PROFILE
人物プロフィール
Netflixシリーズ『グラスハート』で、天才ドラマー・西条朱音を演じた宮﨑優さん。
大きなオーディションでヒロインに選ばれ、劇中では自らドラムを演奏しましたが、もともと長くドラムを続けていたわけではありません。
宮﨑さんが女優を目指し始めたのは、三重県名張市で暮らしていた子どものころでした。
中学生になると自分でオーディションへ応募し、高校時代には三重から東京へ何時間もかけてレッスンに通っています。
その途中には、練習生として正式所属に届かなかった経験や、SNSに届いたスカウトを怪しんで自ら事務所へ電話した出来事もありました。
今回は、そんな宮﨑優さんの生い立ちや家族、学生時代、芸能界へ入ったきっかけ、女優として最初の仕事、『死刑にいたる病』や『グラスハート』で迎えた転機などをご紹介します。
宮﨑優の生い立ち|三重県名張市で外を駆け回った少女時代
宮﨑優さんは2000年11月20日生まれ、三重県出身です。
育ったのは三重県西部にある名張市で、後年のインタビューでは山間部で育ったと振り返っています。
森で鬼ごっこや秘密基地作りをして遊んだ小学生時代
小学生のころは、家の中で過ごすより外を駆け回って遊ぶことが多い子どもでした。
学校の横には自由に遊べる森があり、山道で鬼ごっこをしたり、友達と秘密基地を作ったりしていたそうです。
男の子にも負けたくない気持ちが強く、かけっこでは男女一緒でも1位を取りたいと思うほどで、特に短距離走には自信がありました。
「負けたくない」という感覚は、芸能界へ入ってから初めてのドラマ現場でも顔を出すことになります。
小学生のころに住んでいた場所は丘の上にあり、近くの公共グラウンドからは夜になると星がよく見えたそうで、宮﨑さんは大人になってからも帰省すると立ち寄ることがあると話しています。
ドラマ好きから堀北真希・戸田恵梨香に憧れ女優を意識
外遊びが好きだった一方で、保育園のころからテレビドラマを見ることも大好きでした。
小学生になると、『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜』で男装する役を演じた堀北真希さんの姿に衝撃を受けます。
さらに『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』の戸田恵梨香さんにも憧れ、クールな芝居からコミカルな芝居まで演じる姿を繰り返し見ていました。
好きなドラマでは本編だけでなくメイキング映像まで見て、俳優と監督が一緒にシーンを作っていく様子にも興味を持つようになります。
テレビの中に入りたいという憧れは、中学生になるころには実際にオーディションへ応募する行動へ変わっていました。
小学3年生ごろから始めたヒップホップダンス
小学3年生ごろには、習い事としてヒップホップダンスも始めました。
理由はとても素朴で、当時は周囲から「かっこいい」と言われることがうれしく、自分もかっこいいことをやってみたいと思ったからでした。
この時のダンスは約2年でやめていますが、後に俳優を目指す過程では歌や演技とともに再びダンスを学ぶことになります。
宮﨑優の家族|4姉妹の次女、母親と姉が女優を目指すきっかけに
宮﨑優さんは4姉妹の次女として育ちました。
家族は芸能活動を強く先導するというより、本人が自分で動く様子を見ながら、必要な場面では支える存在でした。
姉のNHK番組収録に同行し1歳ごろにテレビ出演
実は宮﨑さんには、本格的に芸能界を目指すよりずっと前にテレビへ出た経験があります。
1歳ごろ、姉が出演していたNHK Eテレの番組へ母親と一緒について行ったところ、現場で声をかけられ、宮﨑さん自身も番組へ出演することになりました。
後になって家族から当時のビデオや雑誌を見せてもらい、自分が赤ちゃんだったころにテレビへ出ていたことを知ったそうです。
「ドラマも好きだしやりたいなって思ったんです」
出典:ENCOUNT「日曜劇場抜てきの宮﨑優の素顔 病んでいた19歳の孤独と覚醒のきっかけ「こうあらねばならないと考えすぎていた」」(2026年4月27日)
ただし、この出演後に子役として継続的な芸能活動をしていたわけではありません。
宮﨑優さんには1歳ごろのテレビ出演経験がありますが、その後そのまま子役活動を続けたわけではなく、中学生になってから改めて自分でオーディションへ応募し始めています。
「自分の力で所属できるなら」両親が見守った芸能界への挑戦
