藤﨑ゆみあの生い立ち|6人家族と広島でのモデル活動、女優デビューまで

藤﨑ゆみあの笑顔の肖像イラストと、生い立ち・6人家族・広島でのモデル活動・女優デビューを紹介する見出し

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
ふじさきゆみあ
カテゴリー
女優
出身地
広島県
生年月日
2008年2月16日
女優デビュー
2023年
デビューのきっかけ
モデル

Netflixシリーズ『イクサガミ』で香月双葉役を演じ、岡田准一さんや清原果耶さんと共演した藤﨑ゆみあさん。

2023年にはドラマ『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』でテレビドラマ初出演を果たし、第102回全国高校サッカー選手権大会の応援マネージャーにも選ばれました。

そんな藤﨑さんは、広島県で父親、母親、姉2人、兄1人と暮らしていた4人きょうだいの末っ子です。

子どものころに父親と通った映画館で女優に憧れ、姉の勧めで地元のモデル事務所へ入りました。

ところが、高校進学の時期に広島から東京へ移り、15歳でドラマ出演を経験するとは、本人も当初は考えていなかったそうです。

今回は、そんな藤﨑ゆみあさんの生い立ちや家族、学生時代、芸能界へ入ったきっかけ、女優として最初の仕事から『イクサガミ』までの道のりをご紹介します。

藤﨑ゆみあの生い立ちと家族|広島で育った4人きょうだいの末っ子

藤﨑ゆみあさんは、2008年2月16日生まれ、広島県出身です。

幼いころから家族と映画を観たり、きょうだいと遊んだりする時間を過ごしてきました。

特に父親との映画館での思い出は、後に女優を目指すきっかけにもなっています。

父親と通った映画館で芽生えた女優への憧れ

藤﨑さんの父親は仕事で忙しいなか、娘と一緒に映画館へ行く時間を作ってくれていたそうです。

映画が始まる前に流れる予告編も好きで、大きなスクリーンで作品を観ることが日常の楽しみになっていました。

2025年のインタビューでは、観たい映画があることを励みに学校生活を頑張っていたと振り返っています。

特に印象に残っているのが、2017年公開の映画『チア☆ダン~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~』でした。

広瀬すずさんらが演じる高校生たちの姿を観て、スクリーンの中で生き生きと表現する俳優に憧れたといいます。

こんなキラキラしたふうに自分もなりたい

出典:ENCOUNT「ドラマやCMで話題の藤崎ゆみあ、“芝居の父”は岡田准一」(2025年8月23日)

そのころは、女優になるために何をすればいいのか、具体的な方法までは分かっていませんでした。

それでも、自分も映画に出演し、誰かの楽しみの一部になりたいという気持ちは、幼いころから持っていたそうです。

後年のインタビューでは、父親からよく言われていた「準備が全て」という言葉も紹介しています。

演技の仕事を始めてからも、撮影現場へ入るまでにどれだけ準備できるかを大切にしていると話しました。

姉2人・兄1人と過ごしたにぎやかな家庭

藤﨑さんの家族は、父親、母親、姉2人、兄1人、本人の6人家族です。

4人きょうだいの末っ子で、幼少期には年上のきょうだいに囲まれて育ちました。

藤﨑ゆみあさんのきょうだいは、12歳上の姉、6歳上の姉、3歳上の兄、そして末っ子の藤﨑さんです。姉2人にはバスケットボールの経験があり、兄はサッカーをしていたと紹介されています。

