PROFILE
人物プロフィール
『TWO WEEKS』や『ちむどんどん』『オールドルーキー』など、幼いころから数々のドラマや映画に出演してきた稲垣来泉さん。
2011年1月5日生まれの千葉県出身で、物心がつくころにはすでに芸能活動を始めていました。
実は最初から女優を目指していたわけではなく、3歳で雑誌モデルの仕事を始め、芝居を始めたのは4歳です。
その入口には、来泉さんより4歳上で先に芸能活動をしていた姉と、幼い娘たちの活動を支えた母親の存在がありました。
子役として撮影現場に通う日々のなかでは三浦春馬さんをはじめ多くの俳優と出会い、小学校高学年になるころには仕事への向き合い方にも変化が生まれています。
今回は、そんな稲垣来泉さんの生い立ちや家族、学生時代、芸能界へ入ったきっかけ、子役時代、そして女優を志すようになった転機をご紹介します。
稲垣来泉の生い立ち|千葉県出身、人見知りをしなかった幼少期
稲垣来泉さんは2011年1月5日生まれ、千葉県出身です。
芸能活動を始めたのが3歳だったため、一般的な俳優のように「芸能界へ入る前」の長い学生生活があったわけではありません。
それでも本人が後年振り返った幼少期の話には、撮影の仕事を楽しめた理由が想像できるようなエピソードがいくつも残っています。
2歳の花見で知らない人の膝に座っていた
来泉さんは小さいころから、かなり人懐っこい子どもだったそうです。
本人が母親から聞いた話として紹介しているのが、2歳ごろに家族で花見へ出かけたときの出来事です。
しばらく姿が見えなくなり家族が探したところ、来泉さんは隣のレジャーシートにいた知らない女性の膝へ座り、お菓子を食べていたといいます。
「人見知りが全くなかったんです。」
出典:ニコラネット「幼少期から女優として活躍し、モデルとしても一歩を踏み出したクルミの“今の気持ち” をお届け♡<1時間インタビュー・稲垣来泉>」(2025年4月24日)
知らない大人のところへ一人で行けるほどで、人前へ出ることにも強い抵抗はなかったようです。
人前に出ることも撮影されることも楽しかった
幼い来泉さんにとって、芸能活動は「働く」というより遊びの延長に近い感覚でした。
カメラに撮られたり、大勢の大人に囲まれて何かを作ったりする環境そのものが楽しかったと振り返っています。
後年のインタビューでも、幼いころから仕事で緊張した記憶はほとんどないと話しています。
来泉さんは動物や人と関わることも好きで、幼いころから明るく人懐っこい性格だったと本人が振り返っています。
そして、そんな来泉さんのすぐそばには、一足先に芸能界の仕事をしていた身近な存在がいました。
稲垣来泉の家族|母親と4歳上の姉が芸能界への入口
来泉さんの芸能界入りを語るうえで欠かせないのが、4歳上の姉です。
姉の稲垣芽生さんも子どものころに芸能活動をしており、姉妹で活動していた時期がありました。
父親や母親について職業などの詳しいプロフィールが広く公表されているわけではありませんが、本人のインタビューや過去の発信には家族と過ごした具体的な思い出がいくつも登場します。
4歳上の姉の仕事を見て「私もやりたい」
芸能界へ興味を持つ最初のきっかけは、姉の姿でした。
来泉さんはもともと姉のまねをすることが好きで、先に芸能活動をしていた姉を見ながら「楽しそう」と感じていたそうです。
「有名になりたい」「女優になりたい」という目標から始まったのではなく、大好きな姉が楽しそうにしていたから自分もやってみたかったというのが最初の一歩でした。
幼少期から撮影現場を楽しい場所として受け入れていたことも、この入り口なら自然に理解できます。
母親に抱かれていたとき、姉のスカウトが来泉にもつながった
実際に仕事を始めるきっかけも姉と一緒でした。
来泉さんが後年明かしたところでは、姉がスカウトされた場に母親と一緒におり、当時まだ小さかった本人は母親に抱かれて眠っていたそうです。
そこで姉だけではなく、「妹さんもどうですか」と来泉さんにも声がかかりました。
姉への憧れと、偶然同じ場所にいたことが重なり、来泉さん自身の芸能活動も始まります。
