永野芽郁の生い立ち|家族と子役時代、女優になるまでの道のり

永野芽郁の生い立ちと子役時代から女優への道のりをテーマに、人物の肖像イラストと舞台の扉、木の枝を配したビジュアル

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
ながのめい
カテゴリー
女優
出身地
東京都
生年月日
1999年9月24日
女優デビュー
2009年
デビューのきっかけ
スカウト

NHK連続テレビ小説『半分、青い。』のヒロインを務め、映画『そして、バトンは渡された』などでも主演を務めてきた女優・永野芽郁さん。

1999年に東京都で生まれ、母親と兄との3人暮らしを経験しながら育ちました。

芸能界へ入ったのは小学3年生のときで、母親と買い物に訪れた吉祥寺でのスカウトがきっかけでした。

ところが、子どもの頃から女優になることを夢見ていたわけではなく、芸能活動を辞めようと考えた時期もあったそうです。

そんな永野さんが女優という仕事に向き合うようになったのは、中学時代に経験したある映画の撮影現場でした。

今回は、そんな永野芽郁さんの生い立ちや家族、幼少期、学生時代、芸能界入りのきっかけ、子役から女優として大きな役をつかむまでの道のりをご紹介します。

永野芽郁の生い立ち|東京都で育った幼少期

永野芽郁さんは、1999年9月24日生まれ、東京都出身です。

幼い頃は外で遊ぶことが好きで、日焼けを気にして過ごすような子どもではなかったといいます。

小学生で芸能界へ入りましたが、学校や友達と過ごす時間も大切にしていました。

子どもの頃は女優よりもバラエティ番組に興味があった

映画やドラマで活躍する姿からは意外ですが、永野さんは子どもの頃、女優やモデルを目指していたわけではありませんでした。

2017年のDeviewのインタビューでは、テレビを見ることは好きだったものの、自分がモデルや女優になりたいとは考えていなかったと振り返っています。

当時の興味について、2022年の『MAQUIA』では次のように話していました。

私はひな壇に座りたいのに

出典:MAQUIA「永野芽郁さんインタビュー。自分の性格・顔について思うこと、子供の頃はどんな子だった?」(2022年7月3日)

スカウトされた当初は、バラエティ番組に出演できるなら頑張ってみたいという気持ちがあったそうです。

ところが、実際に始まったのは演技のレッスンでした。

人前でセリフを言うことが恥ずかしく、思い描いていたテレビの世界とは違っていたといいます。

それでもドラマの撮影現場に行くと、知らなかった世界に触れる面白さを感じるようになりました。

子どもの頃の写真については、2017年5月5日、本人が公式Xに1歳頃の写真を投稿しています。

写真には、自分より大きなウサギのぬいぐるみと一緒に写る幼い永野さんの姿が残されています。

幼い頃から仕事と普通の子ども生活の間で揺れていた

芸能活動が始まってからも、永野さんにとって学校は大好きな場所でした。

友達と遊んだり、毎日学校へ通ったりすることが楽しく、仕事のためにその時間が減ることを残念に感じることもあったそうです。

小学生の頃には、自分だけが仕事をしなければならないことに疑問を感じた時期もありました。

一方、撮影現場には学校とは違う大人たちとの出会いがあり、相談できる人も増えていきました。

2017年のDeviewのインタビューでは、学校、家庭、仕事という3つの場所があったことで、それぞれを楽しめていたのではないかと振り返っています。

仕事を楽しいと感じる一方で、自分に向いているかどうかは分からないという気持ちも残っていました。

子役として活動していた時期には、女優を一生の仕事にするという決意はまだなかったのです。

永野芽郁の家族|母親と兄との3人暮らし

永野芽郁さんの生い立ちを語るうえで欠かせないのが、母親と兄の存在です。

2022年8月21日放送のTBS系『日曜日の初耳学』では、母子家庭で育ち、母親と兄との3人で生活していたことを本人が明かしました。

家庭環境について大変だったと決めつけるのではなく、母親とどのように暮らしていたのかを本人の言葉で振り返っています。

母子家庭で育ち、母親から仕事への責任を教わった

『日曜日の初耳学』では、母子家庭という言葉から苦労の多い暮らしを想像する人もいるかもしれないとしたうえで、家庭の雰囲気を次のように説明していました。

明るく、何でもなんとかなる!

