PROFILE
人物プロフィール
堀田真由さんは、滋賀県で生まれ育ち、祖母の影響で始めたクラシックバレエを約10年間続けた後、高校時代に上京して女優になった人物です。
1998年4月2日生まれ。父親・母親・兄のいる家庭で育ち、中学生のころに映画『るろうに剣心』を観たことをきっかけに、映像作品で演じる仕事へ興味を持つようになりました。
高校1年生までは滋賀県で過ごし、2014年のアミューズのオーディションで受賞。高校2年生になるタイミングで東京へ移り、2015年のドラマ『テミスの求刑』で女優デビューを果たしています。
高校卒業後には大学へ進学し、文学部に在籍していたことも本人が明かしています。その後は大学を離れ、朝ドラ『わろてんか』への出演や映画主演など、俳優としての経験を重ねていきました。
堀田真由の生い立ち|滋賀で育った幼少期
堀田真由さんが生まれたのは、1998年4月2日。出身地は滋賀県で、幼少期から学生時代にかけて、琵琶湖のある地元で暮らしていました。
子どものころは活発で、興味を持ったことには積極的に取り組む一方、人前に出るのが苦手な一面もあったそうです。
滋賀県で生まれ、活発で恥ずかしがり屋だった子ども時代
堀田さんは2021年の『non-no』の人生年表で、幼少期の出来事を写真とともに振り返っています。
母親によると、小さいころは場所を選ばず眠れる子どもだったそうです。3歳のころにはシンデレラの衣装を着て外を走り回り、父親のスーツを着て遊ぶこともありました。
誰かになりきる遊びは好きだったものの、実際に大勢の人の前へ立つことは、必ずしも得意ではありませんでした。
4歳のときの歌の発表会では、舞台に出るのが嫌で泣き出してしまったことがあったといいます。
「イヤだ~!」って号泣してオルガンの下に隠れた記憶が(笑)。
出典:non-no web「秘蔵写真も公開★ 堀田真由のこれまでがよくわかる! ほったさんの人生年表」(2021年10月5日)
後にドラマや映画でさまざまな人物を演じることになる堀田さんですが、幼いころには、発表会で人前に出られなかった思い出も残っていました。
祖母との宝塚観劇がきっかけで6歳からバレエを始める
堀田さんが表現することに親しむ大きなきっかけとなったのは、祖母に連れられて観に行った宝塚歌劇でした。
祖母が宝塚を好きだったことから、堀田さんも幼いころから舞台を観る機会がありました。華やかな衣装をまとい、大階段を下りてくる娘役の姿に憧れ、階段を見つけると、その動きをまねすることもあったそうです。
両親も姿勢が美しくなるようにバレエを習わせたいと考えていたといい、本人の宝塚への憧れも後押しとなって、6歳からクラシックバレエを習い始めました。
最初の発表会でもらった役は、熱帯魚。祖母が衣装を手作りしてくれた思い出を、堀田さんは後のインタビューで語っています。
舞台で使った衣装は大切に保管され、実家には当時のトウシューズやレオタードも残されているそうです。
バレエは16歳ごろまで続け、習っていた期間は約10年間に及びました。
2024年の日テレNEWSカルチャーのインタビューでは、本人がバレエで過ごした10年間を振り返り、俳優の仕事に向き合ううえでの原点や、家族の支えについて語っています。
7つの習い事と10年間のバレエで過ごした小学生時代
堀田さんの小学生時代は、バレエだけに時間を使っていたわけではありません。
『non-no』の人生年表では、バレエ、ピアノ、そろばん、習字、英会話、塾、水泳という7つの習い事を経験したことが紹介されています。
忙しい日には、1日で3つの習い事に通うこともあったそうです。それでも本人は、どの習い事も楽しかったと振り返っています。
また、幼なじみと毎年キャンプへ出かけるなど、外で遊ぶことも好きでした。
8歳のころには、派手な浴衣を着て参加した盆踊り大会で優勝。しかも、2年連続で優勝した思い出があるといいます。
堀田さんは子どものころからファッションにも関心があり、小学校の卒業式では、お気に入りのブランドの服や靴下を選んでコーディネートしていたそうです。
バレエのレッスンに通う時間、友達と遊ぶ時間、好きな服を選ぶ時間。滋賀での子ども時代には、舞台への憧れだけでなく、さまざまな経験がありました。
堀田真由の家族|父親・母親・兄と芸術に親しんだ家庭環境
