福原遥の生い立ち|まいんちゃん時代と家族・学歴、女優を志したきっかけ

福原遥の生い立ちと女優を志した歩みを、クラリネットや本、舞台へ続く光で示した構成

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
ふくはらはるか
カテゴリー
女優
出身地
埼玉県
生年月日
1998年8月28日
芸能活動開始
2005年
女優デビュー
2005年
デビューのきっかけ
子役

福原遥さんといえば、NHK Eテレ『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』の「まいんちゃん」として親しまれ、のちに連続テレビ小説『舞いあがれ!』のヒロインを務めた女優です。

子どものころから芸能界で活動してきたため、幼いころから女優を目指して一直線に歩んできたようにも見えます。

ところが、福原さんが小学1年生で子役事務所に入ったきっかけは、「芸能人になりたい」ではなく「ダンスを習いたい」という気持ちでした。

しかも「まいんちゃん」のオーディションは、学業との両立に悩むなかで、家族と「これで受からなければ芸能活動を辞める」と話して臨んだ大きな分岐点でした。

その後、中学生になって朝ドラ『おひさま』を見たことから、自分の意思で「女優になりたい」という目標が生まれていきます。

今回は、そんな福原遥さんの生い立ちや家族、学生時代、子役から女優になるまでの道のりをご紹介します。

福原遥の生い立ち|埼玉で育った人見知りな子ども時代

福原遥さんは1998年8月28日、埼玉県に生まれました。

テレビでは明るい笑顔の印象が強い福原さんですが、子どものころは活発な一面がある一方で、人前ではかなり緊張するタイプだったそうです。

おてんばな人見知りでした。

出典:girlswalker「福原遥、本日22歳の誕生日!“まいんちゃん”抜擢から女優進出まで 人生のターニングポイント明かす」(2020年8月28日)

