PROFILE
人物プロフィール
ドラマ『おっさんずラブ』の栗林歌麻呂役や、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の源頼家役などで知られる俳優の金子大地(かねこ・だいち)さん。
1996年9月26日生まれ、北海道出身の金子さんは、2014年に開催されたアミューズのオーディションで芸能界入りし、2015年から俳優としての仕事を始めました。
しかし、子どものころから俳優を目指していたわけではありません。
小学生のころに憧れていた職業は消防士。中学・高校ではバスケットボールに打ち込み、高校3年生になっても進路を決められずにいました。
そんな金子さんの人生を動かしたのが、友人のSNS投稿をきっかけに飛び込み参加したオーディションでした。
その後も、上京してすぐに俳優の仕事が順調に増えたわけではなく、アルバイトをしながらオーディションを受け続ける時期がありました。
今回は、そんな金子大地さんの生い立ちや家族、北海道での学生時代、芸能界へ入ったきっかけ、俳優としての歩みをご紹介します。
金子大地の生い立ち|北海道・石狩で育った幼少期
金子大地さんは1996年9月26日生まれ、北海道出身です。
所属事務所の公式プロフィールでは出身地を北海道としていますが、本人は2017年の『CREA』のインタビューで、地元について北海道の石狩と話しています。
北海道で暮らしていたころの金子さんにとって、東京や芸能界は身近な存在ではありませんでした。
テレビや映画に出演している俳優たちは、画面の向こうにいる遠い世界の人たちだったのです。
近所の消防署に憧れた小学生時代
金子さんが小学生のころに憧れていたのは、俳優ではなく消防士でした。
家の近くに消防署があり、そこで消防士たちが訓練している姿をよく見ていたそうです。
訓練に励む消防士たちの姿が格好よく見え、小学校の卒業アルバムにも将来の夢を書き残しました。
小学校の卒業アルバムには「消防士になりたい」と書いていました。
出典:CREA「『ナラタージュ』で演劇部員を好演 鋭い眼差しが印象的な金子大地」(2017年10月20日)
消防士になりたいという夢は両親にも話しており、親からも肯定的な言葉をかけてもらったと振り返っています。
また、小学生時代にはサッカーにも取り組んでいました。
その後、中学校に進学すると、親友の影響で別のスポーツを始めることになります。
地元の海と子どものころの暮らし
石狩は北海道の日本海側に位置する地域です。
金子さんも石狩で暮らしていたころの海について、後年のインタビューで振り返っています。
子どものころは、地元で学校へ通い、友人たちと遊び、スポーツに取り組む生活を送っていました。
芸能界との接点があったわけではなく、地元で開催されるオーディションに参加できる機会も限られていたといいます。
一方で、幼いころから映画や映像作品を楽しんでいたことも本人が明かしています。
2021年の『ムビコレ』のインタビューでは、小さいころからファンタジー作品が好きで、『ロード・オブ・ザ・リング』を見て驚いたことや、映画のメイキングで俳優の素顔を見て格好いいと感じた記憶を語っていました。
ただし、このころから俳優を職業として目指していたわけではありません。
俳優という仕事を自分の進路として意識するのは、もう少し後のことでした。
金子大地の家族|父親・母親と一人っ子の家庭
金子大地さんの生い立ちをたどるうえで欠かせないのが、北海道でともに暮らしていた家族の存在です。
金子さんは父親と母親について複数のインタビューで語っており、兄弟姉妹については自分が一人っ子であることを明かしています。
特に父親については、金子さんが俳優になった後の、少し意外なエピソードが残されています。
父親と母親はどんな人?本人が語った家族の姿
金子さんの父親について印象的なのは、息子が俳優になった後も、一人のファンのように出演作を楽しんでいることです。
2020年12月の『家庭画報』のインタビューでは、父親が息子のサイン入り写真のプレゼント企画に応募し、見事に当選したことを明かしています。
自分の息子なのだから直接頼めばサインをもらえそうなものですが、父親はプレゼント企画に応募するという方法を選んでいたのです。
しかも応募したのは母親ではなく、父親なんです。
出典:家庭画報「注目の俳優・金子大地さんが二兎社公演『ザ・空気 ver.3』に出演!」(2020年12月10日)
金子さんはこの出来事を笑いながら紹介し、父親が出演舞台を観に来ることも楽しみにしていると話していました。
