望月歩の生い立ち|家族と上京した少年時代から俳優になるまで

望月歩の生い立ちと俳優への歩みを描いた肖像イラスト。長崎の港町から東京の街並みへ続く金色の道と木の根を背景に配置した構成。

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
もちづきあゆむ
カテゴリー
男性俳優
出身地
長崎県
生年月日
2000年9月28日
俳優デビュー
2014年
デビューのきっかけ
子役

映画『ソロモンの偽証』の柏木卓也役や、ドラマ『アンナチュラル』『3年A組-今から皆さんは、人質です-』などで知られる俳優・望月歩(もちづき あゆむ)さん。

2000年9月28日生まれの望月さんは、長崎県佐世保市で育ち、12歳のときに母親と兄と一緒に東京へ上京しました。

幼いころから俳優を目指していたわけではなく、最初に憧れたのはアイドルグループの嵐だったそうです。

その憧れから始めたダンスが演技との出会いにつながり、2014年のドラマ『埋もれる』を経て、2015年には映画『ソロモンの偽証』で大きな役をつかみました。

今回は、そんな望月歩さんの生い立ちや家族、学生時代、芸能界に入ったきっかけ、子役時代から映画主演に至るまでの歩みをご紹介します。

望月歩の生い立ち|長崎県佐世保市で育った幼少期

望月歩さんは、2000年9月28日に生まれ、長崎県佐世保市で小学校時代を過ごしました。

地元で過ごしていたころは、友達と遊び、ダンスやスポーツを楽しむ少年だったようです。

佐世保で過ごした子ども時代

望月さんが育った佐世保市は、長崎県北部に位置する港町です。

本人は2024年のインタビューで、小学6年生まで佐世保に暮らしていたころの学校生活を振り返っています。

地元では男女を問わず友達同士の距離が近く、自然に声を掛け合うような環境だったそうです。

そのため、のちに東京の学校へ移ったときには、クラスメートとの関わり方や人間関係の違いに戸惑うこともありました。

望月さんにとって、佐世保での暮らしは、東京で芸能活動を始める前の日常があった場所です。

また、小学生のころから体を動かすことが好きで、ダンスのほかにもさまざまなスポーツに関心を持っていました。

2015年、映画『ソロモンの偽証』の出演者公式ブログでは、好きなスポーツとして卓球、バスケットボール、バレーボール、バドミントンなどを挙げています。

このころの望月さんを知る手がかりは、出演作品だけでなく、本人が残した学生時代の言葉にもあります。

嵐に憧れて始めたダンス

望月さんが芸能の世界に興味を持ったきっかけは、テレビドラマや映画の俳優ではありませんでした。

小学校低学年のころ、アイドルグループの嵐に憧れてダンスを始めたことが出発点でした。

2026年に受けたインタビューでは、単にアイドルになりたかったのではなく、嵐そのもののメンバーになりたかったのだと話しています。

その後、ダンスを通じて知り合った人との縁から、演技に触れる機会が生まれました。

当時は俳優という職業を目指して一直線に進んでいたわけではなく、レッスンを重ねるうちに、芝居の楽しさを知っていったそうです。

映画『ソロモンの偽証』の出演者公式ブログでも、芝居に興味を持った理由について、ドラマや映画を見て自分も演じてみたくなったと答えていました。

嵐への憧れで始まったダンスに、映像作品への興味が加わり、少しずつ演技の世界へ進んでいったのです。

望月歩の家族|母親・兄弟と12歳で上京した日

望月さんの生い立ちで大きな出来事となったのが、12歳での上京です。

そのとき一緒に長崎を離れたのは、母親と兄でした。

母親と兄と一緒に長崎から東京へ

2024年11月、ABCマガジンのインタビューで、望月さんは自分の人生を振り返ったときに忘れられない日として、12歳で東京へ出てきた日を挙げています。

その日のことを、次のように話していました。

おかんと兄貴と上京してきたから寂しくはなかったんですけど

出典:ABCマガジン「朝ドラ出演俳優・望月歩 『嵐のメンバーになりたかった・・・』俳優を目指す意外なきっかけ」(2024年11月10日)

