原杏奈の生い立ち|家族・学歴と女優になるまでの経歴

原杏奈の生い立ちや家族・学歴、女優になるまでの経歴を紹介する、笑顔の人物イラストと木の枝・道を組み合わせたビジュアル

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
はらあんな
カテゴリー
女優
出身地
岐阜県
生年月日
1985年8月21日
芸能活動開始
2008年
女優デビュー
2017年
デビューのきっかけ
モデル

ドラマ『ブラックペアン』や『下町ロケット』に出演した女優の原杏奈(はら・あんな)さん。

以前は「原アンナ」という芸名で活動し、テレビCMや情報番組、ファッションショーでも活躍してきました。

そんな原さんは、岐阜県中津川市で育ち、名城大学在学中にミス名城大学に選ばれた経歴の持ち主です。

芸能活動を始めてからも、すぐに女優の道へ進んだわけではありません。

東海地方での活動からスタートし、モデルやタレントとして経験を重ねた後、2017年に初めてテレビドラマへ出演しています。

今回は、そんな原杏奈さんの生い立ちや家族、学生時代、芸能界入りの経緯、女優として最初の仕事などをご紹介します。

原杏奈の生い立ち|岐阜県中津川市で育った幼少期

原杏奈さんは、1985年8月21日生まれ、岐阜県中津川市出身です。

中津川市は岐阜県の東南部に位置し、山々に囲まれた自然豊かな地域として知られています。

原さんは、この中津川市で幼少期を過ごし、地元の高校を経て愛知県の大学へ進みました。

岐阜県中津川市で過ごした子ども時代

原さんの出身地は、かつてのタレントプロフィールでも中津川市と紹介されています。

芸能界で活動するようになってからも、本人のブログには地元に関する話が登場しています。

例えば、2014年に全国放送のテレビCMへの起用が決まった際には、地元の友人たちから連絡が届いたことを喜んでいました。

学生時代を過ごした地域の友人たちが、テレビに映る原さんの姿を見つけて連絡してくれたのでしょう。

芸能活動の舞台が広がっても、地元とのつながりが感じられる出来事です。

幼少期の思い出と家庭での暮らし

原さんの子ども時代については、本人が後年のブログで振り返った家庭の記憶があります。

2021年3月のブログ投稿では、幼い頃、両親が毎晩のようにビールを飲んでいた様子を思い出していました。

当時は、大人がどうしてそんなにビールを飲むのか不思議に感じていたそうです。

その後、自分もお酒を楽しむようになり、子どもの頃に感じた疑問をユーモアを交えて振り返っていました。

大きな出来事ではありませんが、両親と過ごした日常の風景が伝わるエピソードです。

一方、幼少期から演技を習っていたことや、子どもの頃から女優を目指していたことを裏付ける具体的な発言は確認されていません。

原さんが芸能活動を始めた経歴は、学生時代のミスコンや、その後のモデル・タレント活動からたどることができます。

原杏奈の家族|父親・母親・兄について

原杏奈さんの生い立ちを知るうえでは、両親との関係も気になるところです。

本人は子ども時代の家庭の思い出を語っているほか、2024年には両親が付けてくれた名前への思いを明かしています。

また、家族構成については兄が1人いると紹介されています。

ただし、兄との詳しい幼少期の思い出や、父親・母親の職業などを裏付ける本人の具体的な発言は限られています。

両親との思い出と家庭環境

父親と母親については、名前や職業よりも、原さん本人が振り返った日常のエピソードから家庭での様子が見えてきます。

幼い原さんが不思議に思っていたのは、毎晩ビールを飲む両親の姿でした。

大人になってから、その記憶を笑いながら振り返っているところに、本人らしい親しみやすさがあります。

家庭の経済状況や両親の性格などについては、こうしたエピソードだけから判断することはできません。

それでも、何気ない家族の習慣を大人になってから覚えているという話は、原さんの子ども時代を想像する手がかりになります。

両親が付けてくれた「杏奈」という名前

両親との関係を考えるうえで、もう一つ大切なのが「原杏奈」という本名です。

原さんは長く「原アンナ」という芸名で活動していましたが、2024年3月26日の公式ブログで、本名に戻して活動していることを報告しました。

その理由の一つとして、両親が付けてくれた名前が好きだったことを挙げています。

両親が付けてくれた『原杏奈』という名前も好きなので

出典:原杏奈オフィシャルブログ「2024/03/26」(2024年3月26日)

