホップへ

OHMさんが初めてラップを意識して聴くようになったのは、タイの学校制度でいうม.3(マッタヨム3年)のころでした。

ก็ฟังเพลงแร็ปมาครั้งแรกตั้งแต่ ม.3

出典:Sanook Music「คุยกับ TARA – YELLOWSKRT ในวันที่พวกเขาไม่ได้ล้อเล่นกับคำว่า “ศิลปิน”」(2023年8月26日)

このころに聴いていたアーティストとして、タイのラッパーILLSLICKの名前を挙げています。

その後、ม.4からม.5ごろにはタイのヒップホップシーンで知られるRap is Nowにも触れ、ラップへの興味がさらに広がっていきました。

周囲でラップを作る人が増えていくのを見ながら、聴くだけではなく自分でも試してみたいと思うようになったと話しています。

タイの「ม.3」は中等教育前期の最終学年、「ม.6」は中等教育後期の最終学年にあたり、日本の学校制度へ置き換える場合は学年をそのまま同一視しないほうが正確です。

学生時代、先生用エレベーターでいたずらして生徒指導へ

音楽とは別に、OHMさんは中等教育の学生時代について、今でも覚えているいたずらを振り返ったことがあります。

学生の使用を禁止されていた先生専用のエレベーターへこっそり乗り、そこで爆竹を鳴らしたところ、生徒指導室へ呼ばれることになりました。

学校ではまず30点を減点され、60点に達すると保護者への連絡などにつながるルールだったため、本人はそこまで処分が重くなることを恐れていたと振り返っています。

高校最終学年ごろに初めて自分で楽曲を制作

ラップを聴き始めてから数年後、OHMさんはม.6のころに自分で曲を作り始めました。

最初から制作方法を知っていたわけではなく、初期の曲については「何も分からなかったので、書くことが難しかった」という趣旨で振り返っています。

それでも曲を完成させること自体には手応えを感じ、試行錯誤しながら制作を続けました。

演技の仕事より先に始まっていたのは、この学生時代の音楽制作です。

俳優として知られるようになったあとに音楽へ進出したのではなく、本人の中では順番が逆でした。

この時期に始めた音楽活動で使うことになる名前が、YELLOWSKRTです。

音楽を先に始め、2016年に俳優デビュー

高校時代から曲を作っていたOHMさんは、音楽ではYELLOWSKRTという名前を使うようになります。

その後に俳優として映像作品へ出演するようになり、音楽と演技という二つの活動が並んでいきました。

YELLOWSKRTという名前が生まれたきっかけ

YELLOWSKRTという一度聞くと覚えやすい名前は、最初から細かなコンセプトを決めて作ったものではありませんでした。

OHMさんによると、友人たちと過ごしていたときに顔色が黄色っぽく見え、友人から「YELLOW」と言われたことがきっかけだったそうです。

ตอนนั้นนึก AKA ไม่ออกเลยเป็น YELLOWSKRT

出典:Sanook Music「คุยกับ TARA – YELLOWSKRT ในวันที่พวกเขาไม่ได้ล้อเล่นกับคำว่า “ศิลปิน”」(2023年8月26日)

その場でアーティスト名を思いつかなかったことから、YELLOWSKRTという名前を使うようになりました。

OHMという俳優名とYELLOWSKRTという音楽名義は別々に見えますが、どちらもタナパック・ジョンジャイパーさん本人の活動です。

「演技より先に音楽をやっていた」と本人が語った活動の順番

OHMさん自身は、音楽と俳優活動のどちらが先だったのかをインタビューではっきり話しています。

คือทำเพลงมาก่อนแสดง

出典:Sanook Music「คุยกับ TARA – YELLOWSKRT ในวันที่พวกเขาไม่ได้ล้อเล่นกับคำว่า “ศิลปิน”」(2023年8月26日)

意味は、「演技をする前から音楽を作っていた」というものです。

本人によれば、最初は楽曲を作っても聴く人が多くなかったものの、俳優として知られてから音楽を聴きに来る人が増えました。

そのため周囲からは「音楽もやっている俳優」と見られることがあった一方、OHMさん自身は自分をアーティストとして捉えていると話しています。

俳優になるために音楽を始めたのではなく、音楽を作っていたOHMさんが後から演技の仕事にも入ったという順番です。

『Senior Secret Love: My Lil Boy 2』に出演した2016年

TBSの紹介では、OHMさんは2016年に俳優デビューしたとされています。

同年11月にGMM GRAMMYが発表した『Senior Secret Love: My Lil Boy 2』の出演者情報にも、「โอม-ธนาภัค จงใจพระ」の名前があります。