家族が一緒だったことで寂しさは感じなかった一方、東京に着いた日は、芸能界で生きていく覚悟が決まった日でもあったそうです。

まだ12歳だった望月さんにとって、上京は生活する場所が変わるだけでなく、俳優として進む道を選ぶ出来事でした。

生まれ育った佐世保を離れ、これまでと違う学校に通いながら、演技の仕事へ向き合う生活が始まりました。

家族について語る言葉からは、母親と兄が、その大きな環境の変化をともに経験した存在だったことが分かります。

父親・兄弟との関係と家族のエピソード

望月さんの兄弟には、同じく俳優として活動する佐久間悠さんがいます。

佐久間さんは2024年1月にXを始めた際、望月さんを自分の弟だと紹介し、弟の出演した舞台を見た感想も投稿していました。

その投稿では、兄として舞台に心を動かされたことや、自分も頑張らなければと思ったことを率直に伝えています。

また、2024年7月には、望月さんが長崎に帰省して甥たちと過ごした様子をInstagramで紹介しました。

これに対して佐久間さんが、写真に写っている子どもたちの父親は自分ではなく、4人きょうだいの別の兄だと説明し、望月さんとのやり取りが話題になっています。

このやり取りから、望月さんが4人きょうだいの一人であることや、佐久間さんとは別にも兄がいることが分かります。

ただし、4人の年齢順や、兄弟全員の詳しいプロフィールまで明らかになっているわけではありません。

母親との関係についても、望月さん自身が具体的な思い出を語っています。

2019年の映画『五億円のじんせい』で主演が決まったときには、うれしさのあまりベッドの上で飛び跳ねたそうです。

そんな息子に母親が掛けたのは、主演を務める責任を意識させる言葉でした。

ここからは良くも悪くも君次第だよ

出典:まいどなニュース「『3年A組』で注目の俳優・望月歩、若さだけでは乗り越えられなかった壁」(2019年7月23日)で紹介された母親の言葉

望月さんは、この一言を受けて気持ちが切り替わり、本格的な役作りに取り組むようになったと話しています。

同作の撮影では朝早く起きるのが苦手だったため、母親に起こしてもらっていたというエピソードも残っています。

一方、2019年の別のインタビューでは、母親はやりたいことを自分で選ばせてくれる応援の仕方をしていると説明していました。

12歳の上京に同行したことも、映画初主演の際に言葉を掛けたことも、望月さんが語った家族との具体的な思い出です。

望月歩の学生時代|中学・高校と大学進学を選ばなかった理由

望月さんは、中学生のころから俳優としての仕事と学校生活を両立していました。

大学には進学せず、高校卒業後は俳優の仕事に専念する道を選んでいます。

佐世保から東京の学校へ移った中学時代

長崎で小学6年生までを過ごした望月さんは、上京後、東京の学校で新しい友人関係を築くことになりました。

2024年のABCマガジンのインタビューでは、佐世保と東京では、学校での人との距離感が違っていたことを振り返っています。

地元では誰とでも自然に接していたため、東京では周囲との関わり方に難しさを感じた時期もあったようです。

クラス内のいじめを止めようとして、自分が標的になった経験や、芸能活動をしていると知った同級生の態度が変わった経験についても話していました。

一方で、学校には気の合う友人もいて、部活動にも参加していました。

芸能活動だけで毎日を過ごしていたのではなく、同級生との日常を持ちながら、仕事の現場にも向かっていたのです。

中学の卓球部と高校のバレーボール部

中学校で望月さんが所属していたのは、卓球部でした。

もっとも、最初から卓球一筋だったわけではありません。

2019年のムビコレのインタビューでは、もともとテニスをやりたかったものの、仕事に影響する日焼けが問題になるため選べなかったと説明しています。

バスケットボールにも興味がありましたが、チーム競技では撮影で休んだときに仲間へ迷惑が掛かることを考え、断念したそうです。

こうして選んだのが卓球でした。

2015年の『ソロモンの偽証』出演者公式ブログでも、本人が卓球部に所属していると回答しており、当時の記録としても一致しています。

高校生になると、2年生の後半からバレーボールを始めました。

仲の良い友人たちが立ち上げたバレーボール部に加わったそうで、2019年のインタビューでは、その時間を楽しんでいたと振り返っています。

中学では仕事との両立を考えて卓球を選び、高校では友人たちとバレーボールを楽しんでいたという違いも、学生時代の様子をよく伝えています。

2015年の公式ブログでは、美術・音楽・体育が好きな教科だとも明かしていました。

俳優として作品に出演する一方で、スポーツや学校の友人たちとの時間も大切にしていたことがうかがえます。

高校入学時から考えていた俳優としての進路

望月さんは2019年春に高校を卒業しましたが、大学へは進学していません。

それは卒業間際に急いで決めた進路ではありませんでした。

2022年のマイナビニュースのインタビューでは、高校へ入るころから大学には進まず、俳優の仕事を続けると決めていたことを語っています。

高校卒業直後の2019年にも、同じ考えを話していました。

かなり前から「高校卒業したら役者一本でやる」と決めていたので。

出典:ムビコレ「『五億円のじんせい』望月歩インタビュー」(2019年7月12日)

