穂志もえかの生い立ち|両親と姉との家族、バレエから女優への道

穂志もえかの生い立ちとバレエから女優への道を、人物イラストとバレエ、舞台照明で表現したビジュアル

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
ほしもえか
カテゴリー
女優
出身地
千葉県
生年月日
1995年8月23日
女優デビュー
2017年
デビューのきっかけ
コンテスト・公募

ドラマ『SHOGUN 将軍』で宇佐見藤を演じ、2025年には第30回クリティクス・チョイス・アワードのドラマシリーズ助演女優賞を受賞した穂志もえか(ほし・もえか)さん。

海外でも知られるようになった穂志さんですが、俳優としての出発点をたどると、千葉県で過ごした子ども時代と、4歳から約10年間続けたクラシックバレエに行き着きます。

中学時代には父親との別れを経験し、長く続けていたバレエからも離れることになりました。

その後、高校生で芸能事務所に所属したものの、大学受験を前に一度退所し、女優への道を中断しています。

再び芸能界へ進むきっかけになったのは、上智大学に通っていたころ、知人に勧められて参加した「ミスiD2016」でした。

今回は、そんな穂志もえかさんの生い立ちや家族、学生時代、バレエから女優を目指すようになったきっかけ、芸能界入りから映画初主演までの道のりをご紹介します。

穂志もえかの生い立ち|千葉県で過ごした幼少期とバレエ

穂志もえかさんは、1995年8月23日生まれ、千葉県出身です。

幼いころから人前に出ることが得意だったわけではなく、家と外では少し違う顔を見せる子どもだったと振り返っています。

その一方で、4歳から始めたクラシックバレエには長く打ち込み、学校とレッスンを行き来する日々を過ごしていました。

母親や姉の後ろに隠れていた子ども時代

穂志さんは、2025年7月の渋谷PARCOのインタビューで、幼少期の自分を「内弁慶」だったと表現しています。

家の中では強気なのですが、外に出ると母や姉の後ろに隠れてしまうような子どもでした。

出典:渋谷PARCO「穂志もえか×JIL SANDER|イノセントで美しい、感情を動かす服と色」(2025年7月23日)

