原菜乃華の生い立ち|家族・学歴と6歳からの子役時代

原菜乃華の生い立ちと6歳からの子役時代を、菜の花、ノート、舞台の光で象徴したイラスト

PROFILE

人物プロフィール

ふりがな
はらなのか
カテゴリー
女優
出身地
東京都
生年月日
2003年8月26日
芸能活動開始
2009年
女優デビュー
2009年
デビューのきっかけ
モデル

映画『すずめの戸締まり』で主人公・岩戸鈴芽の声を演じ、『ミステリと言う勿れ』やNHK連続テレビ小説『あんぱん』にも出演した女優・原菜乃華さん。

2003年8月26日生まれの原さんは、6歳ごろから子役として芸能活動を続けてきました。

ところが、幼いころに憧れていたのは女優ではなく、テレビアニメに登場するアイドルでした。

母親との相談をきっかけに読者モデルを始め、小学生のうちから映画やドラマの撮影に参加するようになります。

長い子役経験がありながら、10代にはオーディションで落選が続き、高校卒業時には大学へ進学するかどうかも迷っていました。

今回は、そんな原菜乃華さんの生い立ちや家族、学生時代、子役として芸能界へ入ったきっかけ、女優としての転機までをご紹介します。

原菜乃華の生い立ち|東京都で生まれ、アイドルに憧れた幼少期

原菜乃華さんは、2003年8月26日に東京都で生まれました。

幼いころからテレビやアニメが好きで、特にアイドルが活躍する作品に夢中になっていたそうです。

幼稚園で『きらりん☆レボリューション』に夢中になった

原さんが芸能界に興味を持ったきっかけは、幼稚園時代に見ていたアニメ『きらりん☆レボリューション』でした。

主人公の月島きらりは、アイドルとして成長していく女の子です。

その姿に憧れた原さんは、母親に自分もアイドルのようになりたいと伝えました。

実は、原さんはまだベビーカーに乗っていたころから、スカウトの声をかけられたことがあったそうです。

ただ、母親は幼い娘をすぐに芸能界へ入れることには慎重でした。

本人が強く興味を示したことで、まずは読者モデルから始めることになりました。

つまり、最初から女優になることを目標にしていたわけではなく、アイドルへの憧れから芸能活動が始まったのです。

その一方で、幼少期には水泳も習っていました。

所属事務所の公式プロフィールには、水泳を10年間続けていたことが特技として記載されています。

テレビやアニメを楽しみ、習い事にも通いながら、少しずつ撮影の仕事に触れる生活が始まりました。

原菜乃華の家族|父親・母親と11歳年下の妹

原菜乃華さんが家族について語ったインタビューには、父親、母親、11歳年下の妹とのエピソードが残っています。

特に母親は、幼いころの芸能活動やオーディションを身近で支えていました。

母親が支えた幼いころからの芸能活動

原さんがアイドルに憧れていると知った母親は、過去にスカウトされた経験も踏まえて、読者モデルを始めることを提案しました。

その後、芸能事務所へ所属してからも、母親はオーディションの準備に協力していました。

例えば、原さんが映画『地獄でなぜ悪い』のオーディションを受けたときには、前日に渡された音楽に合わせてダンスを覚える必要がありました。

鏡のない部屋で振り付けを覚えなければならず、左右の動きも分かりにくかったそうです。

そこで、母親と一緒に何度も動きを確認し、本番に備えて練習しました。

オーディションだけでなく、普段のセリフ覚えを手伝ってもらったこともありました。

なかなか覚えられない台本があったときには、母親と夜の公園を歩きながらセリフを練習したこともあったそうです。

母親の関わりは、芸能活動を始めるきっかけを作るだけにとどまりませんでした。

小学生の原さんがオーディションや撮影に向かう日々の中で、家庭でも仕事の準備を重ねていたことが分かるエピソードです。

ドラマの展開を予想するのが得意だった父親

父親については、子役時代のインタビューで、家族そろってテレビドラマを楽しんでいたことを語っています。

原さんはドラマを見ると、登場人物が次にどう行動するのか、どんなセリフを言うのかを考えるのが好きでした。

父親と母親も同じように物語の展開を予想していたそうです。

中でも父親は次のセリフを当てるのが得意で、よく予想を的中させていたと話しています。

原さんは子役として撮影に参加する一方、家では家族とテレビドラマを見ながら物語を考える時間を過ごしていました。