一方、母親については、家庭の食べ物にまつわる話が残されています。
金子さんはしょっぱい梅干しが好きで、母親が自宅で作る梅干しについて、かなり塩気が強いものだと話していました。
また、両親は倉本聰さんの作品やドラマ『北の国から』をよく見ていたそうです。
2022年のJ-WAVEでの対談では、両親が見ていた作品を通じて吉岡秀隆さんの芝居に触れ、俳優という仕事に対する憧れを抱いたことを明かしています。
金子さんが演技に触れた最初のきっかけの一つは、家で両親が見ていたドラマだったのです。
祖母から届いたカリカリ梅と母親との思い出
金子さんの梅干し好きには、子どものころの家族との思い出も関わっています。
2021年、映画『私はいったい、何と闘っているのか』の完成披露上映会では、小学生時代に祖母からカリカリ梅を大量に送ってもらった話を披露しました。
祖母は金子さんがカリカリ梅を好きなことを知っており、箱いっぱいに詰めて送ってくれたそうです。
ところが、金子さんはそのカリカリ梅を気に入るあまり、一日で全部食べてしまいました。
本人は翌日に血尿が出て驚いたという出来事まで明かし、会場を驚かせています。
後年のインタビューでも、祖母が送ってくれたカリカリ梅を食べ過ぎて体調を崩した思い出を話していました。
梅干しに関しては、母親が作るものも好きだったようです。
2019年の『anna』のインタビューでは、母親が作る梅干しの塩気が非常に強いことを話し、さらにしょっぱい梅干しを求めて和歌山で梅干し巡りをしてみたいと語っていました。
祖母から届いたカリカリ梅と、母親が作ってくれる梅干し。
好きな食べ物をめぐる話の中にも、金子さんが育った家庭の日常が残されています。
一人っ子として育ち、実家の愛犬ソラと過ごした時間
金子さんは兄弟姉妹のいない一人っ子です。
そのことを本人が明かしたのは、2024年公開の映画『ナミビアの砂漠』に関する『CINEMA Life!』のインタビューでした。
劇中で激しいけんかをする場面について話す中で、自分には兄弟姉妹がいないため、兄弟げんかに憧れがあったことを語っています。
一人っ子として育った経験が、役を演じる際の考え方にも表れていたのです。
また、北海道の実家にはソラという名前の柴犬がいます。
2020年の『めざましmedia』のインタビューでは、愛犬の子犬時代の写真を見返すことが楽しみだと話していました。
ソラは金子さんの言うことをよく聞く一方、両親はあまり叱らないため、実家ではいたずらをすることもあるそうです。
金子さんは愛犬に会いたくて実家へ帰ることがあるとも明かしていました。
このソラは金子さんの兄弟ではなく、実家で飼われている犬の名前です。
金子大地の学生時代|中学・高校と大学への進路
金子さんの中学・高校時代を語るうえで欠かせないのが、バスケットボールです。
中学1年生から高校3年生まで、およそ6年間続けていました。
学校生活ではスポーツに取り組む一方、高校卒業後の進路については、なかなか自分の目標を見つけられずにいたそうです。
親友に誘われ、中学からバスケットボールを始める
金子さんがバスケットボールを始めたのは、中学1年生のときでした。
小学生のころはサッカーをしていましたが、親友に誘われたことが転機になりました。
その親友は小学1年生からバスケットボールを続けていたため、金子さんも中学進学を機に一緒に始めたそうです。
中学校の新人戦では、北海道大会でベスト8に入った経験もあります。
2017年の『CREA』のインタビューでは、当時を振り返って青春を感じたと話していました。
バスケットボールは、高校に入学してからも続けています。
また、2014年の芸能事務所のオーディションでは、バスケットボールを使った自己PRも披露しました。
中高時代の経験が、まったく別の世界へ飛び込む場面でも役立つことになったのです。
高校でもバスケを続け、進路を考えた3年生の秋
高校でもバスケットボールを続けていた金子さんですが、3年生になっても将来やりたい仕事は決まっていませんでした。
そこで、進路の選択肢として考えたのが大学進学です。
しかし、大学に行って何を学びたいのか、明確な目的があったわけではありません。
2022年のJ-WAVE『JUMP OVER』での対談では、大学へ行くつもりだと両親に話した際、奨学金を利用するように言われたことを振り返っています。
さらに、本当にやりたいことが見つかるまでは、無理に大学へ進まなくてもよいという趣旨の言葉を親からかけられたといいます。
金子さん自身も、目標がないまま大学に進もうとしていたことを見抜かれていたと感じていたようです。