芸能界志望ではなく、ダンスが好きな女の子だった

幼い福原さんが好きだったもののひとつがダンスでした。

小学1年生のころ、幼稚園時代の友人からダンス教室を紹介してもらったことが、芸能界へ入るきっかけになります。

ただ、その場所は一般的なダンス教室ではなく子役事務所で、福原さん自身も最初から芸能界を目指していたわけではありませんでした。

本人は後年、当時についてダンスをやってみたいという気持ちで入ったと振り返っており、まずはレッスンやオーディションを経験するところから活動が始まっています。

福原遥さんの芸能界入りは小学1年生。
女優への強い憧れから事務所を探したのではなく、好きだったダンスが入口でした。

人見知りだった少女が、人前に立つ仕事へ足を踏み入れた最初の一歩は、かなり偶然性の高いものでした。

小学1年生で子役事務所へ|最初の演技仕事は『恋の時間』

子役事務所に所属したあと、福原さんが初めて経験した芸能の仕事はCMでした。

一方、俳優としての最初期の仕事として確認できるのが、2005年に放送されたTBS系ドラマ『恋の時間』への子役出演です。

つまり、「初めての芸能仕事」はCM、「初期の演技仕事」は『恋の時間』と分けて考えると、福原さんのスタートが分かりやすくなります。

事務所に入ったからといって、すぐに多くの仕事が決まったわけでもありません。

本人は後年、ドラマのオーディションなどになかなか受からなかった時期があったことも明かしています。

学校に通いながらオーディションを受ける生活が続き、やがて「芸能活動をこのまま続けるのか」という選択に家族で向き合うことになります。

一方で、福原さんは子役事務所に所属したころを振り返り、いろいろな芸能の仕事を経験し、現場へ行くこと自体はとても楽しかったとも話しています。

「仕事が嫌だから辞めたい」という単純な話ではなく、学校生活との両立を含めて、小学生の時点で続け方を考える時期が来ていたのです。

福原遥の家族|父・母・弟と過ごした子ども時代

福原遥さんは、父親・母親・本人・弟の4人家族で育っています。

家族については職業などを推測する情報も見かけますが、福原さん本人が語っているのは、もっと日常に近い思い出です。

海と釣りが好きだった4人家族

福原さんは家族みんなが海好きで、子どものころはよく釣りへ出かけていたと話しています。

華やかな芸能活動とは別に、休日には家族で海へ出かけるような時間がありました。

母親との思い出では、小学生のころに電車で眠くなり、母親だと思って知らない人についていってしまったという微笑ましいエピソードも残っています。

「人見知りだった」という本人の記憶と並べると、家では家族に囲まれて過ごしていた子ども時代の様子が見えてきます。

福原遥さんの生育家族は父・母・本人・弟の4人。
本人は、家族で海へ行き、よく釣りをしていたことを子ども時代の思い出として語っています。

母親との思い出と、芸能活動を支えた家族

福原さんの芸能活動を考えるうえで、家族の存在が大きく表れるのが小学生時代です。

仕事と学校の両立が難しくなった時期、家族は活動を続けることだけを当然の前提にはせず、いったん区切りをつけることも含めて話し合っていました。

そこで「最後のオーディション」にしようと決めて受けたのが、NHK Eテレ『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』でした。

結果は合格し、福原さんの芸能生活は大きく動き出します。

その後も家族は節目に登場し、朝ドラ『舞いあがれ!』のヒロイン決定を知らされた際には、母親が泣いて喜び、「みんなの思いを背負って頑張るんだよ」と言葉をかけたことを福原さんが明かしています。

子役時代の継続を家族で考えた時期から、長年の目標だった朝ドラの合格まで、家族は福原さんの選択を近くで見てきました。

福原遥の学生時代と学歴|「まいんちゃん」と学校生活を両立

福原遥さんの学生時代は、学校生活と芸能活動がほぼ並行して進んでいます。

とくに小学生から中学生にかけて出演した『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』は、仕事の幅だけでなく、その後の人生そのものを変えた作品になりました。

最後のつもりで受けた『アイ!マイ!まいん!』のオーディション

『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』は2009年から2013年まで放送され、福原さんは主人公・柊まいんを演じました。

料理だけでなく、歌やダンス、声優の仕事などにも取り組み、「まいんちゃん」の愛称で広く知られるきっかけになります。

ただし、合格前の福原さんにとっては、芸能活動を続けられるかどうかが懸かったオーディションでもありました。

この作品に受かっていなければ今、私はいない

出典:オリコンニュース「福原遥『私はラッキーガール』 人生最大級の幸運は“まいん”との出逢い【インタビュー】」(2021年10月7日)

放送終了から時間がたった2022年に『まいん』がアンコール放送された際には、福原さん本人もNHK Eテレを通じてスペシャルメッセージを寄せています。

https://twitter.com/nhk_Etele/status/1583714772054593536

番組のスタッフとは放送終了後も連絡を取り合い、福原さん自身が「家族のよう」と表現するほど長い関係が続きました。

中学2年生だった2012年には『ピチレモン』の「第20回ピチモオーディション」で約9000人の中からグランプリを獲得し、専属モデルとしての活動も始めています。

学校に通いながら、子ども番組、モデル、演技と活動の幅が広がっていった時期でした。

「まいん」と「クックルン」は別番組です。
福原遥さんが出演していた料理番組は『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』で、『ゴー!ゴー!キッチン戦隊クックルン』とは異なります。

吹奏楽部でクラリネット|高校卒業後に選んだ進路

仕事が忙しい学生生活のなかでも、福原さんは中学・高校で吹奏楽部に所属し、クラリネットを担当していました。

本人によるとスポーツは好きだったものの、仕事上「焼けちゃいけない」という意識があり、運動部ではなく吹奏楽部を選んだそうです。

高校時代の思い出としては、卒業記念に友人とおそろいのコーディネートでディズニーへ行ったことも挙げています。

芸能の現場だけで過ごしていたわけではなく、部活動や友人との時間も学生時代の一部でした。

2017年3月18日には高校を卒業していますが、その日は声優として参加した『映画プリキュアドリームスターズ!』の初日舞台あいさつと重なり、学校の卒業式には出席できませんでした。