女優への興味が強くなっても、両親が次々とオーディションを探して応募させていたわけではありませんでした。
本人によれば、両親は自分の力で頑張って事務所へ所属できるのなら構わないというスタンスだったそうです。
中学生になった宮﨑さんは、自分で大きなオーディションを探し、芸能事務所へ書類を送り始めました。
その後、高校時代にSNSを通じてスカウトされた際には、相手が本当に芸能事務所の人物なのかを家族にも相談しています。
担当者が三重まで訪れて家族を交えて話し、母親もその熱意を確かめたうえで所属へ進みました。
芸能界入りのきっかけはSNSのスカウトでしたが、それ以前から本人自身が何年もオーディションへ挑戦していたのです。
普段は淡々、それでも大事なイベントには本気で集まる家族
芸能活動を始めてからも、家族は出演作が決まるたびに大騒ぎするタイプではなかったといいます。
宮﨑さん自身も、家族や友人はあまりちやほやしてくれなかったと笑いながら振り返っています。
一方で完成披露などの大切なイベントになると、作品を意識した服装を考えて参加するなど、かなり熱が入ることもありました。
『グラスハート』に関係するイベントでは、家族が作品にちなんだ服装で会場へ現れ、宮﨑さんの方が恥ずかしくなってしまったこともあったそうです。
普段の反応はあっさりしていても、節目ではしっかり足を運ぶ家族の姿が、宮﨑さん自身のエピソードから伝わってきます。
宮﨑優の学生時代|名張高校から東京へ通い演技を学ぶ
宮﨑さんが芸能界へ近づいていったのは、中学生から高校生にかけてです。
地元で普通に学生生活を送りながら、東京で演技を学ぶ生活が少しずつ始まりました。
学校では部活動に熱心に打ち込むというより、休み時間に女子4人でフリスビーをしたり、ものまねをしたり、部室でふざけたりして過ごしていたそうです。
中学生で東宝シンデレラなどのオーディションを受け続ける
中学生になると、憧れているだけではなく、芸能界へ入るために自分から動き始めます。
本人が挙げている一例が、東宝「シンデレラ」オーディションです。
そのほかにも大きなオーディションを次々と受け、大手芸能事務所へ履歴書を送っていました。
すぐに所属先や女優の仕事が決まったわけではありません。
それでも応募を続ける中で、芸能事務所の練習生としてレッスンを受ける機会を得ます。
練習生として歌・ダンス・演技を学ぶも正式所属には届かず
本格的な仕事を始める以前には、別の事務所で歌・ダンス・演技を学ぶ練習生だった時期がありました。
レッスンは楽なものではなく、宮﨑さんは歌の練習が嫌になるほどだったと振り返っています。
最終的に所属者を決めるオーディションで歌が嫌いだと正直に話し、その事務所への正式所属は決まりませんでした。
芸能界入りの前には、すでにレッスンを受けながらも所属には届かなかった経験があったことになります。
その後も週末には東京へ向かい、演技を学ぶ生活を続けました。
名張高校時代は往復約6時間かけ東京のレッスンへ
高校は地元の三重県立名張高校へ進学しました。
2019年に名張警察署の一日署長を務めた際には、地元紙が名張高校を宮﨑さんの母校として紹介しています。
高校1年生のころから定期的に東京へ通って演技レッスンを受けており、地元から東京までの移動には往復で約6時間かかりました。
親に地元の駅まで送ってもらい、電車の中ではレッスンの予習をしたり、帰り道にその日の反省をしたりしていたといいます。
学校へ通いながら、週末には三重と東京を往復して演技を学ぶ高校生活でした。
高校時代の宮﨑優さんは、名張で学校生活を送りながら東京の演技レッスンへ通い、2018年には芸能事務所へ所属し、2019年春の高校卒業とともに上京しました。
大学には進学せず高校卒業後に上京
高校卒業後は大学へ進学せず、18歳で東京へ移りました。
高校3年生だった2019年2月、上京を前にした地元紙の取材では、名張を離れることへの寂しさや不安も口にしています。
「東京で良いチャンスをつかみ取り、さまざまな役に挑戦して自分の個性を表現していきたい」
出典:伊賀タウン情報YOU「今春上京 女優デビュー 「自分の個性表現したい」古舘プロジェクト・宮﨑優さん」(2019年2月10日)
ただ、上京した時点ですでに女優として順調な道が約束されていたわけではありませんでした。
宮﨑優の芸能界入り|SNSのスカウトを家族で確かめ所属へ
