安藤奈々子の生い立ち|新潟の家族と大学時代、俳優になったきっかけ

安藤奈々子の生い立ちをテーマにした人物イラスト。新潟の家族や大学時代、俳優になったきっかけを、手紙と舞台のモチーフとともに紹介

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
あんどうななこ
カテゴリー
女優
出身地
新潟県
生年月日
1999年9月20日
芸能活動開始
2022年
女優デビュー
2022年
デビューのきっかけ
劇団・養成所

『仮面ライダーマイス』でダット/仮面ライダーダット役を演じた安藤奈々子さんは、1999年9月20日生まれ、新潟県出身の俳優です。

2024年には『仮面ライダーガヴ』にゲスト出演し、2026年の『仮面ライダーマイス』で初めて連続ドラマのレギュラー出演を果たしました。

大正時代を思わせる衣装に身を包み、低い声で話すダットの姿が印象に残っている人も多いのではないでしょうか。

そんな安藤さんですが、大学時代は芸能界ではなく一般企業への就職を考えていたそうです。

就職活動を始める前に挑戦したオーディションで演技と出会い、それまで考えていなかった俳優の道を選びました。

その決意を新潟の実家へ伝えたときには、両親との間で忘れられない手紙のやり取りもありました。

今回は、そんな安藤奈々子さんの生い立ちや家族、学生時代、俳優を目指したきっかけ、養成所から女優デビューまでの道のりをご紹介します。

安藤奈々子の生い立ち|新潟出身と幼い頃のモデルへの憧れ

安藤奈々子さんは、1999年9月20日に新潟県で生まれました。

幼い頃からモデルという仕事に憧れを抱いていましたが、当時は自分がその世界へ進むとは考えていなかったそうです。

1999年生まれ・新潟県出身の幼少期

所属事務所ABPの公式プロフィールには、出身地が新潟県と記載されています。

生まれ育った市町村や通っていた小中学校については、学校名まで特定できる本人の発言は見つかっていません。

一方で、趣味や特技については本人のプロフィールからいくつかの情報がわかります。

安藤奈々子さんのプロフィール
生年月日:1999年9月20日
出身地:新潟県
血液型:A型
身長:165cm
趣味:ラジオ視聴、鶴を折ること、ゲーム
特技:ピアノ
好きなスポーツ:ダンス