すると同級生たちが福原さんのために別の卒業式を用意してくれ、本人は「大泣きしちゃって」と当時の出来事を話しています。

子役時代から仕事を続けながらも、学校で築いた友人関係があったことが伝わるエピソードです。

高校卒業後の進路について、18歳のときには大学や専門学校への進学より、芸能の仕事に力を入れたいという意思を本人が語っています。

大学行くとか専門学校に行くとかはあまり決めてないです

出典:MANTAN TV「福原遥、卒業後は進学せず芸能活動に専念」(2016年8月28日)

同じ会見では、女優として芝居をすることが楽しく、それを一番に続けていきたいとも話していました。

「福原遥 岡山理科大学」と検索されることがありますが、大学在籍を示す情報ではありません。
研音の公式活動記録で確認できる接点は、2021年11月に岡山理科大学の「半田山祭」でオンライントークショーへ出演したことです。

大学へ進学する代わりに芸能活動へ軸を置いたことで、高校卒業後は女優として経験を積む時間が増えていきました。

2019年に「もし大学生だったら」と尋ねられたインタビューでも、福原さんは大学生活を「全然想像つかない」と答え、もし通っていたならスポーツ系の部活やサークルをやってみたいと話しています。

中学・高校では仕事への影響から日焼けを避けて運動部に入らなかったため、仕事をしていない自分なら外で思い切りスポーツをしていたかもしれない、と想像していました。

福原遥が女優を志したきっかけ|朝ドラ『おひさま』との出会い

福原遥さんは小学1年生から演技の仕事を経験していますが、「演技をしていた時期」と「女優を自分の将来として選んだ時期」は同じではありません。

本人が本格的に女優を志すようになったのは、中学生になってからでした。

中学生で初めて「女優になりたい」と思った理由

中学生のころ、福原さんは学校と仕事のことで悩んでいた時期に、2011年度前期のNHK連続テレビ小説『おひさま』を見ていました。

井上真央さん演じるヒロイン・陽子が、困難のなかでも明るく前へ進んでいく姿に励まされたそうです。

私もいつか朝ドラに出て同じように背中を押せる存在になりたい

出典:RBB TODAY「【インタビュー】福原遥、朝ドラ『舞いあがれ!』のヒロイン抜擢に『全力投球で走り切りたい!』」(2022年9月19日)

それまでにも子役として演技はしていましたが、ここで初めて「人に何かを届けられる女優になりたい」という自分自身の目標がはっきりします。

しかも憧れたのは、ただドラマに出ることではなく、自分自身が力をもらった朝ドラという場所に立つことでした。

2016年の高校生時代にも、目標とする女優に井上真央さんの名前を挙げており、『おひさま』で生まれた憧れは一時的なものではありませんでした。

16歳で研音へ移籍|子役から女優へ軸足を移す

2015年7月、福原さんは長く所属していた子役事務所を離れ、研音へ所属しました。

当時16歳で、子役として知られていた福原さんにとって、女優として新しい環境へ進む節目でした。

翌2016年のインタビューでは、「まいんちゃん」と呼ばれることへの感謝を持ちながら、それとは別に女優として認められたいという思いを語っています。

女優・福原遥として見られるようになりたい。

出典:オリコンニュース「福原遥、“女優”としての新たな決意語る『お芝居で認められる力をつけたい』」(2016年6月29日)