実家では猫も飼っていたそうで、家の中には家族の会話や生活の音がいつもありました。

にぎやかな家庭で過ごしたことは、東京で初めて一人暮らしをした際に、改めて実感することになります。

家族との関係については、上京後の変化も印象的です。

中学生のころは親の行動に納得できないこともあったものの、自分で生活するようになってから、その行動が思いやりだったと感じる場面が増えたと語っています。

2025年の取材では、上京してから家族との会話が増え、以前より仲良くなれたとも話していました。

兄とのバドミントンと負けず嫌いだった子ども時代

藤﨑さんは、自分の性格について負けず嫌いだと話しています。

その性格がよく分かるのが、子どものころに兄とバドミントンをした思い出です。

3歳年上の兄は強く、スマッシュを打たれると簡単には返せませんでした。

藤﨑さんが手加減をお願いしても、兄も負けず嫌いだったため、なかなか応じてくれなかったそうです。

それでも遊びを終わりにせず、勝つまで何度も挑戦していました。

私が勝つまで何度も『もう一度』『もう一度』と言った記憶があります。

出典:マイナビニュース「藤崎ゆみあ、19代目高校サッカー応援マネージャーに決定 負けず嫌いの口癖は『もう一度』」(2023年11月8日)

同じインタビューでは、きょうだい全員が負けず嫌いだったとも話しています。

家族での何気ない遊びにも、それぞれが簡単には引き下がらない様子があったようです。

広島の中学時代|お弁当作りとモデル活動の始まり

中学生になった藤﨑さんは、学校生活のなかで料理を楽しみながら、芸能界に触れる機会も得ました。

この時期に始めたお弁当作りと、姉の勧めによるモデル事務所への所属は、それぞれ後の生活につながる経験になっています。

中学1年生から自分でお弁当を作るように

藤﨑さんが朝のお弁当作りを始めたのは、中学1年生の途中でした。

もともと料理が好きで、自分でも作ってみようと思ったことがきっかけだったそうです。

最初は慣れていなかったため、かなり早い時間に起きて準備していました。

家にある食材をスマートフォンで検索し、表示されたレシピを参考に料理を作ることも楽しんでいたといいます。

自分のお弁当だけでなく、父親や姉の分も詰めることがありました。

お父さんやお姉ちゃんの分のお弁当も詰めてあげたりしていました

出典:TVガイドみんなドラマ「『最高の教師』で初演技の藤﨑ゆみあ『ぶつかりにいくしかない』」(2023年9月9日)

続けるうちに料理の手際がよくなり、朝の準備にかかる時間も短くなっていきました。

所属事務所のプロフィールでも、お弁当作りと早起きは特技に挙げられています。

中学時代からの習慣が、芸能活動を始めてからも役立っていたようです。

姉の勧めで広島のモデル事務所へ

映画をきっかけに俳優への興味を持っていた藤﨑さんですが、最初から演技の仕事を始めたわけではありません。

中学1年生ごろ、姉に勧められて広島のモデル事務所へ入ったことが、芸能活動の入口でした。

2023年のインタビューでは、憧れはあっても自分から行動に移せずにいたところ、姉の勧めが背中を押してくれたと話しています。

宣材写真の撮影については、最初はカメラがあまり好きではなかったとも振り返っていました。

それでも、プロのスタッフに撮影してもらった写真を見ることで、自分がどのように写るのかを知り、撮影を少しずつ楽しめるようになったそうです。

ただし、広島でモデル事務所に所属していたことと、継続的にモデルの仕事をしていたことは分けて考える必要があります。

コロナ禍で仕事の経験が少なかった地元時代

中学生として過ごした時期は、新型コロナウイルス感染症の流行とも重なっていました。

2025年のインタビューで広島時代の活動について尋ねられた際には、次のように答えています。

実は当時、お仕事は全くしたことがなくて。

出典:クランクイン!「藤崎ゆみあ、俳優志望の原点は父親と過ごした映画館 一人暮らしを経験し家族との関係にも変化」(2025年8月24日)