家の中では自分の気持ちを出せても、外では母親や姉のそばに隠れてしまうことがあったそうです。

そんな穂志さんに変化をもたらしたのが、小学校時代に出会った親友でした。

その友人は好きな服や色がはっきりしていて、人と違うことを気にせず、自分の世界を持っている人だったといいます。

穂志さんは、友人と過ごすうちに自分の好みや個性を意識するようになり、その出会いが自己表現にも影響したと話しています。

幼いころの穂志さんにとって、家族のそばにいる時間と、親しい友人と過ごす時間は、それぞれ違う形で自分を表現できる場所だったのでしょう。

4歳から始めたクラシックバレエ

穂志さんがクラシックバレエを始めたのは、4歳のころです。

14歳ごろまで約10年間続け、小学校高学年になるころには、授業が終わるとすぐにバレエのレッスンへ向かう生活を送っていました。

バレエは、単なる習い事というよりも、子ども時代の日常の大きな部分を占める活動になっていたようです。

2023年2月の『学生新聞オンライン』のインタビューでは、穂志さんは自分が初めて「演じること」に触れたのはクラシックバレエだったと振り返っています。

バレエでは音楽に合わせて体を動かすだけでなく、作品の物語や役柄を表現する機会もあります。

人前に出ることには控えめだった穂志さんも、バレエの舞台では振り付けや物語の中に入っていくことができたそうです。

バレエを楽しいと感じた経験があったから、表現を続けたいと思ったような気がします

出典:Loogg「弱さも失敗も認めて。踏み出した先に見つけた、穂志もえかの在り方」

女優を目指す前から、穂志さんには約10年間の舞台表現の経験があったのです。

穂志もえかの家族|父親・母親と姉との思い出

穂志さんの生育家族には、父親、母親、5歳年上の姉がいます。

本人はインタビューや文章を通じて、両親との別れや姉との関係についても語っています。

幼いころは母親や姉の後ろに隠れていた穂志さんですが、成長するなかで家族との関係も少しずつ変わっていきました。

父親との別れと家族の暮らし

穂志さんは、中学2年生のときに父親を亡くしています。

この出来事については、2024年10月26日に公開した本人のnote「母の遺骨が納められない」で振り返っています。

父親との別れは突然のことで、当時の穂志さんは、中学生として勉強や部活動、学校行事に取り組む日々を送っていました。

父親を思い出して授業中にぼんやりしてしまうこともあったといいます。

そんな時期に、母親や祖父母が自分と姉を支えてくれたことも記しています。

学校へ通いながら日々を過ごせた背景には、家族の支えがありました。

父親との別れを経験した時期は、長く続けていたバレエから離れ、進路について考え始めた中学時代とも重なります。

ただし、穂志さんがバレエを辞めた理由については別に本人の説明があり、父親の死だけが直接の原因だったと断定することはできません。

母親との思い出と2023年の別れ

幼いころの穂志さんにとって、母親は外出先でも自然と後ろに隠れてしまうほど身近な存在でした。

バレエに通っていた子ども時代から、進学、そして女優として仕事をするようになるまで、母親との関係は続いていました。

2023年2月19日には、本人のXで母親への感謝をつづっています。

その後、穂志さんは母親との突然の別れを経験します。

2024年のnoteで、穂志さんは母親が2023年に亡くなったことを明かしました。

母親と最後に電話で話したのは亡くなる前日で、そのときにはいつもと変わらない元気な声を聞いていたそうです。

次の日にも連絡を取るつもりで会話を終えていたことが、本人の文章から伝わります。

中学生だったころの父親との別れとは異なり、母親が亡くなったときには大人になった穂志さんと姉が、葬儀の準備やさまざまな手続きを担うことになりました。

その経験について、穂志さんは2024年の文章で、自分の感情を整理していく過程も率直に記しています。

母親との思い出は、子どものころにそばにいてくれた姿だけでなく、成長してからも続いていた日常の会話の中にも残っていました。

姉との関係と家族についての本人の言葉

穂志さんには、5歳年上の姉がいます。

2016年7月9日には、本人のXで姉妹の写真を公開しました。

高校生の途中くらいまでは周囲から妹らしい立場で接してもらうことが多かったという穂志さん。

大人になってからも、姉妹は両親との別れを経験し、生活上のさまざまなことに一緒に向き合ってきました。

2026年5月30日公開の『毎日キレイ』のインタビューでは、姉の結婚によって自分が感じた変化にも触れています。

それまでは姉のほうが自分を頼っていると考えていたものの、離れてみると自分も姉に頼っていたことに気づいたそうです。

離れてみたら、私こそ依存していたんだと気づきました。

出典:毎日キレイ「穂志もえか:賀来賢人のオファーに『付いていくしかない』 姉の結婚で『寂しくて不安になった』」(2026年5月30日)