堀田真由さんの生まれ育った家族は、父親・母親・兄・本人の4人家族です。
さらに、祖母や舞台で活動する伯父など、芸術や日本の伝統文化に親しむ家族・親族の存在も、本人のインタビューから分かっています。
父親・母親・兄との関係と幼少期の思い出
堀田さんは2021年の『non-no』で、家族それぞれについて、自分の言葉で紹介しています。
父親は穏やかな性格で、子どものころから叱られることがほとんどなかったそうです。
お父さんはマイペースで優しくて、今まで怒られたことがほとんどないんです。
出典:non-no web「堀田真由が愛してやまないもの。家族、愛犬、本など、ぜんぶ大公開!」(2021年10月7日)
一方、母親とは韓国ドラマの話をしたり、仕事や友達のことを話したりする関係です。
2023年のORICON NEWSのインタビューでは、母親とビデオ通話をすると、休日でも3時間ほど話すことがあると明かしました。
兄とは幼いころ、取っ組み合いのけんかをしたこともあったそうです。しかし、堀田さんが芸能活動を始めてからは、陰ながら応援してくれる存在になったと話しています。
こうした家族との日常は、上京してからも続いていました。
堀田さんは映画『バカ塗りの娘』の公開に合わせたインタビューで、家族について次のように語っています。
やはり家族は絶対的な支えでもあり
出典:ORICON NEWS「堀田真由&宮田俊哉が今感じる“家族”のありがたみ」(2023年9月1日)
芸能界へ入るという進路を選んだときも、家族はその希望を否定せず、本人の決断を後押ししてくれたといいます。
着物好きの母親と祖母、舞台で活動する伯父
堀田さんの家庭環境で特徴的なのが、着物や舞台芸術との距離の近さです。
2026年1月公開の『家庭画報』のインタビューでは、祖母と母親がともに着物好きであることが紹介されています。
堀田さん自身も、家族から受け継いだ着物を、いつか自分で着付けて着られるようになりたいと話していました。
また、年末年始には滋賀県の実家へ帰省し、料理上手な母親が作ったおせち料理を家族で囲んで過ごしているそうです。
また、母親の兄にあたる伯父は、ニューヨークで舞台に関わる仕事をしていたと、本人がインタビューで話しています。
宝塚を好きな祖母、着物に親しむ母親、海外で舞台活動をする伯父。堀田さんにとって、表現する仕事は、幼いころから身近にあるものでした。
2023年のORICON NEWSのインタビューでは、芸能界に入りたいと家族へ伝えた際、誰も反対せず、忙しくて実家へ帰れなくなるくらい活躍してほしいと励ましてくれたことも振り返っています。
実家は金持ち?習い事と家庭環境から確認できること
堀田真由さんについては、「実家が金持ちなのではないか」という関心も集まっています。
そうした印象につながっていると考えられるのが、幼少期に7つの習い事を経験したことや、家族・親族に芸術文化に親しむ人がいるというエピソードです。
ただし、習い事の数や家族の特技だけで、実家の資産や経済状況を判断することはできません。
父親の具体的な職業や両親の収入、実家の資産についても、本人や所属事務所の情報から確実に示せる内容は限られています。
堀田さんが語っているのは、習い事をさせてもらった経験や、祖母・母親・伯父との関わり、女優を目指したときの家族の応援などです。家庭の経済状況そのものを示す情報とは区別する必要があります。
実家に関する思い出としては、愛犬のビジュの存在もあります。2021年の『non-no』で堀田さんは、その名前にフランス語の「宝石」という意味があり、家族にとって大切な存在だと話していました。
堀田真由の学生時代|中学・高校と女優への憧れ
小学生時代から続けていたバレエに加え、中学生になると部活動や友人との時間も増えていきました。
その中で映画と出会い、女優を目指す気持ちが生まれます。高校進学後には、滋賀県を離れて東京へ移るという大きな決断をしました。
中学時代はバスケットボールとバレエに打ち込む
堀田さんは中学生のころ、バスケットボール部に所属していました。
2022年の映画『ブルーサーマル』のインタビューでは、外周を走ったり朝練習をしたりする部活動を経験した一方、生活の中心にはバレエがあったと振り返っています。
学校生活では、体育祭のクラス対抗リレーに特に熱中していました。