出典:TBS系『日曜日の初耳学』での本人発言(2022年8月21日放送、スポニチ2022年8月22日掲載)

母親は見えないところで大変な思いをしていたかもしれないと気遣いながらも、家庭では明るく過ごしてきたと話しています。

母親の考え方は、永野さんが仕事に向き合う姿勢にも影響していました。

2020年のクランクイン!のインタビューによると、母親からは、仕事を引き受けた以上は最後までやり遂げること、すべて終えたうえで辞めたいなら辞めてもよいことを教えられてきたそうです。

途中で仕事を投げ出さないという母親の教えは、子役時代から大切にしてきた約束でした。

2015年の映画『繕い裁つ人』の撮影で体調を崩した際にも、永野さんは自分で判断し、仕事へ向かう経験をしています。

また、2022年放送の『A-Studio+』では、朝ドラの長い撮影で追い込まれた時期に、母親から無理をしなくてもよいという言葉をかけられたエピソードも紹介されました。

仕事への責任を教える一方で、苦しいときには逃げ道も用意してくれる母親だったことがうかがえます。

永野さんは2022年の『MAQUIA』のインタビューで、年齢を重ねるにつれて自分の顔が母親に似てきたことをうれしく感じているとも話していました。

父親については、母子家庭で育ったという本人の説明は確認できますが、父親の職業や両親が別々に暮らすようになった経緯などを断定できる情報は限られています。

兄との関係|バイクへの興味にもつながった影響

永野さんには兄がいて、幼い頃から兄の好きなものに影響を受けていたそうです。

その一つがバイクでした。

2024年6月5日のウォーカープラスのインタビューでは、ハーレーダビッドソンに乗りたいと思ったきっかけについて、次のように話しています。

兄がバイクに乗っていたので、その影響が大きかったです。

出典:ウォーカープラス「永野芽郁が『兄の影響が大きかった』と語る大好きな趣味を始めたきっかけ」(2024年6月5日)