穂志さんは、自分と姉は人間としてのタイプが違うとも説明しています。

それでも、必要な場面では互いを頼り、姉妹でさまざまな出来事を乗り越えてきました。

幼少期に後ろへ隠れていた姉は、大人になってからも穂志さんにとって身近な家族であり続けています。

穂志もえかの中学・高校時代|バレエから女優の道へ

穂志さんが女優を目指すようになったのは、中学時代のことです。

約10年間取り組んだクラシックバレエを辞めたあと、新たに打ち込めるものを探すなかで、以前から興味を持っていた演技の仕事へ気持ちが向かっていきました。

高校生になると実際に芸能事務所へ所属し、演技のレッスンも受けています。

中学時代にバレエを辞め、女優を志した

穂志さんは14歳ごろ、それまで続けていたクラシックバレエを辞めました。

2023年の『学生新聞オンライン』では、中学生になるころにはバレエへの情熱が燃え尽きたような状態だったと振り返っています。

さらに、2026年の『anan』のインタビューでは、バレエを辞めなければならなくなった背景に家庭の事情があったことも語りました。

長く続けていた活動が終わったことで、次に何をすればよいのか分からなくなった時期もあったそうです。

そんなとき、ドラマなどを見るうちに、女優の仕事へ興味を持つようになりました。

バレエをしていたころから女優への憧れもあり、演じることを新たな目標として考え始めたといいます。

『anan』では、女優を目指し始めた時期について、中学3年生くらいだったと説明しています。

バレエから離れたあと、再び「表現すること」を仕事にしたいと考えたのが、俳優を志す最初のきっかけでした。

高校時代の事務所所属と演技レッスン

高校生になった穂志さんは、芸能事務所に所属しました。

この時期には実際に演技のレッスンを受けており、その経験について本人は2023年のインタビューで次のように振り返っています。

高校生で事務所に所属し、そこで受けた演技のレッスンは本当に楽しかったです。

出典:学生新聞オンライン「女優 穂志もえか 幾度の挑戦で見えてきた女優としてのやりがい」(2023年2月9日)