その後は3歳から雑誌モデルの仕事を経験するようになりました。
オーディションを支えた母親の言葉
仕事が本格化してからも、母親は長く来泉さんの撮影現場やオーディションを支えています。
特に印象的なのが、緊張しないために母親から教えられていた考え方です。
「自分が持っているものを楽しんで出せばいい」
出典:ORICON NEWS「朝ドラ3度出演の子役・稲垣来泉、“とにかく楽しく”がモットー 三浦春馬さんの言葉を胸に『学生生活を大切に』」(2023年11月21日)
自分の実力以上のものを出そうとするのではなく、できることをしっかりやればいいという母親の言葉を受け、来泉さんはオーディションでもほとんど緊張しなかったと話しています。
小学生の間は母親が仕事現場へ同行しており、芸能活動を続ける日常には家族のサポートがありました。
3歳でモデル、4歳で子役へ|『ハッピー・リタイアメント』から朝ドラ出演
来泉さんのキャリアでは、モデル活動の開始と俳優としての演技開始を分けて考える必要があります。
本人の説明では3歳から雑誌モデルの仕事をしており、芝居を始めたのは4歳です。
稲垣来泉さんは3歳で雑誌モデルの仕事を始め、4歳になった2015年にドラマへ出演しました。「芸能活動の開始」と「演技の開始」は同じ時期ではありません。
雑誌モデルのあと4歳で初めて芝居を経験
2015年、4歳だった来泉さんはテレビ朝日系ドラマ『ハッピー・リタイアメント』に出演しました。
この作品が初期のドラマ出演として確認でき、子役としてのキャリアが動き始めます。
ただ、本人には「女優としてキャリアを築いている」という意識はまだありませんでした。
撮影そのものが楽しく、姉への憧れから始めた仕事をそのまま続けている感覚だったと後年話しています。
幼児期から芸能界にいた来泉さんにとって、学校へ通うことと撮影現場へ行くことは、早い段階から並行する日常になっていきました。
『とと姉ちゃん』『砂の塔』など幼いころから出演を重ねた
2016年にはNHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』で水田たまきの幼少期を演じました。
同じ年にはTBS系『砂の塔〜知りすぎた隣人』で、菅野美穂さん演じる高野亜紀の娘・高野そらを演じています。
『砂の塔』の公式サイトに残る撮影レポートでは、来泉さんがセットの大きな鏡にはしゃぐ様子も紹介されており、まだ幼い子どもとして撮影現場を楽しんでいた姿がうかがえます。
その後もドラマや映画への出演が続き、2018年には『この世界の片隅に』、2019年には朝ドラ『スカーレット』で川原百合子の幼少期を演じました。
そして小学生だった2019年、来泉さんの名前とともに長く語られることになる作品に出会います。
小学生時代の転機|『TWO WEEKS』で三浦春馬と父娘役
2019年7月から放送されたカンテレ・フジテレビ系ドラマ『TWO WEEKS』で、来泉さんは青柳はな役を演じました。
三浦春馬さんが演じる主人公・結城大地にとって、はなは初めて存在を知った8歳の娘です。
作品の中だけではなく撮影現場でも二人の距離は縮まり、その関係が伝わるメイキングも公式Xで公開されていました。
8歳で青柳はな役を演じた『TWO WEEKS』
物語では、白血病を患うはなの命を救うため、父親の大地がドナーとして手術の日まで生き延びようとすることが大きな軸になっています。
『TWO WEEKS』で白血病を患っているのは、稲垣来泉さん本人ではなく、来泉さんが演じた青柳はなの役柄上の設定です。
当時8歳だった来泉さんは、三浦さんと父娘役で撮影を重ねました。
公式Xでは、三浦さんが来泉さんを抱っこしながら撮影現場を歩くメイキングも公開されています。
撮影中には二人でなぞなぞをする時間もあり、父娘役としての自然なやり取りが作品公式から何度も紹介されていました。
三浦春馬から聞いた「学生生活を大切に」という言葉
『TWO WEEKS』での経験は、作品が終わったあとにも来泉さんの中に残りました。