そのため、卒業したときも新しい決意をしたというより、ようやく俳優の仕事だけに向き合えるという感覚の方が強かったそうです。

高校時代には友人との学校生活を送りながら、すでに映画やドラマの撮影も経験していました。

進学先を探すのではなく、高校卒業後は俳優の道に進むと早い段階から決めていたことが、望月さんの進路選択の大きな特徴です。

なお、出身高校や中学校の具体的な校名については、本人や所属事務所の情報だけで確実に特定できるものではありません。

大学については学校名を推測する必要はなく、本人自身が進学しなかった理由を語っています。

望月歩の子役時代|ダンスから演技の世界へ

望月さんが俳優になるまでには、ダンスを始めた時期、演技のレッスンに通った時期、実際に映像作品へ出演した時期があります。

それぞれを分けて見ると、芸能活動への興味がどのように俳優という仕事へ変わっていったのかが分かります。

演技指導者との出会いと芸能界入り

小学生のころにダンスを習い始めた望月さんは、その活動を通じて、のちに演技を教わることになる指導者と出会いました。

2026年のテレビ朝日のインタビューでは、小学校高学年ごろから俳優になろうと考えるようになったと話しています。

ただし、最初から明確な俳優志望だったわけではなく、ダンスに取り組む中で自然と芝居に触れるようになったという経緯でした。

レッスンの場で演技をすることが楽しくなり、やがて実際のオーディションにも挑戦するようになります。

2015年に映画の公式ブログへ寄せた回答では、ドラマや映画を見て自分もやってみたいと思ったことも、芝居を始めたきっかけだと説明していました。

そのころには、憧れていたアイドルのように踊ることから、作品の中で人物を演じることへ関心が広がっていたのです。

そして12歳で東京へ移り、学校生活と並行して俳優としての仕事に挑むようになりました。

初期の出演歴と2014年『埋もれる』での俳優デビュー

望月さんの俳優デビューとして本人インタビューで紹介されているのは、2014年のWOWOWドラマ『埋もれる』です。

演じたのは、国仲涼子さんが演じる浅尾葉子の息子・浅尾優人でした。

作品では家庭内に複雑な事情を抱える少年の役で、初期の出演作から重い背景を持つ人物を演じています。

望月さんは2026年のインタビューで、オーディションでは毎回、受かっただろうと思うほど自信があったと振り返っていました。

『埋もれる』の出演が決まったときも、驚くというより、うれしさと撮影へ向けた気持ちの方が強かったそうです。

撮影では、人工的に雨を降らせる演出など、初めて経験することも多くありました。

一方、完成したドラマをテレビで見たときには、思っていた自分の声と画面から聞こえる声の違いに強い違和感があったといいます。

演じている最中の感覚と、映像になったときに伝わるものが同じではないことを、早い時期から経験していたようです。

子どものころの活動については、別名義とされる出演記録もインターネット上にありますが、その名前が望月さん本人の本名であると断定できる公式資料は確認できません。

少なくとも、本人が具体的に俳優デビューを振り返っている作品は2014年の『埋もれる』であり、映画への初出演は翌2015年の『ソロモンの偽証』として紹介されています。

デビュー時期の整理:小学生のころからダンスと演技のレッスンを経験し、2014年の『埋もれる』が本人インタビューで語られる俳優デビュー作、2015年の『ソロモンの偽証』が映画デビュー作に当たります。

望月歩の転機|映画『ソロモンの偽証』で柏木卓也役に抜擢

2015年、望月さんは宮部みゆきさんの小説を映画化した『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』に出演しました。

