PROFILE
人物プロフィール
映画『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』や『少女は卒業しない』などに出演し、2023年公開の『サーチライト-遊星散歩-』では映画初主演を務めた女優の中井友望さん。
2000年1月6日生まれ、大阪府出身で、ミスiD2019のグランプリを受賞したことでも知られています。
オーディションのグランプリをきっかけに女優への道が開けたようにも見えますが、それ以前には学校へ通えなくなった時期や高校を離れた経験、演技を諦めようと考えた時期もありました。
そして、女優を目指すきっかけになったのは、中学生のころに見た一本の映画でした。
ミスiDを受ける前にも演技のレッスンや事務所での活動、エキストラなどを経験しており、芸能界との接点と女優として本格的に演技を始めた時期は同じではありません。
今回は、そんな中井友望さんの生い立ちや家族、中学・高校・大学時代、女優を目指したきっかけ、ミスiD2019から女優として最初の仕事までをご紹介します。
中井友望の生い立ち|大阪・通天閣近くで育った子ども時代
中井友望さんは2000年1月6日、大阪府で生まれました。
公式プロフィールでは出身地が大阪府と紹介されていますが、本人はさらに具体的に、大阪市の通天閣に近い地域で暮らしていたと振り返っています。
大阪市で育ち、小学生からバスケットボールを始める
大阪で過ごした子ども時代について、中井さんは2021年のインタビューで育った場所をこう話しています。
「ザ・大阪のところで住んでました(笑)」
出典:NB Press Online「【インタビュー&撮り下ろしフォト】中井友望の“一番古い記憶”映画『かそけきサンカヨウ』」(2021年10月12日)
小学生になるとバスケットボールを始め、中学校でもそのままバスケットボール部に入りました。
小学校から中学校まで続けたバスケットボールは、のちに学校へ通うことが難しくなった時期にも残った大切な居場所でした。
中井友望さんは大阪府出身で、本人によれば大阪市の通天閣に近い地域で育ちました。小学校・中学校ではバスケットボールを続けています。
映画やドラマを見ることが好きだった子ども時代
中井さんは後年のインタビューでも映画やドラマが好きだと話していますが、子どものころから女優だけを目標にしていたわけではありません。
むしろ、演技へ強く惹かれるようになるのは中学校へ入ってからでした。
学校へ行けなくなり、自宅で過ごす時間が増えたことで映画を見る機会も増え、その中で出会った作品が進路を考えるきっかけになります。
中井友望の家族|両親・祖父母・8歳上の兄と過ごした幼少期
中井友望さんの生い立ちをたどると、両親だけでなく、祖父母と8歳上の兄も幼少期の生活に深く関わっていました。
本人は映画『サーチライト-遊星散歩-』のインタビューなどで、自身が育った家庭について具体的に振り返っています。
幼稚園時代に両親が離婚、中学卒業までは母親と暮らす
両親が離婚したのは、中井さんが幼稚園に通っていたころでした。
その後は中学校を卒業するまで母親と暮らし、高校生になってから父親と暮らし始めたことを本人が明かしています。
両親とも仕事をしていたため、子どものころは祖父母と一緒に過ごす時間も多かったそうです。
「おばあちゃんの作るご飯はすごく美味しかったんですけどね。」
出典:映画.com「【インタビュー】新鋭・中井友望にとって、最も大切な思い出は?」(2023年10月12日)
家族について語った言葉からは、母親や父親だけでなく、祖父母との生活も幼少期の記憶として残っていることが分かります。
忙しい両親を支えた祖父母と8歳上の兄
中井さんには8歳上の兄が1人います。
5歳ごろの記憶として本人が話しているのが、両親がお弁当を用意できない日に兄が代わりに準備してくれたエピソードです。
兄は買ってきたコンビニの食べ物を幼稚園のお弁当箱へ詰め替え、両親に代わって送り迎えをすることもありました。
年齢が8歳離れていたため、中井さんにとって兄は身近な遊び相手というより、少し距離のある憧れの存在だったそうです。
俳優活動を始めてからは、中井さんが掲載された雑誌を兄が購入したこともありました。
