PROFILE
人物プロフィール
望月祐治(もちづき・ゆうじ)さんは、舞台俳優としての活動に加え、殺陣やアクションの分野でも数多くの作品に携わった俳優です。
ミュージカル『刀剣乱舞』や『イケメン戦国 THE STAGE』などに出演し、劇団やアクションチームで培った経験を舞台と映像の両方で生かしてきました。
その経歴をたどると、演劇専門学校への入学と同時に殺陣を学び始めたことが、俳優としての歩みを知る大きな手がかりになります。
2025年11月上旬、41歳で逝去したことが、活動仲間であるPUMP×EARTHから発表されました。
具体的な死因は公式発表で明らかにされていません。
その後、2026年10月11日に放送されたドラマ『VIVANT』第20話では、生前に撮影した出演シーンが放送され、共演者も望月さんとの思い出を明かしています。
今回は、そんな望月祐治さんの生い立ちや家族、学生時代、殺陣を始めた経緯、舞台・映像での活動をご紹介します。
望月祐治の生い立ち|1984年生まれ、神奈川県出身
望月祐治さんは、1984年2月18日生まれ、神奈川県出身です。
自身のブログ「望月祐治の『もちつけゆうじ』」では、舞台の出演情報だけでなく、稽古や日常生活についても発信していました。
舞台の公演記録や本人の発信からは、俳優として活動していた時期の様子を知ることができます。
幼少期と育った地域について
出身地として確認できるのは神奈川県ですが、出生した市区町村や幼少期に暮らしていた具体的な地域までは明らかになっていません。
子どものころの性格や習い事、将来の夢についても、本人が詳しく振り返った情報は限られています。
そのため、幼少期から俳優やアクションの仕事を志していたかどうかは断定できません。
一方、後年の公式プロフィールには、演劇専門学校への進学を機に殺陣を始めた経歴が記されています。
望月さんの活動の始まりを具体的にたどれるのは、この専門学校時代からです。
望月祐治の家族|両親・兄弟姉妹と家庭環境
望月祐治さんの家族については、父親や母親、兄弟姉妹の人数を明確に示す情報が限られています。
幼少期に誰と暮らしていたのか、両親がどのような仕事をしていたのかといった詳しい家庭環境も、確認できる範囲では明らかになっていません。
また、演劇専門学校への進学や俳優活動について、家族がどのような形で関わったのかも不明です。
2025年12月にPUMP×EARTHが逝去を発表した際には、葬儀が親族のみで執り行われたことが伝えられました。
同団体は、遺族の了承を得て公表したことも説明しています。
ただし、この発表から家族構成や婚姻歴を判断することはできません。
望月さんがどのような家庭で育ったのかについては、確認できる事実が少なく、家族との具体的なエピソードも明らかになっていません。
望月祐治の学生時代|演劇専門学校で殺陣を学ぶ
望月祐治さんの経歴で、初期の活動を知る重要な手がかりとなるのが演劇専門学校での経験です。
スクウェア・エニックスの舞台『SaGa THE STAGE~再生の絆~』公式サイトに掲載されたプロフィールには、演劇専門学校への入学と同時に殺陣を始めたことが明記されています。
役者としての勉強と、舞台で身体を使って表現する技術を学ぶ時期が重なっていたことになります。
演劇専門学校へ進んだ経緯
望月さんが進学したのは演劇専門学校ですが、具体的な学校名や入学年、卒業年は明らかになっていません。
小学校から高校までの学校名についても、確かな情報は確認できません。
演劇専門学校を選んだ理由や、進学前から舞台に興味を持っていたのかについても、本人の詳しい発言は限られています。
ただし、専門学校で演劇を学び始めた時期が、殺陣の技術を習得し始めた時期でもあったことは確かです。
その後の舞台出演歴を見ると、通常の演技だけでなく、剣を使った立ち回りやアクションを伴う仕事にも継続して関わっていました。
菊地竜志に師事し殺陣を始める
専門学校への入学時、望月さんが殺陣を学ぶうえで師事したのは、菊地剣友会の菊地竜志さんです。
殺陣は、舞台や映像で剣などを使った戦闘場面を表現する技術です。
相手との間合いや動きのタイミング、武器の扱いに加え、観客からどのように見えるかも意識する必要があります。
望月さんは、その技術を演劇の勉強と並行して身につけ始めました。