演じたのは、物語の発端となる事件で亡くなる中学生・柏木卓也で、作品全体の謎に深く関わる役でした。

1万人規模のオーディションと仲間たち

『ソロモンの偽証』では、中学生役を選ぶために大規模なオーディションが行われました。

応募者は1万人規模に上り、主要な少年少女役を選ぶまで長い期間をかけて審査が続きました。

望月さんは2026年のテレビ朝日のインタビューで、何度も集まって芝居をするうちに、参加者同士がクラスメートのような関係になっていったと語っています。

一緒に演じる相手は単なるライバルではなく、長い時間をともに過ごす仲間でもありました。

そのため、審査が進むにつれて仲良くなった参加者が落選していくことには、つらさも感じたそうです。

それでも、落選した人たちとの交流はオーディション後も続き、別の作品で再会できたこともあったといいます。

望月さん自身も、最初から柏木卓也役に決まっていたわけではありません。

さまざまな役を演じながら選考が続く中、途中で柏木役を任されることになりました。

原作を読んでいたものの、役が決まったときには、物語の中で亡くなる少年だったことを改めて思い出したと振り返っています。

初めての映画で物語の鍵を握る役を得たことは、望月さんの俳優人生における大きな転機でした。

公開後は、オーディション先などでも『ソロモンの偽証』に出演していた俳優として認識されることが増えたそうです。

成島出監督から教わった役作りノート

『ソロモンの偽証』の撮影で、望月さんは成島出監督から役作りについて具体的な指導を受けました。

その一つが、演じる人物の年表や性格、特徴をノートに書き出す方法です。

望月さんは柏木卓也の年表を作り、作品に描かれない時間も含めて、その人物がどのように生きてきたのかを整理したといいます。

その方法について、2026年のインタビューでは次のように話していました。

役作りのノート作りは今も続けています

出典:テレ朝NEWS「望月歩 映画のオーディションで1万人の中から選ばれた33人に!『最初は「嵐」になりたかったんです』」(2026年3月20日)

