葉山奨之の生い立ち|家族・兄弟と学生時代、小栗旬に憧れた俳優への道

葉山奨之の生い立ちと俳優への道を、ピアノや開いた本、光が差し込む舞台で象徴したイラスト

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
はやましょうの
カテゴリー
男性俳優
出身地
大阪府
生年月日
1995年12月19日
芸能活動開始
2011年
俳優デビュー
2011年
デビューのきっかけ
オーディション

葉山奨之さんは、大阪府で生まれ、小学2年生のときに東京へ引っ越し、中学生で小栗旬さんに憧れたことをきっかけに俳優の道へ進んだ人物です。

1995年12月19日生まれで、2011年のドラマ『鈴木先生』で俳優デビューしました。

2015年にはNHK連続テレビ小説『まれ』で土屋太鳳さん演じるヒロインの弟・一徹を演じ、映画『夏ノ日、君ノ声』で初主演も経験しています。

幼いころは母親について歩き、ピアノやギター、格闘技などにも興味を持つ子どもでした。

俳優になってからも小栗旬さんへの憧れを公言していましたが、演技の難しさに悩み、仕事を辞めようと考えた時期もあったそうです。

今回は、そんな葉山奨之さんの生い立ちや家族、学生時代、芸能界入りのきっかけ、俳優デビューから大きな転機までをご紹介します。

葉山奨之の生い立ち|大阪で生まれ小学2年生で東京へ

葉山奨之さんは1995年12月19日、大阪府で生まれました。

所属事務所のトライストーン・エンタテイメントでも出身地は大阪と紹介されていますが、子ども時代の途中から生活の拠点は東京へ移っています。

大阪で過ごした幼少期と東京への引っ越し

2015年のクランクイン!のインタビューで、葉山さんは小学2年生のとき、親の仕事の都合で東京へ引っ越したことを明かしています。

1995年生まれなので、2003年前後の出来事にあたります。

生まれ育った大阪を離れ、小学校低学年のうちに東京での生活が始まりました。

大阪のどの地域で暮らしていたのか、具体的な市区町村や通っていた小学校については、信頼できる本人発言から学校名や所在地を特定できません。

一方、引っ越し後も家庭の中では関西弁を使っていたと話しています。

東京で生活するようになっても、家族と会話するときには大阪で身についた言葉が自然に出ていたようです。

2015年の映画『あしたになれば。』では、大阪・南河内を舞台とする物語に出演しました。

同作のインタビューでは、自分の役柄について関西弁の「いちびり」という言葉を使って説明しています。

「いちびり」は、ふざけたり調子に乗ったりする人を表す関西の言葉です。

大阪で生まれた葉山さんにとって、親しみのある言葉だったのでしょう。

ピアノやギター、格闘技にも挑戦した子ども時代

子どものころの葉山さんは、一つの習い事だけに取り組んでいたわけではありませんでした。

小学生のころからピアノ、ギター、キックボクシング、合気道など、音楽とスポーツの両方に触れています。

楽器を演奏することも、体を動かすことも、興味を持ったものには挑戦していたようです。

2015年のインタビューでは、幼いころの自分について次のように話しています。

なんでもやってみたいんです。それは今でも変わらない

出典:クランクイン!「朝ドラ『まれ』に抜擢された注目株・葉山奨之、デビュー当時は先輩・小栗旬を意識」(2015年1月4日)

演奏する楽器も、挑戦する運動も異なるものばかりですが、興味を持つと実際にやってみたくなるところは共通していました。

後に俳優としてさまざまな役に挑戦することになりますが、子ども時代にはすでに幅広い体験をしていたのです。

葉山奨之の家族|両親・兄弟と育った家庭環境

葉山奨之さんの幼少期を知るうえで、特に印象的なのが母親とのエピソードです。

父親・母親の詳しいプロフィールや兄弟の人数については確認できる情報が限られていますが、本人が語った子ども時代の家庭生活から、家族との関わりが見えてきます。

母親について回っていた幼いころの思い出

葉山さんは小さいころ、母親が出かけると自分も一緒についていく子どもだったそうです。

2015年のクランクイン!の取材では、母親との思い出を次のように振り返っています。

お母さんが行くところにはどこへでもついていきました。

出典:クランクイン!「朝ドラ『まれ』に抜擢された注目株・葉山奨之、デビュー当時は先輩・小栗旬を意識」(2015年1月4日)