子どもの頃から兄がかっこいいと感じるものを自分もかっこいいと思い、兄のようにバイクで走ることへ憧れていたといいます。

その後、永野さんは17歳で普通自動二輪免許を取得しました。

2023年12月のテレビ出演では、母親も兄もバイクの免許を持っていて、家族にとってバイクが身近な存在だったことを明かしています。

大型二輪免許も取得し、自分好みにカスタマイズしたハーレーダビッドソンに乗る姿も公開しました。

兄の姿を見て抱いた子どもの頃の憧れが、大人になって自分自身の趣味につながったのです。

永野芽郁の芸能界入り|小学3年生で吉祥寺のスカウト

永野芽郁さんが芸能界へ入るきっかけとなったのは、小学校3年生の頃に東京・吉祥寺でスカウトされたことでした。

本人が芸能界を目指してオーディションに応募したのではなく、普段の買い物の途中で突然声をかけられたそうです。

母親と買い物中に声をかけられた

スカウトされた場所は、吉祥寺の商店街「サンロード」です。

当時は母親と買い物に訪れていました。

2016年5月29日には、本人が公式Xでスカウトされた場所について振り返っています。

2017年のDeviewのインタビューでは、その頃は「スカウト」という言葉も、芸能事務所が何をする場所なのかも分からなかったと振り返っています。

帰宅後、母親に事務所について尋ねると、テレビに出演している人たちがいる場所だと教えてもらったそうです。

永野さんは、それなら自分もテレビに出られるのだろうという気軽な気持ちで受け止めていました。

実際に芸能事務所に入ってからも、最初から大きな目標を決めていたわけではありません。

本人にとっては、学校とも家庭とも違う新しい場所へ通い始めた感覚に近かったようです。

なお、永野さんは2017年に映画『PARKS パークス』の舞台あいさつで吉祥寺を再び訪れています。

その際には、学生時代に友達と訪れたこともある吉祥寺オデヲンで、自分が出演した映画の舞台あいさつを行えることへの感慨を語っていました。

芸能事務所に入って始まった演技レッスン

スカウト後、スターダストプロモーションで芸能活動を始めた永野さんですが、最初から演技に夢中だったわけではありません。

バラエティ番組に出ることを想像していたため、レッスンでセリフを言うことに戸惑いを感じていました。

それでも実際の撮影現場で演じてみると、役を通して普段とは違う経験ができることに面白さを感じるようになりました。

人前で演技をすることにも少しずつ慣れ、仕事を通して同年代の友達とは違う人間関係もできていきます。

ただ、この段階では将来もずっと女優を続けていくとは考えていなかったそうです。

芸能界へ入ったきっかけはスカウトでしたが、女優を続けようと自分で決めたのは、それから数年後のことでした。

永野芽郁の子役時代|2009年に映画で女優デビュー

永野芽郁さんは、2009年公開の映画『ハード・リベンジ、ミリー/ブラッディーバトル』で女優デビューしました。

その後は子役として映画やドラマに出演しながら、ファッション誌のモデルとしても活動していきます。

『ハード・リベンジ、ミリー』から始まった演技活動

2009年の映画出演後、2010年には映画『ゼブラーマン2 ゼブラシティの逆襲』で、すみれ役を演じました。

同じ2010年には映画『私の優しくない先輩』にも出演し、テレビ朝日系ドラマ『ハガネの女』では主人公の幼少期を演じています。

2011年にはNHK Eテレの『時々迷々』に出演し、2012年公開の映画『るろうに剣心』では三条燕役を務めました。

さらに2013年にはNHK大河ドラマ『八重の桜』で山川常磐役を演じています。

こうした作品への出演は、子役時代からさまざまな撮影現場を経験していたことを示しています。

最初から主演作が続いたわけではなく、小さな役や主人公の幼少期などを演じながら、演技の仕事を積み重ねていきました。

学校生活を続けながら撮影現場へ通い、子どもの頃から役者として働く経験を重ねていたのです。

『ニコ☆プチ』『nicola』でモデルとしても活動

子役としての活動と並行して、永野さんはファッション誌のモデルとしても知られるようになりました。

2010年9月から2013年5月まで、新潮社の小学生向けファッション誌『ニコ☆プチ』でレギュラーモデルを務めています。

その後、2013年6月から2016年5月まで『nicola(ニコラ)』のレギュラーモデルとして活動しました。

『ニコ☆プチ』から『nicola』へ進んだ時期は、小学生から中学生へ成長していく時期とも重なります。

映画やドラマでは役を演じ、雑誌ではモデルとしてカメラの前に立つという、異なる仕事を経験しました。

2016年3月には、本人が公式Xで『nicola』の卒業を報告しています。

卒業について、寂しさよりもうれしさが強かったと明かし、応援してくれた読者への感謝を伝えていました。

2016年9月からは集英社の『Seventeen』でレギュラーモデルを務め、女優活動とモデル活動を引き続き両立させています。

モデルとしてのキャリアを続けながら、演技の仕事では少しずつ大きな役を任されるようになっていきました。

永野芽郁の中学時代|『繕い裁つ人』で女優を続ける決意

子役として経験を重ねていた永野芽郁さんにとって、女優としての考え方が変わる出来事がありました。

それが、中学2年生の頃に参加した映画『繕い裁つ人』の撮影です。

2015年1月31日に公開された同作は、三島有紀子監督が手がけ、中谷美紀さんが主演を務めた映画でした。

永野さんは、まり役として出演しています。

神戸での映画撮影を通じて仕事への意識が変化

『繕い裁つ人』は、神戸を中心とした関西で撮影された作品です。

撮影に参加した永野さんは、地元を離れて一人で新幹線に乗り、神戸まで向かっていたそうです。

2022年の『日曜日の初耳学』では、撮影期間中に体調が悪くなったことを振り返っています。

普段なら母親に弱音を吐いていたかもしれない場面でしたが、そのときは自分で病院へ行き、薬を処方してもらいました。

家族や学校の友達になかなか会えない地方ロケの中で、自分の体調を管理しながら撮影を続けていたのです。

2020年のクランクイン!のインタビューでは、心細さや体調の悪さを感じながらも、演技をしている時間は楽しかったと語っています。

そのとき、自分が演技という仕事を好きなのだと気づいたそうです。

私はこの仕事が好きなんだな。

出典:クランクイン!「永野芽郁、女優業の背中を押してもらった先輩・中谷美紀からの言葉」(2020年3月6日)