中学3年生のころには、クラスの仲間と琵琶湖に集まって朝練習。トイレットペーパーの芯をバトン代わりにして、リレーの練習をしていたそうです。
その結果、クラス対抗リレーでは1位を獲得しました。
また、中学時代の修学旅行では、アラームをセットし忘れて寝坊し、慌てて部屋のスリッパのまま朝食会場へ向かったという思い出も語っています。
友人と過ごした滋賀での学校生活は、高校時代に上京した後も、堀田さんの中に残り続けました。
映画『るろうに剣心』を観て女優の道を意識する
堀田さんは幼いころ、宝塚の舞台に憧れ、またファッションが好きだったことから、モデルにも興味を持っていました。
そんな堀田さんの関心を、映像の演技へ向けるきっかけになったのが、2012年公開の映画『るろうに剣心』です。
映画館で作品を観て、俳優の演技や映像の世界に引き込まれ、自分もこうした作品に関わりたいと思うようになりました。
主演を務めていた佐藤健さんがアミューズに所属していたことも、後に同じ事務所のオーディションへ挑戦する理由の一つとなっています。
舞台に立つ人への憧れから始まり、映画を観ることで、自分も映像作品の中で役を演じたいという目標が形になっていきました。
高校1年生まで滋賀で過ごし、東京への進学を決意
堀田さんは、高校1年生まで滋賀県内の高校へ通っていました。
2025年の『CREA』のインタビューでは、滋賀で通っていた高校の制服は、ブレザーにネクタイというスタイルだったと話しています。
一方、東京で転校した先は、当時、芸能コースのあった高校でした。滋賀の高校とは違い、シャツやネクタイの色を自分で選べるなど、制服の自由度が高かったそうです。
この転校は、高校2年生になるタイミングで決断したものでした。
東京での学校生活には、芸能活動との両立ならではの戸惑いもありました。デビュー作で髪を染めた堀田さんは、学校の校則に従って、黒髪のウィッグを着用して登校しなければならなかったといいます。
しかも、ウィッグを着用していることが分かるバッジも必要でした。
カツラにバッジというスタイルはすごくつらかった記憶があります。
出典:CREA「『ぼくほし』で教師役・堀田真由(27)が振り返る高校時代」(2025年8月5日)
高校の名前については、滋賀県の近江兄弟社高校や、東京の日出高校という情報がネット上で見られます。ただし、本人が明かした転校の経緯と、個別の学校名を裏付ける情報は分けて考える必要があります。
本人の発言から確認できるのは、高校1年生まで滋賀県内の高校に通い、高校2年生から東京の芸能コースがある高校へ転校したという経歴です。具体的な高校名については、本人・学校などによる確実な裏付けがない限り断定できません。
2025年には『アナザースカイ』の撮影で、滋賀県で通っていた高校を再び訪れました。
当時の担任の先生や親友の菜々さんと再会し、高校時代によく撮っていた写真を再現する姿も、番組公式Xで紹介されています。
高校時代に離れることになった地元には、大切な友人との思い出も残っていました。
17歳の誕生日には、中学時代の友人たちが約30人集まり、サプライズで祝ってくれたことが忘れられない思い出になったそうです。
堀田真由の芸能界入り|オーディション落選から女優デビューへ
堀田真由さんの芸能界入りには、二つのオーディションが関わっています。
一つは出演を目指して挑んだ映画『ソロモンの偽証』。もう一つは、所属事務所アミューズが開催した新人発掘オーディションです。
『ソロモンの偽証』の最終選考で落選した悔しさ
女優を志した堀田さんが、最初に大きな挑戦として経験したのが、映画『ソロモンの偽証』の出演者オーディションでした。
2015年のデビュー当時の報道によると、2013年に実施されたこのオーディションでは、多数の応募者の中から最終選考まで残りました。
しかし、結果は落選。最終候補に残りながら、出演の機会をつかむことはできませんでした。
一度は女優への道が開けそうになったものの、そこで挑戦が終わったわけではありません。
堀田さんはその後、映画『るろうに剣心』への憧れもあって関心を持っていた、アミューズのオーディションへ挑むことになります。
2014年のアミューズオーディションでWOWOWドラマ賞を受賞
2014年、堀田さんはアミューズが開催した新人発掘イベント「アミューズオーディションフェス2014」に応募しました。
