松本穂香の生い立ち|家族と高校演劇部、女優デビューまでの道のり

松本穂香の生い立ちと家族、高校演劇部から女優デビューまでを舞台モチーフで伝える人物ビジュアル

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
まつもとほのか
カテゴリー
女優
出身地
大阪府
生年月日
1997年2月5日
芸能活動開始
2015年
女優デビュー
2015年
デビューのきっかけ
オーディション

NHK連続テレビ小説『ひよっこ』の青天目澄子役や、TBS日曜劇場『この世界の片隅に』のヒロイン・北條すず役などで知られる松本穂香さん。

1997年2月5日に大阪府堺市で生まれた松本穂香さんは、子どものころから人前で目立つタイプではありませんでした。

そんな松本さんが初めて本格的に芝居を経験したのは、高校で入った演劇部です。

教室ではおとなしかった一方、舞台では「冷凍マグロ」を演じるようなコメディにも飛び込み、卒業が近づくころには大阪から東京へ何度もオーディションを受けに通うようになっていました。

高校卒業前にはFLaMmeへ所属し、2015年にはショートムービー『MY NAME』で俳優としてデビューします。

今回は、そんな松本穂香さんの生い立ちや家族、高校の演劇部時代、芸能界入り、女優デビュー、『ひよっこ』『この世界の片隅に』までをご紹介します。

松本穂香の生い立ち|堺市生まれ、おとなしかった子ども時代

松本穂香さんは1997年2月5日生まれで、所属事務所のプロフィールでは大阪府出身と紹介されています。

本人が家族について語った東京新聞のインタビューでは、さらに大阪府堺市生まれであることが紹介されています。

幼稚園から「とにかくおとなしい」と言われていた

俳優としてさまざまな役を演じている松本さんですが、幼いころはかなりおとなしい子どもだったそうです。

2022年に小学生時代を振り返ったインタビューでは、幼稚園のころから先生に同じことを言われていたと話していました。

幼稚園の頃からずっと、「とにかくおとなしい」って先生に言われ続けていました(笑)。

出典:Real Sound映画部「松本穂香の小学生時代は?」(2022年10月10日)

人前に出る仕事へ進んだ後の姿からは少し意外ですが、幼少期から積極的に注目を集める子どもだったわけではありません。

松本さん自身のXには、2022年に幼稚園のお芋掘りで大きな芋を抱えている幼少期の写真も投稿されています。

https://twitter.com/matsuhonon/status/1587015323080740866

大人数の輪に入るタイプではなかった小学生時代

小学生になってからも、大人数のグループで一緒に行動するタイプではなかったと本人は振り返っています。

後に2016年のインタビューでも、学生時代はクラスの端にいたり、特定のグループに属さなかったりしていたと話していました。

一方で、芝居そのものへの漠然とした憧れは以前からあったそうです。

ただ、この時点で女優になるために具体的な行動を始めていたわけではありません。

自分から何かを長く続けたり、それによって人から褒められたりする経験も、高校へ進むまではあまりなかったと語っています。

その状況が変わったのが、高校で選んだ演劇部でした。

松本穂香の家族|両親と8歳上の兄、女優の夢を見守った家庭

松本穂香さんが家族について語ったインタビューからは、父親・母親・8歳上の兄がいることが分かっています。

祖母とも電話で連絡を取り合っており、芸能界へ進んだ後も家族から応援を受けていました。

子どものころから「好きなこと」を応援してくれた両親

高校で演劇に夢中になった松本さんが女優を目指し始めたとき、母親はもともと娘が普通に大学へ進むものだと考えていたそうです。

それでも、両親をはじめとする家族が女優への道に反対することはありませんでした。

両親は、私が子どものころから「好きなことをして頑張って」という気持ちでいてくれました。

出典:東京すくすく「女優 松本穂香さん 『好きなこと頑張って』支えてくれた母、大切にしなくちゃ」(2018年10月15日)