幼少期のクラシックバレエに続いて、今度は俳優の仕事として演技に触れる機会を得ました。

ただ、この段階でテレビドラマや映画への正式な出演が始まったわけではありません。

高校時代の経験は、事務所所属と演技レッスンを通じて芸能界に触れた時期として、のちの女優活動とは区別できます。

大学受験を前に芸能活動を離れた理由

演技のレッスンを楽しんでいた穂志さんですが、そのまま芸能活動を続けたわけではありませんでした。

大学受験の時期と重なったことに加え、自分が想像していた芸能界と実際の環境に少し違いを感じたことから、所属していた事務所を辞めることにしたと話しています。

高校時代に一度芸能界へ足を踏み入れたものの、進学を前にその活動から離れました。

女優への憧れが完全になくなったわけではなく、大学へ進んだあとも、その気持ちは残っていたそうです。

高校時代の退所は、芸能活動の始まりと本格的な女優デビューが同じ時期ではなかったことを示す出来事でもあります。

穂志もえかの大学時代|上智大学とミスiD2016

高校卒業後、穂志さんは上智大学文学部ドイツ文学科へ進学しました。

大学では学生生活を送る一方で、以前から抱いていた女優への憧れが消えることはありませんでした。

そして大学2年生のころ、知人からの勧めをきっかけに、再び芸能界へ進む機会が訪れます。

上智大学文学部ドイツ文学科で学んだこと

穂志さんの出身大学は、東京都にある上智大学です。

本人は2026年の『anan』のインタビューで、ドイツ文学科に在籍していたことを明かしています。

周囲には留学する学生も多かったものの、自身は当時、ドイツへ行ったことがなかったと振り返っていました。

海外へ飛び出すことに積極的だったわけではなく、自分の慣れ親しんだ環境から外へ出ることには慎重だったそうです。

また、在学中には「上智大学美女図鑑」のモデルとして、大学内に掲示されたポスターにも登場しています。

2016年6月30日には、「ミスiD」の実行委員長を務めた小林司さんが、当時大学3年生だった保紫萌香さんのポスターを紹介していました。

大学で学びながら芸能活動にも取り組んでいた時期の姿が残されています。

のちにカナダで長期間の撮影を経験する穂志さんですが、大学時代から海外での俳優活動を具体的な目標としていたわけではありませんでした。

また、大学に通いながら芸能活動を再開したため、大学卒業後に初めて芸能界へ入ったわけではないことも、経歴を理解するうえで重要な点です。

友人に勧められたミスiDへの応募

大学2年生のころ、穂志さんは知人から講談社主催の「ミスiD2016」への応募を勧められました。

高校時代に一度芸能活動から離れていたものの、女優になりたいという気持ちは残っていました。

そのため、知人からの勧めを受けてオーディションへの参加を決めたといいます。

応募当時は、現在の芸名である穂志もえかではなく、「保紫萌香(ほし・もえか)」という名前で活動していました。

講談社のミスiD公式YouTubeチャンネルには、2015年9月に公開された、当時の保紫萌香さんの自己紹介動画が残されています。

女優として本格的に活動を始める前、大学生だったころの本人を記録した映像です。

グランプリ受賞から芸能活動の再開へ

穂志さんは「ミスiD2016」で、約4,000人の応募者の中からグランプリに選ばれました。

講談社のオーディションでの受賞は、高校時代に一度離れた芸能界へ再び進む大きなきっかけとなりました。

大学では学業を続けながら、女優としての仕事にも取り組むようになります。

その後、大学4年生のときには映画『少女邂逅』で初主演を務めることになります。

高校時代に一度中断した女優への道が、大学時代のオーディションを経て再び動き始めたのでした。

穂志もえかの女優デビュー|ドラマ出演から『少女邂逅』へ

「ミスiD2016」でグランプリを獲得した穂志さんは、大学在学中からドラマや映画の仕事へ進んでいきます。

初期の出演歴で重要なのが、2017年のテレビドラマ『100万円の女たち』と、2018年に公開された初主演映画『少女邂逅』です。

この時期には芸名も変更しており、旧芸名と現在の名前の両方が作品資料に登場します。

2017年のドラマ出演と初期の演技仕事

2017年、穂志さんはテレビ東京系ドラマ『100万円の女たち』に出演しました。

所属事務所の公式プロフィールにも、2017年の出演作品として記載されています。

『100万円の女たち』は、野田洋次郎さんが主演を務めた連続ドラマです。

穂志さんにとっては、大学在学中に経験した初期のテレビドラマ出演の一つとなりました。

高校時代の演技レッスンとは異なり、実際の映像作品へ出演する段階に進んだのです。

ただし、舞台やその他の演技仕事も含めた最初の出演を、すべて『100万円の女たち』だったと断定するものではありません。

映画『少女邂逅』での初主演

穂志さんが女優として大きな役を任されたのが、映画『少女邂逅』でした。

枝優花監督による本作で、穂志さんは小原ミユリ役を演じ、モトーラ世理奈さんとともに主演を務めています。

物語の中心になるのは、学校生活で居場所を見つけられずにいる少女ミユリと、転校生の紬との出会いです。

穂志さんは、言葉にできない感情を抱えながら過ごすミユリを演じました。

この作品は大学4年生のころに参加した初主演映画で、2018年6月30日に劇場公開されています。