そこでWOWOWドラマ賞を受賞し、アミューズに所属して芸能活動を始めるきっかけをつかみます。
この受賞は、映画やドラマへの出演そのものではなく、堀田さんが芸能界へ足を踏み入れる転機となった出来事です。
その後、ドラマへの出演が決まり、滋賀県から東京へ生活の拠点を移すことになります。
本人は後年、上京にあたって家族が反対せず、むしろ仕事に打ち込めるよう応援してくれたと話しています。
高校2年生で上京し『テミスの求刑』で女優デビュー
2015年、堀田さんはWOWOWの連続ドラマW『テミスの求刑』に出演しました。
この作品が、堀田真由さんのテレビドラマ初出演作であり、女優デビュー作です。
演じたのは、仲里依紗さんが演じる人物の妹にあたる役でした。
当時は滋賀県から東京へ移ったばかり。初めての撮影では、慣れない現場に加えて、言葉のイントネーションにも苦戦したそうです。
標準語のせりふを練習する際には、母親が台本の読み合わせを手伝ってくれたと、本人が『non-no』の人生年表で振り返っています。
また、初出演時には監督から演技について指導を受け、決められたせりふを話すだけではない、撮影現場での芝居を経験しました。
2014年のオーディション受賞から、2015年のドラマ出演へ。堀田さんは高校生活を続けながら、女優としての仕事を始めました。
翌2016年には、事務所の寮で仲間と生活した思い出も残しています。寮のメンバーと出かけたり、誰かの部屋で夜遅くまで話したりする日々があったそうです。
堀田真由の大学進学と転機|学業と女優活動の間で
高校時代に女優デビューした堀田さんは、2017年に高校を卒業した後、大学へ進学しました。
大学で学びながら仕事を続ける道を選びましたが、後に大学を離れたことを本人が語っています。
高校卒業後に大学へ進学し文学部で学ぶ
2017年のモデルプレスのインタビューで、堀田さんは高校を卒業し、大学へ通いながら一人暮らしを始めたことを話しています。
一人で過ごす時間が増えたことで、言葉の意味を考えたり、Instagramに自分の思いをつづったりすることが増えたそうです。
また、2022年のラジオ番組『澤本・権八のすぐに終わりますから。』に出演した際には、文学部に在籍していたことにも言及しています。
三島由紀夫の小説『春の雪』を読み、それを題材にした文章を入学試験で書いたというエピソードも伝えられています。
堀田さんは、考えることや文章を書くことが好きだと話しており、映画や舞台だけでなく、読書にも親しんでいました。
一方で、進学先の具体的な大学名は、確実な本人発言や公式記録によって確認できる状態ではありません。
日本大学、東洋大学、明治学院大学などが候補として挙げられることがありますが、いずれも堀田さんの進学先として断定できる根拠はありません。
大学中退を明かした本人の言葉と学生生活
堀田さんは大学へ進学したものの、その後、文学部を辞めたことをラジオ番組で明かしています。
そのため、大学を卒業したという経歴ではなく、大学進学後に中退した経歴として捉えるのが適切です。
ただし、大学を辞めた正確な時期や詳しい理由については、慎重に区別する必要があります。
「大学1年生で中退した」「芸能活動が忙しくなり通えなくなった」といった説明も見られますが、本人がそれぞれの経緯をどこまで明言したかによって、扱いは異なります。
2022年の映画『ブルーサーマル』関連インタビューでは、堀田さんは大学生活について、十分に経験していないという趣旨の話をしています。
大学進学は本人の発言から確認でき、中退についても本人による言及が伝えられています。一方、具体的な大学名や中退に至る詳しい事情まで、推測で補うことはできません。
堀田さんの学歴で確認できる大きな流れは、滋賀県内の高校から東京の高校へ転校し、2017年の高校卒業後に大学へ進学、その後に大学を離れたというものです。高校名・大学名の個別の噂とは分けて考える必要があります。
2017年『わろてんか』で注目を集める
大学へ進学した2017年、堀田さんはNHK連続テレビ小説『わろてんか』に出演しました。
演じたのは、葵わかなさんが演じるヒロイン・藤岡てんの妹、りんです。
朝ドラへの出演は、堀田さんの名前を広く知ってもらうきっかけになりました。