同作はGMMTV制作の青春シリーズで、OHMさんは若手キャストの一人として出演しました。

高校時代から続けていた音楽とは別に、2016年から映像作品で俳優として演じる仕事が始まったことになります。

2017年には映画『Gift(ของขวัญ)』にも出演し、配給会社Sahamongkolfilmの公式キャストにもタナパック・ジョンジャイパーの名前が残っています。

テレビシリーズだけでなく、俳優活動の早い段階から映画にも出演していました。

『I Will Knock You』が広げた俳優としての活動

2016年に映像作品へ出演し始めたあとも、OHMさんはタイのドラマや映画で俳優活動を続けました。

その中で日本向けの『VIVANT』出演者紹介でも代表作として挙げられたのが、2022年のドラマ『I Will Knock You』です。

2022年にThiw役として『I Will Knock You』へ出演

『I Will Knock You』は2022年11月に放送が始まったタイのBLドラマです。

OHMさんはThiw(ทิว)役を演じ、Thai Rathの作品情報にもキャストとして掲載されています。

Thiwは主人公たちを取り巻く友人の一人で、TBSも後にOHMさんを紹介する際、この作品で主人公の親友役を演じたことを取り上げました。

主演ではありませんでしたが、OHMさんの俳優歴を日本側が紹介する際にも名前が挙がる作品になっています。

そして、この作品で共演していた俳優の一人が、Noey役のTar Atiwat Saengtienでした。

共演したTARAとは音楽でも一緒に活動

Tar Atiwatさんは音楽ではTARA/Taratiwatの名前を使っており、OHMさんとは俳優だけでなく音楽でも一緒に作品を作っています。

2023年には、TARAとYELLOWSKRTとして楽曲「ลักยิ้ม (รักแล้ว)」を発表しました。

Sanook Musicの二人へのインタビューでは、スタジオでアイデアを出しながら楽曲を作った過程も語られています。

ドラマでは俳優として共演し、別の場所ではそれぞれの音楽名義で同じ曲を制作する関係にもなりました。

俳優として注目されてから音楽を始めたように見えやすいOHMさんですが、この共同制作の時期にも、本人は「音楽のほうが先だった」と自分の活動歴を説明していました。

タイでの出演を重ね、日本作品初出演の『VIVANT』へ

『I Will Knock You』のあとも、OHMさんは一つのジャンルだけに絞らず、タイの映画やドラマへ出演しました。

出演作をすべて並べるより、その後の活動範囲が分かる作品を見ると、『VIVANT』へ至るまでの俳優歴が見えやすくなります。

映画・ドラマで重ねたキャリア

2017年の映画『Gift』に続き、2019年にはドラマ『Wolf』などへ出演しました。

2023年の映画『RedLife』へ出演し、2025年にはタイと日本を舞台にした映画『Will You Marry Monk?(แต่ง…Monk)』へ出演しています。

『Will You Marry Monk?』では、タイ文化省系データベースContent Thailandの出演者にもタナパック・ジョンジャイパーの名前が掲載されています。

同じ2025年にはNetflixのタイドラマ『Mad Unicorn』にもThongchai役で出演しました。

2016年の青春ドラマから始まり、BLドラマ、映画、配信シリーズまで作品の形を変えながら映像出演を続けています。

その次に参加した大きな海外作品が、日本のTBSが制作する『VIVANT』でした。

50人以上のオーディションから『VIVANT』チョッキー役へ

2026年、OHMさんは日曜劇場『VIVANT』でチョッキー・テーパーニット役を演じました。

TBSは出演発表の段階で、『VIVANT』がOHMさんにとって日本の映画・ドラマへの初出演になると紹介しています。

この役は、すでにタイで俳優として活動していたOHMさんへ日本側から直接決まったものではなく、バンコクで行われたオーディションを経て獲得した役でした。

飯田和孝プロデューサーが明かしたキャスティング秘話では、タイで50人以上を対象に募集し、その中からOHMさんが選ばれたことが語られています。

2016年にタイで俳優活動を始めてから約10年後、別の国の制作チームによるオーディションを通過して日本作品の役を得たことになります。

チョッキーが初めて本格的に登場したのは、2026年8月2日に放送された第12話でした。

劇中のチョッキーはタイの大富豪で、新庄浩太郎と行動を共にする人物として登場しました。

鼻歌を歌いながら現れ、女性的な話し方や所作を交えたキャラクターだったことから、日本ではOHMさんについて「性別」「男性」「おねえ」といった検索も見られるようになりました。

OHM(タナパック・ジョンジャイパー)さん本人は男性俳優で、「オネェキャラ」と報じられたのは『VIVANT』で演じたチョッキーの人物表現です。

チョッキーの強いキャラクターはOHMさん自身のプロフィールとは別で、俳優としてオーディションで選ばれて演じた役です。