後年、仕事と学校生活について聞かれた際、三浦さんから撮影当時にかけられた言葉を紹介しています。
「学校で経験したことや感じた気持ちは、全部演技につながっていく」
出典:ORICON NEWS「朝ドラ3度出演の子役・稲垣来泉、“とにかく楽しく”がモットー 三浦春馬さんの言葉を胸に『学生生活を大切に』」(2023年11月21日)
三浦さんはさらに、きちんと学生生活を送り、いろいろな経験をした方がいいと伝えていたそうです。
来泉さんはその言葉が心に残っているとして、忙しくても学校で過ごす時間を大切にしてきました。
幼いころから仕事を続けているからこそ、学校での経験も演技から切り離さないという考え方を、この時期に一人の先輩俳優から受け取っています。
学校名よりも大切にしてきた学生生活
来泉さんについては小学校や中学校を知りたいという検索もありますが、学校名を本人が広く公表した一次情報は見当たりません。
一方で、どのように学校生活と仕事を両立していたかについては本人自身が具体的に話しています。
朝ドラへの出演もオーディションでつかみながら、学校へ通う時間も大切にしていました。
芸能活動だけに生活を寄せるのではなく、学校で経験したことも自分の中へ取り込んでいくという考え方は、中学進学後にも続いていきます。
『オールドルーキー』で女優を志す|子役の「楽しい」が意志に変わった
幼いころから仕事を「楽しい」と感じていた来泉さんですが、自分の将来を女優として考えるようになった時期はもっと後です。
大きな変化があったのは、小学校6年生ごろに出演したTBS系日曜劇場『オールドルーキー』でした。
その少し前には、3度目となる朝ドラ出演も経験しています。
『ちむどんどん』で3度目の朝ドラ出演
2022年のNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』では、黒島結菜さんが演じるヒロイン・比嘉暢子の幼少期を担当しました。
『とと姉ちゃん』『スカーレット』に続き、朝ドラへの出演はこれで3作品目です。
撮影後のトークイベントでは、大森南朋さんや仲間由紀恵さんが本当の家族のように接してくれ、子どもたちも遠慮なく話せる現場だったと振り返っています。
小さいころから多くの大人に囲まれる撮影現場が好きだった来泉さんは、作品ごとに新しい共演者と家族のような関係を作りながら経験を重ねていました。
納得できず泣いた撮影で「演技が楽しい」と感じた
同じ2022年、『オールドルーキー』では綾野剛さん演じる新町亮太郎の長女・新町泉実を演じました。
作品公式Xでは、泉実役の来泉さんと、妹・明紗役の泉谷星奈さんが並んだオフショットも公開されています。
泉実役はオーディションで決まりましたが、来泉さん自身はオーディション時の演技に納得できておらず、合格を聞いたときは驚いたそうです。
撮影に入ってからも、思うような演技ができない場面がありました。
父・亮太郎について泣く場面では、最初の撮影日に納得できる演技ができず、別日に改めて撮影することになっています。
不安を感じていた来泉さんに、綾野さんは泉実の気持ちを分かっているから自由に演じればいいと声をかけ、撮影にも何度でも付き合うと伝えました。
そして第1話で父親に思いをぶつける場面を演じたとき、来泉さんの中でそれまでとは違う感覚が生まれます。
「将来女優の道に進みたいって、はっきりと思い始めました」
出典:マイナビニュース「子役・稲垣来泉『女優の道に進みたい』『オールドルーキー』で確信 綾野剛&榮倉奈々から刺激も」(2022年9月4日)
3歳から続けてきた「楽しい仕事」が、この作品で初めて自分の将来として選びたい「女優」という道へ変わりました。
綾野剛・榮倉奈々らの姿を見て「続けたい」と決めた
変化を生んだのは、自分の演技だけではありませんでした。
来泉さんは綾野剛さんや榮倉奈々さんが役や作品へ向き合う姿を近くで見ていました。
後年、『オールドルーキー』を自身の「いちばんのターニングポイント」と振り返っています。
「これからもこのお仕事をしていきたい!」