2023年には宣材写真の作品撮りを最初の仕事として話していましたが、地元で多くの商業案件を経験したという経歴ではなかったようです。

モデル事務所への所属が先で、女優としての本格的な仕事は上京後に始まりました。

そんな中学生時代に、東京の芸能事務所から思いがけない話が届きます。

15歳で広島から東京へ|芸能事務所からの声かけと上京

藤﨑さんが東京で女優活動を始めることになったのは、地元のモデル事務所に所属していた中学生のころでした。

当初は高校を卒業してから上京することも考えていたそうですが、その予定は大きく変わることになります。

東京の事務所が広島まで会いに来てくれた

藤﨑さんに声をかけたのは、東京の芸能事務所METEORAの関係者でした。

所属事務所の代表がSNSを通じて藤﨑さんを見つけたことが、芸能界入りのきっかけとして紹介されています。

その後、事務所のマネージャーが広島まで足を運び、直接話をする機会がありました。

2026年のインタビューでは、わざわざ東京から会いに来てくれたことがうれしく、その場で「東京に行きます!」と即答したと振り返っています。

それまでの藤﨑さんは、東京へ行くなら高校卒業後にアルバイトをしてお金をためてからになるかもしれないと考えていました。

だからこそ、高校生のうちに東京で仕事ができるという話は、本人にとってもうれしい出来事だったそうです。

姉が勧めたのは広島でのモデル活動で、東京へ進む直接のきっかけはMETEORAからの声かけでした。

2023年にMETEORAへ所属

2023年2月1日、藤﨑さんは株式会社METEORAへの所属を自身の公式Xで報告しました。

投稿には、人との関わりへの感謝や、継続を大切にして活動する思いがつづられています。

その年の春には広島を離れ、東京での生活を始めました。

高校へ進学する時期でもあり、生活の場所と芸能活動の環境が一度に変わったことになります。

ただし、東京での仕事が早く決まったことは、長くモデルとして働いていたことを意味するわけではありません。

広島での事務所所属を経て、東京では新しい活動を始めるという順序でした。

高校進学と初めての一人暮らし

藤﨑さんは、15歳で上京し、家族と離れて一人暮らしを始めました。

6人家族の家では、誰かが話したり、物音を立てたりするのが当たり前でした。

ところが東京の部屋は、家に帰っても誰もいない静かな空間です。

実家にいた猫の姿もなく、朝に家族から起こしてもらうこともなくなりました。

静かすぎる部屋では落ち着かず、集中したいときに家族へ電話をかけることもあったそうです。

電話では家族がそれぞれ好きな話をしており、その声を聞いて過ごしていました。

一人分の料理にも、慣れるまで時間がかかったといいます。

中学生のころは家族6人分のみそ汁を作っていたため、東京で一人分を作ろうとしても量の調整が難しく、どんぶり半分ほどになってしまうことがあったそうです。

一方、仕事の面では上京して間もなくドラマへの出演が決まりました。

慣れない土地での生活と並行して、初めての本格的な演技の現場に向かうことになります。

『最高の教師』でテレビドラマ初出演|女優としての第一歩

2023年、藤﨑さんは日本テレビ系ドラマ『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』に出演しました。