公式プロフィールでは、菊地竜志さんに師事した後、劇団とアクションチームに所属したことも紹介されています。
専門学校で殺陣を学び、劇団とアクションチームで実際の仕事を経験していったという順序が、望月さんの経歴から確認できます。
初めて殺陣を披露した公演や、初めて報酬を得た仕事までは特定できませんが、のちに数多くの舞台でアクションを担当することになります。
望月祐治の俳優活動の始まり|劇団とアクションチームでの経験
演劇専門学校で学んだ後、望月祐治さんは劇団とアクションチームに所属して活動を重ねました。
初期の公演記録には、望月さんの名前とともに劇団名が記されています。
舞台上で役を演じる仕事と、身体を使ったアクションの仕事の両方に携わっていたことが、その後の出演記録からも分かります。
DMFなどの劇団活動と初期舞台
2008年の舞台『LAST SMILE』の出演記録には、「望月祐治(DMF)」という名前が掲載されています。
DMFは望月さんの初期の舞台活動をたどるうえで確認できる劇団名の一つです。
ただし、この公演が俳優としてのデビュー作だったかどうかは分かっていません。
その後、2012年には進戯団夢命クラシックスの舞台『花音~canon~』にアクションキャストとして参加しました。
本人は当時、自身のブログで同作への出演決定と公演概要を知らせています。
『花音~canon~』は2012年5月16日から20日にかけて上演され、望月さんはアクションを担当する出演者として名を連ねました。
2014年にはbpmの舞台『不如帰』にも出演しており、複数の劇団や制作団体の作品に参加していたことが確認できます。
一つの劇団だけで活動を完結させるのではなく、さまざまな舞台に出演する経歴を重ねていました。
舞台・映像・モーションキャプチャーへ活動を広げる
スクウェア・エニックスの公式プロフィールには、劇団とアクションチームでの経験として、舞台、映像、イベント、モーションキャプチャーが挙げられています。
モーションキャプチャーは、人の身体の動きを記録し、CGなどのキャラクター表現に利用する技術です。
舞台で観客に向けて動きを見せる仕事とは異なり、身体の動きをデータとして収録する場合もあります。
望月さんは、こうした分野でも仕事を経験していました。
2019年11月には、舞台『信長の野望』での連携技について、自身のXで紹介しています。
坂本遥奈さんが演じる霞との連携や、白柏寿大さんが演じる前田利家について触れた投稿です。
役を演じることと、身体の動きそのものを表現することが、活動の中で並行していたのです。
ただし、公式プロフィールで紹介されている活動分野がすべて同じ時期に始まったとは限りません。
個々の初仕事や参加年が確認できないものについては、特定の作品を無理にデビュー作とすることはできません。
イケメン戦国での活動|剣舞衆として舞台に立つ
望月祐治さんの殺陣の経験が、具体的な出演記録として繰り返し確認できるのが『イケメン戦国 THE STAGE』シリーズです。
このシリーズでは、「剣舞衆(けんぶしゅう)」として出演しました。
戦国武将たちが登場する舞台で、殺陣やアクションを担う出演者の一人として参加していたのです。
殺陣を担当する剣舞衆での出演
2019年2月には、『イケメン戦国 THE STAGE 上杉謙信編 幸福ルート&情熱ルート』に参加しました。
公演は池袋のサンシャイン劇場で行われ、幸福ルートと情熱ルートという二つの展開を用意した作品でした。
望月さんは、主要な戦国武将の役ではなく、殺陣を担う剣舞衆として舞台に出演しています。
2019年の『番外編~はじまりの物語~』でも剣舞衆に名前が掲載されました。
さらに2020年の『明智光秀編』、2021年の『連合軍VS“戦乱の亡者”雑賀孫一編』、2022年の『猿飛佐助編』などにも参加した記録があります。
単発での出演ではなく、シリーズの複数公演で殺陣を担当していたことが分かります。
それぞれの公演で具体的にどの殺陣を担当したかまでは確認できませんが、剣舞衆として継続的に名前が記されていることは確かです。
本人ブログに残る稽古と舞台への思い
2019年の上杉謙信編について、望月さんは自身のブログで出演を知らせていました。
その文章には、剣舞衆という呼び名に触れながら、新しい舞台へ向かう様子が残っています。
アクション部のことは剣舞衆っていうんだって。剣舞衆として殺陣で暴れますよ!