中学生からオーディションを受け、練習生としても学んでいた宮﨑さんですが、実際の芸能界入りには意外な形で話がやってきました。
きっかけになったのは、Instagramのダイレクトメッセージでした。
怪しいと感じたDMを本人が電話で確認
2018年2月、宮﨑さんのInstagramへ芸能プロダクションの担当者からスカウトしたいというメッセージが届きます。
突然の連絡だったため、宮﨑さんは喜ぶより先に「怪しいのではないか」と疑いました。
知人にも相談したうえで事務所へ電話し、DMを送ってきた担当者が本当に在籍している人物なのかを確認しています。
連絡が本物だと分かったあと、担当者は東京から三重まで足を運び、宮﨑さん本人と家族へ直接説明しました。
母親も担当者の熱意を感じて同意し、2018年4月から古舘プロジェクトの新人開発部「フルタチSFT」へ所属しています。
DMをそのまま信じるのではなく、自分で事務所へ電話し、家族との面談まで経て芸能界へ入ったというのが宮﨑さんのスカウトの実際の流れでした。
バラエティ・雑誌・CMを経験しながら演技レッスン
事務所へ所属しても、すぐに女優としてドラマへ出演したわけではありません。
2018年8月には深夜バラエティー番組『美少女クエスト』へ出演し、地元の名張を舞台にロケを経験しました。
同年11月には『週刊ヤングジャンプ』の撮影も経験し、その間も東京へ通って演技レッスンを続けています。
高校生のころには佐藤二朗さんとCM撮影で共演したこともあり、まだカメラの位置さえよく分からなかった宮﨑さんへ、佐藤さんが現場での立ち振る舞いを教えてくれました。
監督から急に踊るよう求められて戸惑い、思わず佐藤さんの手を握ってしまったという小さな失敗も、本人が長く覚えている初期の現場の一つです。
高校3年生で『高嶺と花』に出演し女優デビュー
演技の仕事へつながったのは、高校3年生だった2018年末に受けたドラマのオーディションでした。
合格したのは、2019年3月からFODで配信された『高嶺と花』の小川水希役です。
地元紙はこの作品を宮﨑さんの女優デビュー作として紹介しており、本人も後に『高嶺と花』が初めてのドラマ出演だったと話しています。
芸能事務所へ所属した2018年と、女優としてドラマへ初出演した2019年は別の出来事です。
初めてのドラマ現場では、約1週間ホテルに泊まり、一人で三重から東京へ向かいました。
周囲には自分より年下でも撮影経験の豊富な出演者がいて、演出を受けても何が間違っているのか理解できないことさえあったそうです。
それでも負けず嫌いな性格から、毎日監督へ挑みに行くような気持ちで撮影現場へ向かったと振り返っています。
上京後の新人時代|仕事が続かない19歳と『死刑にいたる病』の転機
『高嶺と花』で初めてドラマへ出演し、そのまま東京で暮らし始めた宮﨑さんですが、仕事が途切れず続くようになったわけではありません。
女優として活動を始めてからも、オーディションを受けては次の仕事を待つ時期が続きました。
大学へ進まず東京でオーディションを受け続けた日々
18歳で上京した宮﨑さんは大学へ進学していなかったため、東京では学校を通じて友人を作る環境もありませんでした。
仕事が思うように決まらない焦りも重なり、本人が特につらかったと振り返っているのが19歳のころです。
「一番苦しかったのは19歳の時です」
出典:ENCOUNT「日曜劇場抜てきの宮﨑優の素顔 病んでいた19歳の孤独と覚醒のきっかけ「こうあらねばならないと考えすぎていた」」(2026年4月27日)
周囲に友人がほとんどおらず、一人で過ごす時間が長かったころには、部屋にクモが現れると少しうれしく感じるほどだったと本人は笑い交じりに話しています。
それでもオーディションを受ける生活はやめず、映画やドラマへの出演を一つずつ積み重ねました。
高校卒業と同時に上京したことはゴールではなく、むしろ仕事を得るための時間の始まりでした。
『死刑にいたる病』で「女優のスタートライン」に立つ
宮﨑さん自身が女優として明確な転機に挙げている作品が、白石和彌監督の映画『死刑にいたる病』です。
2022年に公開された同作では、岡田健史さんが演じる筧井雅也の幼なじみ・加納灯里を演じました。
『高嶺と花』から約3年がたった時期でしたが、宮﨑さんにとってはここで初めて、自分が女優として一つ先へ進めた感覚があったようです。
「女優のスタートラインにやっと立てた気がしました! 私にとって転機となる作品です」