東京での生活を始めたばかりの15歳にとって、同作はテレビドラマの撮影現場を経験する最初の機会となりました。

2023年、阿久津由利役でドラマデビュー

藤﨑さんが演じたのは、鳳来高校3年D組の生徒・阿久津由利です。

阿久津は成績優秀な生徒ですが、大好きなアニメを夜遅くまで観てしまい、寝坊や遅刻をする一面も持っています。

藤﨑さん自身もアニメが好きだったため、役との共通点を感じていたそうです。

2023年6月10日には、初めてのドラマ出演であることを公式Xでも報告しています。

作品には松岡茉優さん、芦田愛菜さんをはじめ、多くの俳優が出演していました。

幼いころからテレビで観ていた人たちと同じ現場に立つことは、藤﨑さんにとって新鮮な経験だったといいます。

一方で、経験豊富な共演者たちとの違いを感じ、もっと演技を勉強したいという気持ちも強くなりました。

初めての撮影現場で学んだ演技の世界

藤﨑さんは、撮影現場で出番を待っている間も、ほかの出演者の演技をよく見ていたそうです。

控室で共演者と話すこともありましたが、セットの近くや監督たちがいる場所でモニターを見ている時間が多かったといいます。

監督の近くにいると、台本を読むだけでは気づかなかった場面の意図を知ることができました。

役作りについても、ほかの人の演技をそのまま真似するのではなく、自分が演じる阿久津由利を理解することを意識していました。

演技経験が少ないなか、自分にできることから取り組んでいた様子がうかがえます。

後年のインタビューでは、この作品を俳優としての大切な柱の一つに挙げています。

初めてドラマに参加した経験は、出演したという記録だけでなく、演技の仕事がどのようなものかを知る時間でもありました。

菅田将暉『ユアーズ』のMV出演

2023年には、菅田将暉さんの楽曲『ユアーズ』のミュージックビデオにも出演しました。

『ユアーズ』は『最高の教師』の主題歌として使用された楽曲です。

ドラマで演じる仕事を経験し、同じ作品に関わる音楽の映像にも出演することになりました。

演技の現場だけでなく、音楽を映像で表現する仕事にも触れた時期でした。

初ドラマの放送が終わった後も、藤﨑さんには新しい仕事が続きます。

高校サッカー19代目応援マネージャーへの抜擢

2023年11月、藤﨑さんは第102回全国高校サッカー選手権大会の19代目応援マネージャーに選ばれました。

歴代には堀北真希さん、新垣結衣さん、広瀬すずさん、清原果耶さんらが名を連ねており、藤﨑さんも以前から憧れていた仕事だったそうです。

高校1年生で憧れの応援マネージャーに

就任の知らせを受けた当時、藤﨑さんは高校1年生でした。

自宅の掃除をしていたときにマネージャーから電話がかかってきて、応援マネージャーに決まったことを伝えられたといいます。

あまりに自然な口調で告げられたため、思わず聞き直してしまったそうです。

その後もしばらく実感が湧かず、家族に報告するまで少し時間を置きました。

3日間くらい家族にも内緒で誰にも言わずに黙っていて

出典:日本テレビ「藤﨑ゆみあ 第102回全国高校サッカー選手権大会 応援マネージャーに決定!」(2023年11月8日)