2020年の『家庭画報』のインタビューでは、オーディションに合格して芸能事務所へ所属することが決まり、結果的にクラスの誰よりも早く進路が決まったと話しています。
高校卒業後は北海道を離れ、東京で俳優の仕事に取り組む道を選びました。
大学については、本人が進学を考えていたことと、実際に大学へ進学したことは別です。
金子さんが具体的にどの大学へ入学・卒業したかを裏付ける確かな本人発言は確認できず、出身大学を特定することはできません。
高校名についても、学校名を断定できる十分な根拠は確認できていません。
その進路を大きく変えたのが、2014年に北海道で開催されたオーディションでした。
高校3年生で参加したアミューズのオーディション
2014年、高校3年生だった金子さんは、芸能事務所アミューズが開催した「アミューズオーディションフェス2014」に参加しました。
ただし、事前に書類を準備して、長い時間をかけて挑戦を決めたわけではありません。
オーディションの存在を知ったきっかけは、友人がSNSに投稿した写真でした。
友人のSNS投稿を見て札幌の会場へ
金子さんが目にしたのは、友人が札幌のオーディション会場から投稿した写真でした。
そこには、受付に多くの参加者が並んでいる様子が写っていたといいます。
金子さんはその投稿を見て、自分も行ってみようと思い立ちました。
2020年の『家庭画報』のインタビューでは、会場まで約1時間かけて向かったと話しています。
ところが、到着したころにはオーディション会場の片付けが始まっていました。
2025年の『THE CHANGE』のインタビューによると、そんな状況で声をかけてくれた男性がいました。
その人物の計らいによって、金子さんは審査を受けることができたのです。
会場に間に合わなかったかもしれない一人の高校生が、そこから芸能界への入り口をつかみました。
しかも、金子さんに声をかけた男性は、後に金子さんの担当マネージャーになる人物でした。
本人は後年、その出会いが自分の人生を変えた出来事だったと振り返っています。
父親に背中を押され、二次審査と合宿審査に進む
金子さんは、その場で一次審査に合格しました。
次の二次審査は東京で行われることになり、それまで東京へ行った経験がなかった金子さんにとって、大きな出来事となります。
当時は東京への憧れも強く、オーディションに参加した理由の一つが、東京に行ってみたいという気持ちだったことも本人が明かしています。
このとき、父親はアミューズがどのような芸能事務所なのかをパソコンで調べてくれたそうです。
金子さんは、父親から背中を押されて東京での審査へ進んだ経緯を語っています。
二次審査を通過すると、次は合宿審査が待っていました。
オーディションに参加した当初の金子さんは、芸能界に入りたいという強い目標を持っていたわけではありません。
しかし、審査が進む中で、これまで経験してこなかった演技に向き合うことになります。
金子大地が俳優になったきっかけ|初めての演技との出会い
2014年のオーディションは、金子さんが芸能界へ入るきっかけになっただけではありません。
それまで自分とは遠い世界だと思っていた演技を実際に経験する機会にもなりました。
合宿審査で感じた演技の楽しさと負けたくない気持ち
合宿審査では、参加者たちが演技に取り組みました。
金子さんにとっては、それまで本格的に経験したことのなかった世界です。
2014年10月13日の最終審査会で、金子さんは将来の進路が決まっていなかったことや、合宿で演技と出会ったことを語りました。
そこで生まれたのは、もっと上手になりたい、ほかの参加者に負けたくないという気持ちでした。
また、演技をすることを楽しいと感じたことも、当時の記録に残されています。
最終審査会のスピーチで、金子さんは次のように話しています。
僕にとって今日はスタートです。
出典:Audition & Debut「アミューズオーディションフェス2014」最終審査会レポート(2014年10月13日)
審査を受けるまでは、俳優になるという具体的な目標を持っていませんでした。
しかし、演技を経験し、上達したいと思うようになったことで、進みたい方向が少しずつ見え始めたのです。
一方で、このとき演技の面白さを知ったことと、その後ずっと迷わず俳優を続けられたことは同じではありません。
金子さんは後年、上京してからの数年間、本当の意味で芝居が好きなのか分からなかったとも話しています。
演技との出会いは2014年でしたが、俳優という仕事への思いは、その後の経験の中で少しずつ変わっていきました。