出典:望月祐治の「もちつけゆうじ」『イケメン戦国 THE STAGE 上杉謙信編 幸福ルート&情熱ルート』
同じ投稿では、顔合わせが終わり、稽古が始まることも報告していました。
公演に向けた準備の段階から、本人が仕事の様子を発信していたことが分かります。
殺陣を始めたのは演劇専門学校への入学時でしたが、それから年月を経た2019年にも、剣を使う舞台の現場に立っていました。
公演の記録だけでは見えにくい、稽古に入る前の本人の言葉がブログに残されています。
刀剣乱舞への出演|研師役と2.5次元舞台での活動
望月祐治さんは、ミュージカル『刀剣乱舞』にも出演しています。
『イケメン戦国』で剣舞衆として活動してきた後、2023年には『刀剣乱舞』の舞台に立ちました。
同じ年には『最遊記歌劇伝-外伝-』にも参加しており、殺陣を伴う作品だけでなく、さまざまな世界観の舞台で活動していました。
2023年『花影ゆれる砥水』で研師・他を担当
2023年4月30日から上演されたミュージカル『刀剣乱舞』~花影ゆれる砥水~では、公式サイトに「研師・他 望月祐治」と記載されています。
研師は刀を研ぐ職人を指す言葉です。
公式の役名には「他」も含まれており、研師だけでなく複数の役割を担当したことがうかがえます。
2023年6月18日の大千穐楽を終えた後には、望月さん自身がXで公演終了を報告しました。
その投稿には、「研師、山伏(大名)」という記載もあります。
同作では、アンサンブルキャストとしても名前が掲載されていました。
6月19日には、共演者や公演を支えた人々、観客への感謝もXに残しています。
約2か月にわたる公演を通じて、東京、兵庫、福岡、東京凱旋公演などの舞台に立ちました。
2023年9月から10月には、舞台『最遊記歌劇伝-外伝-』にもアンサンブルキャストとして出演しました。
公式キャスト欄には、主要キャラクターを演じる俳優たちとは別に、望月さんの名前が掲載されています。
同作は、峰倉かずやさんの『最遊記外伝』を原作とした舞台で、東京公演と大阪公演が行われました。
2024年『SaGa THE STAGE』ではターム役に
2024年には、スクウェア・エニックスの舞台『SaGa THE STAGE~再生の絆~』に出演しました。
公式サイトでは、ターム役の出演者として望月祐治さんの名前が掲載されています。
タームは『サガ』シリーズに登場するモンスターです。
舞台版には複数のターム役の出演者がおり、望月さんもその一人として参加しました。
この公演の公式プロフィールに記されたのが、演劇専門学校で殺陣を学び始めたという経歴です。
その後に劇団、アクションチーム、映像、イベント、モーションキャプチャーを経験したことも紹介されています。
専門学校で学び始めた身体表現を、2024年の商業舞台でも仕事にしていたことが、公式記録から確認できます。
望月祐治の映像活動|俳優とアクションスタッフの二つの仕事
望月祐治さんの活動は、舞台だけにとどまりませんでした。
映像作品の現場でも、出演者としての仕事とアクションに関わる仕事を経験しています。
自身のXのプロフィールにも、殺陣、アクション、役者という活動分野が記されていました。
ドラマでの出演とアクションスタッフの違い
舞台と映像では、同じアクションでも求められる表現が変わります。
舞台では客席から見える動きや立ち位置を意識し、映像ではカメラの位置や撮影する角度に合わせて動きを組み立てる場面があります。
望月さんの経歴には、その両方で仕事をしてきた記録が残されています。
ただし、俳優として画面に出演したことと、アクションスタッフとして作品に参加したことは同じではありません。
アクションスタッフとして関わった場合、必ずしもドラマ内で役名のある人物を演じたとは限りません。
一方、俳優として出演していても、役名が公表されていない作品もあります。
望月さんが舞台で演技とアクションを続けてきたことは確認できますが、映像作品については作品ごとに出演形態を区別する必要があります。
2026年に放送された『VIVANT』では、生前に撮影した出演シーンが確認されました。