両親が仕事をしている時間には祖父母や兄がそばにいるという家庭の中で、中井さんは子ども時代を過ごしました。
高校進学後は父親と暮らし、母親とも関係が続いた
中学校を卒業すると生活環境が変わり、高校時代は父親と暮らしました。
一方で、学校へ行けなくなったときには母親へ電話をすることもあったと本人は話しており、別居したあとも母親とのつながりは続いています。
父親・母親・祖父母・兄がそれぞれ異なる形で中井さんの子ども時代や学生生活に関わっていました。
中学・高校時代|不登校の中で『ヒミズ』に出会い女優を目指す
中井友望さんが女優という仕事を意識するようになったのは、中学2年生のころでした。
ただし、そのきっかけは芸能事務所へのスカウトやオーディションではなく、学校へ通えない時期に出会った映画でした。
学校へ行けない時期もバスケ部には通っていた
中学校では人間関係がうまくいかなくなり、2年生のころに学校へ行けなくなりました。
授業へ出ない日が増えても、好きだったバスケットボール部には参加することがありました。
本人によると、授業には出ず部活動だけへ行き、先生に気づかれないようマスクを着けていた日もあったそうです。
それでも部活動の顧問や友人たちは受け入れてくれたため、バスケットボール部で過ごす時間は学校生活の中でも楽しい時間として残りました。
中井友望さんの出身中学校や高校の具体的な学校名は、本人インタビューや所属事務所の公式プロフィールでは明らかにされていません。学校名を推測できるだけの確かな情報も確認されていません。
中学2年生で『ヒミズ』を見て女優に憧れる
学校へ通えない時間が増えると、中井さんはたくさんの映画を見るようになりました。
その中で見たのが、園子温監督の映画『ヒミズ』です。
自分の感情や考えていることを言葉にすることが苦手だった中井さんは、作品の中で感情を激しく表現する登場人物たちに強く惹かれました。
「こんなふうになりたい、羨ましい」
出典:GRIN「中井友望が不登校、中退を経て向かう『心地いい場所』」(2020年9月1日)
『ヒミズ』を見た中学2年生のころに、中井さんは女優になりたいと思うようになりました。
特に同作で二階堂ふみさんが見せた演技が印象に残り、俳優が感情を表現する姿そのものに惹かれていきます。
高校時代には岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』を見て、蒼井優さんにも憧れるようになりました。
高校3年生の春に退学し、学校の外へ進路を探す
高校へ進んでからも、学校へ通うことは簡単ではありませんでした。
中井さんは2019年のインタビューで、高校3年生の春に退学したことを自ら話しています。
高校を離れたあとも、女優になりたいという気持ちそのものがすぐに消えたわけではありません。
演技のワークショップやレッスンへ参加するなど、学校とは別の場所で演技に触れる機会を作っていきました。
大学進学を機に18歳で上京|演技の道を諦めかけるまで
高校を離れたあと、中井友望さんは大学へ進み、18歳のころに大阪から東京へ移りました。
東京へ出たことで芸能活動へ一直線に進んだわけではなく、大学も演技の活動も試行錯誤が続きます。
大学生になったタイミングで上京し、その後大学を離れる
本人は2021年のインタビューで「大学生になって上京した」と話しており、別のインタビューでも18歳で東京へ出たことを明かしています。
その後、大学からも離れました。
GRINのインタビューでは、高校や大学を辞めた当時、自分が周囲と同じようにできないことについて悩んでいた時期だったと振り返っています。
検索されることの多い大学名については、本人のインタビューや公式プロフィールで具体的な学校名は示されていません。
本人の発言から確認できるのは、大学生になったタイミングで上京し、その後大学を離れたことです。大学名や正確な在籍期間については、確かな一次情報が確認されていません。
演技レッスンと以前の事務所で思うように進まなかった時期
中井さんはミスiDを受ける以前にも、女優を目指してさまざまなワークショップや演技レッスンへ通っていました。