映画の製作時期と劇場公開の年が異なるため、2017年ごろの出演歴として紹介されることもありますが、劇場公開日は2018年です。

高校時代に演技を学び、大学で再び芸能活動を始めた穂志さんにとって、『少女邂逅』は長編映画の主演という新たな経験になりました。

「保紫萌香」から「穂志もえか」への改名

穂志さんは、2018年10月20日に「保紫萌香」から「穂志もえか」への改名を発表しました。

本人は当時のXで、信頼している人たちと一緒に考え、自身の飛躍を願って決まった名前であることを伝えています。

「ミスiD2016」や『少女邂逅』の当時の資料に保紫萌香という名前が残っているのは、改名前に参加した活動だからです。

どちらも同じ人物であり、旧芸名時代の出演歴も穂志もえかさんのキャリアに含まれます。

なお、保紫萌香が戸籍上の本名であるかどうかについては、旧芸名として使われていた事実と分けて考える必要があります。

ミスiDでの受賞、映画初主演、そして改名を経て、穂志さんは新しい名前で俳優活動を続けていきました。

穂志もえかの新人時代|国内作品で重ねた経験

映画『少女邂逅』で初主演を経験したあとも、穂志さんはさまざまな日本映画やテレビドラマへ出演していきました。

大きな主演作だけでなく、物語の一場面を担う役にも参加しながら、作品ごとに異なる人物を演じる機会を重ねています。

『愛がなんだ』『街の上で』などの映画出演

2019年には、今泉力哉監督の映画『愛がなんだ』に出演しました。

恋愛をめぐる複数の人物の関係を描いた作品で、穂志さんは映画初主演後の出演歴を重ねています。

さらに、2021年公開の映画『街の上で』にも出演しました。

下北沢を舞台にしたこの作品では、主人公の青と関わる雪という人物を演じています。

2022年公開の『窓辺にて』、2023年公開の『生きててごめんなさい』などにも出演しました。

『生きててごめんなさい』では、黒羽麻璃央さんが演じる主人公・修一の恋人、莉奈を演じています。

2023年の『学生新聞オンライン』では、この作品に関連するインタビューのなかで、俳優としての歩みや演技への思いを振り返っていました。

こうして、初主演映画以降も複数の監督や共演者と仕事を重ね、映画での出演経験を広げていきました。

テレビドラマで広げた役柄

映画と並行して、穂志さんはテレビドラマにも出演しています。

2020年には、石原さとみさん主演のドラマ『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』に出演しました。

2021年には、松たか子さん主演のドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』にも参加しています。

映画では『少女邂逅』のような主演作から、ほかの人物の物語に関わる役まで経験し、テレビドラマでも異なる作品世界に加わっていきました。

その後、穂志さんの活動に大きな変化をもたらすことになったのが、海外制作ドラマ『SHOGUN 将軍』のオーディションでした。

『SHOGUN 将軍』出演まで|海外オーディションとカナダでの撮影

2024年に配信されたドラマ『SHOGUN 将軍』で、穂志さんは宇佐見藤を演じました。

作品が世界的に知られるようになる前、穂志さん自身も海外の大規模な撮影現場へ参加するまでに、オーディションや長期滞在という新しい経験を重ねています。

セルフテープによるオーディション

穂志さんが『SHOGUN 将軍』のオーディションに参加した際、選考は自分で演技を撮影して送るセルフテープ形式で行われました。

本人が2026年の『anan』で振り返ったところによると、海外作品への参加を大きな目標として計画的に準備していたわけではなかったそうです。

オーディションを受けた時点では、のちに大きな反響を呼ぶ作品になるとは想像していませんでした。

穂志さんは選考を経て、2021年春ごろに出演が決まったと説明しています。

大学時代には海外へ出ることに慎重だった穂志さんが、俳優として今度は長期間の海外撮影に向かうことになりました。

宇佐見藤役に選ばれ、海外撮影へ

『SHOGUN 将軍』は、戦国時代の日本を舞台にした海外制作のドラマシリーズです。

穂志さんが演じた宇佐見藤は、つらい出来事を経験しながらも、物語のなかで重要な役割を担う女性です。

撮影はカナダのバンクーバーで行われ、穂志さんは約8か月間にわたって現地で過ごしました。

日本での映画やテレビドラマの出演経験はあったものの、これほど長い期間、海外の撮影現場で仕事をするのは大きな挑戦でした。

初めての本格的な時代劇ということもあり、着物での所作や役柄の背景について準備を重ねています。

外国語でのコミュニケーションにも不安を抱えていたそうですが、現場には通訳などの支援もあり、スタッフや共演者とやり取りしながら撮影に臨みました。

大学時代には海外へ出ることに臆病だったと振り返る穂志さんにとって、カナダでの約8か月は新しい環境で仕事をする経験になりました。

海外の現場で経験したこと

カナダでの撮影について、穂志さんは2024年8月の『Forbes JAPAN』のインタビューで、現地へ向かう前と撮影を終えて帰国するときの気持ちを振り返っています。

行く前は不安で泣いていましたが、帰るときは帰りたくなくて泣きました(笑)。

出典:Forbes JAPAN「『自分を一度試してみよう』 ハリウッドでの洗礼と学び:穂志もえか」(2024年8月26日)