母親が何かをしていると、その行き先や活動が気になり、自分も一緒に行動していたのでしょう。

幼少期に取り組んだ習い事についても、葉山さんは好奇心の強さと結びつけて話しています。

母親の具体的な職業や年齢については、本人が語った確かな情報は見当たりません。

ただ、母親との関係を振り返った本人の言葉には、一緒に出かけることを楽しんでいた幼い葉山さんの姿が残っています。

父親・兄弟について確認できることと家での関西弁

葉山さんの家族について、父親や兄弟姉妹がどのような人物なのか気になっている人も多いのではないでしょうか。

実際の兄弟の人数や、兄・姉・弟・妹の続柄については、確実な情報を確認できません。

インターネット上には「兄弟が多い」とテレビ番組で語ったという紹介もありますが、元の放送内容まで確認できる資料がなく、人数や家族構成を確定することはできません。

また、2015年の朝ドラ『まれ』では、主人公・津村希の弟である津村一徹を演じています。

作品の中では姉と弟の関係ですが、それはあくまでドラマの役柄であり、葉山さん自身が実生活で弟なのかどうかを示すものではありません。

家族について確認できる事実
・大阪府で生まれた
・小学2年生のとき、親の仕事の都合で東京へ引っ越した
・母親について出かけていた幼少期の思い出を本人が語っている
・兄弟の正確な人数や続柄は断定できない