学校に通いながら何年も続けてきた演技の仕事でしたが、初めて自分の意思で向き合いたいものとして考えるようになりました。

それまでは楽しいから続けていた仕事が、自分にとって大切なものへ変わった瞬間でした。

中谷美紀の言葉が女優としての決意を後押し

『繕い裁つ人』の撮影現場では、主演の中谷美紀さんから言葉をかけてもらう出来事もありました。

永野さんは2020年のインタビューで、体調を崩していた時期、撮影現場の隅に座っていることもあったと話しています。

そんなとき、中谷さんから演技を続けた方がよいと励まされたそうです。

中谷さんは、永野さんの演技がこれから上達することを期待し、続けるように声をかけてくれました。

大先輩からの言葉に驚いた永野さんは、いつか再び共演できるよう、もっと演技を磨こうと考えるようになりました。

2017年のDeviewのインタビューでも、この撮影経験を振り返り、女優とモデルの仕事をできるところまで続けてみようと思ったことを明かしています。

それまで何か一つのことを長く続けた経験があまりなかったなかで、演技は自分が続けてきた初めてのものだったそうです。

『繕い裁つ人』の撮影経験と中谷美紀さんとの出会いが、女優を続ける決意につながりました。

この経験の後、永野さんは映画『俺物語!!』のオーディションを受けることになります。

永野芽郁の高校時代|学業と仕事を両立しながら主演へ

永野芽郁さんは、高校へ進学してからも女優とモデルの仕事を続けました。

学校生活と撮影の両立を続けながら、映画やドラマで主演を任されるようになっていきます。

友人との学校生活と進路への思い

芸能活動をしていた永野さんですが、学生時代は学校へ通うことが好きだったそうです。

2022年の『MAQUIA』のインタビューでは、高校への進学を考えていた頃、親友と同じ学校へ行きたかったことを明かしています。

仕事を続けることと、友達と同じように学校生活を楽しむことの間で迷う気持ちもありました。

高校に進学してからは、撮影と授業、学校の課題やテストを両立させる日々が続きます。

2017年のORICON NEWSのインタビューでは、ドラマの役作りのため、高校の友達に恋愛経験について話を聞いたことも明かしていました。

学校での友人関係が、役について考える際の身近な材料にもなっていたのです。

出身高校については、インターネット上にさまざまな学校名が見られますが、学校名を本人が明確に確認した一次情報は限られています。

一方、2018年3月に高校を卒業したことは、本人の公式Xの投稿でも確認できます。

大学進学については、進学したと確認できる本人の公表情報は限られるため、高校卒業後は女優としての活動歴を中心にたどるのが自然です。

『俺物語!!』のオーディションでヒロインに抜擢

高校生になった永野さんにとって、大きな役をつかむきっかけとなったのが2015年公開の映画『俺物語!!』でした。

鈴木亮平さんが主人公の剛田猛男、坂口健太郎さんが親友の砂川誠を演じ、永野さんはヒロインの大和凜子役に選ばれました。

原作は河原和音さんとアルコさんによる人気漫画で、永野さんにとって大きな役を任される作品となりました。

オーディションについて、2017年のDeviewのインタビューでは次のように話しています。

私、オーデイションが大好きなんですよ

出典:Deview「インタビュー『永野芽郁』」(2017年6月7日)