また、幼いころの本人インタビューでは、自分の目が父親に似ていると話したこともあります。

父親の名前や職業については確かな公表情報が限られていますが、家族でドラマを楽しんでいた様子は本人の言葉から確認できます。

11歳年下の妹との生活と姉妹の思い出

原菜乃華さんには、11歳年下の妹がいます。

妹が生まれるまでは、一人っ子として育ちました。

小さいころは妹が欲しかったものの、8〜9歳になると一人で過ごす時間にも慣れていたそうです。

そのため、母親のおなかに赤ちゃんがいると知ったときには、うれしさだけでなく複雑な気持ちもあったと振り返っています。

ところが、実際に妹が生まれると、仕事から帰ったあとは赤ちゃんと遊ぶことが楽しみになりました。

小学5年生のころのインタビューでは、当時10か月だった妹を抱っこし、ミルクの匂いに癒やされていたことを語っています。

歯が生え始めた妹にかまれてしまうこともあったそうです。

妹が生まれる前の気持ちと、生まれてからの生活について、原さんは次のように話していました。

今は生まれてきてくれて本当によかったです

出典:プラスアクト「原菜乃華」

妹がまだ赤ちゃんだったころ、母親は育児のために外出しにくく、原さんがマネージャーと待ち合わせて撮影現場へ向かうこともありました。

後年には、妹が幼かったころ、ミルクをあげたり、おむつを替えたりしていたことも明かしています。

この経験は、2025年の朝ドラ『あんぱん』で母親役を演じる際にも役立ちました。

原さんは妹の幼いころの映像を見返し、妊娠中の体の動かし方については母親に質問しながら役作りを進めたそうです。

小学生のころに経験した姉としての生活が、後年の演技でも思い出すことのできる具体的な経験になっていました。

「菜乃華」という名前に込められた家族の由来

「原菜乃華」という名前は芸名ではなく、本人が本名だと明かしています。

その名前の由来は、香川県の小豆島にあります。

母方のひいおばあちゃんが小豆島で暮らしており、島に広がる菜の花畑から「菜乃華」という名前が付けられたそうです。

2025年のインタビューでは、ひいおばあちゃんがすてきな人だったと母親から聞いていることや、小豆島へ行ってみたいという思いも話していました。

芸能活動を始めるときには芸名を考えたこともあったそうですが、本名以上に気に入る名前が思い浮かばなかったといいます。

母方の家族とのつながりが、女優として活動する名前にも残っています。

原菜乃華の芸能界入り|読者モデルから6歳で子役へ

原菜乃華さんの芸能活動は、幼稚園時代の読者モデルから始まりました。

モデルの仕事を経験したあと、2009年には芸能事務所へ所属し、子役としてテレビドラマなどへ出演するようになります。

子ども向け雑誌『maria』で始めたモデル活動

原さんが最初に経験した芸能関係の仕事の一つが、子ども向けファッション誌『maria』などの読者モデルでした。

初めのころは、カメラの前で自然に笑うことが難しかったそうです。

撮影では笑顔を作ろうとしても、表情が引きつってしまうことがありました。

それでも、撮影を繰り返すうちに服装に合うポーズや表情を自分で考えるようになります。

鏡を見ながらポージングを試し、服がきれいに見える立ち方も研究していたそうです。

最初は知らない大人がたくさんいる撮影現場に緊張していましたが、メイク担当者やスタイリストと話すうちに仕事の時間が楽しくなっていきました。

原さんは小学校へ入学する前から、カメラの前に立つ経験を積んでいたのです。

2009年にオーディションを経て子役活動を開始

モデル活動を経験した原さんは、2009年に「J-beansネットスカウトオーディション」に合格しました。

芸能事務所J-beansに所属し、6歳ごろから子役として本格的に活動を始めます。

初期にはテレビドラマ『浅見光彦〜最終章〜』や『タクシードライバーの推理日誌』などに出演しました。

日本タレント名鑑では『タクシードライバーの推理日誌26』がデビュー作として挙げられていますが、実際の放送順では『浅見光彦〜最終章〜』が先になります。

そのため、「最初に芸能事務所へ入った仕事」「プロフィール上のデビュー作」「最初に放送された出演作品」は分けて考える必要があります。

本人は2015年のインタビューで、『浅見光彦』のオーディションを受けた際の出来事を振り返っています。