家族との生活で特徴的なのは、東京へ引っ越した後も家庭内では関西弁を使っていたことです。

2015年のインタビューで明かしたこの習慣は、大阪で過ごした幼少期と東京での生活をつなぐものでもあります。

その後、葉山さんは東京で成長し、中学生のころには俳優という職業に興味を持つようになりました。

葉山奨之の学生時代|中学で小栗旬に憧れ俳優を志す

小学生のころに東京へ引っ越した葉山奨之さんは、中学生になると将来の仕事について考え始めました。

2016年のCREAのインタビューでは、中学1年生のころ、周囲の友人たちが美容師や弁護士などの将来の夢を話し始めたことを覚えていると語っています。

小学校・中学校・高校の学歴と学生生活

葉山さんが通った小学校、中学校、高校について、具体的な学校名を裏付ける本人発言や学校の公式記録は確認できません。

大学への進学についても、確実な資料から進学先や進学の有無を断定できる状況ではありません。

ただし、学校生活の様子については、本人が当時を振り返ったインタビューが残されています。

2015年のTV LIFEの取材では、高校時代の自分について友人たちとにぎやかに過ごし、元気だったと話していました。

男友達と集まって騒いだり、遊んだりすることが多く、当時は何でもできそうな気持ちだったそうです。

そのころにはすでに芸能事務所に所属し、俳優としての仕事も始まっていました。

同年代の友人と過ごす学校生活と、撮影現場で年上の俳優やスタッフと関わる時間の両方を経験していた時期です。

また、2015年の映画インタビューでは、中学校の英語の先生が好きで、英語をきちんと勉強していたとも語っています。

その後、英会話を学び、2015年4月には一人でパリとロンドンを訪れたそうです。

中学校の授業で出会った先生の存在を、大人になってからの語学学習について話す中でも覚えていたのでした。

『クローズZERO』で小栗旬に憧れた中学生時代

葉山さんが俳優を志すうえで、特に大きな存在となったのが小栗旬さんです。

2016年のCREAの取材では、中学1年生のころ、友人たちが将来の職業を考え始め、自分も進路について意識するようになったと話しています。

幼いころから映画やドラマを見ることが好きだった葉山さんは、俳優という仕事に関心を持つようになりました。

そして中学2年生のころ、映画『クローズZERO』を観たことで、その思いはより具体的になります。

以前からドラマ『ごくせん』などに出演していた小栗さんが好きだったそうですが、『クローズZERO』では特に強く影響を受けました。

「小栗旬さんのようになりたい」という憧れが、俳優を目指して行動するきっかけになったのです。

2015年の『夏ノ日、君ノ声』のインタビューでは、当時の友人たちと映画について話した思い出も明かしています。

同作に出演した小栗旬さんと山田孝之さんのどちらが好きかで、友人同士が盛り上がっていたそうです。

好きな俳優の作品を観るだけでは満足できなくなった葉山さんは、小栗さんがどの事務所に所属しているのかを調べ始めました。

調べてみると、その事務所は自宅の近くにありました。

2016年のインタビューでは、小栗さんに会えるかもしれないと思い、事務所の近所を歩き回っていたことも明かしています。

映画館で憧れた人物の所属先が、身近な場所にあると知ったことは、葉山さんが芸能界へ近づく最初の一歩になりました。

葉山奨之の芸能界入り|自ら事務所へ応募して演技を学ぶ

小栗旬さんへの憧れを持った葉山奨之さんは、芸能界へ入るために自分から行動を起こしました。

最初から演技の技術を身につけていたわけではなく、事務所に入ってから本格的に芝居を学ぶことになります。

中学3年生でトライストーンのオーディションへ

葉山さんは中学3年生のとき、トライストーン・エンタテイメントのオーディションを受けたと2016年のインタビューで説明しています。

トライストーンは、憧れていた小栗旬さんが所属していた芸能事務所です。

葉山さんが芸能界入りしたきっかけは、街中でスカウトされたことではありません。

憧れの俳優と同じ事務所を目指し、自分でオーディションを受けたことが出発点でした。

同じ事務所に所属できた後も、小栗さんへの憧れは変わりませんでした。

2015年のムビコレのインタビューでは、本人に憧れていることを何度も伝えていたと話しています。

その熱意を知った小栗さんから冗談交じりに反応されたこともあったそうですが、会うたびに励まされるようにもなったといいます。

なお、葉山さんはジャニーズ事務所出身ではありません。

芸能界入りの経緯として確認できるのは、トライストーンのオーディションを受け、同事務所に所属したという流れです。

約1年間の演技レッスンと厳しい指導の日々

事務所に所属した葉山さんでしたが、すぐにドラマや映画の撮影へ参加したわけではありませんでした。

2016年のCREAのインタビューによると、最初の約1年間は作品のオーディションを受けず、事務所の演技レッスンに通っていたそうです。

芝居について何も分からない状態からのスタートだったため、まず演技の基本を学ぶ時間が必要でした。

レッスンの中には、社長が直接指導するものもありました。

葉山さんはその厳しいレッスンで何度も泣かされたと振り返っています。

それでも、当時について次のように話していました。

楽しさの方が強かったので、そこでやめたいとは思いませんでしたね。

出典:CREA「朝ドラ『まれ』で主人公の弟役を好演 葉山奨之は新作映画でさらに成長」(2016年12月9日)