芸能界で長く使用してきた芸名から、両親が付けた本来の名前へ戻すことを選んだ原さん。

名前の話を通して、家族に由来するものを大切にしている一面がうかがえます。

原杏奈の学歴と学生時代|高校から名城大学へ

原杏奈さんは、岐阜県内の高校を経て、愛知県の名城大学人間学部へ進学しました。

大学では英語の教員免許も取得しており、芸能活動を始める前には学業にも取り組んでいました。

そして2007年、大学在学中に大きな出来事を迎えます。

中津高校とされる出身高校と学生生活

原さんの出身高校は、複数の人物紹介記事で岐阜県立中津高等学校とされています。

中津高校は、出身地である中津川市にある県立高校です。

ただし、本人や学校が卒業歴を直接明示した資料までは確認できていないため、高校名については紹介されている情報として捉えるのが適切です。

高校時代の部活動や学校行事についても、本人による詳しい回想は限られています。

原さんの過去のプロフィールにはバレーボールが特技として記載されていますが、それだけで高校の部活動に所属していたとは判断できません。

高校卒業後は愛知県の名城大学へ進み、地元の岐阜県から生活と学びの場を広げていきました。

名城大学で学び、2007年にミス名城大学へ

原さんが進学したのは、名城大学の人間学部です。

過去のタレントプロフィールには、中学校・高等学校の英語教員免許を取得していることが記載されています。

大学で学んだことと芸能活動がどう結び付いたのかについて、本人が詳しく説明した発言は限られています。

ただ、在学中の2007年には、ミス名城大学に選ばれています。

この経歴は、過去のキャスティングプロフィールにも「2007年度 ミス名城大学」として記載されています。

女優として知られるようになる以前、大学生だった原さんが人前に立つ機会を得た出来事です。

大学卒業後は、東海地方でのモデル・タレント活動へ進むことになります。

原さんの過去のプロフィールには、英語教員免許に加え、フードアナリストやメンタルケア相談士などの資格も記載されています。後に料理や食に関わる仕事を担当する経歴もあり、ドラマ出演以外にも活動の幅を持っていました。

原杏奈の芸能界入り|東海地方での活動から上京まで

原杏奈さんの芸能活動は、最初からドラマや映画の出演を中心としたものではありませんでした。

大学卒業後、まず東海地方でモデル・タレントとして活動し、コンテストへの参加などを経て東京での仕事へ進んでいきます。

2008年にイメージガールとして活動を開始

原さんは2008年、東海地方のパチンコ情報誌『シティパラダイス』のイメージガール「パラダイスガール」の第1期メンバーとして活動したと紹介されています。

この時期は、まだ原杏奈という本名で活動していた時代です。

大学時代のミスコン選出を経て、地域の媒体に登場する仕事を始めた原さん。

後に全国放送のテレビCMやドラマへ出演するようになりますが、その前には地域に根ざした活動がありました。

なお、この仕事への応募方法や、誰かにスカウトされたのかといった具体的なきっかけについては、本人による明確な説明は確認されていません。

ミス・インターナショナル最終選考と事務所移籍

2009年には、ミス・インターナショナルのファイナリストに選ばれました。

2007年のミス名城大学に続き、今度は全国規模のコンテストで名前が挙がることになります。

その後、2011年には芸能事務所のケイダッシュステージへ移籍したとされています。

移籍以前は東海地方で活動しており、東京での仕事を増やす過程で所属先が変わったと考えられます。

ただし、事務所移籍の詳しい理由や、本人が当時どのような将来像を描いていたかについては、推測で補うことはできません。

確かなのは、この後の原さんが、テレビ番組や広告、ファッションイベントなど、複数の分野で仕事を重ねていったことです。

ケイダッシュステージ時代の出演実績には、TBS『カイモノラボ』や横浜ケーブルビジョンの『かながわらく楽ウォーキング』、ファッションショーへの出演などが記録されています。