俳優・モデル部門賞を受賞し『カサネ』でドラマデビュー
「アミューズオーディションフェス2014」は、3万2214人が応募した大規模なオーディションでした。
その最終審査会で、金子さんは俳優・モデル部門賞を受賞しました。
なお、このオーディションのグランプリは清原果耶さんです。
金子さんと同じ年の受賞者には、WOWOWドラマ賞を受賞した堀田真由さんもいました。
オーディション終了後の2014年10月15日には、公式Xアカウントが部門賞受賞者を紹介する投稿を公開しています。
オーディションを経て芸能事務所に所属することになった金子さんは、翌2015年、テレビドラマ『カサネ』第1話に出演します。
2017年の『CREA』のインタビューでは、『カサネ』が初めての演技の仕事だったことを振り返っています。
当時の金子さんは、まだ北海道に住む高校生でした。
撮影現場で実際に芝居をすることは、オーディションで演技を経験したときとはまた違う出来事でした。
ここで整理しておきたいのは、2014年が芸能界入りのきっかけ、2015年が確認できる初めてのドラマ出演という点です。
オーディションの受賞と、俳優として撮影現場に立ったことを区別すると、金子さんの歩みがよりはっきりと見えてきます。
上京後の新人時代|アルバイトとオーディションの日々
高校卒業後、金子さんは北海道を離れて東京へ移りました。
芸能事務所のオーディションで賞を受賞し、俳優という新しい目標も見つかりました。
しかし、東京で待っていたのは、華やかな仕事が次々と舞い込む生活ではありませんでした。
2016年3月には、当時所属していたアミューズの公式動画チャンネル「AMUSE MOBILE」から、金子さんの自己紹介動画が公開されています。
10代で芸能界に入り、俳優として歩き始めたころの金子さんを見られる映像です。
高校卒業後に上京し、いくつものアルバイトを経験
金子さんは上京当初、思い描いていた芸能界と現実との違いに戸惑ったそうです。
東京に住むのも初めてで、周囲には北海道で一緒に過ごした友人たちもいません。
仕事は思うように増えず、オーディションを受けても落選することが続きました。
2022年の『anan』のインタビューでは、当時の孤独や焦りについて、率直に振り返っています。
最初の3年間くらいは、本当の意味で好きなのかわからなかったです。
出典:ananweb「金子大地『オーディションに落ちまくって、ただただ何もない孤独』上京当初を振り返る」(2022年)
俳優を続けると決めていても、なかなか仕事に結びつかず、周囲との差を感じる日々がありました。
生活のためにアルバイトもしていました。
後年の『THE CHANGE』のインタビューでは、ラーメン店や引っ越し関係の仕事などを経験したことを明かしています。
北海道の友人たちが恋しくなり、帰りたいとこぼすこともあったそうです。
一方で、東京で知り合った俳優仲間との出会いもありました。
映画が好きな俳優の友人と一緒に映画やお笑いを見ながら過ごすうちに、自分がどのような作品に関わりたいのか、どんな俳優になりたいのかを少しずつ考えるようになったといいます。
演技を始めるきっかけをくれたのはオーディションでしたが、俳優の仕事への理解を深めてくれたのは、上京後に出会った人たちでもありました。
映画『逆光の頃』で出会った小林啓一監督
金子さんの新人時代を語るうえで、重要な作品の一つが2017年公開の映画『逆光の頃』です。
『逆光の頃』は小林啓一監督の作品で、京都を舞台に高校生たちの青春を描いています。
金子さんは、この作品で小島役を演じました。
2017年の『CREA』のインタビューでは、経験の少なかった自分を起用してくれた小林監督への感謝を語っています。
大きな役を演じる機会が限られていた新人時代に、自分を選んでくれる監督と出会ったことは、金子さんにとって印象深い出来事でした。
同じ2017年には、映画『ナラタージュ』にも出演しています。
行定勲監督のもとで新堂慶役を演じ、テレビドラマ『明日の約束』ではバスケットボール部のキャプテン・長谷部大翔役を務めました。
中学・高校で続けたバスケットボールと重なる役柄を演じる機会も生まれ、出演作品は少しずつ増えていきます。
そして2018年、金子さんの名前がより多くの視聴者に知られることになる作品と出会いました。
金子大地の転機|『おっさんずラブ』から初主演、大河ドラマへ
2018年以降、金子さんはテレビドラマで印象的な役を演じるようになります。
その後、主演作品で賞を受賞し、映画や大河ドラマにも活躍の場を広げていきました。