趣味にはラジオを聴くことやゲームのほか、鶴を折ることが挙げられています。

特技のピアノについては、いつから習い始めたのか、どの程度の期間続けていたのかまでは明らかになっていません。

幼少期の学校生活や習い事について詳しく語る機会は限られていますが、後年のインタビューでは、子どもの頃から抱いていたある憧れを明かしています。

子どもの頃から抱いていたモデルへの憧れ

2025年6月4日に公開されたオーディション情報サイト『Deview』のインタビューで、幼い頃からモデルに漠然と憧れていたと話しています。

ただし、子どもの頃からモデルになるために活動していたわけではありません。

憧れはあっても、実際に芸能界を目指すという選択肢は持っていなかったそうです。

子役として活動していたことや、幼少期にモデル事務所へ所属していたことを示す経歴も確認されていません。

そのため、幼い頃から芸能活動を始めた人物ではなく、大学生になってから本格的に芸能界への挑戦を始めた経歴が特徴的です。

この頃の憧れは、大学で一般企業への就職を考えるようになっても、心の中に残っていました。

安藤奈々子の家族|俳優を目指す決意を伝えた両親への手紙

安藤奈々子さんの生い立ちで特に印象的なのが、新潟の実家に暮らす両親とのエピソードです。

2026年10月26日公開の『週プレNEWS』のインタビューで、俳優を目指すと決めたときの家族とのやり取りを明かしました。

新潟の実家に送った俳優志望の手紙

大学進学を機に実家を離れていた安藤さんは、芸能事務所のオーディションを受け始めたことを、最初は両親に話していませんでした。

大学では一般企業への就職を考えていたため、進路を変更することになれば、家族にも説明する必要があります。

演技を経験して俳優を目指す決意を固めた後、安藤さんが選んだのは新潟の実家へ直筆の手紙を送ることでした。

手紙には、俳優を目指すという自分の意思を記しました。

直接会って話すことも、電話で伝えることもできたはずですが、本人はその理由を、面と向かって話す勇気がなかったからだと説明しています。

それまで実家に手紙を送ったことは一度もなかったそうです。

両親がどのような反応をするのかわからず、電話で怒られることも覚悟していました。

ところが、返ってきたのは反対の言葉ではありませんでした。

両親は、本人の人生なのだから頑張ってほしいという気持ちを手紙で伝えたのです。

安藤さんは、詳しい事情を問い詰めることなく自分の選択を後押ししてくれた両親に、感謝の気持ちを抱いたと語っています。

両親からの返事がオーディション前のお守りに

新潟の実家から届いた手紙は、読んで終わりにはなりませんでした。

俳優として活動するようになった後も、安藤さんは両親からもらった返事を大切に保管しています。

そして、オーディションを受ける前などに、その手紙を読み返しているそうです。

お守りみたいになっていますね。

出典:週プレNEWS・安藤奈々子インタビュー(2026年10月26日)

一般企業への就職を考えていた大学生が、家族に打ち明けることなくオーディションに挑戦し、自分の進む道を決めました。

その選択を認めてくれた両親の言葉は、事務所への所属が決まるまでの時期にも、その後の俳優活動にも残り続けています。

父親と母親それぞれの職業や詳しい人物像、兄弟姉妹の有無については、本人の発言から確実にわかる情報は限られています。

ただ、進路変更という大きな場面で両親が安藤さんを支えたことは、本人の言葉から知ることができます。

安藤奈々子の学生時代|四年制大学で一般企業への就職を考えていた

安藤奈々子さんは高校卒業後、四年制大学へ進学しました。

大学での生活は、芸能活動を中心にしたものではなく、一般企業への就職も考える日々でした。

大学進学を機に実家を離れて生活

新潟県出身の安藤さんは、大学進学に合わせて実家を離れました。

大学時代の生活について詳しいインタビューは多くありませんが、親元を離れて暮らしていたことは本人が明かしています。

進学先の大学名や学部、専攻については、信頼できる資料での明確な確認には至っていません。

また、高校名についても、本人や所属事務所が明示した情報は見つかっていません。

一方で、大学を途中で辞めたという経歴ではなく、大学を卒業してから俳優としての活動を続けていることは本人の発言で確認できます。

俳優への進路変更が大学生活に重なったからといって、大学を中退したわけではありません。

実家を離れて生活する中で、大学卒業後の仕事を考える時期が訪れました。

インターンにも参加していた就職活動前の日々

大学時代は、卒業後に一般企業へ就職するつもりで、インターンシップにも参加していました。

芸能事務所への所属が決まっていたわけでもなく、最初から俳優として働くことを前提に進学したわけでもありません。

ただ、就職活動が本格的に始まろうとする頃、自分が本当にやりたいことを考えるようになりました。

そこで気になったのが、子どもの頃から抱いていたモデルへの憧れでした。

このまま一般企業への就職を目指す前に、一度は芸能界へ挑戦してみたいという気持ちが生まれます。

2025年の『Deview』インタビューでは、当時の行動について次のように振り返っています。

就活前にやりたいことをやっておこう!

出典:Deview「安藤奈々子|オーディション“合格者”インタビュー」(2025年6月4日)

オーディション情報サイト『Deview』を利用し、複数の芸能事務所の選考に応募しました。

ところが、すぐに所属先が決まったわけではありません。

それでも応募を続けるうちに、モデルとは別の仕事と出会うことになりました。

安藤奈々子が俳優になったきっかけ|オーディションで演技と出会う

安藤奈々子さんが俳優を目指すようになったのは、大学時代に参加した芸能事務所のオーディションがきっかけでした。

その選考の中で経験した演技が、それまでの進路の考え方を変えました。

モデルへの憧れから芸能事務所のオーディションへ

芸能事務所のオーディションを受け始めた時点では、俳優になることが最初からの目標だったわけではありません。

モデルという仕事への関心が、応募する動機になっていました。

しかし、いくつかの選考を受けても、すぐに事務所所属には結びつきませんでした。

オーディションには、書類選考や面談だけでなく、実際に表現する力を見る審査が設けられる場合もあります。

安藤さんも、選考の過程でワークショップへ参加することになりました。

それまで本格的に演技へ取り組んだ経験はなく、そこで初めて芝居をする機会を得たそうです。

芸能事務所への所属を目指して始まった挑戦は、次第に演技そのものへ興味を向けるきっかけになっていきました。

ワークショップで感じた悔しさと演技の面白さ

初めて演技を経験したとき、安藤さんが強く感じたのは、自分と周囲の参加者との実力の差でした。

2026年の『週プレNEWS』インタビューでは、そのときの気持ちを率直に語っています。

周りとの圧倒的な実力の差を感じて、悔しくなったんです。

出典:週プレNEWS・安藤奈々子インタビュー(2026年10月26日)