モデルとしてカメラの前に立つ仕事と、番組で自分の言葉を話す仕事の両方を経験していました。

「原アンナ」への改名とタレントとしての活動

原さんは芸能活動の途中で、本名の「原杏奈」から「原アンナ」へ活動名を変えています。

この改名については、本人が2024年に理由を振り返っています。

2012年頃、姓名判断をきっかけに芸名を変更

2024年3月26日の公式ブログによると、「原アンナ」という芸名を使い始めたのは2012年頃でした。

きっかけとなったのは、出演した番組で姓名判断をしてもらったことです。

ちょうど『週刊プレイボーイ』で初めてグラビアの仕事をする機会があり、そのタイミングで「杏奈」をカタカナにした芸名へ変更したと説明しています。

つまり、原杏奈と原アンナは別人ではなく、同じ人物の本名と芸名です。

改名後は、テレビ番組や広告出演などで「原アンナ」という名前が広く使われるようになりました。

本人は後に、ファンからカタカナで「アンナちゃん」と呼ばれることも好きだったと振り返っています。

長く使った芸名には、仕事を通して親しまれてきた名前としての思い入れもあったようです。

マルハンのCMと「食のなでしこ」で広がった仕事

2014年、原さんは大きな広告の仕事を任されることになります。

マルハンの3代目イメージタレントへの就任です。

これ以前にもCMの仕事を経験していましたが、本人にとってイメージタレントへの起用は予想外の知らせだったようです。

本当に驚き、そして嬉しかったです

出典:原杏奈オフィシャルブログ「マルハン新イメージタレントに決まりました‼︎♡」(2014年)

CMやポスターの撮影は北海道でも行われ、複数のパターンが制作されました。

全国でCMが流れると、地元の友人たちから連絡が届き、原さんはそのことも喜んでいます。

学生時代を過ごした地域から東京での仕事へ進み、自分の出演する広告が故郷の友人たちの目にも届くようになりました。

2015年には『女神編』『旅立ち編』などのCMが制作され、2016年にはよさこいを取り入れた新しいCMにも出演しています。

2016年のよさこい編では、ダンスチームのメンバーが原さんのバックダンサーとして参加しました。

広告出演の仕事が継続し、さまざまな演出の映像へ登場する機会が増えていった時期でした。

一方、原さんの活動には、料理や食に関する分野もあります。

2015年に行われた「食のなでしこコンテスト」で、2016年度のグランプリに選ばれました。

過去のプロフィールにはフードアナリストの資格が記載され、料理をテーマにした仕事にも取り組んでいます。

テレビ番組、CM、モデル、食に関する活動と、仕事の分野が一つに限られていなかったことが分かります。

「食のなでしこ」の受賞時期:2015年に実施されたコンテストで2016年度のグランプリに選出されています。過去のプロフィールにある「2016年度」と、受賞を紹介する記事の「2015年」は、異なる時点を指しています。