2018年『おっさんずラブ』のマロ役で注目される
2018年、金子さんはテレビ朝日の連続ドラマ『おっさんずラブ』に出演しました。
演じたのは、天空不動産で働く新人営業社員・栗林歌麻呂(くりばやし・うたまろ)です。
「マロ」という愛称で呼ばれるこの人物は、先輩に対しても物おじしない言動を見せる若手社員でした。
それまでの出演作とは違った印象の役柄で、金子さんの存在を知った視聴者も増えていきます。
この作品について金子さん自身も、2021年の『BANGER!!!』のインタビューで、マロ役を通して自分を知ってくれた人が多かったと振り返っています。
『おっさんずラブ』は、金子さんが広く名前を知られるようになった代表的な転機の一つでした。
また、父親が息子の出演作を楽しみにしていたことも、金子さん自身が語っています。
北海道にいた高校生がオーディションに参加してから約4年。
その姿は、テレビドラマを通じて多くの視聴者に届くようになっていました。
23歳までの覚悟と『腐女子、うっかりゲイに告る。』での新人賞
『おっさんずラブ』への出演後も、金子さんは俳優としての進路について真剣に考えていました。
2025年の『THE CHANGE』のインタビューでは、以前のマネージャーに、23歳までに結果が出なければ北海道へ帰るつもりだと伝えていたことを明かしています。
それほど、俳優として仕事を続けていくことに対して強い思いを持っていた時期がありました。
そして2019年、金子さんはNHKのドラマ『腐女子、うっかりゲイに告る。』でテレビドラマ初主演を務めます。
演じたのは、自分の性的指向を周囲に明かせず、葛藤を抱えている高校生・安藤純でした。
主人公の内面と向き合う役を演じた金子さんは、この作品で第16回コンフィデンスアワード・ドラマ賞の新人賞を受賞しました。
高校3年生のときに飛び込んだオーディションから約5年後、主演俳優としての仕事が評価される経験をしたのです。
その後、2021年には『猿楽町で会いましょう』で映画初主演を務めています。
同作では、東京で生きる若者たちの関係を描いた物語の中で、小山田修司を演じました。
同じ年には第13回TAMA映画賞で最優秀新進男優賞も受賞しています。
デビュー直後には仕事を得ることに苦戦していた金子さんが、複数の作品で中心的な役を任されるようになっていました。
『鎌倉殿の13人』源頼家役と、その後の俳優としての歩み
2022年、金子さんはNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に出演しました。
演じたのは、源頼朝の息子であり、鎌倉幕府の第2代将軍となる源頼家です。
大河ドラマの中でも重要な役柄で、若い将軍として周囲との関係に悩みながら、厳しい運命へ向かっていく人物を演じました。
2022年の『TV LIFE』のインタビューでは、頼家という人物を単に未熟で横暴な存在として描くだけでなく、魅力のある人物として表現することについて語っています。
テレビドラマで知られるようになった金子さんは、この作品で歴史上の人物を演じる経験も重ねました。
その後も、2023年の『犬神家の一族』や映画『モダンかアナーキー』など、幅広い作品に出演しています。
2024年には、約10年間所属していたアミューズとの契約を4月末で終了しました。
2025年の『THE CHANGE』のインタビューでは、オーディション会場で自分を受け入れてくれた人物が、最初の担当マネージャーとして長く支えてくれたことも振り返っています。
その人物への信頼が深かった一方、仕事上の関わり方が変化していったことも、所属先を見直す理由の一つだったそうです。
その後はマシットスターに所属し、俳優としての活動を続けています。
また2024年には、映画『ナミビアの砂漠』に出演し、カンヌ国際映画祭へ参加する経験もしました。
2025年には井之脇海さんとのダブル主演ドラマ『晩餐ブルース』が放送され、2026年には映画『教場 Requiem』などにも出演しています。
北海道でバスケットボールに打ち込み、将来の進路を決められずにいた高校生が、友人のSNS投稿を見て札幌のオーディション会場へ向かった2014年。
その日に声をかけてくれた人物との出会いから、演技を経験し、東京での下積みを経て、主演作品や大河ドラマへと仕事が広がっていきました。
金子大地さんの俳優としての歩みは、偶然訪れたチャンスと、その後に出会った人々、そして一つずつ積み重ねてきた仕事によって形づくられてきました。
