日本舞踊を踊るという課題が出され、同じ年ごろの子どもたちがいる中で、自分から手を挙げて挑戦したそうです。

そのときのオーディションには合格しました。

実際に踊ってみると難しかったと語っていますが、幼いころから大人の前で演技やパフォーマンスを披露する機会がありました。

原さんは、その後もテレビドラマや映画、雑誌モデルの仕事を続けていきます。

2014年ごろには研音に所属し、女児向け雑誌『キラピチ』の専属モデルとしても活動しました。

こうして、読者モデルから始まった活動は、テレビドラマの役を演じる子役の仕事へと広がっていきました。

原菜乃華の小学生時代|子役の仕事と学校生活を両立

小学生になると、原菜乃華さんは学校へ通いながら撮影の仕事を続けていました。

仕事を優先するために学校行事へ参加できないこともあり、友達と過ごす時間も限られていたそうです。

撮影と重なって林間学校へ行けなかった日

小学5年生だったころ、原さんは学校へ行ったあとも宿題やセリフを覚える時間を確保していました。

撮影で学校を休むこともあり、たまった宿題をまとめて終わらせなければならない日もあったそうです。

学校の友達は仕事への理解があり、応援してくれていました。

ただ、撮影と重なって参加できなかった学校行事もあります。

中でも林間学校を欠席したことについては、本人が残念だったと振り返っています。

子役として撮影現場に立つ一方、友達と同じ学校行事を楽しみたいという気持ちもありました。

このころは、仕事を終えたあと、自宅でセリフを覚えながら学校の課題にも取り組んでいました。

原さんは昔からドラマを見るのが好きで、好きな俳優のセリフを覚えて演じてみることもあったそうです。

2014年ごろのインタビューでは、ドラマ『リーガルハイ』のセリフを覚え、さまざまな役を演じていたことも語っています。

テレビドラマは、仕事で出演するものでもあり、自宅で楽しむものでもありました。

子役時代の原さんは、赤ちゃんのころから持っていた白いくまのぬいぐるみを「くまちゃん」と呼び、大切にしていました。小学5年生になっても同じベッドで寝ていたと、研音の公式インタビューで話しています。

映画『地獄でなぜ悪い』で少女時代のミツコを演じた

小学生時代の代表的な出演作の一つが、2013年公開の映画『地獄でなぜ悪い』です。

園子温監督のこの映画で、原さんは二階堂ふみさんが演じるミツコの少女時代を担当しました。

撮影当時はまだ8歳で、作品の内容には難しい部分もありました。

役が決まったあとには、母親が用意してくれた園監督の過去作品を見て、作品の雰囲気を知ろうとしたそうです。

分からない場面があると母親に質問し、続きを見ながら内容を理解していきました。

ミツコの少女時代を演じる際には、大人になったミツコとのつながりも意識しました。

二階堂さんの目力が印象的だったため、自分も目の表情を強く見せ、同じ人物の子ども時代に見えるように考えて演じたと話しています。

当時から、ただセリフを覚えるだけでなく、演じる人物の見せ方を自分で考えていました。

2013年の映画公開後も子役活動を続け、2014年には連続ドラマ『ビンタ!〜弁護士事務員ミノワが愛で解決します〜』で箕輪カナ役を演じました。

同作では、主人公の異母妹という役どころに挑戦しています。

小学5年生の原さんは、セリフを覚えるために台本全体の流れを理解してから、自分の場面を何度も読むという方法を取っていました。

ドラマの撮影現場でも、大人の共演者と一緒に仕事をする経験を重ねていきました。

原菜乃華の中学生時代|おはガールと映画主演を経験

中学生になるころには、原菜乃華さんはテレビドラマや映画だけでなく、子ども向け番組でも活動していました。

その一方で、学校では文化祭の準備や友達との時間を楽しんでいたそうです。

部活動より仕事を優先し、文化祭では魔法使い役に

原さんは中学校で部活動には入らず、芸能活動を続けていました。

仕事があることで部活動に迷惑をかけてしまう可能性を考え、入部しなかったそうです。

ただ、学校行事にはできるだけ参加していました。

特に思い出に残っているのが、文化祭での芝居です。

準備や練習のために学校へ遅くまで残ることもあり、そのときは魔法使いの役を演じました。

魔法使いの役を演じたのが、すごく楽しかったですね。

出典:ENCOUNT「『ナンバMG5』ヤンキー役を好演の子役出身18歳 進学せず『私には女優しかない』」(2022年5月25日)