出典:ニコラネット「幼少期から女優として活躍し、モデルとしても一歩を踏み出したクルミの“今の気持ち” をお届け♡<1時間インタビュー・稲垣来泉>」(2025年4月24日)
妹・明紗役の泉谷星奈さんからも刺激を受けました。
自分より年下でも一人の役者として尊敬していたといい、撮影が終わる際には便箋2枚いっぱいに文字を書いた手紙を渡しています。
これまで撮影現場では最年少に近い立場だった来泉さんが、年下の共演者から学ぶ側と支える側の両方を経験した作品でもありました。
中学進学と研音移籍|子役から女優へ
『オールドルーキー』を経て女優として仕事を続けたいという意思が固まったあと、生活面でも一つの変化が訪れます。
2023年には中学校へ進学し、同年4月1日には研音への所属が発表されました。
幼い子役として母親と一緒に通っていた現場へ、自分の判断で向かうようになった時期でもあります。
小学生まで母親と通った現場へ一人で向かうように
小学生までは、仕事へ行くときに母親が必ず同行していました。
中学生になると、来泉さんは一人で電車に乗って撮影現場へ向かうようになります。
母親が一緒だったころは移動中に眠ることもできましたが、一人では寝過ごすわけにいきません。
そのため普段の睡眠にも気をつけるようになり、時間を逆算して行動する意識も強くなったと話しています。
最初のころは出口などで迷う可能性まで考え、15分ほど早い電車へ乗っていたそうです。
幼いころは撮影現場そのものを楽しんでいた来泉さんですが、中学進学後は移動時間や睡眠まで自分で管理するようになりました。
本人は、一人で現場へ行くようになって仕事への意識が変わり、台本をより丁寧に読むようになったとも振り返っています。
2023年に研音へ移籍し「俳優さんへの第一歩」
2023年4月1日、研音は来泉さんが所属したことを正式に発表しました。
4歳から数多くの作品へ出演してきましたが、このとき本人が発表したコメントには、幼少期の「楽しい」だけではない仕事への意識が表れています。
「大切にお芝居に向き合い、役に寄り添い」
出典:研音「女優所属『稲垣 来泉』」(2023年4月1日)
さらに、観る人を感動させられる俳優になりたいという目標も言葉にしています。
同じ年のインタビューでは、子役時代から憧れていた女優として研音の先輩・吉川愛さんの名前を挙げました。
明るい役から影のある役まで雰囲気を変えられるところに惹かれ、自分もさまざまな役を演じられる女優になりたいと話しています。
4歳で芝居を始めてから続いてきた活動は、このころには本人自身が選んだ進路としてはっきり言葉にされるようになりました。
ニコラ撮影の悔しさから自らモデルオーディションへ
来泉さんのキャリアでもう一つ興味深いのが、幼少期に経験していたモデルの仕事へ改めて挑戦したことです。
小学校6年生ごろからファッションモデルにも興味を持ち、『nicola』を読むようになっていました。
その後、女優として『nicola』の取材と撮影を受ける機会がありましたが、ポーズや表情をどう作ればよいか分からず、思うようにできなかったそうです。
そこで「向いていない」と終わらせるのではなく、うまくできなかったままで終わりたくないと考え、自分からモデルオーディションを受けることを決めました。
オーディション前にはポーズを練習し、服についても調べて準備を重ねています。
そして2024年、『nicola』の専属モデルとして活動を始めました。
ニコラ公式Xでも後に、来泉さんが女優としてだけではなく「稲垣来泉」として誰かに力を与えられる場所として、ニコラへの思いを語ったインタビューが紹介されています。
3歳のころは姉への憧れから始まったモデルの仕事でしたが、中学生になってからの挑戦は、本人自身が「できるようになりたい」と選んだものでした。
姉を見て「楽しそう」と感じた3歳のころから始まり、4歳で芝居を経験し、子役として何本もの作品へ出演してきた来泉さん。
『オールドルーキー』で女優を続けたいという意思を持ち、中学進学後は一人で現場へ通い、自分からモデルのオーディションにも挑むようになりました。
