以前所属していた芸能事務所で活動した時期もありましたが、演技のワークショップで指導者と意見が合わず、その事務所での活動は終わっています。
演技を学んでも思うように進まず、自分には向いていないのではないかと考えるようになりました。
女優になりたいと思っていた一方で、18歳ごろには演技を続けること自体をやめようか迷うところまで来ていました。
エキストラを続けながら「最後」を考えていたころ
演技をやめようと考えていたころにも、エキストラとして撮影現場へ参加する機会はありました。
そして、辞めることも考えながら参加した現場で知り合った人物との会話が、次のオーディションへ進むきっかけになります。
その人物が経験していたのが、講談社が開催していたオーディションプロジェクト「ミスiD」でした。
ミスiD2019が転機に|エキストラ現場の出会いからグランプリへ
エキストラの現場で出会った相手からミスiDの話を聞いた中井友望さんは、自分でもオーディションについて調べました。
応募時期が近かったこともあり、女優を諦める前にもう一度挑戦することになります。
エキストラ現場でミスiD経験者と出会う
現場で出会った人物も、一度は活動をやめようと思ったあとにミスiDを受けていたといいます。
その話を聞き、中井さんも最後に一度受けてみようと応募を決めました。
2019年の週プレNEWSでは、ミスiDが自身を芸能の世界へ引き留めたのかと聞かれ、こんな言葉を返しています。
「自分から引き留められに行ったというか。」
出典:週プレNEWS「ミスiD2019グランプリ・友望 『写真を撮られることでコミュニケーションが成り立ってると思ってて』」(2019年6月30日)
誰かに勧められるまま受けたというより、続ける理由を自分から探しに行ったオーディションでした。
「友望」名義で応募し約3500人からグランプリ
ミスiD2019では、当時「友望(とも)」の名前で参加しました。
結果は、約3500人の応募者の中からグランプリに選出されました。
受賞が決まったのは2018年11月で、名称は「ミスiD2019」ですが、グランプリ発表自体は2018年に行われています。
一度は演技をやめようと考えていた18歳の時期に、ミスiD2019グランプリという大きな転機を迎えました。
受賞後のインタビューでは演技レッスンを受けながら、女優を目指す意志を改めて明確にしています。
テンカラット所属前後に経験した初期の仕事
ミスiDと前後する初期の活動では、モデル撮影だけでなくミュージックビデオにも出演しています。
中井さん自身が「ほぼ最初の仕事」として挙げているのが、マカロニえんぴつ「ブルーベリー・ナイツ」のミュージックビデオでした。
この仕事は、知り合いだった監督から撮影へ誘われたことをきっかけに決まったと本人が振り返っています。
その後はテンカラットに所属し、映像作品や舞台で演技をする機会へと進んでいきます。
ミスiD2019以前にも、演技レッスン・以前の事務所での活動・エキストラなどを経験しています。そのため、ミスiD受賞と女優としてのドラマ初出演は別の時点として考える必要があります。
中井友望が女優として歩き始めるまで|初ドラマと初舞台
ミスiD2019のグランプリを経たあと、中井友望さんは映像作品で本格的に演技をする段階へ進みます。
テレビドラマ、舞台、長編映画という異なる現場を経験したことで、女優としての初期キャリアが形になっていきました。
2020年『やめるときも、すこやかなるときも』でドラマ初出演
テレビドラマ初出演は、2020年1月に放送が始まった日本テレビ系『やめるときも、すこやかなるときも』でした。
ミスiDやミュージックビデオですでにカメラの前には立っていましたが、本格的なドラマ撮影はそれまでとは違う経験でした。
初めてのドラマ現場について、後年のインタビューでは当時の余裕のなさを率直に振り返っています。
「当時はすべてがいっぱいいっぱいでした。」
出典:NB Press Online「【インタビュー&撮り下ろしフォト】中井友望の“一番古い記憶”映画『かそけきサンカヨウ』」(2021年10月12日)
分からないことやできないことも多く、撮影を楽しむ余裕まではなかったそうです。