撮影で学校を休んだ際には、友達が授業のノートを貸してくれました。

2022年のインタビューでは、中学時代の地元の友達とは卒業後も遊ぶ機会が多いと話しています。

小学生のころから撮影を経験していた原さんにとって、中学校の文化祭は仕事とは違う形で演技を楽しめる時間でもありました。

『おはスタ』のおはガールとして活動

2016年4月から2017年9月まで、原さんはテレビ東京系『おはスタ』におはガールとして出演しました。

おはガールは、子ども向けの朝の情報番組で、さまざまな企画に参加するメンバーです。

ドラマや映画で役を演じる仕事とは異なり、番組では原さん自身が出演者としてカメラの前に立ちました。

2017年9月におはガールを卒業するまで、約1年半にわたって番組に出演しました。

子役としてさまざまな役を演じていた原さんにとって、自分自身の名前で朝の番組に出演する経験となりました。

映画『はらはらなのか。』で主演を務めた

2017年4月には、原さんが主演した映画『はらはらなのか。』が公開されました。

酒井麻衣監督によるこの作品は、女優を目指す少女・原ナノカを主人公にした物語です。

主人公のナノカは、オーディションに合格できない日々を送りながら、女優として成長しようとしています。

実際に子役として活動していた原さん自身の経験も重なる設定で、本人の名前を使った役を演じました。

この映画は、原さんにとって初めての長編映画主演作でした。

ただし、それ以前の2011年制作の短編映画『Lieland』でも主演を務めた記録があるため、『はらはらなのか。』が初めて主演した映画というわけではありません。

『はらはらなのか。』の製作発表は2016年7月に行われ、原さんは当時12歳でした。

2017年3月のインタビューでは、作品を通じて女優として活動していく覚悟が強まったことを語っています。

子役としてさまざまな作品に出演していた原さんが、自分自身に近い境遇の少女を主演として演じた作品でした。

中学生時代には、こうした映画主演の経験も積みながら、女優としての仕事を続けていました。

原菜乃華の高校時代|オーディション落選が続いた10代

6歳から子役として活動していた原菜乃華さんですが、10代になってからは仕事が順調に決まらない時期もありました。

特に14〜16歳ごろには、オーディションで不合格が続き、演技への向き合い方を変えていったそうです。

14〜16歳ごろに経験したオーディションの苦戦

原さんは2025年のインタビューで、思春期にオーディションへ何度も落ちていた経験を振り返っています。

当時は、作品の制作側が求める「正解の演技」をしようと考えすぎていたそうです。

その結果、良い演技をしようとしても、なかなか役を得られませんでした。

仕事が決まらない時期には、演技レッスンを受けながら、ほかの人の演技を見る機会も増えました。

すると、技術がうまいかどうかだけでなく、次に何をするのか気になる演技に魅力を感じるようになったそうです。

そこから、オーディションに対する考え方を変えていきました。

記憶に残ることをしていこう

出典:ORICON NEWS「原菜乃華、オーディションに落ち続けた思春期 発想の転換で“勝率”アップ」(2025年7月16日)