ようやく家族に知らせた際も、最初は応援マネージャーという仕事の大きさがうまく伝わらず、驚いてもらうまで説明したというエピソードを明かしています。

藤﨑さんが特に印象に残っていた歴代の応援マネージャーは、第97回大会を担当した清原果耶さんでした。

高校生と一緒に踊る清原さんの姿を見て、格好いいと感じていたそうです。

その清原さんとは、後に『イクサガミ』で共演することになります。

選手との交流とリフティングへの挑戦

藤﨑さん自身は、学校の部活動に所属した経験がないと話しています。

そのため応援マネージャーとしては、選手たちがどのように練習し、仲間同士でどんな会話をしているのかを知りたいと考えていました。

大会では、選手への取材や応援を通して、高校サッカーに取り組む同世代の姿に触れました。

応援マネージャー恒例のリフティング企画にも挑戦し、10回連続を記録しています。

本来は19代目にちなんで19回を目指していたそうですが、練習では2桁に届いていなかったため、本番で10回できたことを喜んでいました。

この経験については、後年のインタビューでも、全国の高校生と直接対話できたことがうれしかったと振り返っています。

上京から1年もたたないうちに、憧れていた仕事の一つを経験しました。

映画『パレード』で藤井道人監督と出会う

テレビドラマへの出演に続き、藤﨑さんは映画の世界にも進みました。

2024年2月29日にNetflixで配信された映画『パレード』は、藤井道人監督が手がけた作品です。

この映画について藤﨑さんは、初めての撮影を経験した作品だったと自身の言葉で説明しています。

2024年、映画初出演で経験したこと

『パレード』は、亡くなった人たちが大切な人への思いを抱えながら過ごす世界を描いた映画です。

藤﨑さんにとっては映画初出演作であり、撮影当時はまだ俳優の仕事について知らないことばかりだったと振り返っています。

本人は以前から藤井道人監督の作品が好きで、いつか出演してみたいと思っていました。

2024年2月29日の公式Xには、映画に参加できた喜びとともに、この作品が自分の始まりだったという思いが記されています。

ここで少しややこしいのが、撮影した順番と作品が世に出た順番の違いです。

テレビドラマ初出演として先に放送されたのは2023年の『最高の教師』ですが、本人が初めての撮影作品と語ったのは『パレード』でした。

出演作の「デビュー」は、撮影を経験した順番と公開・放送された順番が異なることがあります。藤﨑さんの場合、ドラマ初出演は『最高の教師』、本人が最初の撮影作品と表現した映画は『パレード』です。