小栗さんへの憧れから入った芸能界でしたが、レッスンを受けるうちに、演技そのものに向き合う時間が増えていきました。

厳しい指導を受けながらも芝居を続け、やがて初めてのテレビドラマ出演が決まります。

葉山奨之の俳優デビュー|『鈴木先生』から始まった新人時代

約1年間の演技レッスンを経て、葉山奨之さんは2011年に俳優デビューしました。

最初の作品はテレビドラマでしたが、その後は映画にも出演するようになり、撮影現場でさまざまな経験を積んでいきます。

2011年『鈴木先生』で初めてドラマに出演

葉山奨之さんの俳優デビュー作は、2011年にテレビ東京で放送されたドラマ『鈴木先生』です。

同作は、長谷川博己さん演じる中学校教師・鈴木先生が、生徒たちの抱える問題に向き合っていく学園ドラマです。

葉山さんは生徒の一人である千代田役を演じました。

1995年12月生まれの葉山さんにとって、15歳のころの仕事でした。

俳優デビュー当初は、小栗旬さんの演技を強く意識していたそうです。

2015年のクランクイン!の取材では、最初のころは小栗さんのセリフの言い回しをまねしていたと振り返っています。

しかし、芝居を続けるうちに、憧れの俳優と同じ演じ方をするだけではいけないと考えるようになりました。

泣く場面一つでも、静かに涙を流す人もいれば、声を上げて泣く人もいます。

役柄によって表現方法は変わるものの、自分に合った演技の仕方もあるのではないかと考えるようになったといいます。

最初は憧れの小栗さんに近づこうとしていた葉山さんが、少しずつ自分自身の芝居を探し始めた時期でした。

2012年『トテチータ・チキチータ』で映画初出演

2012年には映画『トテチータ・チキチータ』に出演しました。

同作は、葉山さんにとって初めての映画出演作です。

物語は、東日本大震災後の福島を舞台に、前世で家族だった人々が不思議なつながりで出会っていく内容でした。

葉山さんが演じたのは、震災によって傷ついた高校生・大越健人です。

プラスアクトのインタビューでは、この映画の役をオーディションで獲得したことを明かしています。

そのオーディションの帰りには、天井の低いところで頭をぶつけたという、少し変わった思い出も残っていました。

映画の撮影前には、役柄について自分なりに考え、思いついたことをノートへ書き込んでいたそうです。

作品の舞台となった被災地にも足を運び、現地を歩きながら、自分の演じる高校生がどのような気持ちで暮らしているのか想像しました。

しかし、準備をして臨んだ初日の撮影は、思うようにはいきませんでした。

インの日は……ほんとダメダメでした。

出典:プラスアクト「葉山奨之 INTERVIEW」

初日に撮影した場面を翌日に撮り直すことになり、何度もやり直したと話しています。

さらに、撮影した映像をモニターで見返したときにも、自分の芝居に納得できなかったそうです。

テレビドラマでデビューしてから映画の現場へ進み、役作りや撮影の難しさを実際に経験することになりました。

新人時代の小さなエピソード
『トテチータ・チキチータ』のオーディションでは、質問が長く続いたことも印象に残っていたそうです。普段は緊張することが多いと話していた葉山さんですが、このオーディションでは緊張しなかったと振り返っています。