「まいんちゃん」を消すのではなく、大切な経験として持ったまま、その先の役を演じられる力を身につけようとしていた時期です。

このころの福原さんが「朝ドラ」を目標に掲げ、子役のイメージから女優として新しい役へ進もうとしていた様子は、ORICONの公式インタビュー映像にも残っています。

2016年には『グッドモーニング・コール』で白石隼也さんとダブル主演を務め、女優として長い物語を背負う経験も増えていきました。

同じ2016年には『MARS~ただ、君を愛してる~』など、それまでの明るい「まいんちゃん」の印象とは異なる役にも挑み、自分で役を作る難しさを経験しています。

「まいんちゃん以上の何かをつかみたい」という言葉どおり、10代後半は子役時代に得た知名度に頼るのではなく、役ごとに新しい表情を見せる時期になっていきました。

「まいんちゃん」から女優・福原遥へ|キャリアを変えた転機

研音への移籍後、福原遥さんはドラマや映画でさまざまな役を経験していきます。

ここで大切なのは出演作を並べることではなく、福原さん本人が後から振り返ったときに、芝居への向き合い方が変わった作品です。

『グッドモーニング・コール』『3年A組』で深まった芝居への思い

2016年に主演した『グッドモーニング・コール』は、福原さん自身が後に思い出深い役として挙げている作品です。

その約3年後、20歳になった福原さんは、この作品を自分の転機のひとつとして振り返っています。

ここでお芝居の基本を、立ち位置から動き、あとは楽しさも教わった

出典:MANTANWEB「福原遥:20歳の自覚『自分たちの時代を』 『3A』『賭ケグルイ』経て気持ちに変化」(2019年5月3日)

そして2019年、日本テレビ系『3年A組-今から皆さんは、人質です-』で水越涼音を演じます。

強いメッセージを持つ作品で同世代の俳優たちと芝居をした経験から、福原さんは「人の心を動かせるような芝居」への思いをさらに強くしていきました。

『まいん』で幅広い表現を経験し、『グッドモーニング・コール』で芝居の基本を学び、『3年A組』で伝えることへの意識が深まる。

子役時代から続いていた演技は、少しずつ「自分がどんな役者になりたいのか」を考える仕事へ変わっていきました。

4回目の朝ドラオーディションで『舞いあがれ!』ヒロインへ

中学生のころに『おひさま』を見て抱いた朝ドラへの憧れは、すぐに実現したわけではありません。

福原さんは朝ドラのヒロインオーディションに複数回挑み、『舞いあがれ!』で迎えたのは4回目の挑戦でした。

ヒロインオーディションは4回目でした。

出典:オリコンニュース「【舞いあがれ!】福原遥、朝ドラ撮影は『毎日が青春』 4回目オーディションで掴んだヒロイン役」(2022年10月23日)

2021年11月、2545人が応募したオーディションから、2022年度後期の連続テレビ小説『舞いあがれ!』のヒロイン・岩倉舞役に選ばれました。

過去の朝ドラオーディションでは最終審査まで残れなかったこともあり、『舞いあがれ!』でも「出せるだけの力を全部出して、後悔のないようにしよう」という気持ちで臨んだと振り返っています。

学生時代に見ていた朝ドラから勇気をもらった側だった福原さんが、今度は朝ドラの主人公として物語の中心に立つことになりました。

合格を聞いた母親は泣いて喜び、福原さん自身も、学生時代から朝ドラに力をもらってきたことを振り返っています。

さらに、子どものころに出演した『アイ!マイ!まいん!』のスタッフからも祝福の連絡が届きました。

小学1年生で芸能活動を始めたことと、中学生で女優を志したことは別の出来事です。
ダンスをきっかけに子役事務所へ入り、『まいん』で活動が続き、『おひさま』を見て女優と朝ドラを目標にし、4回目のヒロインオーディションで『舞いあがれ!』へたどり着きました。

ダンスを習いたくて子役事務所へ入った小学1年生は、いくつもの仕事と出会いを重ねながら、自分の意思で女優という道を選んでいきました。

芸能活動を辞めるつもりで受けた『まいん』と、中学生のころに生まれた朝ドラへの憧れは、長い時間を経て『舞いあがれ!』のヒロインという到達点につながりました。