『パレード』で出会った藤井監督とは、その後、さらに大きな役で仕事をすることになります。

オロナミンCなどのCM出演で広がった仕事

2024年には、映像作品以外でも藤﨑さんの出演機会が増えました。

個別指導塾スクールIEのCMをはじめ、東京メトロやクスリのアオキなどの広告にも出演しています。

そのなかの一つが、大塚製薬「オロナミンC」のCMでした。

オロナミンCのCMには、過去に清原果耶さんや森七菜さんらも出演しています。

藤﨑さんは後年、高校サッカー応援マネージャーとともに、このCMへの出演も貴重な経験だったと語りました。

ドラマ、映画、広告と異なる撮影現場を経験した後、藤﨑さんは再び藤井道人監督の作品に参加します。

『イクサガミ』ヒロインへの抜擢|岡田准一から学んだ演技

2025年11月13日、Netflixシリーズ『イクサガミ』の配信が始まりました。

藤﨑さんは同作で、香月双葉役を演じています。

岡田准一さんが主演とプロデューサー、アクションプランナーを務めた作品で、藤﨑さんにとって本格的なアクションに挑戦する機会にもなりました。

藤井道人監督作品で香月双葉役を演じる

『イクサガミ』は、今村翔吾さんの小説を原作とする時代劇アクションです。

明治時代を舞台に、参加者たちが生き残りをかけて争う物語が描かれます。

藤﨑さんが演じた双葉は、主人公・嵯峨愁二郎と行動をともにする少女です。

刀を使う場面や、森の中を走る場面など、これまでの出演作とは異なる身体的な表現が求められました。

藤井道人監督とは、映画『パレード』に続く仕事になりました。

2023年に上京してドラマ出演を経験した藤﨑さんが、数年後には大規模な時代劇作品で主要人物を演じることになったのです。

撮影前の木刀の稽古と役作り

アクション経験が豊富ではなかった藤﨑さんは、撮影に向けて身体づくりにも取り組みました。

2026年のインタビューでは、撮影までに半年から1年ほどの準備期間があり、筋力トレーニングや食事を工夫していたと話しています。

特に印象的なのが、岡田准一さんから教わった木刀の練習です。

アクション練習の際に何をすればよいか尋ねると、岡田さんが練習用の木刀を貸してくれました。

そこで教えられたのは、毎日木刀を100回振ることでした。

藤﨑さんはその言葉どおり、家でも毎日100回振り、基本の型を身体に覚えさせていったそうです。

双葉のアクションは、相手を攻めるよりも、受け流す、守る、逃げるといった動きが中心でした。

そのため、体勢を崩されてもすぐに立て直せるよう、繰り返し練習を重ねています。

岡田さんからは演技についても細かく教えてもらったといい、藤﨑さんは大きな影響を受けた共演者として名前を挙げています。

以前は映画館の客席から俳優の姿を見ていた少女が、今度は岡田さんと同じ撮影現場で、役を演じるための準備に取り組んでいました。

岡田准一・清原果耶との共演で得た経験

『イクサガミ』の撮影では、岡田准一さんだけでなく、清原果耶さんとの交流も深まりました。

清原さんは衣笠彩八役として出演し、藤﨑さんにとっては憧れの先輩の一人でもありました。

前述の高校サッカー応援マネージャー時代には、清原さんが過去の大会で踊っていた姿に憧れたと話しています。

その相手と、今度は同じ作品の中でアクションに挑戦することになりました。

撮影中、清原さんが背中をさすって励ましてくれたこともあり、藤﨑さんは感謝していると語っています。

撮影後も清原さんを姉のように慕い、「果耶姐(カヤネエ)」と呼ぶようになったそうです。

一方、岡田さんとの撮影で特に忘れられない場面として挙げたのが、双葉が神楽舞を舞うシーンでした。

日の出前から練習を重ね、森の中で神楽を舞い終わって振り向くと、岡田さん演じる愁二郎が立っていたといいます。

その姿が、藤﨑さんには大きな御神木のように見えたそうです。

撮影後に岡田さんから声をかけてもらったことも、忘れられない思い出として話していました。

2025年11月には、岡田さん、清原さん、東出昌大さんと一緒に、作品のアクションや撮影経験について語る座談会にも参加しています。

映像では、双葉の動きの特徴や、出演者それぞれが撮影を通して感じたことを本人たちの言葉で聞くことができます。

ドラマ初出演のころは、監督の近くでモニターを見ながら演技を学んでいた藤﨑さん。

『イクサガミ』では、共演者から直接教わりながら、長い準備期間を経て一つの役に向き合う経験を重ねました。

高校生活から大学進学へ|学業と女優活動の両立

藤﨑さんは、芸能活動を本格的に始めた時期に高校へ進学し、東京で学生生活を送りました。

ドラマ、映画、CMなどの仕事が続くなか、学校で過ごす時間も大切にしていたそうです。

東京での高校生活と支えてくれた友人

2023年春に上京した藤﨑さんは、それまでの広島での生活とは異なる環境で高校時代を過ごしました。

中学時代はコロナ禍の影響もあり、学校行事などを十分に楽しめなかったと振り返っています。

一方、東京での高校生活では、友人たちが大きな支えになってくれたそうです。

勉強で困ったときに助けてもらったこともあれば、気持ちの面で支えてもらったこともありました。

2026年3月のインタビューでは、友人との何気ない会話や雑談の時間が、自分にとって大切だったと語っています。

撮影の仕事では年上の俳優やスタッフと過ごすことが多く、学校では同世代の友人たちと接していました。

また、仕事を通して出会った人との交流が学生生活以外にも広がっています。

『最高の教師』で共演した當真あみさんや白倉碧空さんとは、撮影終了後も予定が合えば会う仲になったと話していました。

なお、藤﨑さんが通っていた高校の具体的な学校名は、信頼できる本人発言や公式資料では確認されていません。

2026年の大学進学と新しい学生生活

2008年2月生まれの藤﨑さんは、2026年3月に高校を卒業する時期を迎えました。

同年3月8日に公開されたインタビューでは、高校卒業後、4月から大学へ進学することを本人が明かしています。

そのときに語ったのは、大学で新しい友人を作りたいという思いでした。

3月で高校を卒業し、4月から大学に進学するので、まずはたくさん友達を作りたいです。

出典:めざましmedia「『イクサガミ』ヒロイン・藤﨑ゆみあ 岡田准一との共演で忘れられないこと」(2026年3月8日)

高校時代に友人が勉強や気持ちの面で支えてくれたことから、大学でもさまざまな夢を持つ人たちと出会いたいと考えていました。

2026年夏には、カルチャー誌『CYAN issue 45』でも大学生活と俳優活動の両立について取り上げられています。

大学の名称や学部については、本人や所属事務所による確かな公表は確認されていません。

藤﨑さんが子どものころに思い描いていたのは、映画のスクリーンに映る俳優の姿でした。

広島で姉の勧めを受けてモデル事務所に入り、15歳で上京し、ドラマや映画の撮影現場で演技を学んできました。

そして高校卒業後には大学という新しい学びの場へ進み、俳優の仕事と学生生活の両方を経験することになりました。