その後も2013年の大河ドラマ『八重の桜』、2014年の『Nのために』などに出演し、少しずつ映像作品での経験を増やしていきました。

葉山奨之の転機|朝ドラ『まれ』と映画初主演

2015年は、葉山奨之さんの俳優人生にとって重要な年になりました。

NHK連続テレビ小説『まれ』への出演で幅広い世代に名前を知られるようになり、映画では初めて主演を務めています。

2015年『まれ』で一徹役を演じて注目を集める

葉山さんは2015年のNHK連続テレビ小説『まれ』に、津村一徹役で出演しました。

『まれ』は、土屋太鳳さんが演じる主人公・津村希が、パティシエを目指して成長していく物語です。

一徹は、希の弟として登場する人物でした。

劇中では、父親を大泉洋さん、母親を常盤貴子さんが演じており、葉山さんも津村家の一員として物語に関わりました。

NHKオンデマンドで紹介されている第51話では、一徹が大学へは進まず、デイトレードの仕事をしたいと考えていることが描かれています。

家族の思惑とは異なる進路を選び、自分の考えを持って行動する役柄でした。

それまでにもドラマや映画に出演していましたが、『まれ』への出演をきっかけに、葉山さんの顔と名前はより多くの視聴者に知られるようになります。

2015年のムビコレのインタビューでは、地方ロケに出かけた際の変化について話しています。

以前は自分の名前を知らない人も多かったそうですが、『まれ』の放送後には、年配の人たちから役名で声をかけられるようになりました。

飲食店などでも一徹役の俳優だと気づかれ、サービスをしてもらったことがあったそうです。

朝ドラへの出演によって、撮影現場の外でも、自分が演じた役を知っている人と出会う機会が増えました。

同じ年の2月には、舞台『狂人なおもて往生をとぐ~昔、僕達は愛した~』にも出演しています。

これが葉山さんにとって初舞台となり、テレビドラマや映画とは異なる演技の場も経験しました。

『夏ノ日、君ノ声』で映画初主演を経験

2015年10月24日に公開された映画『夏ノ日、君ノ声』では、葉山さんが初めて映画の主演を務めました。

演じたのは、高校生の哲夫です。

難病によって耳が聞こえず、言葉を話せない少女・舞子と出会い、心を通わせていく物語でした。

葉山さんはオーディションを経て、この主演の座をつかんでいます。

2015年10月22日のムビコレのインタビューでは、主演に決まると思っていなかったため、知らせを受けたときには驚いたと話していました。

初主演のプレッシャーもあり、撮影へ入る前には台本を何度も読み込んだそうです。

読み込みを重ねた結果、台本はかなり傷み、撮影現場では監督たちに驚かれたといいます。

しかし、役柄の理解を深めても、実際の撮影では別の難しさがありました。

相手役の舞子にはセリフがないため、普段の会話のように言葉を受け取って芝居をすることができません。

そこで葉山さんは、相手の表情をよく見て、その変化に反応することへ意識を向けるようになりました。

相手の言葉ではなく、表情や気持ちの変化を受け取って芝居をする経験です。

作品が完成した後、2015年のインタビューでは、初主演について次のように語っています。

初主演作というのは一生残るものですし。

出典:ムビコレ「『夏ノ日、君ノ声』葉山奨之インタビュー」(2015年10月22日)

試写会で自分の名前が最初に表示されたことも、嬉しかったと話しています。

『まれ』で幅広い世代に知られ、映画では主演として作品を背負う立場になった2015年。

当時の本人が、小栗旬さんへの憧れや初主演の難しさを語った映像も残っています。

その後のインタビューでも、葉山さんは映画やドラマの現場で感じた難しさを率直に話しています。

俳優として仕事が増える一方で、自分の演技に対する悩みがなくなったわけではありませんでした。

葉山奨之が俳優を続けた理由|『青空エール』での迷いとその後

朝ドラ出演と映画初主演を経験した葉山奨之さんでしたが、2016年には俳優の仕事を辞めようと考えたことがありました。

その気持ちを変えるきっかけになった人物が、朝ドラ『まれ』で共演した土屋太鳳さんでした。

2016年、土屋太鳳の言葉を受けて俳優を続ける決意

2016年8月20日に公開された映画『青空エール』で、葉山さんは水島亜希役を演じました。

土屋太鳳さんと竹内涼真さんが出演する青春映画で、葉山さんが演じる水島は吹奏楽部に所属し、トランペットに取り組む高校生です。

同作の撮影では、自分の演技に強い不満を感じていました。

2016年7月26日、葉山さんは自身のInstagramで、撮影が終わったら俳優を辞めようと思っていたことを明かしています。

本番前にはひどく緊張し、自分の芝居や立ち振る舞いに納得できなかったそうです。

しかし、そのとき土屋さんが、葉山さんに声をかけました。

土屋さんは葉山さんの芝居が好きだと伝え、「絶対に辞めないで」と引き止めたのです。

その言葉を聞いた葉山さんは、俳優を続けようと考え直しました。

2016年7月26日のシネマトゥデイでは、本人がInstagramに投稿した内容が紹介されています。

太鳳ちゃんには助けられてこの先も続けようと思い

出典:葉山奨之Instagram投稿(2016年7月26日)/シネマトゥデイ「俳優やめようと…『まれ』弟にかけた土屋太鳳の言葉が泣ける」(同日)