一方、相手の演技を受けることで、自分の感情が実際に動くという体験もしました。

目の前にいる相手の言葉や行動によって、自分でも思いがけない感情が生まれる。

その経験に驚き、演技の楽しさも感じたと振り返っています。

もっと真剣に芝居と向き合いたいという思いが生まれ、俳優になることを決意しました。

モデルへの憧れがオーディション参加のきっかけだったものの、実際に進むことを決めたのは演技の道でした。

ただ、この時点で芸能事務所への所属が決まっていたわけではありません。

大学卒業後も、自分で俳優としての活動を続けていくことになります。

安藤奈々子の女優デビュー|養成所とフリー活動を経てABPへ

大学時代に俳優を目指す決意をした安藤奈々子さんは、卒業後も演技を学びながら活動を続けました。

すぐに所属事務所が決まったわけではなく、養成所での勉強やフリーでの活動を経験しています。

1年間の養成所生活と2022年の俳優活動開始

2025年の『Deview』インタビューでは、俳優を志してから1年間、養成所へ通っていたことを明かしています。

どこの養成所で学んでいたのか、具体的な名称は明らかにされていません。

俳優を目指す決意をしたことと、実際に作品へ出演することは別の出来事です。

安藤さんの場合、大学時代に演技へ興味を持ち、その後に養成所で学び、作品への出演を重ねていきました。

2022年には映画と舞台の出演歴があり、俳優として活動を開始した年も2022年と紹介されています。

所属事務所の経歴には、映画『八月は逃げて走る』と舞台『学徒隊〜海に眠る子供たち〜』が記載されています。

映画『八月は逃げて走る』ではトモエ役を主演で務め、舞台『学徒隊〜海に眠る子供たち〜』では岡部広美役を演じました。

2022年には映像作品だけでなく舞台にも立っていたことがわかります。

ただし、この2作品のどちらが最初の演技仕事だったのかは、出演年だけでは判断できません。

そのため、特定の作品を一律に女優デビュー作とはせず、2022年の初期出演作として捉えるのが正確です。

初期の映画・舞台出演とフリーでの経験

2023年には映画『A SIBLINGS』で山﨑朱音役を主演で演じました。

同年の映画『待つ宵は君を想ふ』ではミツキ役でヒロインを務め、映画『ゆるし』にも松田恵役で出演しています。

舞台では『俺は見た』第六回公演「泥舟が向かうところ」で草間役を演じました。

初期の出演歴を見ると、短い期間の中で映画と舞台の両方を経験していたことがわかります。

また、2022年には西野公香さんの「桜」、BESPERの「満たされた日」といったミュージックビデオへの出演記録もあります。

事務所に所属せずに活動していた時期について、本人は自分だけの力で仕事を続ける難しさを感じていたと語っています。

2026年のインタビューでは、大学卒業後に3年ほどフリーで活動したと振り返りました。

一方、2025年のインタビューでは、最初のオーディションから約2年後に所属事務所から連絡があったと説明しています。

この2つの発言は起点となる出来事が異なるため、実際の活動開始日や所属日を無理に同じ年数から逆算することはできません。

少なくとも、養成所で学びながら俳優活動を始め、その後もフリーで仕事を続けていたことは共通しています。

その生活が変わるきっかけは、思いがけない形で届きました。

突然届いたスカウトメールと事務所所属

フリーで俳優活動を続けていた安藤さんのもとに、あるとき芸能事務所からメールが届きました。

連絡してきたのは、後に所属することになるABP inc.でした。

ABPは、オーディション情報サイト『Deview』のスカウト機能を利用して安藤さんに声をかけました。

最初にオーディションを受けていた頃から約2年が経っており、突然の連絡に驚いたそうです。

ただ、フリーで活動する難しさも感じていたため、面談を受けることにしました。

応募時に使用した写真は、カメラマンに撮影してもらった作品撮りの写真でした。

自己PRや志望動機については、自分を大きく見せようとせず、素直に感じていることを書くよう意識したと話しています。

面談で印象に残っているのは、担当者が自分の話にきちんと耳を傾けてくれたことでした。

自分自身について話すのは得意ではなかったそうですが、真摯に向き合ってもらえたことを覚えています。

一方、事務所の採用担当者は、応募写真に写る安藤さんの独特な雰囲気や目に引きつけられたと語っています。

実際に面談すると、写真から受ける印象と話し方との間にギャップがあり、そこにも魅力を感じたそうです。

面談を経て所属が決定したとき、安藤さんは再び俳優活動への覚悟が固まったと振り返っています。

“よし、やるぞ”とまたひとつ覚悟が決まったような感覚がありました。

出典:Deview「安藤奈々子|オーディション“合格者”インタビュー」(2025年6月4日)