その経験から、一つの作品へ入る前に作品や役について考える時間の大切さを意識するようになりました。
初舞台『夜だけがともだち』で芝居への感覚が変わる
ドラマ出演から間もない2020年には、ふくだももこさんが作・演出を担当した『夜だけがともだち』で初舞台を経験しました。
映像作品とは違い、舞台では役を演じている時間そのものが自身の気持ちにも影響する感覚を初めて経験したといいます。
初舞台は、中井さんが芝居をする時間にそれまでとは違う心地よさを感じた仕事になりました。
中学生のころ、『ヒミズ』の登場人物が感情を表に出す姿に惹かれてから数年を経て、自分自身が役を通して感情を表現する現場へ立っていました。
『かそけきサンカヨウ』で長編映画に初出演
2021年10月公開の今泉力哉監督作『かそけきサンカヨウ』は、中井さんにとって長編映画初出演作でした。
志田彩良さん演じる国木田陽の同級生・鈴木沙樹を演じています。
それまでドラマや舞台を経験していたものの、長編映画の撮影には初めてならではの緊張がありました。
「やっぱり初めてのことばかりで撮影前は緊張したりと、いろいろ不安もあったんですが」
出典:TV LIFE web「中井友望インタビュー『アクが強い役とかコメディタッチの作品にも、いつか挑戦してみたい』」(2021年11月13日)
実際の現場では今泉監督やスタッフ、共演者に囲まれ、必要以上に身構えずに演じられたと振り返っています。
完成した作品を大きなスクリーンで見たときには、自分が考えたことを観客へどう表現すれば伝えられるのかを改めて考える機会にもなりました。
同作が公開された2021年10月には、テレビ朝日の「Daily logirl」にも登場し、ポートレートが連日公開されています。
ドラマ初出演、初舞台、長編映画初出演と、2020年から2021年にかけて演技の現場が少しずつ広がっていきました。
初主演『サーチライト-遊星散歩-』へ|女優として迎えた大きな転機
初期の映像・舞台経験を重ねたあと、中井友望さんは映画で物語の中心を担う役へ進みます。
2023年には『少女は卒業しない』『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』『炎上する君』などの映画へ出演し、その年に一般公開された『サーチライト-遊星散歩-』で初主演を務めました。
2023年、初の単独主演映画に挑む
平波亘監督の『サーチライト-遊星散歩-』で演じたのは、母親との生活を支えるために奔走する高校生・内田果歩です。
『サーチライト-遊星散歩-』は、中井さんにとって初の単独主演映画となりました。
中学生のころ映画を見て俳優の表現に惹かれ、演技を学び、一度は辞めることを考え、ミスiDを経てドラマや舞台へ進んだ中井さんが、一本の長編映画を主演として担うことになりました。
作品の本予告では、果歩が置かれた状況とともに、中井さんが物語の中心で演じる姿を見ることができます。
主演だと知らされたときの気持ちについて、本人は公開時のインタビューでこう話しています。
「主演と聞いた時は不安よりも喜びの方が大きかったです。」
出典:MusicVoice「中井友望、初主演作でみせた“憑依的熱演”『私と果歩の境目が分からなかった』」(2023年10月19日)
本人も転機として振り返った『サーチライト-遊星散歩-』
『サーチライト-遊星散歩-』は、単に中井さんが初主演したというだけの作品ではありませんでした。
本人は後のインタビューで、同作が自分の考えを大きく変えるきっかけになり、その後の作品にも影響したと話しています。
ミスiD以前には演技を続けることを迷っていた中井さんにとって、主演として一本の映画を背負い、自身の演技に対する考え方まで動いた仕事でした。
中学2年生で『ヒミズ』を見て女優を意識してから、『サーチライト-遊星散歩-』で初主演を務めるまでには、学校を離れた時期、演技を諦めかけた時期、ミスiD、初ドラマ、初舞台、初長編映画という一つひとつの出来事がありました。
最初から決まっていた進路をそのまま進んだのではなく、何度か場所を変えながら演技へ戻り、2023年の初主演作までたどり着いています。
