土屋さん自身も当時のブログで、『青空エール』の撮影中に葉山さんと一緒に悩んだことを振り返っていました。

二人は『まれ』では姉と弟を演じていましたが、映画『青空エール』で再び共演し、お互いの芝居について話す関係になっていたのです。

自分の芝居に納得できず辞めることまで考えたものの、共演者からの言葉を受けて俳優を続ける選択をした。

これは、葉山さんが後年になってからも振り返ることのできる、俳優人生の大きな出来事です。

さらに2022年には、土屋さん主演のフジテレビドラマ『やんごとなき一族』でも共演しています。

ドラマの公式Xでは、かつて『まれ』で姉弟を演じた二人のツーショットが紹介されました。

『まれ』での出会いから7年後、二人は再び同じ撮影現場に立つことになりました。

2018年のニューウェーブアワード受賞

俳優を続ける選択をした葉山さんは、その後もドラマや映画への出演を重ねました。

2017年には、窪田正孝さん主演のドラマ『僕たちがやりました』でマル役を演じています。

同じ年には、テレビ東京のドラマ『セトウツミ』で高杉真宙さんとダブル主演を務めました。

『セトウツミ』は、男子高校生二人が放課後に川辺で会話を重ねる物語です。

葉山さんは瀬戸小吉役を演じ、会話を中心とした作品に挑戦しました。

2018年には、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭でニューウェーブアワードの男優部門を受賞しています。

この賞は、映画界に新しい波を起こすことが期待される俳優やクリエイターを表彰するものです。

2018年は葉山さんのほか、女優部門で川栄李奈さん、クリエイター部門で岡田麿里さんが選ばれました。

2011年の俳優デビューから7年後、映画祭から評価される経験を得たのです。

そのころにはドラマ『モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐―』や映画『恋は雨上がりのように』などにも出演していました。

学園ドラマの生徒役から始まった俳優としての仕事は、さまざまな人物を演じる活動へ広がっていきました。

2022年『シコふんじゃった!』で主演を務めるまで

2022年には、ディズニープラスのドラマシリーズ『シコふんじゃった!』で伊原六花さんとダブル主演を務めました。

同作は、1992年の映画『シコふんじゃった。』から30年後の大学相撲部を描いた物語です。

葉山さんが演じたのは、大学生の森山亮太でした。

亮太は大学の単位が足りず、卒業のために相撲部へ入部することになる青年です。

葉山さんはオーディションを経てこの役を獲得しています。

2022年12月に行われた東京藝術大学大学院の公開ゼミでは、オーディション用の台本を読んだとき、これまでにない手応えを感じたと話していました。

出演が決まった後は、撮影に向けて本格的な相撲の稽古を始めています。

約2か月間、四股、すり足、鉄砲、股割りなどを基礎から学び、吹き替えなしの相撲シーンに挑みました。

特に苦労したのは股割りだったそうです。

2022年のTV LIFEのインタビューでは、指導者に背中から体重をかけられながら柔軟性を高める練習をしたと話しています。

自宅でも入浴後にテレビを見ながらストレッチを続けていました。

ようやく股割りができるようになったものの、完成した作品では思ったほどその場面が多くなかったそうで、取材では笑いながら振り返っています。

また、共演した伊原六花さんとは稽古の段階から長い時間をともにし、厳しい撮影を乗り越えました。

葉山さんは撮影期間中、伊原さんを毎日一度笑わせようと自分なりの目標を立てていたそうです。

相撲の動きを身につけるための練習と、共演者との関係づくりの両方に取り組んでいたことが分かります。

2012年の映画初出演時には、撮影した自分の芝居を見て納得できず、翌日に撮り直した経験がありました。

それから10年後の『シコふんじゃった!』では、主演として長期間の稽古を重ね、相撲の場面を自ら演じる仕事に挑んでいます。

小栗旬さんに憧れて事務所のオーディションを受けた中学生は、こうして俳優として経験を重ね、作品の中心に立つようになりました。