2025年6月にはABP所属の俳優としてインタビューに登場しており、少なくともこの時点では事務所所属が決まっていたことが確認できます。

2025年には、FODドラマ『被写界深度』で美鈴役を演じたほか、YouTubeドラマ『東京彼女』の「がんばりましょう」に姫奈役で出演しました。

また、実写ドラマ『ナイアルラトホテップの娘』では随神縁役を務めています。

作品の公式Xでは、安藤さん本人が出演した公開記念メッセージも発信されました。

映画や舞台だけでなく、テレビやWebドラマへも活動の幅が広がっていきました。

安藤奈々子の転機|『仮面ライダーガヴ』から『マイス』へ

安藤奈々子さんは、2024年にテレビ朝日系『仮面ライダーガヴ』へ出演しました。

その2年後には『仮面ライダーマイス』でダット役に抜擢され、初めて連続ドラマのレギュラーキャストを務めています。

2024年『仮面ライダーガヴ』で立彫珠希役を演じる

2024年10月13日放送の『仮面ライダーガヴ』第7話「仮面の下はどんな味」に、安藤さんは立彫珠希(たてほり・たまき)役で出演しました。

続く10月20日放送の第8話にも登場しています。

立彫珠希は、宝屋敷雅子の支援を受けながら作品制作に取り組む、若い立体造形アーティストです。

主人公ショウマとの交流を経て、美術商を名乗る人物に誘われたことで事件に巻き込まれていきます。

彫刻を制作する人物という、安藤さん自身の経歴とは異なる役柄を演じました。

映画や舞台で活動してきた安藤さんにとって、全国放送の仮面ライダーシリーズへのゲスト出演は、映像作品での出演歴に加わる大きな経験となりました。

ただし、『ガヴ』への出演は第7話・第8話のゲスト出演であり、レギュラー出演ではありません。

2024年には舞台『ハッピーエンドはラジオのあとで』にクイーン役で出演するなど、テレビ作品だけに活動を限定せず、舞台でも演技を続けていました。

2026年『仮面ライダーマイス』で初のレギュラードラマへ

2026年9月6日に放送を開始した『仮面ライダーマイス』で、安藤奈々子さんはダット/仮面ライダーダット役を務めました。

ダットは、十二支同盟に所属する卯(うさぎ)の仮面ライダーです。

大正時代を思わせる服装や、速さへのこだわり、優れた聴覚などが特徴のキャラクターとして登場しました。

2026年8月4日には東映公式Xで配役が発表され、ダットのビジュアルとともに安藤さんの名前が紹介されています。

同じ8月4日に行われた制作発表会見にも安藤さんは登壇しました。

会見では、役柄の特徴について、聴覚や脚の速さを戦いに生かす人物であることや、強気な内面と服装のギャップについて話しています。

東映特撮YouTube Officialでは、その制作発表会見の映像が公開されました。

ダットを演じる際、安藤さんが工夫したことの一つが声の出し方でした。

2026年10月のインタビューでは、低い声で話すダットについて、自分なりに考えた役の設定を明かしています。

ダットは周囲の男性と対等であろうとするために、意識して声を低くし、クールに振る舞っているのではないかと考えたそうです。

この設定は監督から指示されたものではなく、安藤さんが役を理解する中で考えたものでした。

実際の安藤さん自身は、インタビューで穏やかな話し方をする人物として紹介されており、役柄との違いも印象に残ります。

また、第2話ではダットの服装を見た女子高生たちが、若者言葉で感想を伝える場面がありました。

その表現が視聴者の間にも広がり、安藤さん本人のもとにも反応が届いたといいます。

2026年の『仮面ライダーマイス』は、安藤さんが初めてレギュラー出演した連続ドラマです。

本人もこの作品について、俳優として一つの転機に立ったという思いを語っています。

大学時代に初めて演技を経験し、2022年から映画や舞台へ出演してきた安藤さんが、2026年には仮面ライダーシリーズのレギュラーキャストを務めることになりました。

その出演に至るまでには、大学卒業後の養成所生活、フリーでの活動、ABPへの所属という道のりがありました。

俳優を目指す決意を新潟の実家へ手紙で伝えた日から、安藤さんは自分で選んだ仕事を続けてきました。