撮影前は不安を感じていたものの、現地で過ごした時間を経て、帰りたくないと思うほどになっていたそうです。

一方、現場では自分の考えを相手に伝えることの大切さも学んだといいます。

それまでは相手に気を使い、自分から言わずに察してもらおうとすることもありました。

しかし、言葉にしなければ相手には伝わらず、そのまま了承したと受け取られることもあると気づいたそうです。

また、『Forbes JAPAN』では、撮影直前にかつらを直す必要が生じ、慌ただしくセットに入った場面についても話しています。

準備していた通りに進まない状況のなかでも、目の前の演技に集中する必要がありました。

約8か月の海外撮影は、穂志さんにとって宇佐見藤という役を演じるだけでなく、仕事への向き合い方を考える機会にもなったのです。

穂志もえかの転機|『SHOGUN 将軍』から国際的な受賞へ

『SHOGUN 将軍』は2024年に配信され、世界各国で注目を集めました。

作品全体が高い評価を受けるなか、穂志さんが演じた宇佐見藤にも海外の視聴者から関心が寄せられました。

そして2025年、穂志さんはこの役で国際的な賞を受賞することになります。

2024年に広がった宇佐見藤役への評価

2024年配信の『SHOGUN 将軍』では、真田広之さん、アンナ・サワイさん、浅野忠信さんらが出演しています。

穂志さんの宇佐見藤は、表情や所作、感情を抑えた場面での演技も印象的な人物として描かれました。

その姿は海外の視聴者の間でも話題になり、「FUJI-SAMA」と呼ばれるほど親しまれる存在になりました。

2024年には、穂志さん自身も『Forbes JAPAN』の「30 UNDER 30」に選ばれています。

それまで日本の映画やドラマを中心に出演してきた穂志さんにとって、海外制作作品での出演と評価は、活動の場を大きく広げる出来事でした。

同年には日本の所属事務所を離れてフリーランスとなり、自らアメリカへ足を運んで現地のエージェントを探したことも明かしています。

作品への出演だけでなく、自分から海外での活動に向けて行動するようになったことも、この時期の変化でした。

2025年のクリティクス・チョイス賞受賞

2025年2月7日(現地時間)、穂志さんは第30回クリティクス・チョイス・アワードのドラマシリーズ助演女優賞を受賞しました。

受賞対象となったのは、『SHOGUN 将軍』で演じた宇佐見藤役です。

作品全体への賞ではなく、穂志さん個人の演技が評価された受賞でした。

授賞式では英語でスピーチを行い、涙を見せる場面もありました。

高校時代に一度芸能界を離れ、大学時代の「ミスiD2016」をきっかけに女優の道を再び歩み始めた穂志さん。

2018年公開の『少女邂逅』で映画初主演を経験してから約7年後、海外ドラマでの演技によって国際的な賞を受けることになりました。

受賞後の新たな主演作

『SHOGUN 将軍』での評価を経て、穂志さんは新たな主演作品にも参加しています。

2026年1月には、NHK BSのドラマ『京都人の密かな愉しみ Rouge 継承』でドラマ初主演を務めました。

さらに、2026年6月5日には、主演映画『Never After Dark/ネバーアフターダーク』が日本で公開されています。

デイヴ・ボイル監督が手がけ、賀来賢人さんがプロデューサーを務めたこの映画で、穂志さんは霊媒師の愛里役を演じました。

出演のきっかけは、フリーランスとして活動していた時期に、賀来さんのマネジャーから直接届いたメールだったといいます。

2026年5月の『毎日キレイ』のインタビューで、穂志さんは企画書に自分の写真がキャスト候補として載っていたことに驚いたと振り返っています。

自分が主演でよいのかという不安も伝えましたが、賀来さんから作品づくりへの考えを聞き、参加を決めました。

2018年の『少女邂逅』では、大学在学中に長編映画の主演を経験しました。

それから国内作品への出演を重ね、『SHOGUN 将軍』で海外撮影と国際的な受賞を経験したのち、2026年には新たな映画の主演を任されることになったのです。

4歳から続けたバレエ、高校時代の演技レッスン、大学時代の再挑戦。

穂志もえかさんの俳優としての歩みには、一度立ち止まった経験も含め、それぞれの時期に選んできた道が残っています。