目の前の役に必ず合格しなければならないと考えるのではなく、別の役でも思い出してもらえるような演技を意識するようになりました。

本人によると、この考え方になってから、オーディションに合格できる機会が少しずつ増えたそうです。

また、過去には所属していた事務所の部門がなくなり、芸能活動を続けられないかもしれないと感じた時期もありました。

それまで当たり前のように続けていた仕事ができなくなる可能性を知り、女優の仕事が自分にとって大切なものだと改めて感じたと話しています。

この経験以降、オーディションでさらに緊張するようになったことも明かしています。

子どものころから現場に立っていた原さんにも、仕事が続く保証のない時期がありました。

映画『罪の声』で演じた望役が転機に

2020年には、小栗旬さんと星野源さんが出演した映画『罪の声』で、生島望役を演じました。

この作品は、過去の事件に自分の声が使われていたことを知った男性が、事件の真相を追うミステリー映画です。

原さんが演じた望は、事件によって人生を大きく変えられた人物の一人でした。

原さんは撮影期間そのものは長くなかったものの、良い芝居をしたいという気持ちから、自分自身へ大きなプレッシャーをかけていたと振り返っています。

映画公開後には、役名で声をかけられる機会が増えました。

オーディションでも、作品名と望役を通じて本人のことを知ってもらえるようになったそうです。

それまで多くの作品に出演してきた中でも、『罪の声』は原さん自身が女優としての大切な転機に挙げている作品です。

この経験のあと、2021年にはドラマ『ナイト・ドクター』で深澤心美役、『真犯人フラグ』で相良光莉役を演じました。

仕事が増えるにつれ、高校生活との両立も難しくなっていきました。

原菜乃華は大学に進学せず、女優一本の道を選んだ

原菜乃華さんは、2022年春に高校を卒業しました。

大学には進学せず、俳優として仕事を続ける道を選んでいます。

2022年の高校卒業で決めた俳優としての進路

原さんは高校卒業まで、大学へ進学するかどうかを迷っていました。

高校時代には『ナイト・ドクター』や『真犯人フラグ』への出演が重なり、学校へ行けない時間が増えていたそうです。

勉強と仕事のどちらも中途半端になるのではないかと感じ、進路について考えるようになりました。

本人は自分を器用なタイプではないと話しており、大学生活と俳優の仕事を同時に続けることへの不安があったといいます。

そして、高校卒業を機に一つの決断をしました。

進学はせずにお芝居1本でやっていこう

出典:クランクイン!「新海誠新作ヒロイン・原菜乃華の素顔『ネガティブな性格は短所で長所』」(2022年11月11日)