本人も2021年の『non-no』で、出演が決まった際には家族がとても喜んでくれたことや、多くの人に自分を知ってもらう契機となった作品であることを振り返っています。
2015年のデビューから約2年。高校時代に滋賀を離れて始めた女優としての仕事が、全国放送の朝ドラ出演へとつながりました。
その後、2018年にはドラマ『チア☆ダン』、2019年には『3年A組―今から皆さんは、人質です―』などに出演し、役柄の幅を広げていきます。
堀田真由の女優としての転機|主演作から受賞まで
ドラマへの出演経験を重ねる一方、堀田さんは映画でも主演を務めるようになります。
そして、かつて女優を志すきっかけになった『るろうに剣心』シリーズへの出演や、主演映画での受賞など、人物史に残る出来事を経験しました。
2017年の映画主演から『プリズン13』へ
堀田さんは2017年公開のオムニバス映画『狂い華』で、収録作品の一つ『呪いうつり』の主演を務めています。
そのため、2019年公開の『プリズン13』を、堀田さんの映画初主演作とするのは正確ではありません。
2018年公開の映画『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』でも中心人物を演じるなど、堀田さんは映画の中で物語を担う役を経験していきました。
2019年の『プリズン13』では、実在した心理実験を題材にした物語で主演を務めています。
同作のインタビューでは、与えられた役を演じるうえで、人物の感情や行動をどのように表現するかについても語っています。
2017年の朝ドラ出演に加え、映画でも主演を経験するようになったことで、演技の仕事は次の段階へ進んでいきました。
2021年『るろうに剣心』出演と2023年『大奥』での経験
2021年には、映画『るろうに剣心 最終章 The Beginning』に出演しました。
堀田さんが演じたのは幾松役。中学生のころに観て女優を目指すきっかけとなったシリーズへ、自ら出演することになったのです。
本人は『non-no』の人生年表で、出演した作品を、中学時代に『るろうに剣心』を観たのと同じ映画館で母親と一緒に鑑賞したことを振り返っています。
滋賀で映画を観て女優を志した少女が、数年後にはそのシリーズの出演者として映画館のスクリーンに映っていました。
その後、2023年にはNHKドラマ10『大奥』に出演し、徳川家光を演じました。
時代劇の中で複雑な背景を持つ人物を演じる経験は、俳優としての大きな仕事の一つとなりました。
また同年には、ABCテレビ・テレビ朝日系のドラマ『たとえあなたを忘れても』で、地上波連続ドラマ初主演を務めています。
映画への憧れから始まった俳優人生は、時代劇から現代劇まで、さまざまな物語の中心人物を演じる経験へと広がっていきました。
2023年の主演作を経て2024年に新人賞を受賞
堀田さんが2023年に主演した映画『バカ塗りの娘』では、青森県の伝統工芸・津軽塗に関わる女性、美也子を演じました。
撮影では、津軽地方の方言を身につけるだけでなく、職人から津軽塗の工程を教わり、ホテルでも刷毛を使って練習したとインタビューで語っています。
また、以前は泣く芝居ができないことに悩んだ時期もあり、共演経験のある富田靖子さんから言葉をかけてもらったことが、芝居への向き合い方を考えるきっかけになったとも話しています。
こうした経験を重ねた後、堀田さんは2024年、第45回ヨコハマ映画祭の最優秀新人賞と、2024年エランドール賞の新人賞を受賞しました。
ヨコハマ映画祭では、映画『バカ塗りの娘』での演技が評価されました。
所属事務所アミューズが伝えた受賞時のコメントで、堀田さんは次のように語っています。
お芝居は楽しいなと思える瞬間がたくさんありました。
出典:アミューズ「堀田真由 2つの新人賞を受賞!」(2024年2月9日)
受賞の場では、支えてくれた人たちや家族への感謝も伝えました。
6歳から続けたバレエ、映画への憧れ、オーディションでの落選、高校時代の上京。そして初出演作から朝ドラ、映画主演へと、堀田さんは一つずつ経験を重ねてきました。
2024年に手にした二つの新人賞は、滋賀県で舞台に憧れていた少女が、俳優として歩んできた年月の中で得た大きな節目となりました。
