2025年、仕事で海外へ行く夢が実現
2025年9月13日、望月さんは自身のXで、初めて海外へ向かうことを報告しました。
その投稿では、以前から海外に行くなら仕事で行きたいと思っていたことを明かしています。
実際に仕事で海外へ行く機会を得たことで、小さな夢がかなったと表現していました。
子どものころから乗り物酔いに悩まされていたことも、この投稿で語っています。
飛行機や現地での移動に不安を感じながらも、海外での仕事へ出発した様子が伝わってきます。
2025年10月27日には、山間部でのロケを終えた後、夜空の星がきれいだったことをXで報告しました。
撮影現場での仕事が終わった後に、その日の風景について伝えた投稿です。
この10月27日の投稿は、望月さんが生前に残した最後のX投稿としても報じられています。
海外での仕事に対する長年の希望と、撮影現場で見た風景。どちらも、本人が仕事の合間に残した具体的な記録です。
VIVANT出演と41歳での逝去|舞台から映像までの足跡
望月祐治さんは、2025年11月上旬に41歳で逝去しました。
その事実は、同年12月に活動仲間であるPUMP×EARTHから公表されています。
一方、亡くなる前に撮影に参加していた『VIVANT』の出演シーンは、2026年に放送されました。
2025年11月上旬に逝去、公式発表で伝えられたこと
2025年12月11日、殺陣やアクション指導、映像制作などを手がけるPUMP×EARTHが、望月さんの逝去を発表しました。
発表では、望月さんを大切な仲間であり友人だったと紹介し、愛称が「モッチー」だったことも伝えています。
亡くなった時期は2025年11月上旬で、享年は41歳でした。
葬儀は遺族の意向によって親族のみで執り行われ、訃報は遺族の了承を得たうえで公表されたと説明されています。
一方、具体的な死因や病名について、公式発表では説明されていません。
そのため、病気や事故など、特定の理由によって亡くなったと断定できる情報はありません。
また、逝去した正確な日付も「11月上旬」という公表内容からは特定できません。
PUMP×EARTHの発表後には、ミュージカル『刀剣乱舞』の公式Xからも追悼の言葉が寄せられました。
そこでは『花影ゆれる砥水』にアンサンブルキャストとして出演していたことが紹介され、生前の出演に対して感謝が伝えられています。
2023年の公式キャスト欄に記された「研師・他」という配役とともに、同作への参加が改めて示されました。
2026年『VIVANT』第20話で放送された出演シーン
2026年10月11日、TBS系ドラマ『VIVANT』の第20話が放送されました。
この回には、望月祐治さんが生前に撮影へ参加していた出演シーンが含まれていました。
第20話は、乃木たちがシャキ城へ乗り込み、シンシーの兵士たちと対峙する展開が描かれた回です。
望月さんは、シンシー側の兵士を演じていたと共演者が明かしています。
共演した俳優の荒井雄一郎さんは、放送後、自身のInstagramで望月さんとの思い出を投稿しました。
荒井さんは、アゼルバイジャンでの撮影中にホテルで同室だったことや、同じ警備兵役として仕事をしたことを振り返っています。
海外の撮影現場で、同じ作品に携わっていた二人の関係が伝わる証言です。
望月さんが2025年9月にXへ投稿した初海外の報告と、『VIVANT』のアゼルバイジャン撮影が、同じ渡航を指しているかどうかまでは断定できません。
ただし、2025年に海外での撮影に参加し、その出演シーンが2026年10月11日に放送されたことは、共演者の証言と番組の放送記録から確認できます。
演劇専門学校で殺陣を学び始め、劇団やアクションチームで経験を重ねた望月さんは、舞台『イケメン戦国』『刀剣乱舞』『最遊記歌劇伝』『SaGa THE STAGE』などに出演しました。
その舞台での活動に加え、晩年には海外での映像撮影にも参加していました。
『VIVANT』第20話は、望月さんが生前に関わった映像の仕事を、逝去後に視聴者が目にする機会となりました。
