本人がやりたいことを決め、その選択を家族が見守るという関係は、芸能界を目指すようになってからも変わりませんでした。

オーディションに落ちた娘を励ました母

高校3年生になると、松本さんは映画やドラマなどのオーディションを何度も受けるようになります。

まだ大阪で暮らしていたため、そのたびに一人で新幹線に乗り、東京まで足を運んでいました。

もちろん、受けたオーディションすべてに合格したわけではありません。

落選して気持ちが沈んだときには、母親が「また次がある」という気持ちで励まし、ひどく落ち込んで泣いたときには帰宅を促してくれたといいます。

2018年に『この世界の片隅に』で主演を務めた際にも、プレッシャーを抱える娘を母親が言葉や食事などで支えていました。

父と8歳上の兄から届いたドラマの感想

父親と8歳上の兄は、松本さんが出演したドラマを見るとLINEで感想を送っていたそうです。

『この世界の片隅に』の放送時には、難しい題材を扱う作品を最後まで演じたことに対して、家族からねぎらいの言葉が届きました。

祖母ともときどき電話で話しており、松本さん自身も家族から応援され、支えられていると感じていました。

芸能界とのつながりがある家族に導かれたのではなく、松本さん自身が女優を目指し、家族はその挑戦を後ろから支えていました。

高校時代|演劇部で初めて芝居に出会う

松本穂香さんが本格的に芝居と出会ったのは、高校の演劇部です。

高校で演劇部に入り、3年間芝居を続けられたことが、女優を目指す大きなきっかけになりました。

3年間続けられた初めての場所が演劇部だった

松本さんは、高校へ入るまで何か一つのことを長く続けられた経験があまりなかったと振り返っています。

演劇部では芝居を3年間続け、周囲から演技を褒めてもらう経験もしました。

それまでの学校生活では、授業中に発言するだけでも緊張するほど目立たない生徒だったそうです。

ところが、舞台に立つと普段とは違い、思い切った芝居ができました。

松本穂香さんの出身高校については特定の学校名を挙げる情報もありますが、本人や所属事務所のプロフィールでは高校名が明記されていません。高校時代に3年間演劇部へ所属していたことは、本人が複数のインタビューで具体的に語っています。