中学3年生頃にはオーディションに慣れてきており、『俺物語!!』も必要な準備をして、比較的気楽な気持ちで受けたそうです。

映画の撮影では、共演した鈴木亮平さんや坂口健太郎さんと仙台でロケを行いました。

2015年の映画.comのインタビューでは、撮影の合間に共演者とゲームをして過ごしたエピソードも紹介されています。

永野さんが考えた「グルグルポン」というゲームを、鈴木さんたちと楽しんでいたそうです。

そして2015年10月31日、映画『俺物語!!』が公開されました。

大和凜子役への抜擢は、子役から主演級の役を担う女優へ進む重要な転機となりました。

『こえ恋』で連続ドラマ初主演、『ひるなかの流星』で映画主演

『俺物語!!』のヒロインを経験した永野さんは、翌2016年にも大きな役を任されます。

2016年7月から放送されたテレビ東京系ドラマ『こえ恋』で、連続ドラマ初主演を果たしました。

演じたのは、紙袋をかぶった男子高校生との出会いをきっかけに恋をする主人公・吉岡ゆいこです。

同年にはNHK大河ドラマ『真田丸』にも出演し、千姫役を務めています。

2017年3月24日公開の映画『ひるなかの流星』では、主人公・与謝野すずめ役を演じ、映画初主演を果たしました。

同作では、三浦翔平さんが演じる教師と白濱亜嵐さんが演じる同級生との間で揺れる女子高校生を演じています。

永野さんは2017年のORICON NEWSのインタビューで、主人公が優柔不断に見えないよう、その内面をどう表現するかについて考えたことを語っていました。

さらに同年には映画『帝一の國』『ピーチガール』、ドラマ『僕たちがやりました』などにも出演しています。

『僕たちがやりました』では、主人公の幼なじみである蒼川蓮子役を演じ、その演技で第9回コンフィデンスアワード・ドラマ賞の新人賞を受賞しました。

子役として始まった活動は、連続ドラマ主演、映画主演、演技賞の受賞へと広がっていきました。

永野芽郁の転機|『半分、青い。』で朝ドラヒロインに

永野芽郁さんの女優人生で大きな節目となった作品が、2018年放送のNHK連続テレビ小説『半分、青い。』です。

主人公・楡野鈴愛役を演じ、長期間にわたる撮影に挑みました。

しかし、この朝ドラ出演は、順調に女優を続けていた中で何の迷いもなく決まったわけではありませんでした。

2017年のヒロイン抜擢と撮影への挑戦

2017年6月20日、永野さんが2018年度前期の連続テレビ小説『半分、青い。』のヒロインを務めることが発表されました。

ヒロインのオーディションには2,366人が参加しており、その中から永野さんが選ばれています。

実は、このオーディションを受ける前にも、芸能活動を辞めたいと考えた時期があったそうです。

2023年6月放送の日本テレビ系『アナザースカイ』では、多忙な仕事が続いていた頃、事務所へ辞めたいという気持ちを伝えたことを明かしています。

その際、マネージャーから最後にオーディションを受けてみてはどうかと勧められ、挑戦したのが『半分、青い。』でした。

芸能活動を終えることも考えて受けたオーディションで、朝ドラヒロインという大役をつかんだのです。

2017年6月20日の公式ブログでは、合格を聞いたばかりでまだ実感が湧いていないことや、驚きのあまり涙が出たことを明かしていました。

そして2017年秋には、岐阜県での撮影が始まりました。

本人の公式Xには、楡野鈴愛として撮影の待機中に過ごしていた当時の投稿も残されています。

2018年3月には、所属事務所スターダストプロモーションの公式YouTubeチャンネルで、永野さん本人による『半分、青い。』のコメント動画も公開されました。

『半分、青い。』は2018年4月2日に放送を開始し、9月29日まで放送されました。

永野さんは半年間にわたって放送される作品の主人公として、鈴愛の成長や人生の変化を演じ続けました。

高校卒業と朝ドラ撮影を両立した日々

『半分、青い。』の撮影が始まった頃、永野さんはまだ高校3年生でした。

2022年11月18日のスタディサプリ進路のインタビューでは、高校生活と朝ドラ撮影が重なった時期について詳しく語っています。

平日は朝ドラの撮影と学校生活を両立し、土日には朝ドラ以外の仕事もこなしていました。

撮影の合間には学校の勉強も必要で、特にテストと撮影が重なる時期は大変だったといいます。

それでも、朝ドラに出演することも高校を卒業することも、自分自身で決めたことでした。

当時の心境を次の言葉で振り返っています。

やるしかない!