この選択について、原さんは俳優として自分の仕事で生活していく覚悟ができたと語っています。

幼いころから仕事を続けてきた原さんにとって、大学へ進学せず、女優の仕事に専念すると決めたことは大きな進路上の転機でした。

なお、出身高校の具体的な学校名については、本人による明確な公表情報が確認できるものに限って扱う必要があります。

本人が語っているのは、子役活動と学校生活を続けてきたこと、そして高校卒業後に進学しない道を選んだという事実です。

その2022年、原さんは新たなオーディションに挑戦することになります。

原菜乃華の転機|『すずめの戸締まり』のヒロインに抜擢

2022年11月11日に公開された新海誠監督のアニメ映画『すずめの戸締まり』で、原菜乃華さんは主人公・岩戸鈴芽の声を担当しました。

実写作品では長く演技を続けていた原さんにとって、アニメーション映画で声優を務めるのは初めての経験でした。

1,700人を超えるオーディションから岩戸鈴芽役に

原さんが新海誠監督の作品を初めて映画館で見たのは、中学1年生のころでした。

2016年公開の『君の名は。』に大きな感動を受け、アニメーション作品が好きになったそうです。

その新海監督の作品でヒロインのオーディションを受ける機会が訪れました。

原さんは声優経験のある人も多く応募すると考え、合格するのは難しいだろうと思っていたそうです。

それでも、好きだった監督の作品に参加したいという気持ちから、挑戦することを決めました。

オーディションでは、事前に渡された映像と台本を繰り返し確認し、セリフを入れるタイミングや間の取り方を練習しました。

新海監督は、応募者の声を一人ずつ聞いて選考を進めていました。

その数は1,700人を超えていたといいます。

最終的に監督が選んだのは、原菜乃華さんでした。

1,700人を超える候補者の中から、岩戸鈴芽役に抜擢されたのです。

ヒロイン決定は、最終選考という形で原さんにサプライズ発表されました。

合格を告げられた原さんは、思わず涙を流しました。

映画公式Xでも、オーディションの最終確認の場でヒロイン決定を告げられた様子が紹介されています。

原さんは、オーディションが終わったあと、結果がどうなっても悔いはないとマネージャーに伝えていたそうです。

それほど準備を重ねて臨んだ選考でした。

新海監督は、原さんの声には感情が自然に乗っており、声だけで人物の存在を感じられるところに魅力があったと説明しています。

こうして、原さんはアニメーション映画のヒロインを初めて担当することになりました。

声の仕事への挑戦で経験した変化

原さんは『すずめの戸締まり』に出演する以前、自分の声があまり好きではなかったそうです。

アニメーションのアフレコでは、自分が演じた声を何度も聞き返す必要がありました。

最初は苦手だった自分の声も、収録を繰り返すうちに少しずつ客観的に聞けるようになっていきました。

声だけで感情を伝えるため、実写の演技とは違う工夫も必要でした。

例えば、走っている場面ではアフレコの前にその場で体を動かし、息遣いや心拍数を意識して収録したそうです。

扉を閉める場面では、実際に腕を伸ばして手をひねりながら声を出しました。

声だけの仕事であっても、体の動きを使いながら役を演じていたのです。

収録後には、新海監督から声を褒められたこともあり、苦手だった自分の声を以前より受け入れられるようになったと語っています。

2022年11月に公開されたシネマトゥデイのインタビューでは、ヒロインに決まったときの心境や、声優としての準備、子役時代からの変化について本人が話しています。

映画公開後には、オーディションの場で監督から「鈴芽だ」と声をかけられたこともあったそうです。

『罪の声』で役名を覚えてもらう経験をした原さんは、『すずめの戸締まり』でも新しい役名を通して知られるようになりました。

実写映画やドラマで積み重ねてきた演技経験に、声だけで人物を表現する仕事が加わりました。

原菜乃華が新人俳優賞を受賞し、朝ドラ『あんぱん』へ

『すずめの戸締まり』への出演後、原菜乃華さんは実写映画でも重要な役を演じる機会が増えていきました。

2023年には映画『ミステリと言う勿れ』で狩集汐路役を担当し、翌2024年には新人俳優賞を受賞しています。

『ミステリと言う勿れ』で日本アカデミー賞新人俳優賞

2023年9月15日に公開された映画『ミステリと言う勿れ』で、原さんは広島を舞台とした物語の中心人物・狩集汐路を演じました。

菅田将暉さん演じる久能整が、遺産相続をめぐる事件に関わっていく作品です。

原さんが演じた汐路は、物語を動かす重要な役どころでした。

この演技により、2024年の第47回日本アカデミー賞で新人俳優賞を受賞しました。

また、同年の第18回声優アワードでは、『すずめの戸締まり』での仕事を経て新人声優賞も受賞しています。

実写映画とアニメーション映画の両方で、新人賞を受けることになりました。

幼いころからテレビドラマや映画に出演し、10代には落選が続く時期も経験してきた原さんにとって、20代に入ってからの受賞はキャリアの中で残る出来事となりました。

2025年の『あんぱん』で朝田メイコを演じた

2025年には、NHK連続テレビ小説『あんぱん』に出演しました。

原さんが演じたのは、ヒロイン・朝田のぶの妹である朝田メイコです。

朝ドラへの出演は、この作品が初めてでした。

メイコは朝田家の三女で、歌うことが好きな明るい人物です。

物語が進むと結婚し、2人の子どもの母親にもなります。

原さんにとって、母親役を演じる際に参考になったのが、11歳年下の妹の存在でした。

妹が赤ちゃんだったころにミルクをあげたり、おむつを替えたりした経験があったため、子どもの世話をする場面にもなじみがあったそうです。

妊娠中の体の動きについては、母親に質問しながら演技を考えました。

幼いころから家族の中で経験してきたことを、作品の役作りにも取り入れていたのです。

原さんは幼稚園時代にアイドルに憧れ、母親の勧めで読者モデルを始めたあと、6歳から子役として撮影現場に立ってきました。

その後、長編映画主演やオーディションでの苦戦、高校卒業時の進路選択を経験し、『罪の声』『すずめの戸締まり』などの作品へ出演しました。

『あんぱん』では、子どものころから身近にいた母親や妹との経験も生かしながら、朝田メイコの人生を演じました。