原杏奈はいつから女優に?『陸王』から『ブラックペアン』へ

モデルやタレントとして活動してきた原さんが、テレビドラマに初めて出演したのは2017年のことでした。

本人は翌2018年のブログで、ドラマ初出演と、初めて役名をもらった仕事について明確に語っています。

『陸王』への出演と初期の演技活動

原さんが初めて出演したテレビドラマは、2017年放送のTBS日曜劇場『陸王』です。

演じたのは、シューズショップの店員でした。

2018年3月24日、次の出演作を報告した本人のブログには、『陸王』が初めてのドラマ出演だったことが記されています。

広告や情報番組に出演してきた原さんにとって、ドラマの登場人物を演じるという新しい仕事でした。

ここで区別しておきたいのは、芸能界入りと女優としてのドラマ出演は同じ時期ではないということです。

原さんは2008年頃からモデル・タレントとしての活動歴があり、テレビドラマへの初出演はその約9年後にあたります。

『陸王』以前の舞台や別形式の演技仕事まで含めて最初だったかどうかは別ですが、少なくともテレビドラマへの初出演については本人の証言があります。

そして、この初出演を経て、翌年に初めて名前のある役を任されます。

『ブラックペアン』『下町ロケット』で役を演じる

2018年、原さんはTBS日曜劇場『ブラックペアン』に看護師・新井美緒役で出演しました。

この作品について本人は、初めて役名のある役を演じることになったと明かしています。

2018年3月24日には、出演決定を公式ブログと本人のXで報告しました。

本人はブログで、初めて役名が付いたことへの喜びを伝える一方、撮影現場での緊張も隠していませんでした。

右も左もわからず、毎日ドキドキソワソワしています。。

出典:原杏奈オフィシャルブログ「日曜劇場『ブラックペアン』に出演します。」(2018年3月24日)

『ブラックペアン』で演じた新井美緒は、東城大学医学部付属病院で働く看護師です。

原さんは撮影中、手術の場面にも参加しました。

2018年3月27日のブログでは、手術シーンで医師役の出演者にメスなどの器具を渡す場面について書いています。

とっても緊張の撮影でした

出典:原杏奈オフィシャルブログ「オペ看」(2018年3月27日)

医療現場を描くドラマでは、せりふだけでなく、道具の扱いや周囲の動きも役を演じるうえで欠かせません。

原さんは共演者たちの演技を見ながら学んでいることもブログに記しており、役名のある仕事に挑む当時の様子が伝わってきます。

さらに2018年には、同じTBS日曜劇場の『下町ロケット』に斉藤あゆみ役で出演しました。

斉藤あゆみは、劇中の大手企業「帝国重工」で働く技術者で、利菜の先輩にあたる人物です。

原さんは2018年9月15日、自身のXで撮影開始を報告し、帝国重工の社員を演じることを知らせています。

2017年の『陸王』で初めてドラマに出演し、2018年には『ブラックペアン』と『下町ロケット』で、それぞれ役名のある人物を演じました。

モデル・タレント活動から始まった芸能生活に、女優としての経歴が加わった時期です。

また、2024年には『ブラックペアン シーズン2』にも出演しており、2018年に演じた新井美緒役とのつながりが続いています。

最初のドラマ出演から役名のある仕事へ、そして同じ役で再び作品に関わるまで、原さんの俳優としての歩みをたどることができます。

2024年、本名「原杏奈」に戻した理由

原さんは2024年3月26日、自身の公式ブログで、長く使ってきた「原アンナ」という芸名から本名の「原杏奈」に戻したことを説明しました。

2012年頃に改名してから、およそ12年がたっていました。

所属事務所を離れた後に活動名を見直す

名前を戻すきっかけの一つとなったのが、2023年に所属事務所を退職したことでした。

原さんは2024年のブログで、前年に事務所を離れたことを機に、改めて名前の画数を見てもらったと明かしています。

そして、両親から付けてもらった本名も好きだったため、その名前で活動していきたいと考えたそうです。

2024年に活動名を「原杏奈」へ戻したのは、姓名判断を改めて受けたことと、本名への愛着が重なったためでした。

その一方で、長く親しまれた「原アンナ」という呼び名についても、本人は好意的に振り返っています。

どちらかの名前を否定したわけではなく、それぞれの名前で過ごしてきた年月があったことが分かります。

岐阜県中津川市で育ち、名城大学のミスコンを経て芸能活動を始めた原さん。

東海地方での仕事から東京でのモデル・タレント活動へ進み、『陸王』で初めてテレビドラマに出演し、『ブラックペアン』では初めて役名をもらいました。

長く活動を支えてきた芸名を経て、両親が付けてくれた「原杏奈」という名前で再び歩み始めたことも、本人の経歴をたどるうえで印象に残る出来事です。