出典:伊賀タウン情報YOU「映画「死刑にいたる病」出演 名張出身の宮﨑優さん 5月6日公開」(2022年4月25日)
宮﨑さん本人が「転機」と言葉にしているため、『死刑にいたる病』はキャリアを考えるうえで外せない作品です。
ただ、この作品を経験したあとも、大きな役のオーディションで簡単に結果が出るようになったわけではありませんでした。
『グラスハート』が大きな転機に|オーディションと未経験からのドラム
『死刑にいたる病』のあともオーディションを重ねていた宮﨑さんに、さらに大きな役との出会いが訪れます。
それがNetflixシリーズ『グラスハート』の西条朱音役でした。
落選が続く中「これが最後」の気持ちで受けたオーディション
『グラスハート』の朱音役は、知名度のある俳優を最初から指名するのではなく、オーディションによって選ばれました。
Netflixの公式発表では、共同エグゼクティブプロデューサーも務めた佐藤健さんが、朱音には知名度や経験以上に熱量が必要だったと説明しています。
『グラスハート』の前には、半年ほどかかった別作品のオーディションで最後の2人まで残りながら、役を逃したことがありました。
家族へ結果を伝えたあとに気持ちが大きく落ち込み、翌日の演技レッスンを休み、京都で暮らしていた姉のもとへ向かって約1週間を過ごしたと振り返っています。
その後もしばらく気持ちを立て直せず、仕事が少ない時期にはアルバイトもしながらオーディションを続けていました。
『グラスハート』は、不合格なら女優を辞めることまで考えて受けたオーディションでした。
審査は一度で終わらず、複数の段階を経て進んでいきました。
宮﨑さんは当時、自分が参加者の中でも特に名前を知られていない存在だったと感じていたそうですが、後藤孝太郎監督と柿本ケンサク監督が早い段階から宮﨑さんを候補として推していたことを後から聞いています。
中学生から何度もオーディションを受けてきた宮﨑さんが、女優を志してから長い時間を経て初めて本格的なヒロイン役をつかみました。
ドラム未経験から長期間のレッスンを開始
西条朱音は、天才と呼ばれるドラマーです。
ところが宮﨑さん自身は、役が決まる以前から本格的にドラムを演奏していたわけではありませんでした。
ほぼゼロからドラムを始め、仕事の合間には週4日ほどレッスンを受けました。
Netflixも出演者たちが1年以上の歳月をかけて楽器演奏に取り組んだことを明らかにしており、撮影用に形だけ覚えた演奏ではありません。
練習を続けた手にはマメができ、その手がそのまま劇中へ映る場面もありました。
「人間、追い込まれれば何でもできるんだと思って」
出典:デイリースポーツ「日曜劇場「GIFT」出演中 宮﨑優は努力の人「人間、追い込まれれば何でもできる」 俳優目指した高校時代はレッスンで三重から東京通い」(2026年5月8日)
『グラスハート』以前には長年のドラム経験があったわけではなく、朱音を演じるために始めた練習が、のちに公式プロフィールへ記載される特技になるまで続きました。
西条朱音役で初の本格的なヒロインへ
『グラスハート』は2025年に配信され、宮﨑さんは佐藤健さん、町田啓太さん、志尊淳さんらとともに劇中バンドTENBLANKのメンバーを演じました。
初めて本格的なヒロインに近い立場で長期間の撮影へ参加することになり、宮﨑さんにはこれまでとは異なるプレッシャーもありました。
後藤孝太郎監督は演技レッスンやドラム練習にも足を運び、柿本ケンサク監督も撮影の中で背中を押してくれたと宮﨑さんは振り返っています。
主演と共同エグゼクティブプロデューサーを兼ねた佐藤健さんも、朱音がどうすれば魅力的に見えるのかを一緒に考え、宮﨑さんだけの撮影にも足を運ぶことがありました。
『高嶺と花』で初めてドラマの現場に立ってから約6年後、宮﨑さんは大規模な作品のヒロインとして、自らドラムを叩く西条朱音を演じました。
さらにTENBLANKは劇中だけにとどまらず実際に音楽活動も行い、宮﨑さんは長い時間をかけて身につけたドラムでステージへ立っています。
中学生のころからオーディションへ応募し、名張から東京へ通っていた高校生が、2025年には西条朱音として自分の手でドラムを叩きました。
『高嶺と花』の初現場で何が間違っているのかも分からなかったと振り返る18歳から、その舞台に立つまでには6年あまりの時間が流れていました。
