出典:スタディサプリ進路「『今頑張ったことは必ず未来に繋がる!』永野芽郁さんSpecial応援メッセージ」(2022年11月18日)

撮影が終わった後も疲れた状態で勉強しなければならず、眠くてもテストの準備を続けていたそうです。

自分で引き受けた仕事と学業のどちらも途中で投げ出したくないという思いで、卒業までの日々を過ごしました。

2018年3月には高校を卒業し、その後も朝ドラの撮影が続きます。

2018年8月21日の公式ブログでは、約10か月に及ぶ撮影期間について、楽しいことばかりではなかったと明かしています。

セリフがなかなか覚えられない日や、体調や感情の変化に苦しんだ日もあったそうです。

それでも周囲のスタッフに支えられながら撮影を続け、最後まで楡野鈴愛を演じ切りました。

長いようで短かったなぁと今は思えます

出典:永野芽郁オフィシャルブログ「半分、青い。」(2018年8月21日)

撮影終了後には、もう一度朝ドラヒロインを演じてみたいという思いも明かしていました。

女優を辞めようかと考えたところから始まった挑戦は、長い撮影期間を乗り越え、もう一度挑みたいと思える経験になりました。

2019年のエランドール賞新人賞受賞

『半分、青い。』の放送を終えた永野さんは、2019年に第43回エランドール賞の新人賞を受賞しました。

エランドール賞は、映画やテレビドラマなどの分野で活躍した俳優や制作関係者を表彰する賞です。

永野さんは同年、第27回橋田賞の新人賞も受賞しています。

2019年には日本テレビ系ドラマ『3年A組―今から皆さんは、人質です―』で茅野さくら役を演じ、映画『君は月夜に光り輝く』では北村匠海さんとダブル主演を務めました。

朝ドラで主人公の人生を長期間演じた経験を経て、映画やドラマでさまざまな役を担うようになりました。

永野芽郁の女優としての歩み|主演映画で広がった評価

朝ドラのヒロインを経験した永野芽郁さんは、その後も映画やドラマで主演を重ねました。

中でも2021年の映画出演と、その後の映画賞受賞は、女優としての歩みを語るうえで大きな節目になっています。

『そして、バトンは渡された』『地獄の花園』で主演

2021年5月21日公開の映画『地獄の花園』では、主人公の田中直子役を演じました。

同作は、普通のOLとして働く女性が、社内の派閥争いに巻き込まれていく物語です。

脚本はバカリズムさんが担当し、永野さんは個性的な登場人物たちに囲まれる主人公を演じています。

続く2021年10月29日公開の映画『そして、バトンは渡された』では、森宮優子役で主演を務めました。

瀬尾まいこさんの小説を原作とした作品で、名字が何度も変わる家庭で育った主人公が、自分を取り巻く家族の物語を知っていきます。

永野さんは、石原さとみさんや田中圭さんらと共演しました。

2021年には日本テレビ系ドラマ『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』でも戸田恵梨香さんとダブル主演を務めています。

子役として小さな役から経験を積んできた永野さんは、青春映画のヒロインだけでなく、コメディーや家族をテーマにした作品でも中心人物を演じるようになりました。

主演女優賞の受賞とキャリアの節目

2021年の『地獄の花園』『そして、バトンは渡された』での演技は、映画賞の受賞にもつながりました。

永野さんは2021年に第46回報知映画賞の主演女優賞を受賞しました。

2022年には第64回ブルーリボン賞の主演女優賞を受賞し、『そして、バトンは渡された』では第45回日本アカデミー賞の優秀主演女優賞にも選ばれています。

2009年の映画デビューから約12年を経て、主演女優として複数の映画賞で評価されるようになりました。

2022年には映画『マイ・ブロークン・マリコ』で主演し、2023年には山田洋次監督の映画『こんにちは、母さん』にも出演しています。

また、2023年の『マイ・ブロークン・マリコ』『母性』での演技に対して、第46回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞しました。

役柄の幅を広げながら、主演と助演の両方で評価される経験を重ねています。

母親との買い物中に偶然スカウトされ、最初は女優になるつもりもなかった小学3年生の少女が、映画『繕い裁つ人』で自分の仕事への思いに気づき、『俺物語!!』や『半分、青い。』を経て主演女優として歩んできました。

その歩みには、母親から教わった仕事への責任や、撮影現場で出会った人たちの言葉が重なっています。