冷凍マグロ「マグちゃん」で舞台では振り切れた

高校時代の代表的な思い出として、松本さんが何度も話しているのが「冷凍マグロ」の役です。

演じたのは、築地から逃げ出してきた冷凍マグロの女の子が高校生と出会うというコメディでした。

清楚なワンピース姿にマグロを思わせる格好で舞台に立ち、普段の教室での印象との違いから、周囲を驚かせたこともあったそうです。

おとなしい生徒だった松本さんが、舞台では冷凍マグロ役まで思い切って演じていたという高校時代でした。

2020年には、映画のイベントでも演劇部時代を振り返り、冷凍マグロや、ベルを鳴らすと周囲の時間が止まる役などを演じていたと本人が話しています。

周囲の女優志望と『あまちゃん』が進路を動かした

演劇部で芝居を続けるうち、周囲には女優を目指している生徒もいて、松本さんも刺激を受けるようになりました。

同じころ、母親と一緒に見ていたのが2013年放送のNHK連続テレビ小説『あまちゃん』です。

一人ひとりの登場人物が魅力的に描かれる作品を見て、女優という仕事を楽しそうだと感じていました。

以前からあった芝居への漠然とした憧れに、演劇部で実際に演じた経験と、女優を目指す周囲の存在が加わります。

高校生活の後半には、見る側だった松本さん自身がオーディションへ応募する側になっていました。

芸能界入り|高校3年で大阪から東京へオーディション通い

高校3年生になると、松本穂香さんは女優になるための行動を本格的に始めました。

地元の大阪に住んだまま、東京で行われる映画やドラマなどのオーディションへ何度も足を運びます。

女優を目指しFLaMmeのオーディションへ

高校の演劇部で芝居の面白さを知った松本さんは、芸能事務所のオーディションにも挑戦しました。

そこで所属することになったのが、後に有村架純さんらの先輩と出会うFLaMmeです。

最初から仕事が次々と決まったわけではなく、事務所への所属を目指す時期も、その後に役を得る時期もオーディションが続きました。

高校演劇の舞台で初めて芝居を続けられた経験が、今度は職業として演じるための挑戦へ変わっていきます。

新幹線で何度も東京へ通い、卒業前に事務所入り

高校3年生のころは、本人が「もう何回か分からないほど」と振り返るほど、多くの映画やドラマのオーディションを受けていました。

大阪から東京まで一人で新幹線に乗ってオーディションへ通い、高校卒業前に事務所へ所属しています。

落選して大阪へ戻る日もありましたが、そのたびに母親から励まされ、次のオーディションへ向かいました。

家族に応募してもらったのではなく、自分で女優を目指し、自分で東京へ通ってつかんだ芸能界入りでした。

高校卒業後、大阪から東京へ上京

事務所へ所属した後も、しばらくは大阪から東京へオーディションを受けに来る生活が続いていました。

2016年のインタビューで松本さんは、前年の秋に上京したと明かしています。

上京してからは“役者として生きていく”という気持ちに切り替わりました。

出典:ORICON NEWS「松本穂香インタビュー『“有村架純の妹分”はラッキー? でも私はおもしろ系―違う分野を進みたい』」(2016年3月10日)

大阪に戻れる生活ではなくなったことで、本人の中には「後がない」という感覚も生まれました。

仕事のために自分が何をするべきかを考え、自分で行動を決める意識も強くなっていったと話しています。

ただし、松本さんが俳優として最初の仕事を経験したのは、上京よりも前の2015年でした。

女優デビュー|2015年『MY NAME』から俳優として歩き始める

松本穂香さんの場合、芸能事務所へ所属したことと、俳優として作品へ出演したことは分けて考える必要があります。

高校卒業前に事務所へ入り、その後に実際の出演作品を経験していきました。

短編『MY NAME』が正式なデビュー作

松本さんの俳優としてのデビュー作は、ロッテが新人女優と新人監督を組み合わせて制作したショートムービー企画「LOTTE SWEET FILMS」の『MY NAME』です。

『MY NAME』は2015年1月19日に公開され、松本さんが主演を務めました。

ロッテが作品公開前に発表した公式資料でも、『MY NAME』が松本穂香さんの「デビュー作」と明記されています。

この時点ではまだ高校卒業前で、東京へ生活拠点を移す前でした。

『風に立つライオン』で長編映画デビュー

2015年3月には、三池崇史監督の映画『風に立つライオン』が公開されました。

松本さんにとって、この作品が長編映画デビューとなります。

そのため、「デビュー作」を『風に立つライオン』とだけ説明すると、先に出演した『MY NAME』との順番が分かりにくくなります。

松本穂香さんの初期経歴
高校卒業前:FLaMmeへ所属
2015年1月:『MY NAME』で俳優デビュー
2015年3月:『風に立つライオン』で長編映画デビュー

2015年に俳優として仕事を始め、同じ年に大阪から東京へ生活拠点を移した松本さんは、その後もオーディションを受けながら出演経験を重ねていきます。

そして、デビューから約2年後に初めて出演した朝ドラが、大きな転機の一つになりました。

『ひよっこ』で注目|青天目澄子と有村架純から得た経験

2017年、松本穂香さんはNHK連続テレビ小説『ひよっこ』に青天目澄子役で出演しました。

松本さんにとって初めての朝ドラであり、後に本人自身もデビュー後10年間の重要な出来事の一つとして挙げています。

考え続けた澄子役が撮影初日に「腑に落ちた」

『ひよっこ』で松本さんが特に時間を使ったのは、青天目澄子という人物について考えることでした。

台本に直接書かれていない背景まで想像し、「いい役にしたい」と考え続けたそうです。

それまでとは違う役への向き合い方を続けた末、撮影初日に澄子を演じた瞬間、感覚がはっきりしました。

あっ、澄子ってこれだ

出典:映画ナタリー「松本穂香インタビュー|10年の活動を振り返り、当時の自分にエールを贈る『幸せな瞬間もこの先たくさんあるからね』」(2025年11月7日)