中学生のころに教わった方法を、その後の出演作でも使い続けてきたのです。

たとえば2015年のドラマ『マザー・ゲーム〜彼女たちの階級〜』では、檀れいさん演じる小田島毬絵の息子・彬を演じました。

彬は長く自室に閉じこもっている少年で、望月さんは役の過去の出来事や周囲との関係を細かく考え、ノートに書いていたそうです。

さらに、休憩時間も役の部屋へ戻り、そこで過ごすようにしていたと振り返っています。

一方で、共演した檀れいさんが声を掛けてくれたことで気持ちが和らいだという、撮影現場の思い出も残っています。

『ソロモンの偽証』で学んだことを、次の仕事でも実際に試しながら演技経験を積んでいきました。

望月歩の新人時代|『コウノドリ』から『アンナチュラル』へ

映画デビュー後、望月さんはテレビドラマでもさまざまな役を演じるようになりました。

中学生から高校生にかけての時期には、家庭や学校に複雑な事情を抱える少年の役も多く経験しています。

『コウノドリ』『母になる』で広げた演技経験

2015年、望月さんはTBSドラマ『コウノドリ』第5話に出演しました。

演じたのは元倉亮で、山口まゆさん演じる少女とともに、10代の妊娠という問題に向き合う役どころでした。

当時の番組公式Xには、放送を控えた望月さんと山口まゆさんの写真付き投稿が残っています。

2017年には、日本テレビドラマ『母になる』にも出演しています。

同作でも家族をめぐる問題に関わる少年の役を演じ、10代の俳優として映像作品への出演を重ねました。

この時期の望月さんは、まだ学校へ通う年齢でありながら、作品ごとに異なる家庭環境や感情を持つ人物を演じていました。

2016年には『真田十勇士』で真田大助役を務め、映画に加えて舞台にも出演しています。

現代の学園ドラマだけでなく、時代劇や舞台という異なる現場での経験も、このころに始まっていました。

『アンナチュラル』『3年A組』への出演

2018年には、TBSドラマ『アンナチュラル』第7話に白井一馬役で出演しました。

この回では高校生の死と、学校で起きていた問題が描かれ、望月さんも事件の真相に深く関わる少年を演じています。

翌2019年には、日本テレビドラマ『3年A組-今から皆さんは、人質です-』に瀬尾雄大役で出演しました。

『3年A組』は、菅田将暉さん演じる教師が生徒たちを教室に集め、ある事件について向き合わせる学園ドラマです。

望月さんは高校卒業を迎える時期に、同世代の俳優たちとともに生徒役を演じました。

『ソロモンの偽証』では中学生役として大規模なオーディションに参加し、その後のドラマでも学校を舞台にした作品へ出演することになります。

一方、出演する役の性格や置かれた状況は作品ごとに違い、望月さんはそれぞれの人物について考えながら撮影に臨んでいました。

このころには、高校卒業後に俳優一本で活動するという、自分の進路もすでに決めていました。

望月歩の映画主演への道|『向こうの家』と『五億円のじんせい』

2018年から2019年にかけて、望月さんは映画『向こうの家』と『五億円のじんせい』で主演を務めました。

この2作品は撮影順と劇場公開順が異なっており、望月さん自身も舞台挨拶でその違いについて語っています。

『向こうの家』での主演と2018年の演技賞

『向こうの家』は、西川達郎監督による映画で、望月さんが演じたのは高校生の森田萩です。

幸せな家庭だと思っていた自分の家に、父親が別の女性と関係を持っていたという事実が持ち込まれ、少年の日常が変わっていく物語です。

望月さんは、父親の頼みでその女性の家を訪れることになった萩を演じました。

作品は2017年秋に撮影され、2018年の第19回TAMA NEW WAVEコンペティションへ出品されました。

そして、望月さんは『向こうの家』でベスト男優賞を受賞しました。

映画祭の公式記録にも、2018年の受賞者として望月歩さんの名前が掲載されています。

受賞を伝える映画祭のレポートでは、西川監督が、撮影現場で自分の居場所を探しながら芝居に臨む望月さんの姿を振り返っていました。

同作は2019年10月5日に劇場公開されました。

公開初日の舞台挨拶で望月さんは、『向こうの家』の方が『五億円のじんせい』より先に撮影された作品であり、自分にとって撮影順では初主演映画に当たると説明しています。

まだ高校生だった時期に撮影した映画が、受賞を経て映画館で公開されたことは、望月さんにとって大きな出来事でした。

『五億円のじんせい』で映画初主演作が公開

2019年7月20日には、望月さんが主演した映画『五億円のじんせい』が公開されました。

演じたのは、幼いころに5億円の募金によって命を救われた高校生・高月望来です。

周囲から寄せられる期待や、自分が生きることの意味に悩む少年を描いた作品で、望月さんはオーディションによって主人公役を獲得しました。

2019年のTV LIFEのインタビューでは、オーディションの段階から脚本を面白いと感じ、自分ならどう演じるかを考えていたと話しています。

マネージャーからは、自分から出演したいと口にした珍しい作品だったとも聞かされたそうです。

主演に決まった瞬間は大喜びしたものの、その後は作品を背負う立場にプレッシャーも感じるようになりました。

そこで取り組んだのが、以前から続けていた役作りノートを使い、望来という少年の人生や感情を細かく整理する作業でした。

劇中には主人公がさまざまな人と出会う場面がありましたが、撮影は物語の時間順には進みませんでした。

望月さんは、その場面で望来がどのような経験をした後なのかをノートで確認しながら演じていたそうです。

2019年のムビコレのインタビューでは、準備を重ねたことで、撮影に入ってからはプレッシャーよりも楽しさが大きくなったと話していました。

撮影時の様子や高校時代のエピソードについては、当時の本人インタビュー映像でも語られています。

高校を卒業したばかりだった望月さんにとって、2019年は学生としての生活を終え、俳優の仕事に専念するようになった年でもあります。

高校時代から決めていた「俳優一本」という進路と、映画の主演作が劇場公開された時期が重なりました。

2本の主演映画の順序:『向こうの家』は2017年に撮影され、2018年に映画祭で受賞、2019年10月に劇場公開されました。一方、『五億円のじんせい』は2019年7月に公開され、劇場公開順では望月さんの映画初主演作となりました。

『ラストマイル』で再び演じた白井一馬

その後、望月さんは2024年公開の映画『ラストマイル』にも出演しました。

演じたのは、2018年のドラマ『アンナチュラル』で演じた白井一馬です。

『ラストマイル』は『アンナチュラル』や『MIU404』と同じ世界を舞台にした映画で、過去の作品に登場した人物たちも出演しています。

望月さんも、10代のころに出演したドラマの役を、6年後の映画で再び演じることになりました。

『ソロモンの偽証』で映画に初出演し、10代でテレビドラマや映画の現場を経験してきた望月さんにとって、以前演じた人物と再び向き合う機会となった作品です。

2019年に映画主演へ進んだ後も、かつて出演した作品とのつながりが、新たな映画の出演につながりました。

佐世保でダンスを始めた少年は、12歳で上京して演技の仕事に取り組み、やがて主演映画を持ち、以前の出演作で演じた人物にも再び出会うことになったのです。