役の背景まで考える時間そのものを面白いと感じるようになったのも、『ひよっこ』で得た経験でした。

高校演劇では舞台に立つ楽しさを知りましたが、俳優として仕事を始めた後には、一人の人物を掘り下げて演じる難しさと面白さに向き合うようになっていました。

芝居ができず泣いた日に有村架純から掛けられた言葉

『ひよっこ』では、いつも思い通りに演じられたわけではありません。

ある撮影では、自分の芝居に納得できず、カットが掛かった後も涙が止まらなくなったことがありました。

そのときそばにいたのが、同じFLaMmeに所属する先輩で、『ひよっこ』のヒロインを務めていた有村架純さんです。

有村さんは松本さんを支えながらセットを出て、今の段階ですべてができる必要はないという趣旨の言葉を掛けました。

松本さんは後年、その言葉に救われたと振り返っています。

2015年に俳優として仕事を始めた松本さんにとって、『ひよっこ』は出演によって知られるだけでなく、役について考え、うまくいかない芝居とも向き合った作品になりました。

その翌年には、さらに大きなオーディションを経て連続ドラマのヒロインを任されることになります。

『この世界の片隅に』で主演へ|約3000人から選ばれた転機

2018年、TBS日曜劇場で連続ドラマ化された『この世界の片隅に』で、松本穂香さんはヒロインの北條すず役を務めました。

役が最初から松本さんに用意されていたわけではなく、大規模なオーディションを経て決まった主演でした。

約3000人のオーディションで北條すず役に抜擢

TBSの公式発表では、すず役のオーディションには約3000人が参加し、その中から松本さんが選ばれたとされています。

約3000人から北條すず役に選ばれた『この世界の片隅に』は、松本穂香さんにとってゴールデン帯連続ドラマ初ヒロインとなりました。

本人にとっても、決定を聞いた直後はすぐに実感できる出来事ではなかったようです。

オーディションで選んでいただいた時は信じられなくて、「私が日曜劇場のヒロイン?」って。

出典:TBSテレビ 日曜劇場『この世界の片隅に』「インタビュー」

主演決定後には作品の舞台となる広島へ向かい、すずが生まれ育った江波や、嫁ぎ先となる呉を訪れています。

普段から下駄を履き、料理や裁縫の練習も重ねるなど、昭和を生きるすずへ近づく準備を進めました。

大好物だった洋菓子を控えるなど、日常生活の中でも役作りを続けていたことがTBSの公式資料に残っています。

高校演劇部から続いた道がゴールデン帯連ドラ初ヒロインへ

『この世界の片隅に』が放送された2018年は、松本さんが『MY NAME』で俳優デビューしてから約3年後でした。

高校では、人前で発言することさえ緊張していた一方、演劇部の舞台では冷凍マグロ役を演じていました。

高校3年生になると大阪から東京へオーディションに通い、卒業前に事務所へ所属し、2015年に出演作品を持つ俳優として仕事を始めます。

『ひよっこ』では青天目澄子について考え続け、役が自分の中で腑に落ちる経験をしました。

その翌年、オーディションで選ばれた北條すず役で、日曜劇場のヒロインを務めました。

最終回が放送された2018年9月16日には、自身のXで、オーディションで選ばれてからの日々を振り返り、作品を見届ける視聴者へ言葉を届けています。

放送前には実感が追いつかなかった日曜劇場のヒロイン役を、松本さんは最終回まで演じ切りました。

高校の演劇部で初めて3年間続けた芝居は、2018年には約3000人のオーディションを突破して連続ドラマの主演を任される仕事へと広がっていました。